196話 「ジングラス襲撃 前編」


 西のジングラス。


 食料品や水全般を担当するグラス・マンサーであり、彼らがいるからこそグラス・ギースの食糧事情は安定しているといえる。


 現在はアンシュラオンの大盤振る舞いによって多少の食糧難であるが、輸入量を増やしてなんとか持ちこたえているのは、ジングラスの尽力によるところが大きい。



 そのトップに君臨するのは―――




 プライリーラ・ジングラス、二十二歳、女性。




 彼女こそ、ジングラスグループの若き【総裁】である。


 父親が死去したため、若くしてジングラス本家を受け継いだ女性であり、その美しい容姿から『ブランシー・リーラ〈純潔の白常盤しろときわ〉』とも呼ばれている。


 人が大勢集まれば、そこには必然的に話題が生まれる。誰か目立つ者がいれば噂になり、人々の話の種になっていく。


 プライリーラもそうした人物の一人。彼女の名前を知らない人間はグラス・ギースにはいないというほど有名である。


 ただ、有名にもいろいろな種類がある。ホワイトやイタ嬢のように悪い意味で有名になってしまう者もいるだろう。



 が―――『アイドル』。



 プライリーラに与えられた役割は、アイドル〈美化された英雄〉であった。


 ジングラスの一人娘であるだけでも貴重なうえ、若くして武人の才能を開花させ、〈戦獣乙女いくさけものおとめ〉の称号を手にした女性。有名にならないほうがおかしい。


 グラス・ギースの前身であるグラス・タウンを作った五英雄の一人、初代ジングラスは女性騎士であった。


 よって、代々ジングラスの女性には強い武人の因子が顕現することが多く、その中でも初代が遺した武具を身につけられる者には戦獣乙女の称号が与えられる。


 こんな時代だからこそ人々は英雄を求める。強く美しいものを欲する願望に満ちている。


 彼女は領主軍とは違う意味で都市を守る存在、その象徴として有名なのである。




 今回のターゲットは、その戦獣乙女たるプライリーラ・ジングラスの傘下にある「ミッシュバル商会」。



 この商会は、主に食料品の輸入事業を手がけている。


 他の都市の商会と交渉して仕入れた食料品を、自分たちのクルマでグラス・ギースまで運ぶのが仕事である。


 輸送に関してはダビアのような運搬業者や、その他のフリードライバーを使うこともあるが、食糧は重要な物資であるため自ら運搬することが多い。


 今日もミッシュバル商会は、比較的安全なルートを通ってハピ・クジュネからの輸入品を運んでいた。


 東の荒野ルートを通ってきたため、途中にあった二つの街でさらに特産品を買い、クルマに積まれた荷物も大量である。


 彼らは馬車も使うが、ハピ・クジュネまでは距離があるのでクルマで輸送するのが一般的である。ミッシュバル商会も南側から仕入れた大型トラクターを使って輸送している。



 そのトラクターがグラス・ギースの管理地域のルートに入りかけた時である。



「ん? なんだあれは?」



 ドライバーの男が前方に何かを発見。それは交通ルートを覆うように堂々と置かれていた。


 一般的な交通ルートの幅は二百メートル近くあるが、当然ここは荒野。フロンティア。未開の地。


 この広大な土地に日本で見かけるような道路は存在しない。あるのは長年人間や馬車、クルマが踏み固めた結果、なんとなく道っぽくなった頼りない痕跡だけだ。


 道路の両脇には柵などもないので、魔獣が出現しても完全に無防備である。逆に言えば、壊される物が何もない場所でもあるのだが。


 ただ、人々にとっては、なくてはならない大切なものである。商人を含めた通行者は基本的に交通ルートを目安に移動する。


 なぜならばこの交通ルートは、非常に長い年月をかけて人間が開拓した道であり、魔獣の縄張りを避けるように存在しているからである。


 これを作るまでに何万、何十万といった人々が魔獣の餌食になったものだ。その彼らの犠牲によってルートが作られたのだから、まさに血と汗の結晶とも呼べる貴重なものである。


 ここを外れてしまうと、いきなり強力な魔獣と出会って即全滅、といったことも頻繁に起こる。一般人にとっては、けっして見逃してはいけない大切な命綱なのだ。



 そんな大切な交通ルートに、なにやら『岩』のようなものが大量に積み上げられて邪魔をしている。



 一見すれば高さ五メートルほどの石垣のようにも見えるが、一つ一つの石は大きく、まるで城壁に使われている岩石を持ってきたかのようだ。


 それによってクルマが通れるスペースが非常に限られている。両脇をがっちり石垣で覆われているので、真ん中を通るしかないようにされていた。


 こんなものは行く時はなかった。あったら誰でも気がつくはずである。



「おい、これはどうなっているんだ?」



 ドライバーは隣に並んだクルマに、運転席の窓越しに話しかける。


 隣の男も自分と同じく労働者のような格好をしており、長年クルマを使って商売をしている同業者である。


 その男も首を横に振る。



「さあな。俺たちだって順番待ちだ」


「順番? 検問でもやっているのか?」


「そんなの知るかよ。文句ならあいつらに言えって」


「あいつら…?」



 ドライバーが前方を見ると、なにやら通るクルマや馬車をチェックして回っている連中がいるようだ。



「誰だ、あの連中?」


「知らんよ。その車体マークを見るところ、あんたはグラス・ギースの商会だろう? そっちのほうが詳しいんじゃないのか?」


「いや、俺も知らない。そもそもグラス・ギースでこんな検問なんてしたことはないはずだ。聞いたこともない」


「ふーん、そうかい。なら、何か犯罪者が逃げ出したとかは?」


「わからないな。少なくとも俺が都市を出るまで、そんな話は聞いたことがない」



 よほどの大罪人が逃げ出したなどの特別な事態でない限り、普通は外でこうした検問が行われることはない。


 しかも彼らは、グラス・ギースに向かうクルマを重点的にチェックしているようだ。


 もし逃げ出したのならば、出て行くほうを中心に調べるだろう。何かおかしい。


 ただ、案外進み具合は悪くなく、次々とクルマや馬車が通っていく。


 こういう運送業者の連中は荒っぽい労働者が多いので、たまに検問に怒った短気な男の罵声が聴こえることもあったが、すぐに静かになるのでさして気になるものでもなかった。



(まったく、こっちは急いでいるってのにな…。といって交通ルートを外れるのも怖い。待つしかないか)



 交通ルートといっても、たかが二百メートルの幅である。この広大な土地において、そんなものは無いにも等しい。もし嫌ならば迂回して進んだっていいのだ。


 だが、これを外れて命を失った不用意な人間は数多く存在する。ルートを通っていても気まぐれな魔獣に遭遇するくらいだ。人の臭いが染み付いたルートから外れると何が起こるかわからない。


 特に食料を移送しているクルマなど飢えた魔獣や盗賊のよい標的だろう。そう、そういった者を狙う人間もいるのだ。リスクは背負えない。



(それにしても、あんな岩…どこから持ってきたんだ? なにやらおかしな光景だな)



 まず第一に、あれだけの岩がここに存在していることがおかしい。すさまじい量と大きさなので、人間が運ぼうとすれば通常のクルマでは難しいだろう。


 特殊な重機か、あるいは魔人機と呼ばれる巨大人型兵器を用いなければ不可能なレベルにさえ思える。


 普通に考えれば魔獣の仕業なのであろうが、グラス・ギース周辺ゆえに【天災】という可能性も捨てきれない。


 なにせあの都市は一度大きな大災厄に見舞われているのだ。また起こっても不思議ではない。


 だからこそ、それが一人の人間によって運ばれたものであることをドライバーは知らない。気付けない。それが常識の限界というものである。



 ドライバーの男がそんなことを考えていると、ようやく自分の番、ミッシュバル商会のトラクターの番がやってくる。


 誘導に従い不本意ながら石垣の前で止まると、ドアが叩かれる。



「はいはい。なんですか? 手短にお願いしますよ」


「はい。お時間は取らせませんよ。すぐに済みますから」


「…っ!?」


「おや、何か?」


「…い、いや…その……え? それって…え?」


「ああ、失礼。この仮面は日焼け止めなんです。驚かしてすみませんね」


「あ、ああ…なるほど」



 仕方なくドアを開けると、目の前にいたのは―――少年。



 しかも、ただの少年ではない。なぜか白い仮面を被っており、着ている服も白いスーツのために全身が真っ白である。


 その美しい白さに一瞬、自分たちの長であるプライリーラを思い出すが、相手は少年なのでまったく違う存在だろう。それ以前に彼女がここにいるわけもない。


 状況がわからずドライバーが困惑していると、少年が話を続ける。



「ちょっとお伺いしますが、積荷は何ですかね?」


「なんでそんなことを訊く? 都市じゃないんだ。何を積んでいたっていいはずだけどね」


「まぁまぁ、そう怒らないでくださいよ。ちょっと探し物をしていましてね。ご協力いただけたら助かります」


「うちはきっと関係ないよ。だって積んでいるのは仕入れたばかりの食料品だからね」


「ほぉ、食料品。なるほどなるほど。その車体の『羽馬マーク』は…もしかして、ミッシュバル商会さん?」


「そうだけど…それが何か?」



 クルマにはジングラス一派であることを示す、ペガサスに似た馬のような商紋が刻まれている。


 さきほどのクルマの男も、これを見たからこそ彼がグラス・ギースの商会であることがわかったのだ。


 仮面の少年は、それを確認して笑う。



「そうですか。いやー、探しましたよ。申し訳ありませんが、ちょっとクルマを移動してもらえますかね。ほら、あそこなんてどうでしょう? あの端っこあたりに」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なんだいこれは? こっちは早く行かないといけないんだよ。わかるだろう? 輸送は速度が命だからさ」



 特に野菜は鮮度が命だ。このクルマは空調が効いているが、冷蔵庫の絶対数が少ないグラス・ギースでは、できるだけ早く届ける必要がある。


 冷蔵庫または冷凍庫が少ないのは、凍結系のジュエルが少ないせいである。


 術の中でも凍結はかなり難しい術式なので、ジュエルに埋め込める術者が少なく、当然生産される数も非常に少ない。


 これは凍気を操る武人にも言えることである。使い手そのものが少ないのだ。


 そんな事情もあってドライバーは早く行きたがる。しかし、トラクターの前には怪しげな男たちが立ち塞がっていた。簡単に通してくれるような状況ではなさそうだ。



「ええ、わかりますよ。いつもお仕事ご苦労様です。ですが、こっちにも事情がありましてねぇ。ちょっと移動してくれればいいんですよ。できれば平和的に解決したいんですけど…どうします?」


「…変なことはするなよ。こっちだって護衛がいるんだからな」


「いえいえ、ご心配なく。話が終わりましたら、そのまま行ってくださってけっこうですよ」


「…わかった」



 渋々ドライバーは石垣の端にクルマをつける。


 それと同時に随伴していた他のクルマも周囲に停まり、ぞろぞろと護衛の傭兵たちが降りてきた。


 傭兵の数は十三人。大型魔獣を相手にするには多少心もとないが、あまり雇いすぎると経費がかさむので、このあたりの見極めが難しい。


 彼らは途中の街で雇った者たちで、グラス・ギースに行けば、今度はハピ・クジュネ方面に出かけるクルマの護衛依頼を受ける。


 傭兵団の中には所属都市を限定せず、次々と都市を移動して場当たり的に依頼を受ける者たちがいる。



 そういった一つの街に定着しない傭兵を―――【渡り狼】という。



 渡り狼を使う最大の利点は、料金が安いことである。


 グラス・ギースの傭兵を雇うのも一つの手だが、往復分の代金が必要となるのは地味に痛い出費だ。その間の手当ても負担になる。


 それと比べて渡り狼たちは都市間の移動に商会のクルマを利用させてもらう分、料金が安くなる。彼らにとっても護衛が移動手段になるというわけだ。


 また、交通ルートの移動とはいえ魔獣と遭遇することも多い商売である。


 彼らも普段から多くの魔獣と戦っているので傭兵としての実力は申し分ない。レッドハンター、あるいはブルーハンターに匹敵する者だっている。


 それが十三人である。



 一方の少年たちは、黒い少女を含めて六人。


 数としては脅威にはならないと思えた。それもまたドライバーが素直に停まった理由である。


 それよりミッシュバル商会と知りながら止めたのだ。そこに何かしらの目的があってしかるべきだろう。


 ドライバーにとっては、そちらのほうが気になっていた。もし何かしらの商売上の用事があるのならば無視するわけにもいかない。



 だから、このドライバーに非はない。責任はない。



 なぜならば彼は、今グラス・ギースで起きていることを知らないからだ。外に出ていたので内部で何が起きているのかを知る由もない。


 加えて単なるドライバーなので、組織の内情までは教えてもらえるわけがない。


 だが、もし噂の一つでも聞いていれば逃げることはできたかもしれない。それだけが不憫でならない。



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