200話 「医師連合、スラウキンとの交渉 前編」


 治療がひと段落ついたころ、アンシュラオンは空き地のパーティー会場に戻る。


 そして、そこにいた一人の特徴的な男に声をかけた。



「よぉ、豚君。元気そうで何よりだ」


「て、てめぇ、ホワイト…!! どの面下げて!!」


「どの面って言われてもな。オレはいつも仮面だ」


「そういうことを言っているんじゃねえよ!」


「そんなにいきり立つなよ。お祝いの場だぞ」


「何がお祝いだ! お前、こんなことして…!」


「ぎゃんぎゃん騒ぐな。あっちにいるマフィアの監視たちが見ているぞ」


「くっ…!」



 記念パーティーに招いたゲストの一人は、ソイドファミリーのナンバー3、若頭のソイドビッグ。


 彼がここに来ていることは対外的に見てもおかしいことではない。なにせ最初に接触したのが彼らであり、家紋入りの馬車で接待した経緯もあるからだ。


 だが、すでにホワイト商会が騒動を起こしている以上、あまり賢明な動きではないだろう。そのせいかビッグの顔も非常に苦々しいものになっている。



「来たくなければ来なければよかったのに。べつにお前に会いたいわけじゃないし」


「俺だってそうだよ! だが、そうしたらリンダにしわ寄せがいくだろう!」


「まあな。軽く尻を叩くくらいはするぞ。それだけで大泣きしそうだけどな」


「当たり前だ! リンダには近寄るな! お前の存在自体がトラウマなんだよ! これ以上、麻薬中毒者にするな!」


「ははは、麻薬を売っているお前が言うと面白いよ。相変わらずのラブラブぶりだな。うむうむ、結構なことだ。リンダの身が心配ならおとなしくしておくんだな」


「くそっ…マフィアよりマフィアらしいやつだよ、あんたは…!」


「これでも手加減しているんだけどな。まあ、褒め言葉は素直に受け取っておくさ」



 どのみちビッグは逆らえない。当人がどう思おうと従うしかないのだ。


 ただ、一応探りは入れておく。



「ソイドダディーは何か言っていたか?」


「…いや。あんたとの一件は、そもそも俺に一任してくれている。だからこそ最低の気分だ。どうしてこんなことをする? ソブカと何か企んでやがるのか?」


「襲撃のことか? お前は気にすることはない」


「普通は気にするだろう!」


「知ったところで意味はない。余計に苦しむだけだ。そういうお前の弱いメンタルを考慮して、あまり負担をかけないようにしてやっているんだ。普段は自由にさせているだろう? そこはありがたく思えよ。だが、リミットが近いことは覚えておけ」


「…家族は…殺すな」


「その前に自分の心配をするんだな。オレがなぜお前を鍛えたのか、その意味は薄々わかっているんじゃないのか? 今、お前がここにいる。それが理由だ。これでわからなければ本当に頭が悪い証拠だぞ」



 ホワイト商会とソイドファミリーが接近していることは、前述したようにすでに周知の事実。


 この場にナンバー3のソイドビッグがいることが何よりの証拠。


 監視の目もアンシュラオンと同じくらい強い視線がビッグに向けられている。明らかに敵意が混じっている視線だ。



「いやいや、ソイドファミリーも大変だな。みんなから恨まれているようだ。普段の行いが悪いせいだな。そうそう、請求書を払ってくれてありがとう。おかげでやりやすくなった。持つべきものは友だよな。なぁ、相棒?」


「てめぇ、最初からそのつもりだったんだな! ハメる気だったんだろう! 今じゃあのネタのせいで他の派閥からも突き上げくらってんだぞ! このままじゃ商売に影響が出る! つーか、もう出てんだよ!」


「お前だってオレをハメる気だっただろうが。因果応報だ。くくく、これでお前たちも狙われる身だ。自衛はしっかりしておけよ」


「俺たちは無関係だ! ここに来たのも…来たのもその……営業の範囲内でのことだ。そうだ、商談のためだ」


「その言い訳を他人が信じてくれるといいなぁ。マングラスやジングラス、それにハングラスまで敵になると大変だろうしな」


「てめっ…まさかハングラスにまで手を出すのか!?」


「あっ、言っちゃった。オレとしたことがうっかりだなぁ。今のは聞かなかったことにしておいてくれ。聞いたところでどうしようもないだろうしな。だが気をつけろ。負けたら切り分けられてロース肉にされちまうぞ。お前だけならばいいがリンダや家族だって危ないんだ。武闘派なら武闘派らしく腕力で守るんだな」


「…ぐううっ! 俺にはお前の考えていることがさっぱり理解できねぇ! 金が欲しいんじゃねえのか?」


「そうだ」


「だったら金のあるところだけを狙って襲えばいいだろう!」


「ははは。短絡的な銀行強盗の発想だな。その結末は銃殺か? お前にはお似合いだ。だが、オレは違う。すべてを計算して動き、後の憂いなく金だけをもらう。お前には到底理解できまいよ。ただそうだな、一つ勘違いをしているようだから教えておいてやろう」


「勘違い? 何をだ? お前からは悪意しか感じないぞ」


「それはそうだな。そもそも敵だったわけだからな。だが、オレはお前を安易に犠牲にしようなどと思ってはいない」


「…どういう意味だ?」


「考えてもみろ。もしお前を捨て駒にするつもりだったら、わざわざ鍛えてやろうなどとは思わない」


「あのカニとの戦いは死にそうだったぞ!」


「それくらいで死ぬようならば生かす価値もないだろう。しかし、お前は勝った。だからな、お前はこれから―――【英雄ヒーロー】になるんだ」


「…は?」


「若いってのはいいよな。それだけで期待される。お前もなかなかいい面構えになった。死線を超えたやつの目だ。最低限の資格はある」


「何を言っているのか…ますますわからねぇ。あんた、頭がおかしくなったんじゃねえのか?」


「いつの時代も愚者は賢者を理解できないもんだ。お前に理解されようとも思わんさ。それより、そろそろ紹介してくれよ。あちらさんも待っているようだぜ」



 アンシュラオンが、少し離れた場所にいる男に目を向ける。


 四角メガネをかけたボサボサの黒髪の四十代後半の男で、肌の色は青白く、目の下にも薄くクマが浮かんでいるのであまり健康的とは言いがたい。


 他の人間がさまざまな色の服を着ているのに対し、その男が着ているものは―――白衣。


 薬品の臭いが染み付いているせいか周囲には誰もいない。せっかくの料理もその臭いで台無しにされるからだろう。



「あの人と会ってどうする? 俺が言うのもなんだが…けっこう変な人だぞ?」


「オレと彼が会うのは状況的に自然だと思うが? いいから、さっさと呼べ」


「…スラウキンさん、来てくれ」



 ビッグがその男、スラウキンを呼び寄せる。


 ふらふらとした足取りながらも、やたら眼光だけは鋭いので妙な迫力を有している。


 スラウキンはアンシュラオンの前に立つと、恭しく礼をした。



「初めまして。【医師連合】の代表を務めております、スラウキンと申します」


「初めまして、ホワイトです」


「おお、ホワイト先生…お会いしたかった。ずっとあなたに会いたかったのです!」


「私もあなたに会いたかったですよ」


「それは嬉しいことです。ぜひともお話を伺いたいのですが…」


「ええ、では事務所の中で。ああ、ビッグさんは帰っていいですよ。もう用済みですから。せっかくここまで来られたのですから、彼女さんにでも会っていかれるとよいでしょう」


「くっ…お前にそこまで指図されたくねぇよ! スラウキンさん、気をつけろよ。そいつは悪党だぜ」



 ビッグは、そんな捨て台詞を残してパーティー会場を後にする。


 向かった先がホテル街の方向なので、なんだかんだ言いながらリンダに会いに行くに違いない。


 しかし、忘れそうになるがリンダは密偵だ。対外的にはソイドファミリーの身内とバレてはいけないのだが、平然と会いに行こうとするあたり、逆に心配になるほど隙だらけだ。


 半ばもう「どうにでもなれ!」と自暴自棄なのかもしれない。リンダという癒しがなければ駄目になるほど追い詰められているようだ。



「すみませんね、スラウキンさん。彼はちょっと被害妄想と虚言癖の兆候がありまして、よく変なことを言うのですよ」


「ああいうお仕事の人にはよくあることですよ」


「ははは、そうですか。では、行きましょう」





 まだパーティーは続いており、ステージでは即興の手品大会や歌唱大会のようなものが催されている。久々の治療と豪華な料理に誰もが満足しているようだ。


 その熱に紛れるように、アンシュラオンはスラウキンと一緒に事務所に向かう。


 入り口には戦罪者が二名、見張りに立っていた。



「誰も入れるな」


「うす」



 戦罪者に命令を出し、中に入る。


 事務所は二階建ての屋敷のようになっており、かなりしっかりした造りである。さすが本職の大工は違う。まさに本物の家屋だ。


 客間に案内する間、アンシュラオンはスラウキンを観察していた。



(医師連合代表のスラウキン…ラングラスの中でも特殊な存在だな。いや、グラス・ギースの中で、か)



 ラングラス一派として扱われる医師連合であるが、その中でも彼らは特別扱いを受けている。


 すべての医者がこの組織に属することを強要されているので、彼らなくして医療行為は受けられない。


 それゆえに他派閥、それが領主やマングラスであろうとも医師連合を潰したり圧力をかけることはできないのだ。



(こちらの話に乗ってくるといいが…いいや、乗ってくる。必ずな。今日ここにやってきたことがその証拠だ)



 アンシュラオンは彼らと組みたいと思っていた。


 ラングラスを牛耳ったとしても医師連合がついてこないのならば意味はない。医療麻薬の流通も難しくなるだろう。


 自分は本物の医者ではないし、独りで治療を続けることは難しい。何より早く辞めたいとすら思っている。だから医者の確保は急務なのだ。


 かといって協力を無理強いするわけにはいかない。


 薬を含む医療機器の制限などを材料に脅すこともできるが、反発されてボイコットやストライキが起こると面倒になる。


 スラウキンをぱっと見てもわかるように、彼らは変わり者の集団なのだ。金や暴力だけでは動かない人間も多い。


 まずは穏便に話し合い。それが安全だろう。




 ガチャッ


 客間に入り、波動円で事務所の周囲に誰もいないことがわかるや否や、少しだけ空気が変わった。



「ここまで来れば大丈夫だ。もう演技の必要はない。すまないね。わざわざこんな茶番に付き合わせて」


「いえ、かまいません。ソイドビッグさんも大変なようですからね」



 アンシュラオンが突然、砕けた態度を取る。


 その様子にスラウキンは驚かない。笑顔を浮かべて対応する。



「まあ、座ってよ」


「失礼いたします」


「それでスラウキンさん、ここに来たということは、オレと組むってことでいいのかな?」


「はい」


「賢明な判断だね。今日会うのはあまりいいタイミングではなかったけど、それだけの価値はあったかな」



 アンシュラオンとスラウキンは―――面識があった。



 最初にキブカ商会と接触した後、時間がある間にスラウキンとも接触を図っていたのだ。


 その際にお互いの条件を詰めていたのだが、彼には即断できない理由があった。そのため先延ばしにしており、事務所完成をリミットに指定していた。


 他の人間にも見られるので今日がベストとは言いがたいが、医者が医者に会いに行くのだからおかしくはないはずだ。ビッグに紹介させるという手段をもちいれば、さらに危険は分散される。


 ただし医師連合まで接触するとなると、ラングラス一派全体に圧力がかかることになる。キブカ商会も動きつつあるので、ラングラスへの疑惑はさらに強まっていくだろう。



(疑惑が強まること自体は計画に盛り込まれていたことだしな。…どうせ時間の問題だ。ソブカも動けばさらに混乱するだろうし、逆にこのほうがいいかもしれないな)



 ラングラス一派全体が怪しい動きをすれば、それこそ相手は困惑するに違いない。一つの組織だけに力を集中できなくなり、ソイドファミリーやキブカ商会への圧力も減る。結果的には今日でよかったのだろう。



 それよりは、スラウキンが今日来たことが重要だ。それは医師連合内部で進展があったことを意味する。



「理事会は掌握できたの?」


「申し訳ありません。まだ完全ではありません。まだ迷っている者もいるようです」


「やれやれ、これだけ時間を与えてもか。医者ってのは頭が固い連中が多いらしいからね。それもしょうがないか」



 スラウキンが即断できなかったのは、医師連合の他の理事がホワイトに難色を示していたからだ。


 その理由は簡単だ。



「ホワイト先生のお力が、あまりに人智を超越しているのです。医者としては、なかなか認められないものでしょう。特にお歳を召した古参の方々は」


「どこの業界も面倒くさいな。しがらみばかりだ。この程度のことも認められないんじゃ、これから苦労するよ」



 アンシュラオンが命気を放出して浮かべてみせる。


 そう、この命気というものを医者が受け入れないのだ。そんな万能なものがあってたまるか、という理屈なのだろう。


 実際、アンシュラオンもそう思う時があるが、使えるのならばそれでいいと割り切っている。が、医者はそうではないというわけだ。


 そんな連中にぜひ姉を見せてやりたいものだ。あまりの常識はずれにショック死してしまうかもしれない。彼女にかかれば生命創造すらできそうなのだから。



 しかし、例外もいる。



 スラウキンが、目を爛々と輝かせて命気を見つめる。その顔には「知的探究心」という文字が書かれているかのように食いついている。



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