194話 「ルアンの覚悟と使い道」


 レブファトは息子を人質にされ、アンシュラオンに屈服。


 多少手間がかかったものの普通に買収するよりは面白い展開になったので、個人的には満足である。何よりサナの糧になったのが大きい。



(グマシカのことはレブファトに任せておこう。どうせ仕留めるのはまだ先になるからな。ゆっくり狩ってやるとするか)



 今はやることが多いので、何かしらの進展があるまではしばらく放置することにする。


 しかし、ルーン・マン商会がいかにマングラスのトップに近い組織とはいえ、グマシカは異様に慎重な男のようで、レブファトたち監査官も居場所まではわからないという。


 おそらく彼が調べてもわからない可能性は高いが、ここは小さな世界である。


 何かの拍子に尻尾を掴むこともあるかもしれないし、それだけ慎重な男だ。自分の居場所を探っている者がいれば黙って見ていることはしないだろう。


 アンシュラオン自身が用心深い男なので、グマシカの行動がある程度予測できることも大きい。



(あいつは【餌】だ。必ずレブファトに接触するやつが出てくる。そこから辿ればいいさ)



 それに期待して餌を置いておくことにする。ここからは獲物との我慢比べである。


 魔獣の中にもなかなか出てこないタイプがいるが、焦ってはいけない。罠を仕掛けてじっくり待つべきだ。


 相手が生物である以上、必ず何かしらの動きがある。そこを狙うのだ。





 アンシュラオンたちは、夜の間に移動を開始。


 朝方一番で西門を抜け、上級街の事務所(工事中)前に到着。


 その時、手に持っていた「荷物」が突然暴れ出す。



「むーー! むっーーー=!」


「ん? 起きたか? うるさい荷物だな、ぽいっ」



 ゴンッ


 荷物(肉)を荒々しく放り投げる。ついでに巻いていたロープも解いてやる。


 すると覆っていた麻布からひょっこりと顔を出した少年がいた。



「この人さらい!!」


「いきなりそれか。相変わらず性根が腐っているな」


「お前にだけは言われたくないぞ!」



 その荷物、より正しく述べれば「ルアン」と呼ばれる者は、すごい剣幕で怒鳴り始めた。



「どうやら傷は完全に治ったようだな。まあ、オレが治したんだ。完璧なのは当然だ」


「お前が来なかったら怪我自体をしていなかったんだよ!」


「無意味な水掛け論だな。そもそもお前が生まれなかったら家族が苦しむこともなかっただろうにな」


「子供には一番言ったらいけないことだぞ!?」


「ふん、事実を言っただけだ。お前は負けた。その事実を受け入れるんだな」


「くそ…」



 一応、負けたことは覚えているようだ。


 あれだけ衝撃的な経験をすると記憶が飛ぶこともあるが、この少年は思った以上に精神がタフらしい。



(この歳でオレに立ち向かうようなやつだ。根性はある。マフィアだって恐れおののいて逃げるくらいだしな)



 最近日本で流行っているデリケートな「もやし」どもでは、こうはいかない。


 かつての日本が愛した骨太の武士の心根と同じく、簡単には折れない心を持っているようだ。それはプラス材料である。



「…って、ここはどこだ!? 僕をどうするつもりだ!?」


「ピーピー喚くな、うるさい。これでもくらえ」


「あうっ!! ぺっ、ぺっ、何をする!」


「それは土だ」


「それくらいわかるよ! どうして蹴ったのかを訊いているんだ!」


「お前がうるさいからだ。これ以上の理由はない。次に無意味に喚いたらダンゴムシでも食わせてやるぞ」


「なんてやつだ…」



 土を蹴り上げて顔面にくらわせてやった。いい気味だ。



「お前はしばらくオレが預かる」


「なんてこった!!!」


「お前な、その言い草はないだろう。せっかく助けてやったんだ。礼くらい言えよ。そうじゃないと、お前の父親を裏切ったクズと一緒になっちまうぞ」


「はっ!! そうだった! あいつ…絶対に許さない! どこに行ったんだ!!」


「知ってどうする?」


「ぶん殴る!! いや、あのダガーを貸せ! 刺してやる! 刺してやるからな!」


「ははは、ずいぶんといい感じになってきたな。教育した甲斐があったか」



 サナと戦った時の暴力性がまだ残っているのか、ルアンからは激しい怒りが満ち溢れていた。


 それがサナに向いていたら制裁を加えたところだが、怒りはアンシュラオンと父親を裏切ったシミトテッカーに向いているようだ。



「あいつはもう都市を出たぞ。探らせておいた部下が東門を出るのを見届けた」



 シミトテッカーは昨晩中に都市を出たらしい。閉門ギリギリを狙って飛び出し、母親と恋人とともにどこかに行ったという。


 その夜逃げのような姿に衛士も疑問に思い訊いてみたところ、「田舎の祖父が死んだので一時帰郷する」と言っていたそうだ。特に引き止める理由もないので、そのまま彼は消えていった。



「まるで海外への高飛びだな。犯罪者の典型的な末路か。はは、笑えるな」


「何が可笑しいんだ! お父さんを裏切ったんだぞ!」


「そんなに怒ることか?」


「当然だろう。仲間を裏切るなんて最低だ! あいつは許さない!」


「くく、まだまだ子供だな。このお子様が」


「な、なんだと! なんでだよ! お前だって裏切られたら怒るだろう!」


「もちろんだ。だが、裏切られるのは自分も悪い。いや、自分こそが悪い。相手の本質を見抜けなかった自分の能力に問題があるんだ。それを棚に上げて相手を非難ばかりするほうが、よほど人間としては問題があると思うがな。お前はチンピラを友達にしておいて、相手が裏切ったら怒るのか? チンピラなんだから悪いことをするのは当然だろう。それを知っていて友達になった。そいつを選んだのはお前だ。お前には選ばないという権利もあった。つまりはそういうことだ。まずは自分の愚かさを責めろ」


「…思ったよりまともなことを言いやがって…」


「お前より頭がいいからな。どうだ、すごいだろう」



 子供相手に勝ち誇るアンシュラオン(大人)。



「じゃあ、放っておけっていうのか? あいつが正しいっていうのか!?」


「あいつは自分で未来を選択をした。その金を使ってどう生きるかは自由だ。ただ、それが幸せな人生だと思うのか?」


「ど、どういうこと…?」


「あいつのような気の弱いやつはな、これから一生裏切ったことが心のしこりになって苦しむだろうさ。何をやっても気が晴れない。すっきりしない。今度は自分が誰かに裏切られるんじゃないかと疑心暗鬼になり、周囲との人間関係も悪くなっていく。オレの予想じゃ、恋人ともそのうち別れるな。その際に金を奪われると見た。恋人なんて所詮は他人だからな。考えてもみろ。どんなアバズレだって上司とその家族を売るような人間と結婚したいと思うか? いつ自分も売られるかわからないじゃないか。生理的に耐えられるわけがない。恋人が先に疑心暗鬼になるさ」


「それを知って…そそのかしたの?」


「まあな。ただ、本当にそうなるかはわからない。案外、すべてが上手くいくかもしれん。が、どちらにせよ、あいつはマングラスの裏切り者だ。今日、お前の父親があいつを告発する予定になっている。当然、面子を重視するマングラスは追っ手を差し向けるだろうな」



 シミトテッカーを生かしておいたのは、組織の目をレブファトから外すためである。


 実際、告発の内容はすべて事実だ。


 個人ではレブファトは最後まで屈服しなかったが、一方のシミトテッカーはあっさりと誘惑に負けた。裏切ったのは間違いない。


 レブファトは組織に忠義を尽くした者として称賛されるだろう。そうなれば調査もしやすくなる。



「ははは、あいつの楽しい逃亡生活の無事を願ってやろうぜ。都市の外に出れば追っ手からは逃れられるかもしれんが、このあたりには魔獣もわんさかいる。他の都市に行く前に食われないといいな。あるいは盗賊に出会って死ぬかもしれん。だってさ、現金を持っているんだぜ? 盗人には臭いでわかるんだよ。金を持っているやつの臭いがさ。狙われるに違いない。その際、あいつは恋人と母親を見捨てるかな? ぜひ見物したいものだが小物にかまっている暇はない。残念だよ」


「…あんた…心が腐ってるよ」


「おいおい、お前が怒り狂っていたから教えてやったんだぞ。あいつにろくな人生は待っていない。どうだ、すっきりしたか?」


「ますます暗い気持ちになった…。人が信じられなくなった…お前のせいだ」


「それはよかった。そのほうがお前のためになる。せっかくだ。もう一つためになることを教えてやろう。お前の身柄はオレが預かっている。つまりはお前の飼い主だ。飼い主にはせいぜい媚を売っておけ。そのほうが利口だぞ。わかったか、負け犬君?」


「…勉強になったよ。こんな悪党もいるってね」


「ふっ、悪党か。いい言葉だ」


「少しは怒れよ!」


「力もないガキに何を言われても気にならないな。お前はただの荷物であり、無力な子供だ。そこをまず認識しろ。お前のためにレブファトは危険な任務に就くのだからな」


「くそっ、お父さんの足手まといになるなんて…これじゃ何のために…」


「ルアン、お前は幸せかもしれんぞ。オレは普通、男なぞ捨て置く主義だ。だが、根性があるやつは好きだ。だからお前にチャンスを与えてやる」


「チャンス…?」


「オレの利益のために役立ってみせろ、ということだ。それができたら報酬を与えてやる。仕事とはそういうものだろう? お前はもう両親のもとから離れた独り身。ただの居候だからな。恩義は働いて返せよ」


「くうう…何が恩義だ。でも、お前に借りを作るのなんて最悪だ。…わかったよ」


「いい返事だ。それで、報酬は何がいい? 一度訊いておきたいんだ。お前が今、何を欲しているかをな」



 その問いに対して―――ルアンは即答。


 今の彼には、迷いはまったくない。



「…力をよこせ! 僕に戦う力をよこせ!!」


「ほぉ、その力で何をする?」


「お前みたいな悪党をぶっ倒す!」


「くくく、いいねぇ。いいよ、お前。やはり見込みがある。そうだ、ルアン。暴力こそが最大の力だ。この世のすべては強制力という暴力によって成り立っている。それをまず認識したな。子供は成長が早くて楽しいよ」



 警察が犯罪者を捕まえるためには暴力が必要だ。武芸を習い、銃の扱い方を学ぶ。


 正義には力が必要だ。力無き正義こそ悪より悪質であるとルアンは知ったのだ。



「だが、才能には限界がある。お前には到達できないかもしれんぞ」


「ふざけるな! 絶対に力を手に入れる!! 正義を守るための力をだ!!」


「いいだろう。そこまで言うのならば、お前がオレの役に立つごとに力を与えてやろう。…その気持ちを忘れるなよ。多くの人間は大人になると忘れてしまうものだからな。その先にあるのは打算と妥協。お前の父親を裏切ったクズと同じ人生だ」


「忘れるもんか! あいつと同じになんてなるか!」


「では、お前に仕事を与える。この手紙を持って、この先にある高級ホテル・グラスハイランドに行き、ホロロという女性に会え。フロントで呼び出せばいい」


「ホテル? そこで何をするんだ?」


「特に何もする必要はない。まあ、その女性の指示に従え。ただ、ホテルからは出るなよ。お前が動いていいのは『二十四階』のフロアだけだ」


「?? よくわからないけど…わかった」


「よし、じゃあ行け」


「…独りで?」


「当たり前だ。まさか寂しいとか言わないよな?」


「馬鹿にするな! た、ただ…逃げたりするとは思わないのか?」


「そんなに母親をいかがわしい店で働かせたいのか? 種違いの弟と妹、どっちが欲しい?」


「くっ!! 悪党め!! お前はクズだ!!!」


「そんなに褒めるなよ。嬉しいじゃないか。ニヤニヤ」


「ふんっ! 行ってやるよ! 行けばいいんだろう! 約束を忘れるなよ!!」




 ルアンは怒り心頭といった様子で歩いていった。


 あの状態ならば問題ないだろう。怒りと悔しさが彼の原動力になるはずだ。



「人質のくせに偉そうなやつだな。まあいい、これで『影武者』の代用品ができた。予備の仮面を被せれば使えるだろう。どうせ見分けなどつかない」



 手紙には、ルアンを二十四階に置くように書いてある。そこは無人のエリアだ。


 まだ子供とはいえ男だ。ロゼ姉妹たちがいる二十五階に行かせるなんてとんでもない。あの年頃の男など毎日エロいことしか考えていないものである。危険すぎる。


 よって、その下の二十四階に置いておき、何かあった際には替え玉として敵を撹乱させる手段に使う予定だ。


 体格もアンシュラオンに近い。囮や餌として十分役立ってくれるだろう。



 こうしてレブファトとルアンの一件は、ひとまず終わった。




 だが、次なる問題はすぐに発生する。



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