199話 「事務所完成記念パーティー」


「なぁ、今日は診察があるって本当か?」


「私はそう聞いたけどねぇ…」


「最近、先生があまり来なくなった理由ってなんだぁ?」


「これは噂だけどね、裏で圧力をかけたやつらがいるって話だよ。それであまり診察所を開けられなくなったってさぁ」


「なんだよ、それ。いったい誰がそんなことを…!」


「あいつらじゃないのかねぇ。ほら、あそこさ」



 老婆が指差した場所には、どう見ても堅気ではない連中がいた。


 それも数人というレベルではなく、あちこちにもいくつかのグループがおり、こちらに対して目を光らせているようだ。



「あいつら…筋者かぁ? どうして邪魔を?」


「先生が治療するのが面白くないのさ。こっちは少ない生活費でやりくりしているってのに、まったく許せないねぇ!」


「自分たちだけ儲けやがって…なんたるやつらだ! 先生に手出ししたら、ただじゃおかねえぞ!」


「そうだ、そうだ!」



 中年の男の声に周囲が賛同する。彼らにとってホワイト医師は最後の頼みの綱。唯一の救世主である。


 ただ、相手がマフィアだとわかっているので、まだ彼らも自制が利いている状態である。


 それはギリギリのところでホワイトが診察を続けているからだ。



「えー、皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより『ホワイト商会事務所、完成記念パーティー』を開催いたします。それでは、主宰のホワイト様、よろしくお願いいたします」



 進行役のバニーガール(日雇い、三十歳)がステージを指差す。


 ドバーーーンッ モクモクモク


 爆発と煙幕による派手な演出が終わると、そこには白スーツに仮面の少年が堂々と立っていた。隣には黒姫もいる。



「おお、ホワイト様がおいでになったぞ! 黒姫様もいらっしゃる!」


「ありがたや、ありがたや!」


「お出迎えじゃーー! 呪文を唱えよー!」


「もにゃもにゃもにゃ、むじゃむじゃむじゃ!」



 最近では崇める者も現れ、よく聞き取れない謎の呪文を唱える輩も多くなった。


 地球でも、たまに駅にいる怪しいおっさんにコインを入れてやると、早口で「もにゃもにゃもにゃ! チベットにご寄付を!」とか言うので、ぜひ一度試してもらいたい。



 ワーワー パチパチパチッ


 万雷の拍手の中、アンシュラオンが意気揚々と挨拶を始める。



「本日、無事に事務所が完成いたしました。これもすべては患者の皆さんのおかげです。心から御礼申し上げます。皆さんの幸せこそが私の幸せです。ホワイト商会は、患者の皆さんのために存在します。この事務所と新しい診察所が少しでも皆さんのためになることを祈っております。今日はお集まりいただき誠にありがとうございました。ぜひお楽しみください」


「うう、先生! なんて謙虚な人なんだぁ! おいらは、おいらは感動して…!」


「ホワイト先生ーーー! ステキーーー!(黄色い声)」


「黒姫たーん! 最高!(野太い声)」


「どうも、どうも」



 各種声援に応えながら、アンシュラオンとサナが壇上から降りる。


 それを見計らい、バニーガールが観衆に通達を行う。



「本日はささやかながら料理をご用意いたしましたので、どうぞおくつろぎください。治療のほうも行いますので、ご希望の方はあちらにお並びくださいませ」



 事務所の脇には、今までよりも立派な診察所が建てられていた。


 その言葉を聞いた患者たちは、我先にと走りながら順番を競っている。走れる元気があるなら大丈夫そうだが、当人いわく病人なのだから仕方ない。



「お並びの方は必ずホワイト商会の理念が書かれたパンフレットをお持ちになってください。パンフレットは無料でご提供しております。それとホワイト先生直筆サイン付きの本、『読めば誰でも幸せになれる本 ザ・ハッピー』もご用意してあります。こちらは有料となりますが、お持ちの方は優先的に治療を行うとのことです。本はたくさん買った方を優先いたします。もちろんパンフレットの方は無料で診察いたしますのでご安心ください。ただし治療は先着五十名様限定となります。どうぞお急ぎください」


「うおおお! 買うぞ!! 五冊くれ!」


「こっちもだ!! 十冊くれ!!」


「ありがとうございます。ありがとうございます。これからもホワイト商会をどうぞよろしくお願いいたします」



 無料のパンフレットだけではなく有料の本まで売れていく。有料の本は診察料の代わりになっているので、それが一万円だろうが問題ない。しかも先着五十名しか治療しないので、当然ながらバカ売れだ。



 そう、ここはホワイト商会の事務所。



 ついに完成した記念にパーティーを開いているのだ。


 旧診察所のほうにも報せを出しておいたので、完成した事務所前には患者が大勢詰め掛けていた。


 ただ、黄色い声(+野太い声)も交じっており、若干アイドルのコンサートに近い雰囲気があったりもするが。





 患者の熱狂を受けながら、アンシュラオンは診察所に向かう。


 そこには一人の女性が待っていた。



「よぉ、シャイナ、久しぶりだな。元気にしていたか」


「せ、先生ー! どうなっているんですか!?」


「そんなに慌ててどうした? 痴漢にでも遭ったか? だから常々自衛を大切にと…」


「ち、違いますよ! 痴漢には遭っていません!」


「本当か? 勝手に処女じゃなくなったら、捨てはしないが降格処分だからな」


「犬より下って…どこまで下があるんですか?」


「ミトコンドリアくらいまではある」



 犬 → 鳥 → 魚 → トカゲ → カエル → 蛆虫 → ミトコンドリア



「安心しろ。あと六段階まで落ちることができる」


「上がる道を示してくださいよ!!」


「残念だが、今の犬がお前にとっての頂点だ」


「ええええーーー!? これでですかー!? あうー、サナちゃん、引っ張らないでー」


「…ぐいぐい、なでなで」



 サナも久々にゴールデン・シャイーナに出会えて嬉しそうだ。引っ張ったり撫でたりしている。


 犬は犬以上にはなれないのだ。残念!



「それで、何を慌てている?」


「慌てているというか…あんな感じじゃ普通は居心地悪くなりますよ」


「呪文を唱えるやつらのことか? たしかにうざいを通り越して気色悪いがな。むしろ戦慄だ。だが、本を買うので許してやらんでもない」


「ところでその本、何が書いてあるんですか?」


「うむ、題名通りだ。読めば誰でも幸せになる本だ」


「内容は?」


「さぁ? 知らん」


「へ? どうしてですか? 書いたんですよね?」


「書いたのはマタゾーという商会員の破戒僧…というか破壊僧だ。適当に念仏でも書いてあるんじゃないのか? きっと幸せになるさ。まあ、さっき見たら人の殺し方が書いてあったから読むのをやめたが…」


「完全に詐欺じゃないですか!? 全然書いてないですよ! しかも内容が酷い!!」


「何を言う。サインは書いたぞ。ついでにバカ売れだ。売れれば中身など何でもいいんだよ。世の中の大半の本がそうだろうが」


「もうっ、何してるんですか! と、そっちじゃないです。もっと危険な人たちがいるでしょう? あっちですよ!」



 シャイナがマフィアの監視員を指差す。



「ああ、あれか。最近見慣れたからな…あまり気にならなくなってしまったな。というか、人殺しを推奨する僧侶のほうが怖くないか? それに比べればあんなのたいしたことないぞ」


「そっちも怖いですけど、こっちは実害があるじゃないですか。…どうにかなりませんか? 毎日増えていきますよ」


「ははは、それだけオレたちが有名になった証拠じゃないか。結構なことだ」


「それってたぶん【悪名】のほうですよね? 最近、よくない噂も聞きますけど…」


「どんなものだ?」


「先生が悪党連中を引き連れて、あちこちを襲っているって」


「ふむ、噂か。安心しろ。すべて事実だ」


「だから安心できないんですよ!? どうなっているんですか! 説明してくださいよ!」


「お前は何も知る必要はない。黙って普段の生活を続けていろ」


「ううー、どうして私には教えてくれないんですかー! ホロロさんには教えているくせにー!」


「だってお前、嘘がつけないし」


「そうですけどーーー! ううーー! 悔しいーー!」


「何を張り合っているんだ。そもそも役割が違うじゃないか。安心しろ。あいつらは襲ってこない。正確に言えば、襲ってこられないんだ。患者がいるからな」



 アンシュラオンがここに診察所を配置したのは、それが自衛にもなるからだ。


 マフィアとて一般人を簡単に害したりはできない。誰かしらどこかの勢力の労働力として働いているので、迂闊に攻撃すると突き上げをくらうからだ。


 それ以前に彼らは都市を維持する側の人間。住民に攻撃を開始したら、それこそ末期。自殺行為である。


 昼間は襲撃に出かけることが多いので事務所の警備が疎かになる。そういったとき患者が盾になって守ってくれるのだ。


 よって、こうして遠くから監視するしかない。かといって夜になれば襲いかかってくるわけでもない。


 上級街は領主のお膝元でもある。勝手に大きな争いを起こすわけにはいかない。これもまた領主が詳細を知らないことと関連している。



「最悪、患者どもには自決してでも守れと言ってある。やつらも集団自決なんて後味が悪いだろうから襲ってなどこないさ」


「医者の言葉じゃないですよ!? 戦時中ですか、ここ!?」


「ある意味で正しい表現だな。それより診察をするぞ。準備をしろ」


「えっ!? 本当にいいんですか? ものすごい久しぶりじゃないですか!」


「ああ、かまわない。これも計画の一部だ」


「ねぇ先生、真面目に仕事して平和に暮らしませんか? 危ないことをしても大変なだけですって」


「真面目に仕事をしているお前が、こんな状況なのにか? もともとはお前が発端だぞ。父親を助けるんだろう? それも計画に入っているんだ。そうしない限り、お前は一生売人だ。オレは飼い犬に売人をやらせておくつもりはない。他人の命令で自分の犬が動くなんて許せないからな。お前は解放されるのが嬉しくないのか?」


「そ、それは嬉しいですけど…なんだかどんどん危ない方向にいっているなって思って…」


「危険を冒さずして利益は手に入らん。だが、お前のほうはどうなんだ? 本当に誰にも襲われていないのか?」


「心配してくれるんですか?」


「当然だ。お前に何かあったらサナが哀しむからな」


「先生も哀しんでくださいよ!」


「喜んで股を開くようになったら心配してやろう。しかし、なるほど…まだ大丈夫か」



(こっちが本格的に動き出したから多少心配だったが、今のところ相手も動きにくいか。オレたちは店に攻撃はしたがマフィアの構成員は殺していない。だからまだ本気では動けない。想定通りというか甘いというか、筋者ゆえに筋を通しているというか…こっちとしては好都合だけどな)



 アンシュラオンは意図的にマフィアの構成員を殺してはいない。殺したのはあくまで管轄の店の者であり、直轄の組員には手を出していないのだ。せいぜいジングラスのドライバーの足を矢で撃ったくらいである。


 ちなみにハンベエはドライバーを殺したが、アンシュラオンは自分がやっていないので完全に忘れている。ホワイト商会が強いことが、安易に襲ってこない最大の要因なのだろう。


 今のところはファテロナも言っていた通り、まだ大事には至っていないということだ。


 ただ、周囲の状況を見るに徐々に危険が増していることは間違いないだろう。次の大きな襲撃を境に状況は一変する可能性もある。


 逆に言えば、それまでは無事である。その間に態勢を整えればいい。



「それじゃ、治療を始めるぞ」


「は、はい。ふんふんふーん♪」


「なんで腰を振る? 誘っているのか? この淫売め!!」


「違いますよ!! もうっ、どうしてわからないかなー!」


「?? 何を言っているんだ?」


「…じー」


「ん? サナ…どうした?」



 サナがじっとシャイナを見ていた―――その【服】を。


 それで気がつく。



「ああ、その服…デパートで買ったやつか?」


「そ、そうですよ。ど、どうですか? こないだのとはまた違うやつですけど…」


「いいんじゃないか? 元がいいんだ。似合うさ」


「えっ!? そ、そうですか? えへへ、嬉しいです」


「そういえばサリータにも何か買ってやらないとな。美人なんだし、着飾れば見れるようになるよな。あと、そうか…ロゼ姉妹にも買ってやるか。楽しみだな。これは夢にまで見たロリータ戦隊が作れるかもしれんぞ」


「え? ええ!? だ、誰ですか!? サリータ? ロゼ?」


「ん? お前にはまだ言ってなかったか。オレの新しいスレイブだ。ロゼ姉妹は子供だけどな」


「ええええええええええ!? 知らない間に増えてる!!」


「しょうがない。お前はいなかったんだ。というか忘れてた」


「忘れてた!? 酷い! なんで勝手に増やすんですかーー!! 私がいるじゃないですか!! ホロロさんだっているのに!」


「それで足りるわけないだろう。女はお前だけじゃないんだ。それ以前に、お前はまだスレイブじゃないだろう。危うく騙されるところだったぞ。シャイナのくせに高等テクニックを使いやがって」


「…むうう! 先生はどうしてそうなんですか!!」


「何がだ?」


「知りません!!」


「いや、知らないって…」


「だから知りません!」



 ぷりぷりと尻を振りながら診察所に入っていってしまった。



(シャイナのやつ、またへそを曲げたな。ヒステリックな女はこれだからな…。まあいい。無事が確認できただけでよしとするか。さっさと治療を終わらせて目的を果たそう。先方もちゃんと来ているようだしな)



 こうして今日は診察を続けるのであった。


 しかしながら、このパーティーを遊びで開いたわけではない。


 この日、ゲストが二人ばかり来ていた。そちらが本命だ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます