186話 「マングラスの査察」


「オヤジぃ、誰か来ますぜ!」



 朝方の八時くらいだろうか。工事を再開するために大工たちが集まり始めた頃、彼らはやってきた。


 歩いてきたのは二人。


 やや濃い目の灰緑色の制服を着ており、チンピラのようなだらけた格好ではない。


 武装はしていない丸腰に見えるが、彼らの武器はおそらくは剣や銃といったものではないだろう。



「なるほど、まずはそっちできたか」


「どうします? ぶん殴りますか?」


「お前らはそれしか頭にないのか? まあ、そういうやつらだからいいんだが…今回はやめておけ。あれはオレが相手をする。ハンベエにも手を出すなと伝えろ」


「うすっ」




 アンシュラオンは、ゆっくり歩いてきた二人と接触。


 相手もいきなり揉めるつもりはないようで静かに止まる。



「何かご用ですかね?」


「失礼、こちらがホワイト商会さんの事務所と伺って来たのですが」


「ええ、間違いありませんよ。私がホワイト商会、会長のホワイトです」


「…あなたが…ですか」


「何か?」


「いえ、事前に聞いてはいましたが、本当に仮面を被っているとは…何か外せない理由でも?」


「実は私、人間じゃないんですよ。口が裂けていたり、目が五つもある異形なんです」


「………」


「冗談ですよ。ちょっとは笑ってほしかったんですけどねぇ。これは単なる趣味です。ただ、素顔は見ないほうがいいでしょうね。きっと後悔しますから。ふふふ」


「…っ」



 その笑いに薄ら寒いものを感じたのか、男が一歩下がる。


 しかし、彼らも遊びでここに来たわけではない。勇気を振り絞って前に戻る。



「申し遅れました。私はルーン・マン商会で監査官をやっております、レブファトと申します」


「自分はシミトテッカーです」



 レブファトは四十歳くらいの男で、物腰は丁寧だが言葉の端々からこちらをうかがうような態度が透けて見える。


 顔はまるで怒っているかのような険しいものだが、特に感情に変化はないのでおそらく地顔なのだろう。


 シミトテッカーはレブファトよりも若く、まだ二十代後半といった年齢であろうか。見た感じ、入社五年目くらいの若い営業マンを彷彿させる。


 レブファトが前、シミトテッカーが斜め後ろ。この二人の立ち位置を見る限り、レブファトが上司で彼が部下だと思われる。



「なるほど、お二人は監査官ですか」


「はい。我々の仕事は商会が正常に運営されているかの調査と査察です。そのため領主から監査権を与えられております」



 ルーン・マン商会。


 昨日接触したモザート協会と同じマングラス一派の組織だ。


 彼ら監査官の仕事は、商会の管理。他の派閥の商会も含めて、グラス・ギースにあるすべての商会に対して査察を行い、問題があれば勧告・是正する権利を有している。


 事実上モザート協会の上位組織にあたり、人材を扱うマングラスの中でもトップに近い大きな組織である。


 おそらくモザート協会からの連絡で、こちらに接触を図ったと思われる。



「それで、どのようなご用件でしょう?」


「単刀直入に申し上げますと、書類の内容に不備があるため、そちらの商会の設立を認可できませんでした」


「おや? 商会の設立はハローワークで認可されたと聞きましたが? この都市ではハローワークが行政機関を担っているはずですよね」


「たしかにその通りです。そちらでは通っていました。ですが、ハローワークはあくまで代行機関です。この都市で商会を運営していくためには、我々の査察による許認可が必要となります」


「へぇ、それは初耳だ。面倒くさいことはハローワークに任せておいて、自分たちの都合が悪いことが起きると文句を言って、しゃしゃり出るわけですね? ここは自分たちの街だから自分たちが決める、と。あなたたちらしいやり方ですね」


「どう捉えてもらっても結構。事実は変わりませんので」



 レブファトは淡々と言い放つ。


 どうやら見た目通り監査官としてはベテランのようで、嫌味に対しても眉一つ動かさない。



「それで、どこが問題だったのでしょうか? 根拠はあるんですよね?」


「はい。こちらが不備が発見された項目です。ご確認ください」


「ふむ、保証人の身分詐称、資本金の出所不明、違法雇用契約の疑い、無断の土地利用…か。たしかに問題が山積みですね。ははは」


「笑い事ではありませんよ。あなたがたの商会の話ですから」


「そうは言われましてもねぇ…これでハローワークの審査は通っているんですけど」



 ルーン・マン商会は、マングラス一派の査察機関。商会がルールを守っているのかどうかを監査するのが仕事だ。


 これを真面目に受け取るのならば、ホワイト商会は実につっこみ所満載の商会である。


 ただ、商会にとっては金があることが一番重要なので、たいていの問題は設立費用を払うことで黙認される項目ばかりだ。


 それをつついてきたのだから半分は言いがかりである。目的はもちろん、難癖をつけてホワイト商会を潰すことだろう。



 しかし、アンシュラオンはレブファトたちを見て、内心で笑っていた。



(まずはジャブってところか。しかしまあ、思った以上に相手側も困惑しているらしいな。ぬるい手を使ってくる)



 相手が打ってきた手は、当初想定していたより弱いものであった。


 おそらくマングラス側も状況を理解していないのだろう。直接的な武力行使ではなく、まずは【警告】という形で接触してきたのだ。


 行政は基本的に段階を踏んで行動する。いきなり攻撃したりはせず、最初は勧告や警告を発するものだ。


 それが普通の商会相手ならば、それなりの効果を発揮するだろう。



 しかしこれは―――悪手である。



 マングラス一派がまだホワイト商会の本質を理解していないことを、相手自らが示してしまったのだ。


 笑いたくなる気持ちを堪え、アンシュラオンはさも不安そうな声を出す。



「それで商会の設立が認められないと、私たちはどうなってしまうんでしょうか?」


「組織は解体ということになりますね。もちろん、そこで工事している建物もです」


「そんなぁ、いくらかかっていると思っているんですか? 途中でやめたら大損ですよぉ!!」


「そんなことは知りません。手続きに不備があった以上、こちらはどうしようもありません。ルールはルールですから守っていただかないと困ります。もし再度設立届けを出すのならば、三日以内に受理されないと同一内容での商会は作れませんので、ご注意ください」


「そこを何とかなりませんかね? ほら、わかるでしょう? ちょっと手心を加えるとか」


「…どういう意味でしょう?」


「もう、しょうがないなぁ。そこまで言わせるんですか? これ、取っといてください」



 アンシュラオンが、懐から札束を取り出す。



「とりあえず百万円ずつで…お二人ですから二百万ですかね。ひとまずこれでどうでしょう?」


「………」


「あっ、いえ…あっ…」



 レブファトは毅然とした表情で、シミトテッカーは少しだけ狼狽した様子で札束を見る。



「足りないですか? なら、さらに追加して…お一人三百万でどうですかね?」


「三百万!?」



 その金額にシミトテッカーが驚く。


 彼がいくらもらっているのか知らないが、都市の平均月収が四万だとすれば、個人で三百万というのは大金だろう。


 しかも通常の給料とは別枠で税金も取られない裏金だ。丸々利益である。



「ええ、そうです。ご希望なら、もう少し色を付けることもできますが…どうでしょう? そこは馴れ合いってことで。お互いにいい関係を築きませんか? ねっ、シミトテッカーさんもそう思うでしょう?」


「そ、それは…それは…駄目です。私たちは仕事で来ていますから」


「仕事…ねぇ。こんなこと、商会の査察ではよくあることでしょう? 上には適当に言っておけばいいんですよ。どうせあなたがたの上司も、机の上から命令することしか知らない世間知らずなんじゃないですか? ここで真面目に働いても、その実績の全部をそいつらが持っていっちゃうんですよ? それって嫌ですよねぇ。あなたはそんなやつのために働いているんですか? 報われてます? ちゃんと労働の対価をもらってます? ちょっと考えてみてくださいよ」


「………」



 シミトテッカーは思い当たることがあるのか、じっと札束を見ながら考えている。


 当然、アンシュラオンは彼の職場事情など知らないので適当に言っただけだが、どこの職場も似たようなものであろう。


 何も知らない上司にこき使われる部下。まさに人間社会の定番である。



「遠慮なさらず。ほら、どうぞ」


「ああ! だ、駄目です! ポケットに入れないでください!」


「じゃあ、靴の中に入れましょう」


「そこはもっと入らないですよ!!」


「そこまでです、ホワイトさん。それ以上やれば、贈賄の罪で訴えねばなりません」



 レブファトが止めに入る。ついでに脅しも忘れない。



「…へぇ、面白いことを言いますね。あなたは金を受け取ったことはないのですか?」


「ありません」


「一度も? 本当に?」


「ええ、女神に誓って」


「そ、そうです。レブファトさんは一度だってもらっていません。それは私も保証します」


「ふーん、本当かなぁ。ちょっと信じられないですね。汚職なんて、知らないところでいくらでもできちゃいますし」


「あなたがどう思おうがご自由ですが、真実は一つです」


「へー、本当だとしたらたいしたものですね」



 ルーン・マン商会もマフィアの組織なのは間違いない。


 そんな連中が真面目にやっているとは到底思えない。上納金さえ払えば、後は好き勝手やるのが彼らの常識だ。


 監査官という立場であれば、いくらでも賄賂を受け取ることができる。やらないほうがおかしい。


 だが、レブファトの顔には一切の動揺も後ろめたさもない。



「そのようなもの、いくら積まれても無駄です」


「金には興味がないですか…そういう人もいますよね。では、女ですかね? いくらでも用意してあげますよ。どうです? ハーレムというのは? 男の憧れでしょう?」


「いいえ、必要ありません」


「ああ、これは失礼。そっちの方でしたか。任せてくださいよ。男のほうもなんとでもしますから。子供がいいですか? 少年がいいですか? それとも大人?」


「そういう冗談は嫌いです。やめてください」


「ふむ…では、地位ですかね? 困ったなぁ。私の一存では難しいですが…あなたが望むならばそれなりのポストを用意しましょう。特別ですよ?」



 金、女、地位、おおよそ男が求めそうなものを挙げる。


 が、レブファトは冷たい視線を崩さない。



「話になりませんね。何をどうされても我々の意思はまったく揺るぎません。よくいるのですよ、あなたのような方が。何でも金でどうにかなると思っている困った人がね。監査官はいかなるときも公正でなければならないのです。賄賂などもってのほかです」


「お堅い人ですねぇ。シミトテッカーさんは、こんな人と一緒にいて疲れません? オレだったら嫌だなぁ」


「…いえ、そんなことはありません。正しいと思います」


「おやおや、あなたもお堅い人のようだ。でも、本心ですか?」


「当然です」


「じゃあ、これはいらないと。ぽいっと」


「あっ!?」


「欲しいなら拾ってもいいですよ。捨てたものです。ご自由に持っていってください」


「………」



 アンシュラオンが札束を放り投げると、シミトテッカーの視線が動く。未練があるのはバレバレだ。


 しかし、レブファトが戒める。



「シミトテッカー、一時の欲望で人生を失うのか? 結局、不正では何も得られないぞ。金も酒や麻薬と同じだ。快楽は一瞬でしかない。それ以後の人生を守ってはくれないんだ」


「…わかっています。申し訳ありません」


「うむ。それでいい」


「本当にいいんですか? ここで頷いておけば、お一人三百万…いえ、もっと用意したっていいんですけどね。まだ間に合いますよ。人間、素直になったほうが得だと思いますけどね」


「仮にそのようなことをすれば、我々の身が危うくなります。あなたもご存知のはずでしょう。今回のことを甘く考えないことです」


「どうやら本当に無駄のようですね」


「最初から言っている通りです」


「…わかりました。では確認しますが、三日以内に何とかすればいいんですね? 少なくとも不備がなくなれば認めてくださると」


「規定では、そうなります。差し出がましい口を利くようですが、三日では無理だと思いますよ。その間に都市を出たほうがいい」


「へぇ、それも警告ですか?」


「いえ、私個人の意見です。…蛇足でした。そろそろ失礼いたします。いくぞ」


「は、はい!」



 レブファトはそう言い残し、シミトテッカーと去っていった。




 その様子を見ていたハンベエが近寄ってくる。



「始末しますか?」


「殺したところで、どうせ代わりが来るだけだ。それでまたつつかれる。それよりせっかく用意した餌に食いついてくれたんだ。しっかりと釣ってやらないとな」


「ふふ、あなたも人が悪い。それなりに善良そうに見えましたけどね。まあ、そういう人だから面白いんでしょうけど…それで、どうします?」


「お前たちは襲撃を続けろ。ただし、今度は秘密裏にな。ルーン・マン商会のほうはオレがやる」


「わかりました」



(レブファトさんよ、あんたは勘違いしているよ。誰もが自分と同じだと思っていると痛い目に遭うぜ。それをこれから見せてやろう)



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