184話 「やんちゃ無法のホワイト商会 後編」


 衛士は「管轄違い」ということで去っていった。


 そう、この都市にはルールがある。


 衛士隊は都市内部の「マフィア同士の抗争」には関与しない、というルールだ。



「おら、どけどけっ! どかんかい!」



 観衆の中から野太い怒鳴り声が聴こえ、誰かが割り込んでくるのがわかった。



「遅いご到着だな。ずいぶんと反応が鈍いようだが…これも危機意識が低いからかな」



 ホワイトが割れていく野次馬を見つめていると、明らかに堅気ではない連中が出てきた。


 六人組の男たちで、五人はチンピラ風、真ん中の一人はスーツ姿だ。



「おんどりゃ!! こりゃ、どういうことじゃ!」



 その中で先頭を歩いていた一人の男が、キャンキャン吠えながらやってきた。


 丸刈りのいかにもチンピラといった様相の男で、その手慣れた感じから、彼はいつもこうして他人を威圧しているのだろう。



「おう、お前ら、ここで何しとんじゃ! 人様のシマだとわかってのことかい!!」



 チンピラは、手に棍棒のようなものを持っている。


 人間は武器を持つと自信がついて、ついつい攻撃的になってしまうものだ。物言いも乱雑になりがちだ。


 それが普段と同じ状況ならば、それなりの威圧効果を持っているのだろう。彼の周囲から野次馬が逃げたように。


 だが今日は、とてもとても相手が悪い。



「なんじゃぁ! 人の話を聞いてんのか! それとも俺らとやるって……いう……の……か………」



 近づけば近づくほど、その場にいる者たちが危険であることがわかるのだろう。


 身体は正直だ。


 彼の本能が近づくことに拒否を始め―――ついに止まってしまった。


 目の前には巨漢のマサゴロウ。完全にチンピラが見上げる形になる。



「ぁあ……で、でけぇ…」


「なんだ、こいつは? またゴミが来たのか」



 マサゴロウが、じろりと睨む。



「な、なんじゃ、お前ら!! なにしてんじゃぁ!」


「見てわからないのか?」


「て、てめぇらこそ、わからねぇのか!! 俺たちがいんだぞ!」


「言っている意味がわからん」



 がしっ ぐいっ



「がっ!! て、てめ…がっ……何しやが…がはっ」



 そのチンピラもマサゴロウにあっさりと捕まる。まったく反応できずに首を掴まれた。


 ホワイトから見ればノロマな動きでも、常人からすれば恐ろしく俊敏なゴリラに近い。速度の基準、レベルが違うのだ。



「がっ…がああ…がはっ、やめっ…はな…せ……」


「な、何しとんじゃああ!! お前ら、ぶっ殺すぞ!!!」



 相手の仲間が駆けつけるが、その前にマタゾーが立ち塞がる。



「そこから一歩でも動くでないぞ。動けば刺す」


「うっ…! なんだこいつは!!!」


「オヤジ殿、どうされる? 一突きで殺すか? それとも少しずつ削ぎ落として殺すか? 拙僧はどちらでもかまわぬ」



 マタゾーも疼いてきたのか、相手が弱者であっても殺してもいい気分になったようだ。


 すでに殺すことは確定で、どう殺すかの話になっている。槍を構える仕草に狂気の色が宿る。



「な、なんだ…こいつら! 何言ってやがる…! 俺らが来たってのに、なんでやめねぇんだ!?」



 仲間のチンピラは、その温度差に驚いて動けない。


 こちらは威圧するつもりで行ったのだが、相手は最初からこちらを殺すつもりで来ている。


 その覚悟の差、圧倒的な意思の違いに場慣れしている彼らでも戸惑っているのだ。



 そんなチンピラにホワイトが近寄る。



「やぁ、やっと来てくれたね。待ちわびたよ。でも、対応が遅いんじゃないかな。少し拍子抜けだよ」


「ああん? 誰じゃ、このガキ―――ぶへっ!!」



 チンピラの腹が槍の石突きで叩かれ、吹っ飛ばされる。



「がほっ、げほっ…がっがが……がぼっ!!」



 チンピラは激しく吐血。呼吸ができずに苦しんでいる。



「オヤジ殿への無礼は許さん」


「マタゾー、手を出すのが早すぎるぞ」


「申し訳ない。これでも気を遣ったのでござるが…相手が弱すぎて加減が難しいですな」


「まあいい。お前にしては優しい一撃だったからな。ははは、案外まともに僧侶をやっているじゃないか」



 マタゾーにしてみたら、軽く槍の後ろ側でつついたくらいの感覚である。


 だが、常人にしてみれば石が剛速球で飛んでくるようなもの。筋肉の断裂、臓器の破壊が起こり、男は半死状態だ。



「いやぁ、ほんと申し訳ない。うちの若いやつらは血の気が多くてね。ああ、かわいそうに。怪我を治してあげましょう」


「げほっ、がほっ…ううっ…痛ぇ…痛ぇ………痛く…ない?」


「マサゴロウ、お前も放してやれ」


「…わかった」


「ごはっ、ごほっ…くそ……」



 チンピラを命気であっさりと治療。


 それを見たスーツ姿の男が、ホワイトの正体を見破る。



「仮面、治療…あなた、ホワイトさんですか?」


「ええ、そうです。ご存知とは光栄ですね。それで、あなたはどちら様?」


「モザート協会の取締役をやっております、ワカマツと申します」


「ほぉ、取締役。若頭ではなく?」


「…まさか。うちはまっとうな商会ですからね。取締役ですよ。お間違えなく。これ、名刺です」


「これはどうも。…なるほど、たしかにそう書いてありますね」



 ワカマツが出した名刺には、たしかに取締役とある。しかし、その顔はどう見ても堅気ではない。


 目の前で身内であろうチンピラが倒されても動じない胆力を持っていることからも、明らかに筋者であることを証明している。



 彼らこそ、この店を管理しているマフィア、モザート協会の者たちだ。



 騒動を聞きつけた者が、彼らにも報告したのだろう。あるいは、これだけの騒ぎになれば気づかないほうがおかしいのかもしれない。


 衛士が下がった理由は、まさにこれである。マフィアとマフィアの抗争ならば、彼らの出る幕はない。


 すべてのマフィアは、必ず各グラス・マンサーによって管理されている。領主軍がどちらかに加担すると公平性が失われ、後々面倒なことになるからだ。



「ほぉ、これを拝見すると…モザート協会さんは人材派遣のお仕事ですか。大変そうですね」


「ええ、大変です。このようなことが起きると、特にね」


「お互いに部下には苦労しているようですね。ご苦労はお察ししますよ」


「それはどうも…。それで、うちと契約している店にどのようなご用件でしょうか。見たところ、ずいぶんと乱暴なことをしておられるようですが」


「いえいえ、ちょっとご挨拶に伺っただけですよ」


「挨拶…というレベルを超えているように見えますが」


「そうですか? これでもかなり加減をしているんですけどね」


「これで、ですか?」



 乱暴どころか殺人まで平気に行っていることに、さすがのワカマツも眉をひそめる。


 グラス・ギースでは殺人事件も起きるが、数はそう多くはない。衛士たちもいるし、裏の人間が抑止力になっているおかげもあり、近年では滅多に起こらない。


 それが、この惨状。


 すでに何人もの死体が転がっている。これだけで大問題である。


 しかも、よその組の管轄に手を出したとなればどうなるか、裏の世界で知らない人間はいない。


 だが、ホワイトはワカマツの圧力にもまったく動じず、淡々と事実だけを述べていく。



「言ったでしょう。ご挨拶だと。挨拶ってやつは重要でしてね、上下関係をはっきりさせないといけない。そうしないと、どう挨拶していいのかわからないですよね? 上の相手には敬語が必要なわけですから」


「それでこの結果ですか…。経緯を説明していただいてもよろしいですかね?」


「ええ、かまいませんよ。実は新しい事務所を構えたんで、その挨拶回りをしているんですよ。知ってます? ホワイト商会って。護衛派遣業なんですけどね」


「…あなたのお名前は存じておりますが、商会と事務所のほうは初耳です。それがうちの店と何の関係があるのでしょう?」


「この店の用心棒でもやろうと思いましてね。話を持ちかけたんですが…支配人の方が強情でしてね。話がこじれてしまったので、こうなっただけのことです」


「ホワイトさん、そいつは筋が通っていないんじゃないですかね? ここはもともとうちの管轄の店です。あなたにそんな権利はないですよ」


「スジですか? スジ肉は好きじゃないなぁ」


「冗談を言っている場合じゃありません。うちら筋者が、どうしてそう呼ばれるかはご存知でしょう? 筋道こそが重要なんです。あなたがやっていることは非常に危険だ」


「あれ? まっとうな商会の取締役さんですよねぇ? おかしいなぁ、それって筋が通っていないんじゃないですかね?」


「ホワイトさん、真面目に答えてほしいんですけどね」


「くくく、筋は通しているつもりですよ。強い者が勝つっていう力の流儀でね。我々のほうが彼らより強かった。それで十分じゃないんですか?」


「そんなもの、ここじゃ通じません。ここは狭い世界ですからね。お互いに協力するってのが筋なんです」


「そうですか? 我々の流儀は通じているみたいですけどね? ほら、あんなふうに」



 あらかた戦いは終わっており、屍の山が転がっている。彼らは弱いから死んだのだ。


 否。「弱い者は、より強い者に従う」という理に逆らったから死んだのだ。それは筋を通さなかったからである。



 と、その時、少し離れた場所で倒れていた店員が起き上がり、走り出した。



「ひぃいい! ひいっ!!」


「やろう、まだ生きてやがったか!」


「ひっ、ひっ…なんでこんな目に…逃げ、逃げないと……ぎゃっ!!」



 走り出した店員の背中に―――矢が刺さった。


 右の肩甲骨の隙間を貫き、肺を突き破る。



「おー、姐さんが当てたぞ」


「おーー! さすが俺らの姫様だ!」



 撃ったのは黒姫。真っ黒な仮面を被った少女が、クロスボウを構えていた。



「げはっ…ごほっ……ううう…い、いてぇ…いてぇえよぉおお…!」


「…?」


「黒姫、こっちの場合、心臓は左だ。逆だったな」



 首を傾げる黒姫に、ホワイトが近寄る。


 どうやら反射的に右胸あたりを狙って撃ってしまったようだ。それが背中になれば位置は逆になる。



「ほら、まだ終わっていないだろう? 最後までやってごらん」


「…こくり」



 トコトコ


 黒姫は倒れている店員のところに歩いていき、じっと様子をうかがいながら慎重に新しいクロスボウを取り出す。


 倒れている相手にも油断しないという教えを忠実に守っているのだ。



「ううっ…がっ…やめっ…たすけっ―――」



 狙いをつけ、迷うことなく矢が―――発射。



 ズトンッ



 至近距離から放たれた一撃が、頭に突き刺さり―――絶命。


 そのまま男は動かなくなった。



「おー、よくできたな!! いい練習台になってよかったな、黒姫!! 人間は魔獣と比べて的が小さいからな。次もよく狙うんだぞ」


「…こくり」


「よしよし、大成功だ。女も荷台に積んだようだし…移送はヤキチに任せる。予定通りに動け」


「おうよ!」



 ヤキチたちは奪った金と女を堂々と馬車に詰め込んでいく。


 麻薬中毒者の女たちがまったく騒がないのが、あまりに異様である。そんなことにはもう慣れきってしまったのだろうか。



 ヤキチと数名の戦罪者が乗った馬車が移動を開始。


 それを見届けたあと、ホワイトもワカマツに別れの挨拶をする。



「では、我々はこれで失礼いたしますよ。ここでの用事は終わったのでね」


「待ってください! このまま帰るおつもりですか? きっと後悔しますよ!」


「ん? まさか、その数でやるおつもりですか? かまいませんけどね、うちは。その場合、後悔するのは皆さんだと思いますけど?」



 相手は六人。ヤキチたちがいなくなったので、こっちは黒姫を抜かしても十一人。しかし、その数以上に戦力差は歴然としている。


 見たところワカマツは強くない。少しは戦えたとしても、せいぜいキブカ商会の構成員程度だろう。


 部下のチンピラも一般人を脅すためには有用かもしれないが、【殺し専門】ではない。殺したことがあるにせよ、ほんの数人だろう。


 それが六人程度ならば、マサゴロウ一人で十分過剰戦力である。この程度の相手ならば、彼一人で五百人は軽く殺せる。それも息一つ乱さず。



「オヤジさん、今度は私にやらせてくださいよぉ。みんなだけ楽しんで、ずるいですよぉー」


「ハンベエか。やりすぎるなよ。住民を巻き添えにしないようにな」


「わかっていますが…手加減できますかねぇ? ああ、楽しみだ。人が悶えて死ぬのを観察するのが好きなんですよ。うけけ、けーーーけけけ!!! いやー、楽しくなってきましたねぇ!!」



 不気味な笑いとともにハンベエが怪しげな瓶を取り出す。


 中身の液体は毒々しい紫なので、どう考えても劇薬である。



「ふふ、これはね、グバロパーン〈小竜噴毒蛇〉という根絶級魔獣の毒嚢どくのうから抽出した液体でしてね。普通の魔獣なら一滴で動けなくなり、二滴も注入すれば間違いなく死ぬって代物なんです。さて、問題です。ここで蓋を開けるとどうなるでしょう? 空気に触れると急速に気化して周囲一帯を…うけけ、楽しみだなぁ!! これね、西側の軍隊で化学兵器として使われている原料なんですよね。一度街中で使ってみたかったんですよぉ」


「やれやれ…ハンベエは加減できそうもないな。まあいい。観客はオレが水泥壁でガードする。こいつらは好きにやれ」


「ありがとうございます、オヤジさん! 話がわかる上司って、やっぱりいいですねぇー」


「オレはもっと話のわかる部下が欲しかったけどな」



 毒を見て、ワカマツたちは思わず下がる。


 いや、毒よりもハンベエの狂気に満ちた声と雰囲気に圧倒されたのだろう。毒が本物ならば、明らかに常軌を逸している。



「くっ…! 本気でやるつもりなのか? 正気か、あんたら!!」


「おや、焦っているようですね。ここじゃ力の流儀は通じないんじゃないんですか? おかしいなぁ。聞き間違いですかねぇ。で、どうします? いいですよ、逃げても。今なら見逃してあげますから」


「ぬううっ…!!」


「あ、兄貴ぃ。この数じゃ…! それにこいつら…ヤバイですよ! 絶対やべぇ!」


「どうやらそちらの若い人のほうが、状況を理解しているようですね。さすがマングラス一派、いい人材をお持ちだ」


「くうううううっ!! 帰るぞ!!!!」



 ワカマツは五人を連れて帰る(逃げる)ことを決断。懸命な判断だろう。


 だが、捨て台詞も忘れない。



「ホワイトさん、このこと…高くつきますよ!」


「それはいい。高いものは大好きでしてね。いつでも送ってください。安物だったら返品しますから、そこんところよろしく。あっ、普段は上級街の事務所のほうにいますよ。診察所の近くだからすぐにわかるでしょう。場所がわからないと送りようがないですからね。お間違えなく」


「…くそ!!! どこまでも馬鹿にしやがって!!」




 苦々しい顔をしてワカマツは帰っていった。


 これでモザート協会とは完全に敵対関係になったというわけだ。



「オヤジさん、せっかくいいところだったのに…」


「焦るなよ。これから好きなだけ殺させてやる。もう少しじっくり遊ぼうぜ」


「ふふ、わかりました。楽しみにしていますよ」




 こうして無法者たちがグラス・ギースに解き放たれた。



 これが最初の火付け。ここから火は広がり、グラス・ギースが燃え上がるのだ。


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