195話 「イタ嬢と白い粉(小麦粉サイズ)」


 問題が起きたのは後日、アンシュラオンたちが馬車で西門を通ろうとした時である。



「申し訳ありません。商会の権利が剥奪されていて、このまま通すわけにはいきません」



 衛士たちが立ち塞がり、馬車が止められる。検問に引っかかったのだ。


 ただ、それは不思議なことではない。予見できたことだ。



(まあ、そうなるよな。そういう話だったし)



 設定としては「シミトテッカーが買収されて不正をしようとしたが、真面目なレブファトが阻止した。それがバレたシミトテッカーは都市外へ逃亡」ということになっている。


 レブファトの潔白を証明するためには、それが書類上のことであってもホワイト商会を一度潰すしかない。そうしないと証言に矛盾が生まれてしまう。


 アンシュラオンは商会にこだわりがないので、その点についてはまったくかまわないのだが、こういった事態が発生するのは面倒である。


 馬車から顔を出して衛士と交渉を始める。



「ホテルのほうの身分証で大丈夫でしょ?」


「ホワイトさんと黒姫さんは大丈夫ですが、他の方はちょっと…」


「前は通れたじゃん。そんなに厳重じゃなかったよ」


「いえ、それが…そういうことになっておりまして…申し訳ありません」


「ふーん、そう」



(これはマングラスから圧力がかかっているな)



 西門のチェックは緊急時以外はそう厳しくない。今まではホテルの証明書だけで通してくれていた。


 だが、マングラスが根回しをしてきたのだろう。商会でなくなったのならば遠慮することはないということだ。



(オレたちが商会でなくなれば、場合によっては領主軍とも戦闘になる。マングラスにとっては、そっちのほうがやりやすいか)



 この都市での商会は半分マフィアを兼ねているので、商会同士の争いには衛士隊は参加できない。


 しかし、商会でなくなれば介入する口実ができる。これがマングラスの妨害工作の狙いである。


 中立の領主軍ならば、他のグラス・マンサーと軋轢を生じさせないで済む。そこが重要なのだ。



(領主軍と揉めるのは時期が早いが…しょうがないか。仕事が多い今は機動力を奪われるほうが困るしな)



 領主軍と本格的に揉めるのはもう少し後の予定だが、こうなったら仕方がない。彼らとも交戦状態に入るしかないだろう。


 ホテル側の様子を確認するため事務所を上級街に建ててしまっているので、毎回西門で問答するのは面倒すぎる。ならば最初から力で押し通ったほうが楽だ。



「お前たち、好きに暴れ…と、待った」



 アンシュラオンが命令しようとした時、ふと目に入ったものがあった。


 それは商業街の方面から走ってきた一台の馬車。一目で普通とは違うとわかるものなので、乗っている人物がすぐに特定可能だ。



(ちょうどいいタイミングで来たな。狙っていたわけではないだろうが…使えるものは使っておくか)



「お前たちは、ここで待っていろ」


「うすっ」




 アンシュラオンは外に出て、馬車が来るまで待つ。


 そして、西門の衛士にも検問されずに通ろうとする馬車の前に立つと、御者の男が慌てて馬車を止めた。



「わわっ、いきなり飛び出たら危ないぞ!」


「ねえ、ベルロアナがそこにいるでしょ? 出してよ」


「はへ? お嬢様を? お前さん、誰だ?」


「うん、友達」


「…友達?」


「そうだよ。友達」


「………」



 御者がじっとアンシュラオンを見る。非常に怪しい仮面の少年である。


 が、その男が思っていたことは、それとはまったく関係ないことだ。



「はは、そりゃ嘘だな」


「どうして?」


「お嬢様に友達なんていないさ。だから嘘だ。いるはずがない。坊や、嘘をつくならもっと本当っぽい嘘をついたほうがいいぞ」



 すごい発言である。まったく迷いがない。イタ嬢への周囲の評価が即座にわかる名言だ。



「嘘じゃないよ。本当に友達さ。ベルロアナーー、いるんでしょー、友達が来たよーーーーー!」


「あっ、こら! 勝手に呼びかけちゃ…」



 ガタガタガタガタ ガスッ ドガッ


 直後、いろいろな音が聴こえて馬車が揺れた。


 それからしばらく様子を見ていると荒々しく馬車の扉が開く。



「と、友達!! 友達はどこですか!?! 私のトモダチイィイイイイイイイ!!」


「ぐえっ! お、お嬢様…首を絞めないで…!」


「どこです!? 言いなさい! どこにいるのですか!!! はっ、まさか馬車の下に!」



 その騒ぎっぷりに、同乗していたファテロナも降りてきて、一言。



「お嬢様、落ち着いてください。どう考えてもそこにはおりません。相変わらずの馬鹿ですね」


「馬鹿!?」


「あっ、申し訳ありません。頭が悪いの間違いでした」


「同じ意味ですわよ!?」


「やっ、ファテロナさんも一緒だったんだ」


「はい。侍従長兼護衛ですから、片時もお嬢様から離れるわけにはまいりません。その絶望に沈む顔を一瞬たりとも見逃すわけにはいかないのです」



 立場はまったく関係ない。明らかに当人の趣味である。



 ファテロナはアンシュラオンに近づくと、ひそひそと話し始める。



「お元気そうで何よりです。あなたのお噂は伺っておりますよ」


「へぇ、そうなんだ? どんな感じ?」


「まだそれほど大事にはなっておりません。領主様の耳にも入っていないようです」


「なるほど…まだその段階か。なら安心だ」


「はい。ご安心ください」


「情報を漏らしちゃっていいの?」


「まったく問題ありません。お嬢様以外には興味がありませんので。むしろ混乱してくれたほうが楽しいものです。お嬢様が泣き叫ぶ可能性が高まります」



 相変わらず病んでいるらしい。



「ね、ねえ、ファテロナ、何を話しているの?」


「ああ、こっちの話です」


「こっちの話!? き、気になりますわ」


「いえ、大丈夫です。こっちの話ですから」


「そ、そんなことを言わず、わたくしも交ぜてくださいな」


「駄目です」


「駄目!?」



 イタ嬢は、アンシュラオンと親しげに話しているファテロナが気になっているらしい。


 だが、ここで必殺の「こっちの話だから」をお見舞いする。


 「ねぇねぇ、何の話?」「うん、こっちの話」「あっ、そ、そうなんだ…」。まさに学生のグループ間で起こりそうな光景である。


 これは痛い。相当なダメージである。確実に溝が生まれる。


 当然ファテロナはそれを楽しんでやっており、泣きそうになっているイタ嬢の顔を見て興奮する。



「はぁはぁ、お嬢様…くくく、素晴らしいです。その顔、最高ですよ。ふーふー」


「あのさ、お楽しみのところ申し訳ないけど、こっちの用事もいいかな?」


「なんでしょう? 人の楽しみを邪魔すると地獄に落ちますよ」


「そんなこと言わずにちょっとだけ貸してよ。減るもんじゃないでしょ?」


「しょうがないですね。ちょっとだけですよ?」



 イタ嬢、完全に物扱い。



「ねえ、ベルロアナ! オレだよ、オレ! 友達のオレだけど! わかるよね?」


「あっ…は、はい。わ、わかりますわよ。お、オレさん…ですわよね」


「そうそう、オレだよ! 友達の名前を忘れるなんて人間としてありえないし、絶交レベルだもんね! 覚えていて当然だよね! 嬉しいよ!」


「も、もちろんですわ!! 覚えているに決まっていますわ!!」


「うんうん、そうだよね。安心したよ。さすがベルロアナだ」


「え、ええ、そうですわね。わたくしと『あなた』は友達ですもの」



 イタ嬢は名前がわからないので「あなた」で済ますしかない。


 便利な技だが、一度こうなるとなかなか訊く機会がなくなるという罠が待っている。



「ところでさ、あの衛士のお兄さんが西門を通してくれないんだよ。困っちゃってさ」


「え? そうなのですか?」


「そうそう。オレたちは善良な一般人なのに、なんか誤解しちゃってるんだよね」


「それは酷いですわ」


「だよなぁ。でもさ、オレってこんな仮面被ってるし、あの人たちが怪しむ気持ちもわかるんだ。だからしょうがないとは思うんだけど…悔しいよな」


「そういえば、どうして仮面を…」


「ベルロアナからも言ってやってよ! オレが好きで仮面を被っているんじゃないってことをさ! その理由は前に話したよね!!」


「あぇっ!? ま、前に…!?」


「そうそう、二人だけの秘密だって誓ったよね。その時、ベルロアナはオスカルのことを話してくれたじゃないか。オレが自分の秘密を話した代わりに自分もってさ」


「お、オスカルーーー!」



 オスカルとは、イタ嬢が抱いて寝ているお友達のヌイグルミのことだ。


 この名前を知っている人間は、イタ嬢とファテロナ、それとクイナくらいである。それを知っているということは深い仲であることを示す。


 当然アンシュラオンは領主城での一件で知ったにすぎないので、完全なる作り話である。が、イタ嬢はさらに困惑することになる。



「あぅあぅ…」


「だからさ、ほら、言ってやってよ。怪しくないから通してやれってさ。オレたち友達だろう?」


「と、トモダチーーー! も、もちろんですわ! 任せておいてください! そこの方、この人たちを通してさしあげなさい!」


「え!? で、ですがその…通すなという命令が……」


「誰がそんな命令を出したのですか? お父様ですか?」


「あっ、いや、それは…ええと……身分の高い人と言いますか…」


「わたくしよりもですか?」


「あっ、はい」


「はい!?」



 グマシカ・マングラスは、四大市民の現役トップだ。領主ならばいざ知らず、娘のベルロアナより地位は上である。



「…ベルロアナ、もしかして…駄目なの?」


「そ、そんなことはありませんわ!! 任せてくださいな!!」


「うん、信じてるよ。ベルロアナならできるって。君はやればできる子だもんね」


「こんなわたくしを信じてくださるなんて…! やります! わたくしはやりますわ!! わたくしはベルロアナ・ディングラスですわよ! 衛士たちを束ねる領主の娘ですわ! いつか領主を継ぐのです。それでも言うことを聞けませんか!!! その時にクビにしますわよ!」


「ひっ」



 結局のところイタ嬢が頼るのは「権力」であった。


 やはりこの世界、暴力、金、権力の三つが最強のようだ。



「ですが…その…」


「まだ何かあるのですか?」


「さすがに仮面はちょっと…素顔を見ないと誰かわかりませんし、偽者が交じっていたら困りますし…」


「そ、それはその…この仮面には深い、とても深ーい理由があるのです」


「どのような理由ですか?」


「どのような!? ふ、深い理由です。見ず知らずの人間には絶対に話せないようなことなのです! 友達のわたくししか知らない、とても大切で大事な理由があるのです。そこは察しなさいな! 出世できないですわよ!」


「は、はい!!! 失礼いたしました!」


「今後、この方たちは自由に通してさしあげなさい。命令ですわ」


「はぁ…ですが、怒られるのは私ですし…」


「まだ逆らうおつもりですか!」


「ベルロアナ、こういうときは目先の褒美を与えたほうがいいんだよ」


「あら、そうなのですか?」


「そうそう、そのほうが共犯…じゃなくて、相手も喜ぶから」


「では、あなたは今日から一つ階級を上げましょう。これでよろしいでしょう?」


「はい! ありがとうございます!」


「じゃあ、これからは通してくれるんだね?」


「まあその…こほん。私は目が悪いからな。うっかり見過ごしてしまうこともある。まったく人間というものは、なかなか見分けがつかなくて困るな…いやー、まいったまいった」



 こんな怪しい仮面の男、絶対に見間違うわけがないが、とりあえず買収成功である。



(イタ嬢のやつ、役立つじゃないか。やっぱり持つべきは友達だよな)



「ありがとう、ベルロアナ。本当に助かったよ!」


「こんなもの、たやすいですわ」


「そうそう、ところで…あの【粉】は使ってくれている?」


「ああ、あれですわね。もちろん毎晩使っておりますわ」


「どんな感じ? 肌に合う?」


「最初は言われたように赤くなりましたが、その後は馴染んできましたわね。あれってすごいですわね。なんというか…使っていくと…だんだんと心地よくなるというか…心が落ち着きます。まるで違う自分になったみたいですわ」


「そうだろうね。そういうものだしね」


「と、ところであの…こんなことを申し上げるのは不躾ではしたないと思うのですが、あの白い化粧品……まだ余っていればその…またいただけると嬉しいのですが…。もちろんお金は払いますわ! その…どうでしょう?」


「ああ、そんなことなら早く言ってよ。ほら、たくさんあるから」



 アンシュラオンがポケット倉庫から白い粉を出す。


 その量、およそ五百グラム。よくスーパーで売っている小麦粉レベルの大きさだ。


 この前、瀕死で戻ってきたビッグを治してやった対価として要求したもので、実はまだたくさんある。


 これだけの量だ。末端価格を考えれば高額であるが、在庫から横流しさせたので問題はない。


 もともとコシノシンは余っているのだ。それよりイタ嬢への投資のほうが重要だ。



「今回のお礼だよ。取っておいて。せっかくだ、二つあげよう。これで一キログラムだよ」


「こんなに!? よろしいのですか?」


「うん、かまわないよ。たくさんあるし」


「これはなんというお名前の化粧品なのですか?」


「実は名前がまだないんだよね。そうだ。友達のベルロアナの名前をもらおうかな。『ベルロアナヒーハー』なんてどうだろう」


「ええ!? わたくしの名前を付けてしまってもよいのですか!?」


「もちろんだよ。君には本当にお世話になっているし、ぜひこれを吸って『ヒーハー』言っちゃってよ!」



 ベルロアナヒーハー。ベルロアナがヒーハーするものである。



「ありがとうございます。またしばらく楽しめますわ」


「うんうん、またいつでも言ってね。ファテロナさんに言えば、たぶん都合つけてくれると思うし。それじゃまたねー」


「はい。では、ごきげんよう」



 こうしてイタ嬢は去っていった。



(イタ嬢のやつ、自分から欲しがるなんて、ちょっと中毒になってるかもな。まあいいや。副作用も少ないし、当人が楽しいなら何よりだ)



 こうして衛士を抱き込み、ホワイト商会(仮)は顔パスになった。


 持つべきものは、頭の悪い金持ちの友である。まったくもってちょろいものだ。



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