197話 「ジングラス襲撃 中編」


「それで、何か用ですか?」


「私、こういう者です。どうぞお見知りおきを」


「…ホワイト商会(仮)…さん? どうして『かっこ仮』なんです?」


「いやー、なんだか商会手続きのほうで不備があったらしくて、しょうがないんで名前を変えたんですよ。どうです? なんか売れそうな名前だと思いません?」


「はぁ、なるほど…」



 ホワイト商会が駄目になったので、「ホワイト商会(仮)」という名前で再登録したのだ。


 当然、これも名前を少し変えただけなので、マングラスにすぐに消されるのだろうが、だからこそ面倒になって「じゃあ、かっこ仮でいいよ」という感じになったわけである。


 あとはこれを永遠に続けていくというイヤらしい戦法を取るだけだ。結局相手もいつか面倒になって、そのうち「ホワイト商会」で統一されることになるだろう。


 商会など、あってもなくても変わらない。これもお遊びでしかない。



「失礼だけど聞かない名前ですね」


「始めたばかりですからね」


「で、そのホワイト商会さんが何の用?」


「我々は護衛業などをやっておりましてね。ぜひともミッシュバル商会さんの護衛を担当したいと思っているわけですよ。旅は危険でしょう? 強い護衛は必要だと思いましてね」


「ああ、そういうことですか…」


「うちの連中は役立つと思いますよ。どうでしょう? あちらの渡り狼よりも安くしておきますから」


「そうは言われてもな…。自分の一存で決められるものじゃないですしね。自分は単なるドライバーですから本部に言ってもらわないと」


「そこをなんとか現場の判断ってことで伝えてもらえませんかね?」


「うーん…名刺くらいは渡してもいいけど…採用されるかはわからないよ?」


「ええ、それで十分ですよ」


「話は終わり? じゃあ、もう行きたいんだけど」


「ああ、もう一つだけ。お時間は取らせませんから聞いてもらえないですかね?」


「しょうがないな。早めに済ませてくれよ」


「あなた、今の待遇に満足なさっておられますか?」


「…? 何の話だい?」


「いえね、もしよろしかったら協力してもらえないかなぁ、と思いましてね。あなたに協力してもらえると実に助かるわけですよ」


「はっきり言ってもらわないと…よくわからないんだが?」


「じゃあ、はっきり言いましょう。あなたが運ぶ荷物ですけどね、うちに【横流し】してもらえませんかね?」


「なんだって!!?」


「いえいえ、そんなに驚くことではありません。よくある話じゃないですか。もちろん報酬はお支払いいたしますよ。その分が丸々あなたに入るわけですからね。こんなにお得な話はないでしょう?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんなの無理だ!」


「たとえばそう、このあたりで積荷をちょこっとだけ降ろしてくれれば、それでいいんです。全部とは言いません。三分の一程度でもいいんですよ。代わりに空箱でも積んでおけばわかりませんよ」


「そんなのすぐにバレるって!」


「それなら適当に安いものと入れ替えればわかりませんよ。帳簿を書き換えれば済む話ですからね。…どうですか?」


「む、無理だ! そんなことをしたら殺される! うちはそんな甘い組織じゃないんだ!」



 マフィアである以上、その制裁は最悪の結果をもたらす。ドライバーである自分など簡単に始末されるだろう。そんな危険は冒せない。



「なんで俺に言うんだ! 巻き込まないでくれ!」


「あなただけじゃありません。全員にお話をもちかけています」


「そ、そうなのか…? そもそも何のために横流しをする?」


「それを言わせるんですか? そりゃ簡単な話ですよ。グラス・ギースの食糧事情は切羽詰っているそうじゃないですか。となれば、それをコントロールすれば高値で売れる。ここで供給を減らし、そこから間引いた分でさらに儲ける。それだけの話ですよ」



 食糧の供給が間に合わなくなれば、他で仕入れるしかなくなる。そこで闇市を開き、高値で売るという寸法だ。


 しかもジングラスから横流しさせるので、供給量を直接制御することができる。一石二鳥である。


 ただし、これには協力者の存在が必要となる。そのための勧誘だ。



「そんなことをすれば都市の人間が苦労することになる」


「それは正確な表現ではありませんね。最下層の人間が苦労するだけのことです。どうせ上級街のお偉方は飢えたりしませんよ」


「結局、それは治安の悪化を招くじゃないか」


「べつにいいじゃないですか。利益が出るなら」


「うちらを甘く見ないでくれ。うちの社長…総裁は、みんなに食料品が行き渡るように尽力している人だ。そこには理念があるんだよ」


「ほぉ、総裁…たしかプライリーラ・ジングラスでしたか? 年頃の女性がトップとは、なかなか珍しいですね」


「その様子だと、あんた…グラス・ギースの外の人間だな? 古くから住んでいる市民の中で、うちの総裁を知らない人間なんていないしな」


「ええ、まあね。外から来た人間ですよ」


「なら、覚えておくといい。ジングラスは、ただ金儲けのためだけに商売をやっているわけじゃない。都市を守るために活動しているんだ。外に出て食糧を仕入れるっていう危険な役目を負っているのも、ジングラスだからこそだ」



 ジングラスが食糧という一番重要なものを担当しているのも、それだけの信頼があるからである。


 仮に家がなくても、便利な道具がなくても人は死なない。が、食糧と水がなければすぐに死んでしまう。


 だからこそジングラスの役割は大きい。戦獣乙女のプライリーラはもちろん、そこで働く者たちにはプライドがある。



「それに、グラス・ギースには【守り神】がいるんだ。領主軍とは違う都市を守る最大の力だ。ジングラス本家は代々それを使って都市を守っている。あまり変なことを考えていると痛い目に遭うぞ」


「守り神ですか。それは初耳だ。どのようなものですか? 動く巨像とかですかね?」


「さぁ、詳しくは知らない。うちらの商紋に関係しているとは聞くが…。どのみちプライリーラ様はお強い人だ。こんなことが知られたら制裁されるぞ」


「それはそれは興味深いですね」


「冗談じゃないぞ。本当だ。あんたのためにも忠告しておくよ。…ここでの話は聞かなかったことにする。それがお互いのためだろう」



 ドライバーは誘惑に打ち勝つ。


 マングラスのシミトテッカーと比べたら、その心意気は立派だ。もちろん各人の人間性もあるが、やはりグラス・マンサーごとに傾向性が存在するようである。


 ジングラスは、とりわけ結束力が強い。それもプライリーラというアイドルがいるせいだろう。


 グマシカのようなジジイに好かれなくても気にならないが、プライリーラに嫌われるというのは耐え難い苦痛なのかもしれない。



「あなた、いい人ですね。嫌いじゃないですよ」


「そ、そうか…?」


「だから、あなたは殺さないでおきましょう。せっかく名刺を渡したことですし、生き証人も必要ですしね」


「…は? あんた何を…」


「マサゴロウ、やれ」


「了解だ、オヤジ」



 アンシュラオンが声をかけると、トラクターの前に立ち塞がっていたマサゴロウが、傭兵に向かって歩き出す。



「ちょ、ちょっと…何をする気だ!」


「まあ、見ていてくださいよ。楽しいショーが見れますから」


「何をするってんだ…」



 ドライバーがその様子をじっと見ていると、マサゴロウと呼ばれた男が大きな手を振り上げる。


 誰もがそれを何事かと見つめていた。まだ状況の変化に気がついている者は少ない。



 次の瞬間、手が振り下ろされ―――傭兵が吹き飛ぶ。



 正直、吹っ飛んだ、というレベルではない。手に覆われた戦気の力によって、その張り手は完全なる凶器になっていたのだ。


 受けた傭兵が一瞬で粉々のミンチに成り果てたのである。彼の上半身は、もはや原形をとどめていない。



 びちゃびちゃっ―――ボトボトッ



 肉片となった、かつて傭兵だったものが大地を赤く染める。



「なっ!! 何しやがる!!!」



 ここで反応できたのも、そこそこ熟練した傭兵だったからにほかならない。護衛の仕事で魔獣や盗賊と戦ってきた彼らだからこそだ。


 そんな相手をマサゴロウは見下す。



「お前たちは皆殺しだ」


「と、とち狂ってんのか、てめぇは!」


「死ね」


「がっ―――!?」



 グチャッ


 マサゴロウが素早く男の頭を掴み、握り潰す。ギリギリという音もしない。握った瞬間には、トマトのように簡単に潰れてしまった。


 まさにミートソースのように、大きな手から血と肉がこぼれ落ちていく。



 それでようやく傭兵は事態を察知。



「このやろう!!」


「撃ち殺せ!!」



 バスバスバスバスバスッ


 傭兵たちがどんどん撃ち込み、何十発という銃弾が注がれる。


 だが、そのすべてが放出された戦気に防がれていく。何発か貫通したものもあるが、彼の分厚い筋肉によって押し返される。


 HPの多い彼にとって、この程度は石ころにも満たない微々たるダメージだろう。



「な、なんだぁ! こいつは!! 銃が効かねえ!」


「ぬるい…ふんっ!!」


「ぎゃっ!!」



 マサゴロウが手を張り出すと圧縮された戦気が傭兵を破砕。対魔獣用に用意した鎧を簡単に破壊し、肉体ともども粉々にする。


 アンシュラオンがよくやる戦気波動の掌版、戦気掌である。戦気ではなく火気を圧縮すればビッグに教えた裂火掌になる。



「普通の人間じゃねえぞ! 魔獣用の近接武器を使え!! 大型のものなら…」


「ぎゃはは! どっちを見てんだよ! 敵はあいつだけじゃねえぜ!!」



 ザクッ ブシャーッ


 マサゴロウに注意が向いていた間に、他の戦罪者たちも各々の武器を持って襲いかかっていた。遠慮なく背後から襲いかかる。



「ぐあっ! き、貴様らぁ…! ふざけた真似を!!」


「ぎゃはは! 殺せ、殺せ!! オヤジの命令だ! 皆殺しだ!!」


「ぐはっ!! こいつら…強いぞ!!」


「ふんっ! 死ね」


「ぎゃーーー!」



 数の優勢はどこにやら。次々と傭兵がやられていく。


 その光景にドライバーは開いた口が塞がらない。



「ど、どうなってんだ! 渡り狼があんなに簡単に…! 魔獣でも倒せるやつらだぞ!」


「魔獣と言ってもいろいろいるでしょう。あの程度の腕じゃ、せいぜいエジルジャガーを追い払うのが精一杯ですね。ふふふ、うちの連中はあんな可愛い子猫よりも凶暴でね。どうもすみません」


「お、お前…! 何をしているのかわかっているのか!? こんなことをしたらどうなるか…説明したばかりだろう!!」


「ええ、わかっていますよ。ジングラス一派のミッシュバル商会さんの輸送トラクターを襲っているところです。で、たしか…制裁してくれるんでしたっけ? そのプライリーラさんが。いやー、緊張するなー、アイドルに会うのなんて初めてだし、やっぱり花束くらい用意したほうがいいですかね?」


「それを知って…」


「ああ、思ったより早く片がつきましたね。まったく、うちの連中は相変わらず手加減を知らない。滅茶苦茶ですねぇ」



 ちょうど最後の一人が、マサゴロウに殺されている瞬間が見えた。


 その巨体から繰り出される一撃が、あっさりと相手の剣を砕き、そのまま顔面を破壊していた。圧倒的な力の差である。


 見ると、周囲は凄惨な状況になっている。人間の形を残している者のほうが少ない。


 これならば魔獣に襲われたという口実でも信じてもらえるに違いない。



「なっ、馬鹿な!!」


「あれが本物の武人というやつです。どうです? 言った通り、うちの連中は渡り狼なんぞより役に立つでしょう? まあ、あいつらは対人戦闘に特化したやつらなんでね、魔獣の相手が多い渡り狼さんは災難でしたね。ははは」


「ひ、ひぃ!!」



 ドライバーはアクセルを全開にして、トラクターを動かそうとする。



「早く、早く!! 動け!!」



 ブオオッブオオオ ブシューー


 だが、どんなに動かそうとしてもトラクターはまったく動かない。これも浮遊型なので浮き上がってから進むタイプであるが、まったく浮き上がらない。


 まるで何か強い力が押さえているかのように。



「おや、動きませんね。故障ですかね?」


「くそっ、くそっ! どうして!」


「種明かしをしますとね、私が踏んでいるからですよ」


「えっ!?」


「だから、ほら。私が押さえているでしょう? だから浮かばないんです」



 答えは簡単。アンシュラオンが足でクルマを上から押さえているから。


 ドアから入れた右足一本で、軽く踏んでいるから浮き上がらないのだ。




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