185話 「襲撃と事務所建設」


 ホワイトことアンシュラオンは、この一件の後、そのままいくつかの店を襲撃しに行く。


 やり方は同じ。事前にみかじめ料を請求し、それを断ったら店員を殺して金を奪い、ピンク系の店では女も奪っていく、というもの。


 基本的にどの店もどこかの派閥に金を払っているので、拒否するしかない。もし受け入れてしまえば、今度はそっちからも攻撃されるからだ。


 一番の被害者は、当然ながら弱者である店側である。


 みかじめ料は一応用心棒代なので、本来ならば自分たちを守ってくれるはずのモザート協会が武力で追い払われてしまった以上、彼らは混乱に陥るしかない。


 逃げたい。逃げられない。払って楽になりたい。でも、払ったら後が怖い。でも、払わねば死ぬ。



 と、葛藤している間に襲撃が始まり―――



「わ、わかった、払う! 払うから!!! 許してくれ!」


「もう時間切れだな。あんたは付く相手を間違えた。おい、やれ」


「ふふ、じゃあ、さよならのお時間ですね。はい、ちょっとチクってしますよ」


「ま、待って…まっ…うぐっ…ぐううう…がはっぁあ」



 シュッ


 ハンベエが軽く腕を引っ掻いた瞬間、支配人が苦しみ出す。


 突如、自分の身体を掻きむしり始め―――



「うぐっ…がっ…―――っ」



 バタン


 がくっと白目を剥いて倒れた。


 ハンベエの特殊毒である。ものの数秒で人間が死ぬ。まさに猛毒だ。



「あーあ、死んじゃいましたね。毒が強すぎるんですよ。本当は弱い毒でじわじわ死んでいくのが楽しいのに…つまらないなぁ」


「お前が好き勝手に毒を撒いたら他にも被害が出る。今はそれで我慢しておけ」


「…わかりました。今度は直接注入タイプの弱い毒も作っておきますよ。ふふふ、それはそれで楽しめそうです」


「これで店員は全員処分できたか。女を連れてこい」


「へいっ、オヤジ!」



 ここは違法クラブの一つで、麻薬の取引現場にも使われる店だ。


 ただ、上級街にあった高級店とは違って安っぽいバーなので、集まるのは下級街のチンピラばかり。その質は遥かに劣る。



 そして、戦罪者に連れられて女たちがやってくる。


 そこに勤めている女も半数が麻薬中毒者といったところ。こうしてみると麻薬はかなり蔓延しているようである。



「お前たちをこれから移送するが、途中で騒いだら殺す。ああなりたくなかったら言うことを聞け。わかったな」


「は、はい…」


「この中で子供がいるやつはいるか? 手を挙げろ。心配するな。悪い話じゃない」



 恐る恐る手を挙げたのは、八人中三人あまり。



「子供はこちらで保護して、お前たちと一緒のところに向かわせる。金だけを渡しても子供だけでは危ないからな」


「あ、あの、子供はどうか…助けてください…」


「逆らえば殺すと言ったが、従えば利益を与えてやる。子供も同じだ。悪いようにはしない。と言っても簡単には信じられないだろうな。それは仕方ない。だが、どのみち選択肢はない。今は黙って従っておけ」


「…はい」


「よし、行け」



 女たちは店員の死体を見ているので抵抗するそぶりはない。震えて声も出ないか、ヤク中で思考が上手くまとまらないかのどちらかだろう。



(今日はこんなものか。荷物も多いから無理をすると追跡されるかもしれないしな)



 現在はホワイト商会の動きに気づいていない敵が多いので、妨害工作の類は受けていない。


 今ならばこうした略取も簡単だ。よって、最初の襲撃は女がいる場所に集中することになる。


 それでも注意は怠らない。三軒目までは路上も使って派手にパフォーマンスを行い、最後の一軒はこうして即座に排除を終えることで、相手の目を誤魔化しているのだ。



「今日は撤収だ。夜になれば人も増えるからな」


「うすっ!」




 仮面の集団は素早く店を出ると、あらかじめ決められていたルートを通って人目に付かないように移動。


 すでに夕日となった太陽の光が完全に城壁の影に隠れ、昼間でも異様に薄暗いエリアに忍び込んでいく。


 そこには、大型の馬車があった。



「女を例の場所に移送しろ。護衛にはマタゾーと他に三名が付け。もし妨害に遭ったら敵は殺していい。だが、衛士に止められたら身分証を見せて強引に押し通れ。今は衛士とはできるだけ揉めるなよ。特に東門の女衛士には手を出すな。その人と戦うくらいなら女は捨てて証拠隠滅を図れ」


「承知」


「ああ、マタゾーさん。これ、差し上げますよ。私が作った毒玉です。女を殺す時に使ってください。荷台に放り込めば数秒で全員死にますから楽ですよ」


「趣味ではないが…もらっておこう」



 これは趣味の悪い冗談ではない。その時になったらマタゾーは迷わずに使うだろう。オヤジの命令は絶対だからだ。




 馬車はマタゾーたち護衛を乗せて出立。


 さきほどの風俗店で手に入れた女も戦罪者に護衛させ、こうして各所に隠してあった馬車に乗せて移動を開始している。



 向かう場所は、とある倉庫。



 キブカ商会が管理している倉庫の一つで、そこに一旦匿うのである。


 中には麻薬中毒者の女もいるため、もしかしたら善行の一種にも見えるかもしれない。しかし当然、これは慈善などではない。


 風俗店で働いている女性は処女ではないので、アンシュラオンが自分のものにするわけではない。この店の女も同じだ。だが、女はそれ以外にも使い道はたくさんある。



(とりあえずは麻薬工場の作業員として確保しておこう。ソイドファミリーの構成員たちを殺すと、生産が滞ってしまうからな。畑仕事にも使えるかもしれないし、人手の確保は重要だな)



 彼女たちはソイドファミリー制圧後、麻薬工場の従業員となる予定だ。麻薬を餌にすれば食いつくだろうし、その前にスレイブにしてしまえばいい。



(麻薬は利潤が高いコシノシンをメインで生産していこう。シャイナではないが、より品質の高い麻薬のほうが副作用が少ない。相対的に考えれば健康状態も多少はましになるだろう。オレがそれしか生産しなければ、相手は受け入れるしかないしな)



 現在はソイドファミリーが安い麻薬も放出しているので弊害が大きくなっているが、生産元が一つしか麻薬を製造しなければ相手に選択の余地はない。


 それは結局のところ、都市の正常化を助けることになる。


 副作用は減り、医者を介してコシノシンは医療麻薬としての本来の用途として使われるだろう。本当に必要な人間に対しては安価で提供もできる。


 当然、医者を通さない中毒者のクズどもには高値で売るつもりだ。それでバランスを取ればいい。


 完全とはいえないが、これならばシャイナとホロロの要望をある程度満たすことができる。主人たるもの、自分が所有する女の願望を満たすことも大切な責務である。



(麻薬の利潤はすべてオレがもらう。それとマンパワーを支配すれば、オレが求めるレベルの権力は手にできるな。マングラスのやつらとも上手く揉めたし…順調だな)



 捕らえた女性の中で、子供がいる者は権力を確保したあとに戻すかもしれないが、それはそれで別途雇えばいいだろう。


 その頃には勢力図は大きく変わっているはずで、スレイブになるかどうかにかかわらず、彼女たちもアンシュラオンの支配下に置かれることになる。



「残った者は、オレと一緒に上級街に戻るぞ」



 別途用意してあった馬車に乗り、一行は上級街に戻る。







 下級街から中級街に移動し、西門のチェックを受ける。


 その際、全員が仮面を被っているので衛士は困惑したが、身分証はホテルから発行されている最上級のものだったので、喉まで出かかった疑問を押し込めて、そのまま通してくれた。



「へっ、暴れられると思ったんだけどなぁ…」



 衛士もまさか、馬車の中でそんな言葉が呟かれているとは思っていないだろう。


 知らないところで命拾いしているというのは、実に怖いものだ。


 アンシュラオンは「できるだけ揉めるな」とは言ったが、揉めてはいけないとは言っていない。


 邪魔をする相手は誰であろうと容赦はしない。それがホワイト商会に課せられた存在意義であり使命である。




 馬車は上級街の商業街を通り過ぎ、診察所があった場所も通り過ぎる。


 その先はホテル街まで、だだっ広い空き地が広がっている。前にアンシュラオンがサナと歩いて見ていた何にも使われていない土地である。


 そもそもグラス・ギースの人口密度は相当に低い。そうであるにもかかわらず上級街だけが隔離されているので、必然的に土地が余ることになる。


 だが、そんな土地にも、今ばかりは少しだけ活気が宿っていた。


 馬車で移動していると、ランニングシャツに短パンといったラフな格好の男たちとよくすれ違う。


 上級街で労働者と出会うことは珍しくはないが、ホテル街に止まるような雰囲気の人間でもないので、この一帯ではなかなかに稀有な光景である。



 その正体は、しばし進むとすぐにわかる。



 何もないはずの広大な空き地の真ん中で、何かの工事をしている者たちがいた。


 やたら大勢の人間、特に体格の良い汗臭い男たちが、一心不乱に作業に集中している。


 アンシュラオンは馬車を降り、戦罪者たちと一緒にそこに向かう。



「おっ、こりゃ先生! どうも!」



 その姿を見かけた男が駆け寄ってきた。


 この人物も非常にマッチョで、いかにも「とび職」といった格好をしている。



「やぁ、久しぶりだね。工事はどう?」


「順調でさぁ。この分なら、あと二週間くらいでなんとかなるなぁ」


「それはよかった。急ぐ必要はないけど、しっかりと確実に頼むよ」


「へぇ、そりゃもう。先生には返しても返しきれないくらいの恩があるからなぁ」



 この男はホワイト診察所に治療に来た大工で、名前はゴウダ・ノブ。


 下級街で建設業を営んでおり、大工の腕前はかなりのものらしい。しばらく怪我で現場からは遠ざかっていたが、今回はようやく復帰が叶ってやる気満々だという。


 そのうえあの時に無料で治療したことで、アンシュラオンに対して強い恩義を感じてくれているようだ。


 しかし、アンシュラオンはさらに懐柔を徹底する。



「でも、先生…いいのかなぁ? こんなにもらっちゃって…。そりゃうちはありがたいけんど…また恩ができちまう」


「かまわないって。金なんて使うためにあるんだよ。前にも言ったと思うけど、すべては人の役に立つためにあるんだ。この金で労働者を雇えるし、それで経済が回れば結果的にみんなのためになる。ついでにオレも助かる。ね? いいだろう、そういうの?」


「せ、先生…! 先生はすごい人だぁ! おいらは感動しちまって…ううう…」


「いいって、いいって。それより【例の部分】は、くれぐれもゴウダさんが中心になって誰にも見られないように気をつけてね」


「ああ、そっちは万全だぁ。夜中においらが一人で作業して、もう全部作業が終わって囲っちまったよ」


「素晴らしい。それならば安心だ。あなたと出会えてよかった」


「それはおいらの台詞だよぉ。おおん、おおん…、先生は本当に偉大な人だぁ」



 涙に酔いしれるゴウダには、アンシュラオンの笑みの中に隠れた真の感情は読み取れない。


 だが、そのほうがいい。そのほうが人間は幸せなのだ。どうせ彼にとっては関係ない話。美談で終わらせたほうがいいに決まっている。



(人間は金で動く。どんな美談だって、それを支えているのは利益だ。この大工の集団も無料でやっていたらやる気も出ないだろう。助けたとはいえ所詮、こいつ個人の問題だからな。金を払って正解だったな)



 建てているのは、ホワイト商会の新しい事務所である。


 しかし普通の事務所ならばいいのだが、作戦の都合上少し工夫しないといけない場所もあるので、その部分だけは赤の他人に任せるわけにはいかない。


 その点、ゴウダならば比較的安全だ。恩も売ったし、金もかなり払った。彼が裏切る可能性は非常に低い。


 また、キブカ商会がバックにいるので金の心配もいらない。商人として成功しているソブカには、金だけはあるのだ。



「それじゃ、おいらは作業に戻るよ」


「ああ、よろしく。夜の間はこっちで警備をするから、安心して作業に集中してね」


「おう、任せておいてくれよ」



 そして、ゴウダが作業に戻ったのを確認し、残っている戦罪者に指示を出す。



「お前たちは、ここで施設と大工たちの警備だ。まだ敵は出ないだろうが、盗みを働くやつがいるかもしれないしな。一応、警戒しておけ」


「うっす」


「飲酒などで羽目を外してもかまわんが、襲われた場合以外で殺しはやるなよ。問題があればオレに伝えろ。そのへんにいるからな」


「うっす」



 戦罪者たちは、各人がバラバラに事務所の周囲を覆う形で警備の任に就く。



「サナ、今日はここで野宿だ。大丈夫か?」


「…こくり」


「よし。そのために訓練をしたんだもんな。まあ、サナはもともと気にしないタイプかもしれないけど。どのみち事務所が完成するまでの辛抱だ」



 アンシュラオンはホテルに戻らず、この場所に野宿することになった。少なくとも相手の出方を確認するまでは戻れない。


 唯一サナが気がかりだったが、彼女もすでに武人として修行を始めた身である。荒野で多少の訓練を積んだこともあり心配はいらないだろう。



 ポケット倉庫から出した簡易テントを張り、サナにはその中で仮面を脱がせて休ませる。


 こうしている間も常時波動円でアンテナを張り巡らせているので、何かあればすぐに対応できる。




 その夜は、何もなく時間が過ぎた。




 しかし、問題が起こったのは次の日である。



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