202話 「医師連合、スラウキンとの交渉 後編」


 アンシュラオンは、スラウキンをじっと見つめる。その顔には、多少恐縮したような様子が見て取れた。


 間違いなくスラウキンはこちらの不穏な動きに気付いている。ツーバの名前を出す際に言い淀んだのが証拠だ。



(スラウキンは頭の良い男だ。ソブカの書状やオレの動きでクーデターには薄々気付いているだろう。だが、研究者タイプのこいつが命気を捨ててまで理事会に味方するとも思えない)



 ホワイトというぽっと出の医師が、ソイドファミリーの意向を無視して医療麻薬の話を持ってくる段階で、なかなか胡散臭い話である。


 最初の接触がビッグの紹介ならばともかく、ソブカの書状であることも違和感がある。


 当然、最近の悪名も知っているので、少し頭の良い者ならば怪しい動きに気付くはずだ。特に医師連合というラングラスの派閥内にいるのだ。組内の状況はアンシュラオンよりも詳しい。


 だが、スラウキンは命気に相当な執着を示している。今までの彼の言動に偽りはないだろう。


 ある程度の状況を知っていながらアンシュラオンに組しているので、この表情は不思議ではない。


 問題は理事会の提案のほうだ。



(スラウキンがわざわざ情報を提供するわけがない。確証があるわけでもないし、メリットも存在しない。では、違う場所から計画が漏れたか? オレ以外に知っているとなれば、ソブカかファレアスティさんくらいだ。…彼らも命がかかっている以上、そう簡単に漏れるとは思えない。ならば理事会が独自で勘付いた? 可能性はあるが…だとしてもこれは出来すぎだな。それをオレに教える理由がない。単純に考えて自分たちが所属する派閥のトップの許可が欲しいとか、そういったものだと思いたいが…)



 理事会に計画のことは教えていない。だからこそ多少肝を冷やしたが、これは考えすぎだろう。


 彼らとしては単純にトップからのお墨付きが欲しいと思っているにすぎない。得体の知れないホワイトなる医者よりも、長年付き合いのあるラングラスを重視するのは当然の判断だ。


 ラングラスが決めたことならば自分たちが判断ミスをしても責任を回避できる、という算段もあるのだろう。


 難病を治療してやればツーバに恩を売ることもできる。どちらにしても悪い話ではない。



(医者ってやつは賢しいもんだな。ひとまずもう少し詳しい状況を訊くか)



「ツーバ・ラングラスか。名前は知っているよ。たしか医師連合やソイド商会、キブカ商会が属している派閥のトップだよね? ソイドビッグの曽祖父だったかな?」


「その通りです。現在は半分隠居なさっておられますが、いまだラングラス本家の長です」


「医師連合はツーバに頭が上がらないの?」


「そういうわけではありませんが長年の付き合いがあります。古参の方々は年代も近いものですし、仲が良かった人もおられます」


「老人連中同士で癒着があるってことね」


「そのようです。我々の世代はそこまで繋がりがあるわけではありませんが、理事会の大半が古参である以上、むげにもできません」



 同じ医療関係なので癒着があるのは当然のことだ。


 ソイドファミリーの医療麻薬とて、言ってしまえばラングラスから仕入れているようなものだろう。値段は売り手が自由に決められる。他の医療機器もそうだ。


 そうなるとツーバの発言力は大きい。彼が指示したことに安易に逆らうことはできない。



(逆に言えば、ツーバを何とかすれば医師連合は何も言えないってことだな)



 そのあたりは計画とは矛盾しない。やることは一緒だ。


 ただし、この後のスラウキンとの会話によって予想だにしないことが判明する。



「それで症状は? 老齢でほとんど外には出ないって話しか知らないけど…」


「老齢…ですか」


「あれ? 違った? たしか九十歳くらいとか聞いたよ」


「ああ、いえ、すみません。年齢はそうなのですが…病状と関係することでして。ううむ、これが奇妙な話なのですが…その、信じてもらえるかどうか…」


「そんなに言い淀むことなの?」



 スラウキンにしては珍しく言いづらそうだ。ツーバの名前を出した時以上に口篭っている。


 ただ、言わねば話が先に進まないので、意を決したように白状する。






「実は―――【若返っている】のです」






「…へ? …若返る?」



 スラウキンが本当に奇妙なことを言い出した。


 思わずアンシュラオンも素っ頓狂な声を出す。



「言っている意味がよくわからないけど…そのままの意味?」


「不可思議なことですが、そのままの意味です。現在の肉体年齢は、およそ五十歳程度にまで戻っておられます」


「ビッグは、そんなことは言ってなかったけど?」


「そうでしょうね。ここ何年かは顔を隠してカーテン越しに話していたはずですから。まさか若返るなど思わないでしょう。もし感染する病気だと厄介ですので、私たちがそう助言しております。本当は面会もしないほうがいいのかもしれませんが…」


「若返るのならいいんじゃない? 不老不死とか若返りは人類の夢でしょう?」



 生命の本質たる霊の概念を知ると不老不死の無意味さがよくわかるが、多くの場合、地上においてそれは永遠の夢とされている。



「生き延びさせるのが医療の目的ですから、一つの目標ではあります。それが体現されていれば偉大なことですが…若返るごとに衰弱していくのです。肉体が若返るのに意識のほうが衰弱していきます。結局、寝たきりとなるのです。現在では、もう話すこともできない状況に陥っています」


「それじゃ意味がないね。何百億という金が手に入ったのに意識不明じゃ意味がないのと一緒だ。で、それは病気なの?」


「おそらく…としか言いようがありません。肉体には異常がないのです」


「それすらもわからないか。ふむ…困ったな」


「治せますか?」


「それこそわからないな。ただ、武人の世界だと理論的には若返りってのはあるんだよ。老化ってのは結局、生体磁気の欠乏によって起こることだしね。消費以上に補充してやれば老化はしない」



 実際、アンシュラオンもすでにその段階に至っている。練気による生体磁気の補充によって消費を上回り、肉体は全盛期を維持し続ける。


 この理論でいくと、「老いる=生体磁気の欠乏」であるので、「老化しない=生体磁気の適量補充」となり、「若返り=生体磁気の過剰摂取」である。


 ただし通常は、細胞の劣化や分裂回数に限界があるので老化は不可避だ。人間は造られた目的上、どうしても老化する必要がある。


 地上世界は、あくまで物的体験の場にすぎないからだ。生命の本質は霊、心の世界にこそある。



 が、例外もある。



 ここに【命気】の要素が加わると話が変わってくる。


 命気は細胞復元を可能にする気質なので、欠乏時に劣化した細胞を再生させることができる。命気を定期的に使ってクリーニングすれば、事実上の不老を体現することができるだろう。


 ただ、それは何もしなかった場合。実際に大きな戦闘などを何回もやって疲弊すれば、その限りではない。


 しかもそれはアンシュラオンのような超人だけに許された領域である。一般人には到底不可能なことだ。


 となれば、成長がひどく遅いのならばともかく、九十歳が五十歳に若返ることは明らかに異常である。



「遺伝子の欠損という可能性もあるけど、普通に考えれば、ツーバはおそらく何かしらの異常事態によって生体磁気を過剰に摂取しているんだと思うよ。当人が寝たきりなのにそうなるってことは、やっぱり外的要因なのかな…」


「意図的に他人を若返らせることはできるのですか?」


「戦気術に賦気ってのがあるけど、あれを極限まで行えば不可能じゃない。でも、たぶんその前に死ぬね。自分とは違う生体磁気なんだから、相性が少しでも違えば詰まって死ぬ。他人の血液が入るようなもんだし。あとはオレの知らない術とかかなぁ。この世界のことをすべて知っているわけじゃないし、場合によっては肉体そのものが造り替えられている可能性もあるし…」


「なるほど…これはもう医者の範疇を超えておりますね」


「だね。呪術なのか細胞の突然変異なのかはわからないけど、スラウキンさんたちの領分じゃなさそうだ。これをオレに持ってきたのは正しい判断だったのかもしれないね。医者としては、だけど。さて、どうしょうか…」



(なんだかおかしなことになってきたな。ツーバがそんなことになっていようとは…予想外のことばかりが続くもんだ)



 アンシュラオンは、ソイドマミーを捕まえてツーバと交渉しようと考えていた。ただそれだけだ。ツーバ当人のことはまったく意識していなかった。


 しかし、話すことも困難になっているとなると交渉すらできない。脳死という意味で意識があるのかさえ疑わしい。病状を聞く限り、かなりの厄介事だ。治るかどうかも未知数だ。


 最悪はツーバを諦めて力づくでラングラスを乗っ取ればいいのだろうが、そうすると医師連合がついてこない。


 堅物兼俗物の老人連中を排除するのはいいが、医者の数自体が減ってしまうし、無駄に怖れられて他の医者と距離が生まれるかもしれない。


 スラウキンも西側の医者と接触したと言っていたが、医者という存在はグラス・ギースだけにとどまるものではない。カテゴリーとして独立しているのだ。


 強引な手法は命取り。その噂が広まれば、思わぬところで足をすくわれる可能性もある。


 そして、医師連合がついてこない(あるいは機能不全になる)と医療麻薬の普及もままならず、シャイナやホロロの願望も満たせないし、自分も利益が少なくなる。混乱も増す。


 結局、依頼は受けるしかないのだろう。成否はともかくこのまま放置しておけば、必ずあとでしっぺ返しがやってくるような気がしてならない。



(あくまで勘だけど、これは大きなターニングポイントかもしれないな。今までの人生において、こうした面倒なことを放置して失敗してきたことは数知れずだ。これだけの異常がラングラスのトップに起こっているんだ。何かしら原因がある。そしてそれは、この都市にも大きな影響を及ぼしているはずだ)



 グラス・マンサーの一角が、こんなことになっている。それをおかしいと思わないほうがおかしい。


 前の人生でも、こうした違和感の重要性は学んでいる。ここで労を惜しんではいけない。アンシュラオンの直感がそう言っている。



「形はどうあれ、治せばいいんだね?」


「お願いできますか?」


「やるさ。なんとかするよ」


「ありがとうございます。そして誠に申し訳ないのですが、治療は極秘裏にお願いいたします」


「そりゃ当然だね。それでこそ、そっちにメリットが出る」


「…お恥ずかしい話です。本当はそのようなことで争っている場合ではないと思うのです。医療の進化こそが重要のはず。それを面子などで穢すほうがおかしいのですが…」


「スラウキンさんは立派な医者だね。ほんと尊敬するよ。オレも真似事をちょこっとやってみたけど、長く続ける自信なんてないなぁ。あんな患者たちと話すだけで気持ち悪いし。それを我慢しているだけでも尊敬もんだ」


「先生は正直ですね」


「本物の医者じゃないしね。でも、あんたは医者だ。本物のね」


「医療にすべてを捧げてきました。だからこそ…許せない。医療の価値を認めない人間も…すぐに医者を見放す者も」



 スラウキンは怒りを感じていた。


 彼もまた医療を担当するラングラスの立場に疑念を抱いていた人間の一人だ。最下位であることに納得していない。


 多くの人々は、食糧や道具などの目先のことばかりに目がいき、医療の可能性を追求しようとはしていない。生きていくだけで精一杯だからだ。


 だから医療技術は発展しないし、発展しないから患者も諦める。麻薬に頼り、生活が乱れ、根源的な解決を図れなくなる。完全なる負のスパイラルに陥る。


 そして、そんな中でも必死に努力してきた医者たちを簡単に見放し、ホワイトに乗り換える患者にも怒りを感じている。


 スラウキンも医師連合の人間だ。医者の気持ちはよくわかる。心の中には、多少ながらホワイト医師に対する反発もあるだろう。



 だが、新しいものを受け入れられない者は―――淘汰される。



 それが自然の法則である。スラウキンは、そこまで愚かではない。



「すみません。少し感情的になってしまいました。医者である以上、患者の幸せを願うべきなのに…」


「いやいや、あんなクズどものことなんて気にする必要ないよ。そもそも勝手にそっちの縄張りを荒らしたのはこっちだ。本来はオレが頭を下げるべきなんだろうけど…こういう性格でね。頭を下げるくらいなら死んだほうがましだ。だからお互いにビジネスでいこうよ」


「…わかりました」


「オレに味方する以上、それに見合うだけのメリットを与えるつもりだよ。希少な薬剤などの医薬品はもちろん、命気の研究が進めば医療にだって役立つだろうしね」


「ありがたいことです。…このティーカップももらってよろしいですか?」


「欲しいならどうぞ」



 さっそく命気の研究をやる気満々である。



「そっちの条件は呑む。これで仮契約ってことでいいかな? たぶん、今すぐの治療はできないと思う。身分が身分だけに二人ともタイミングを見計らう必要があるしね」


「問題ありません。両者がご存命の間に何とかしていただければ大丈夫です。私個人は、いつでも何でもご協力いたします」


「ありがとう。助かるよ」




 こうして課題は出来たものの、スラウキンとの交渉は無事まとまった。


 個人とはいえ組織の代表である彼を引き入れた意味は、かなり大きいだろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます