198話 「ジングラス襲撃 後編」


「そ、そんな! 百トンもの荷物を運ぶクルマだぞ! 人間独りでどうにかなるもんじゃない!」


「ああ、そんなに運べましたか。軽いので積載量を心配しちゃいましたよ」


「な、なんなんだよ…お前は!!」


「だから言ったでしょう? 武人だって。あの岩を運んだのも私一人ですからね。最初はあいつらも使っていたんですが、遅くて遅くて…。いや、上司としては部下に任せるべきなんでしょうけどね。人殺し以外は苦手なやつらなんで困ったもんですよ」


「ば、化け物…」


「やだなぁ、人の顔を見て化け物だなんて。傷ついちゃいますよ。ちょっと罰が必要かな。ほら黒姫、やってごらん。狙う場所は足だよ」


「…こくり」


「な、なにを…」



 サナがクロスボウを構えて―――撃つ。


 その動作に迷いはまったくない。すでに手慣れた様子で即座に発射。



「ぐぁっ!!」



 ブスッ


 矢はドライバーの太ももに命中。ずっぷりと突き刺さる。



「おお、いいぞ。もうクロスボウはほとんど完璧だな」


「…こくり」


「やっぱり実戦が一番習熟が早いな。それじゃ、降りてもらえますかね」


「あっ!!」



 アンシュラオンがドライバーを掴むと、外に放り出す。


 そして、そのままトラクターに乗り込んだ。



「初めてのクルマの操縦だ。どんなもんかな。楽しみだな」


「ま、待て…! 待ってくれ! 荷物はどうか…」


「最初から言うことを聞いていればよかったのにね。そうしたら旨みもあったのに。要領が悪いと生きづらい人生になっちゃいますよ。んじゃ、おたくらのボスによろしく。会える日を楽しみにしていると伝えてください」



 ブオオオッ


 トラクターが動き出し、マサゴロウたちもクルマに掴まって移動していく。


 ドライバーが追いかけようとするが、足が痛くて満足に歩けない。ひょこひょこと片足でケンケンするのが精一杯だ。



「くそおお!! やられた!!」



 もうその言葉しか浮かんでこなかった。


 これが魔獣にやられたのならば仕方ないとも思えるが、同じ人間相手にやられると非常に悔しいのはなぜだろう。



「…ひっ、死んでる…。渡り狼が…全滅なんて……」



 しかし、目の前に広がる大惨事に比べれば、この程度の怪我で済んだ自分は幸運だろう。たかが足。古傷は残るかもしれないが治療すれば治る程度のものだ。


 彼には遠ざかるクルマを見送ることしかできなかった。





 アンシュラオンは奪ったトラクターで移動を開始。


 交通ルートから外れ、荒野に入っていく。



(地球のクルマと大差はないな。アクセルが手元にあるくらいか?)



 初めて運転するクルマだったが、あまり違和感なく操作できていた。


 唯一違うところは、手元でアクセルとブレーキが操作できるところだろうか。地球でも障害者用に運転補助装置というものがあるが、これは案外便利である。



 それからしばらく進み、荒野にぽつんと大きな枯れ木が立っている場所に停車。



 およそ三十分後、違うルートの方向からもう一台のトラクターがやってきた。


 そのクルマが停まると、槍を持った男が降りてくる。



「マタゾー、そっちも上手くいったようだな」


「万事滞りなく。オヤジ殿のご命令通り、ドライバーには名刺を渡して逃しました」


「それでいい。上に報告してもらわないと意味がないしな」



 アンシュラオンたちの数が少なかったのは分担作業にしたからだ。地図で見ると一つしかないルートでも、広大な大地のため道はいくつかに分かれている。


 他のルートにマタゾーやハンベエなどの強い武人を分けて配置し、それぞれがミッシュバル商会のトラクターを襲う計画となっていた。ちなみにヤキチは都市内部の襲撃と事務所の警備担当なので、この場にはいない。


 作戦は、見事成功。


 マタゾーも成功し、さらにもう一台やってきた。


 降りてきたのはハンベエ。



「いやぁ、遅くなって申し訳ありません。ちょっと楽しんでしまいましたよ。ああ、それとドライバーは死んでしまいました。想定外の事故でしてね」


「悪趣味な男であるな。どうせわざと殺したのであろう」


「信じてくださいよー、マタゾーさん。たまたまうっかり毒を吸気してしまったようでしてねぇ。せっかく死ぬのならと少し見学していただけですって。オヤジさん、申し訳ありません」


「証人は二人いれば十分だろう。問題ない。死体が発見されれば同じだ」


「さすがオヤジさん、話がわかる」



 どうやら毒で苦しむ姿を堪能していたようだ。相変わらずの狂人である。


 だが、トラクターは奪取したので十分な働きだ。そもそも戦罪者に丁寧な仕事など求めていない。殺して奪えばそれで十分だ。



 そしてまたしばらく待っていると一台のクルマがやってきた。運搬用のトラクターではなく、もっと小さなバンのような形をしている。


 降りてきたのはファレアスティと、彼女の部下であろうキブカ商会の構成員たちだ。



「今度はこっちのほうが早かったね。オレの勝ちだ」



 アンシュラオンは勝ち誇ったように笑う。初めてファレアスティと出会った際、彼女のほうが先に来ていた件のことを言っているのだ。


 それに対して、彼女は呆れたような声を出す。



「時間を競い合っているわけではありません」


「借りは返さないとね。これでイーブンだ」


「まったく…案外子供ですね。しかし、結果は見事です」


「簡単な仕事だよ。物足りないくらいさ」


「無警戒だったのですから当然でしょう。次は対策を練ってくるはずです。どうぞお気をつけて」


「こっちの心配はいらないな」


「そちらが失敗をすれば、こちらの迷惑になります。そういう心配です」


「あっ、そう。君も相変わらずだね。それよりそっちはちゃんとやってるの? それこそ心配だ」


「こちらも問題ありません。すでに外部の輸出商会と契約を取り付けています。これによって食糧難になることはありません」


「それを聞いて安心したよ。この子たちが食いっぱぐれちゃ困るしね」



 食糧を担当するジングラスを狙えば、グラス・ギース全体に影響を与えてしまう。物資不足による高騰が起き、普通に暮らしている人々は大打撃だ。


 今やサナ以外にも何人か養っている身だ。結果的にそれが自分に降りかかることになるのは避けたい。全体的に経済が落ち込めば儲けも減ってしまう。


 しかし、その損失分はすぐにキブカ商会によってカバーされることになるだろう。


 独自に築いたルートを使って食料品を輸入したからだ。ジングラスが輸入できなかった分はキブカ商会がまかなうというわけである。都市にダメージはない。



「でも、食料品にまで手を出して大丈夫なの? キャパ不足とかにならない?」


「問題ありません。前々からこちらに手を出すことは決まっていたことです。あとはタイミングでした」


「なるほど、それをオレが与えてやったってことだね。感謝してもらいたいな」


「立場は対等のはずです。お互いの役割の違いにすぎません」


「それくらい言わせてくれてもいいのに。君はほんと、オレが嫌いなんだね」


「………」


「まあいいよ。せっかくだ。他の派閥を巻き込んだほうが面白い」



 ジングラスを狙うのは、アンシュラオンの計画にはなかったことだ。自分の興味はスレイブと、せいぜいジュエル程度しかないからだ。


 しかし、キブカ商会は新しい事業を展開する計画を練っていた。医療器具だけでは限界があるので、より大きな市場に手を出したかったのだ。


 ただし、そのまま参入してはジングラスから文句が出る。最下位のラングラスでは、反対意見を押し切るだけの力はないだろう。


 特にプライリーラというアイドルの存在が大きい。彼女を敵に回せば勝ち目は完全になくなる。



 だが、ジングラスの力が弱まればどうだろう。安定した食糧が仕入れられなかったら?



 まずマフィアたちが管轄する店から苦情が出るだろう。それから住民たちにも不満が溜まり、治安が悪化するかもしれない。それが徐々にジングラスへの圧力になっていく。


 そこにキブカ商会が入り込む隙が生まれる。


 緊急措置、人助け、大義名分は何でもいいだろう。ともかく都市の維持のためと言い張ればいい。


 そうやって人々の信頼を勝ち取っていけば、自然と地位は定着していくものである。



「これを続ければ、いくらアイドルがいても限界はやってくる。人間ってのは正直なもんだ。食い物がなくなれば騒ぐだろうしね。くくく、悪いやつだな、ソブカは。まったくもって鬱屈したやつだよ」


「あなたには…言われたくありませんね」


「まあ、そうだね。ただ、こうなるとジングラスからの圧力…制裁だっけ? 攻撃があるんじゃないの? オレたちはいいけど、そっちに向かったら危ないんじゃない?」


「そうでしょうね。こちらが物資を持っていけば確実に衝突するでしょう」


「大丈夫なの?」


「我々が覚悟もなしに生きていると思うのですか? こちらも本気です。そう、私たちはいつだって本気なのです」



 ファレアスティの目が鋭くなる。生き残るために必死になった者の目。獣の目だ。



「いい目だね。それなら大丈夫そうかな。そういえばプライリーラは強い武人だって聞いたよ。それはどうするの?」


「ソブカ様とプライリーラ様は、年齢が近いこともあって幼馴染として過ごしたこともあります。いきなり正面衝突はないでしょう」


「そうなんだ。プライリーラって子は、どんな性格なの?」


「理知的で常に堂々としている方です。正道を好み、人々の理想であろうと努力する女性でもあります」


「まさにアイドルだね。…偶像か。好きじゃないタイプだ」


「こちらが動くことで彼女を引きずり出します。その後は…」


「わかっているよ。こっちが潰す。ところで奪った食糧はどうするの? けっこうな量だけど」


「そのまま持っていけば怪しまれますから、こちらの裏取引ルートで換金します」


「ジングラスの分を丸々横取りだもんね。あっちは大損で、そっちは大儲けだ。儲けたんだから、こっちへの援助も忘れないでね」


「もちろんです。やってしまった以上、一蓮托生ですから」


「うん、いい言葉だね。オレが大好きな四字熟語だよ。それと次の予定だけど…【ハングラス】ってことでいい?」


「問題ありません。スケジュール通りにお願いします」


「しかしまあ、少しは手応えのある相手が欲しいな。うちの連中も相手が弱いと飽きちゃうからね。そこんところ調整しておいてよ。情報を事前に流すとか何でもいいからさ。強いやつらが来るようにしておいて、それを潰したほうが箔が付くでしょう? そのほうが注目されて、そっちも動きやすくなるし」


「…わかりました」


「じゃあ、またね。ソブカによろしく。おい、行くぞ」


「へい、オヤジ」



 アンシュラオンと戦罪者たちは、クルマにも乗らずに荒野に消えていってしまった。


 少しでもルートから外れれば魔獣に出会うかもしれないというのに、まったく怖れていない。


 それも当然。ホワイトハンターであり、デアンカ・ギースすら一蹴した彼に怖れるものはないのだ。


 その姿を見て、ファレアスティは思わず身震いする。今になって対峙していた時の圧力が襲いかかり、汗が滲む。



(怖ろしい人…あんな狂人連中を奴隷のように扱えるなんて…。ソブカ様が魅了されるわけです。彼がいれば怖れるものはない。でも…だからこそ不安です。いざというときは…この身を犠牲にしてもお守りしなくては)



 アンシュラオンはいいが、ソブカ自体はさして強くはない。何かあれば死んでしまう身なのだ。


 それを防げるとすれば自分だけだろう。いざとなれば身代わりで死んでもいいと思っていた。その覚悟が彼女を強くする。



「さあ、戻りましょう。早くこれを処分しなければ」



 羽馬の商紋を削り取ったトラクターに構成員たちが乗り込み、動き出す。


 ファレアスティたちも荒野に消えていく。ただしアンシュラオンとは違い、慎重に油断せずに恐れながら。


 それが両者の格の違いを如実に表現していた。




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