201話 「医師連合、スラウキンとの交渉 中編」


「素晴らしい…なんと素晴らしい力でしょうか。欲しい、欲しい…ぜひ欲しい」


「あげられるものならあげるんだけど…で、命気については何かわかった?」


「さほど大きなことはわかりませんでした。古文書類はもちろん、南に来ている西側大陸の医者の先生にも話を聞きに行ったのですが、下手をすると話すら信じてもらえないくらいでした。あなたのお力は、西側の医療技術すら凌駕しておられる。これは驚異的なことです!」


「ふむ…となると使い手そのものが少ないんだな。この様子だと畑違いだね。医者に聞いても意味がないかも」


「世間でも医術とは認識されていないようですね。その代わり民間医療の伝承としてはいくつか記述が残っておりました。たいていのものは山に住んでいた仙人がたまに下山してきて怪しげな術で治した等々、眉唾物の創作物ですが…」


「へぇ、そっちのほうが近いかもね。どんな感じ?」


「その一つに水のようなものを使う伝承がありました。たしかにホワイト先生がやられているように治療に使ったり、結晶化させて素材としてもちいることもあると…」


「ん? ちょっと待って…結晶化? 何それ?」


「はい。そのように書いてありました。用途は不明ですが…」


「ふーん、結晶化ねぇ…」



(結晶化なんてできるのか? 何のために? ちょっとやってみようかな。…固めて固めて凝固させて、もっともっと凝縮して…圧縮して……あっ、できた)



 アンシュラオンが命気を凝縮していくと―――水晶のようなものが生まれた。


 普段は凝固させるところまでしかやったことがないが、さらに固めて固めて、鉱物を生み出すイメージで強力に圧縮してみると結晶化が起こった。


 圧縮するのでサイズは放出した命気の百分の一以下、小さな米粒大の宝石のようなものとして手に残っている。


 それはまさに生命の結晶。キラキラと輝いており、エネルギーに満ちている。



「うおおおおお!!! な、なんという輝き!! 素晴らしい!! さ、触ってもよろしいですか? うほっ、硬い! 液体が凝固したのですか!? いやもう、これは鉱物そのものですよ! それでこれは何に使うのですか!?」



 この現象にスラウキンも驚愕と興奮。顔を真っ赤にして迫ってきた。


 かなり目が血走っているので怖い。



「い、いや、オレも知らないんだけど…。初めてやったし」


「なるほどなるほど、先生でも初めてとは…! 興奮しますねぇ! ぜひとも写真に収めて東部学会で発表したいものですよ!! け、研究させてください! お願いします!」


「スラウキンさん、お、落ち着こう。こんなのいくらでもあげるからさ」


「本当ですか!! はい、はい! 落ち着きますよ!!! ふーーふーーー!」



 むしろ興奮した気がしないでもない。


 スラウキンは一見すれば真面目だが、こと自分が興味あるものには激しい情熱と執着を見せる。マニアやオタク、変態といった種類の人間に多く見られるタイプだ。食いつく様子がラブヘイアを彷彿とさせる。


 だからこそ彼は最初の接触でアンシュラオンに傾倒した。彼個人としては命気の研究ができるだけで満足なようで、即座に協力を誓っている。



(ふむ…結晶化か。考えたこともなかったな。用途は不明だが…スラウキンに調べさせた意味はあったようだ)



 アンシュラオンは命気を使えるが、使えるだけで実体はよくわかっていない。特に害もないので、スラウキンに調査を一任したというわけだ。


 また、命気のことが論理的に示されれば理事会を納得させることもできる。そういう意図があってのことだ。




「結晶化は真実でしたか。こうなると伝承のほうが真実味がありますね」



 しばらく命気水晶を観察していたスラウキンが、ようやく冷静になって話を続ける。



「何か他の記述はあった?」


「水を飲んだ人間が回復したり、超常的な力を得たという記述があります」


「飲むことはできるよ。実際にオレたちも飲んでいるしね。回復は…するんだろうね、たぶん。治療に使っているくらいだし。あまりそういう意図で飲んだことはないけど。というか、次のは何? 塔のてっぺんにある水?」



 某有名漫画でそんな感じの水があったのを思い出す。半分は劇薬だった気もするが。



「詳細は不明です。飲むと仙人の力を継承できるという逸話もありましたが…やはり創作でしょうね。そんな便利なものがあるとは思えません」


「力の継承…か」



 ぼけっと座っているサナをちらりと見る。彼女など毎日ガブガブ飲んでいるものだ。



(サナに変わった様子はないよな? 飲んだだけで強くなるわけないしな。安全を確認した時に何度も調べたんだ。問題はないはずだ)



 サナが飲み水として命気を要求し始めた頃、患者や犬などで実験して安全性を確かめたものだ。それはもう狂ったように飲ませて確認した。


 が、結果は何も変わらない。情報公開を何度も使って確認したので間違いないはずだ。


 サナもルアンに勝てるほど強くはなっているが、どう考えても常人の域である。普通に賦気の効果であろう。



「命気については、今のところこれが精一杯です。本格的に研究をすれば何かわかると思いますが…」


「理事会はそれで納得したの?」


「…申し訳ありません。残念ながら根拠が足りず、先生の加盟は認められませんでした」


「オレとしては、まったくもってそんなことはどうでもいいんだけどね。医師連合に入りたいわけじゃないし。協力してもらえれば十分だ」


「私としては先生に入っていただけるのが一番ですが…」


「そうなると命気の研究を独占できないよ?」


「なるほど。では、入らないでください」



 即答である。そう言われるとちょっと傷つく。



(べつにオレのことを認めなくても、医療麻薬の普及と支持だけしてくれればいいのに…医者のプライドは面倒くさいな)



 アンシュラオンが医師連合に対して求めているのは、当然ながら「医療分野での互恵関係」である。


 彼らはクーデターのことは知らない。知る必要もないので教えていない。そんな危険は冒せない。


 あくまで全面的な協力とバックアップを取引材料として、彼らを抱き込みたいだけである。そのためにソブカにも一筆書いてもらったのだ。


 が、嫉妬か狭量かは知らないが、理事会はホワイトを医者として認めるかどうかで争っている。くだらないとは思うのだが、同じ医者かどうか、仲間かどうか、同じ土俵かどうかでしか判断ができないらしい。


 いくらスラウキン個人がアンシュラオンに傾倒していても、医師連合全体の協力がなければ意味がない。そのためにいろいろと動いているのだ。



「でも、ここに来たってことは違う方法があるってことでしょう? それを聞かせてよ」


「その通りです。たしかに先生自体は認められませんでしたが、その効果については嫌でも認めるしかありません。そこで、現在医師連合が抱えている問題に助力を願えればと思います」


「へぇ、そっちできたか。興味深いね。茶でも飲みながらゆっくり聞こうか」



 アンシュラオンがティーポットに命気を注ぎ、それを火気で加熱。そこに茶葉を入れると紅茶があっという間に完成。



「せっかくだ。結晶化を試してみようかな」



 命気を結晶化させてティーカップを造り、そこに茶を注ぐ。


 特に結晶が熱くなることもなく、漏れもしない。普通に容器として使えるようだ。



「うーん、便利だ。これは使えるかもしれないな。太陽の下だと反射して眩しいからちょっと嫌だけど」


「贅沢な悩みですね…羨ましい」



 その様子をスラウキンが興味深そうに凝視していた。アンシュラオンにとっては普通でも、彼にとっては今まで見たことがない新しい世界なのだろう。


 注がれた命気水を舐めるように飲んでみたり、手に垂らして匂いを嗅いだり、研究者らしい探究心に満ちた行動が印象的だ。



「…もくもく、ごくごく」



 一方のサナは一心不乱に茶菓子を食べ、当たり前のように命気水をガブ飲みしている。


 彼女はスラウキンにまったく興味がないのか、特に何も反応を示していない。シャイナやサリータには反応していたので、このあたりも好みがはっきりしているようだ。



「で、問題って? グラス・ギースの医療レベルの話?」


「それも難題中の難題ですが、個別の案件で申し上げますと特殊な症例の患者が二名おられます。お恥ずかしい話ですが我々の技術ではどうにもなりません」


「それを治せと? それで理事会は納得するって?」


「はい。それは間違いありません。証文を取り付けてあります」


「なるほどねぇ。簡単な話だけど…」



(理事会のやつらはオレが気に入らないはずだ。そのわりに提示した条件が簡単すぎる。となると…厄介事かな)



 たかだか二名の治療など、下手をすれば即日で終わるものだ。


 それをわざわざ提示するとなると明らかに通常の案件でないことがわかる。つまりは厄介事だ。



 そして、アンシュラオンの予感は的中する。



「患者は誰?」


「本来ならば守秘義務がありますが…致し方ありません。お一人目は、領主夫人であられるキャロアニーセ様。症状は、筋組織の急速な萎縮による著しい運動障害です。現在では、ほぼ寝たきりになっておられます」


「領主夫人!? あいつに妻がいたの!?」


「おや、ご存知ありませんでしたか」


「そういえば前に愛妻家という話を聞いたような…本当にいたんだ。脳内妻かと思っていたよ。どこでさらってきたの?」


「いえいえ、きちんとした恋愛結婚らしいですよ」


「夫人は…容姿的にはどうなの?」


「お美しい方ですよ。ご息女のベルロアナ様は母親似ですね」


「イタ嬢は顔だけならば一級品だ。…そんな美人があれと恋愛!? …恐ろしいことだ。狂気の沙汰としか思えない。どうしよう。震えが止まらない…」



 あの領主が恋愛などと、これほど奇妙なことが起こっていたとは世界は不思議で一杯だ。


 ただ、ビッグとリンダのような美女と野獣の例もある。人間の遺伝子は自分とは違うものを求めるのだろう。


 と、そのことは置いておき、病状である。



「筋肉の萎縮か…たまに聞くね」


「夫人は武人なので日常生活はなんとか行えておりますが、病状は進行する一方です。先生ならば治せるでしょうか?」


「さぁ、やってみないことにはね。細胞復元で治るのであれば大丈夫だと思うけど。命気って細胞系に強いし。ただ、領主夫人となると厄介だな。領主城には行きたくないし…車椅子で連れ出すことはできる?」


「城内は車椅子で移動しておられますが、基本的には室内からは出られません。夫人の容態を心配なさっておられる領主が外に出さないように命令しているそうです」


「しょうがないな。野獣に起こった唯一の奇跡だ。大事にするのは理解できる。ふむ、治療と言っても…駄目か。どっちにしろ領主に気取られる。まだ領主と接触したくはないしな。こっちは病状よりも接触することのほうが大変そうだ。スラウキンさんは会えるの?」


「はい。私と数名の医者は定期的に診察を行っておりますので、自由に領主城に入って会うことができます」


「うーん、だったらそっちの路線でなんとかするしかないか。最悪は忍び込むって方法もあるしね」



(と言ったものの、あんな場所に二度は行きたくないよな。サナも連れていくのは嫌だし。なんとか行かないで済ます方法を模索したいな)



 安全性という意味では問題ないが、不快という意味では好んで行きたいとは思わない場所だ。


 ただ、領主に不満はあっても夫人に罪はない。美人ならば助けてもいいとは考えている。



「で、もう一人は?」


「次の患者は、あまり公にはできない人物でして…もしかしたら難しい対応になるかもしれません」


「今回はしょうがない。誰であっても覚悟はしているから、教えてよ」


「そうですか。では申し上げますが…」



 スラウキンは少しばかり迷いながら、結局その名前を口にする。






―――「ツーバ・ラングラス様です」






(なるほど、そうきたか…。こりゃ一本取られたな。これは考えてなかった)



 これにはアンシュラオンも少しだけ苦笑いである。


 まさか自分がこれから蹴落とそうとしてる一派の長の話が出るとは、人生はなんとも皮肉なものである。




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