183話 「やんちゃ無法のホワイト商会 中編」


 下級街の裏通りが、一瞬にして略奪の場へと化す。金と女は奪われ、店員は殺されていく。


 突如現れた仮面の集団によるあまりに不可解で理不尽な行動は、現実感が希薄で、まるで映画のワンシーンを見ているかのようだ。


 野次馬も舞台を見守る観客となり、異様な興奮状態へと導かれていく。


 それを演出するのは白スーツの男、ホワイトと呼ばれる仮面の少年である。



 だが当然、これだけのことをやっていれば【抑止力】がやってくる。



 まずやってきたのは、衛士。



「こ、これはいったい…! 何が起こっているんだ!?」



 誰かが通報したのか、都市の治安維持を担う衛士たちがやってきた。


 数は三人。衛士隊は基本的に三人一組の小隊で動くので、最低限の戦力ともいえる。


 おそらくはこのあたりを見回っていた警邏けいら中の隊だろう。彼らも状況がよく呑み込めておらず、あまりの惨事に野次馬同様、混乱に陥っている。



「お前たち、そこで何をしている! や、やめるんだ!」



 だが、やはり衛士である。


 即座に異常事態であることを認識して近寄ってきた。ただし威勢よくとはいかず、やや引け腰である。


 が、それは致し方ないだろう。


 明らかに修羅場である。衛士とはいえ、見るだけで身の危険を感じるものだ。



「なんだぁ、変なのが来たな。おい、なんか用か」


「うっ…なんて血生臭いやつだ。それにその刀…血がべったりじゃないか!!」



 衛士はヤキチの刀を見て、一瞬後ずさる。


 ただ血が付着しているだけではなく、あまりに禍々しかったからだ。



「何を当たり前のこと言ってんだぁ? 殺せば血が出る。生物なら当然だろうがぁよぉ。ああ? で、何の用だ?」


「お、お前らは何をやっている!?」


「見てわかんねぇのか? わかんねぇなら引っ込んでろ。おめぇらも殺されてぇのか」


「我々は衛士隊だぞ! 言うことを聞け! ただちに武器を捨てて戦いをやめろ!」


「あ? 衛士隊? んなもん知るかぁ。邪魔するならよぉ…やっちまってもいいよなぁ? へへへ、丸腰のやつよりは面白いぜ」


「なっ、向かってくる気なのか!?」


「遠慮なんてするなぁよ。それじゃ楽しめないからなぁ。しっかりと腰にぶら下げたもんを使えよ。まあ、それでも対等にもならねぇけどよぉ! ひゃひゃひゃ!」



 衛士は銃と剣、鎧で武装をしている。それでもヤキチに臆する様子はない。



(ど、どうすればいいんだ…! 本気で戦うつもりなのか!?)



 衛士の男は、この状況にさらに混乱に陥る。


 衛士隊は、第一衛士隊、第二衛士隊、第三衛士隊と分かれており、それぞれ第一城壁、第二城壁、第三城壁内部を担当としている。


 ソイドファミリーの接待を受けた時、周囲にいた連中は第一衛士隊であり、上級街を担当していることから上級衛士隊とも呼ばれている。


 彼らは都市の事情にも精通しており、領主の命令もあってマフィアとの連携を強めているので、完全に組織側とグルになっている存在だ。


 一方ここにいる者たちは、第二城壁内部の治安維持を担当とする第二衛士隊である。第一衛士隊が領主に近い部隊なのに対し、彼らは一般公募から集められた者たちだ。


 つまりは前に領主城に潜入した際、臨時で集められていた者たちなので、「何も知らない衛士」と言い直してもいいだろう。



 そんな彼らは、戦いに慣れていない。



 街中で暴れる人間の大半がたいした装備を持っていないので、普通は威圧するだけで何とかなるからだ。


 それでも危ない人間の場合、マキなどが派遣されて制圧するので、彼ら自身が戦闘を行うことは稀だ。


 だが、目の前の存在は、そんな衛士に対してまったく臆することがない。その状況についていけないのだ。



「へへへ、どこから斬ってやろうかぁ?」


「ヤキチ、面白そうなことをしているな。混ぜろよ」


「なんだマサゴロウ、てめぇはあっちのゴミの処理でもしてろよ」


「もうあらかた終わった。つまらん。まだこっちのほうがいい」


「けっ、獲物の横取りか! こすいやつだなぁ!」


「お前こそ、斬りすぎだ。おれの分も残せ」


「早い者勝ちだろうがよぉ! おらぁの獲物を横取りするなら、てめぇもただじゃおかねぇぞ!」


「…それはおもしろい。やってみろ」


「でけぇ図体だけで勝てると思うんじゃねぇぞ!」


「刀だけで何でも斬れると思うな」



(なんなんだ、こいつらは…)



 あろうことか、誰が自分たちを殺すかで張り合っている。


 そこに衛士という存在がまるで入っていない。まるで気にしていない。扱われてもいない。


 それがあまりに危険。


 防衛本能を刺激された衛士の男が、反射的に銃を構える。



「お前たち、動くな! 動いたら撃つぞ!」


「お、おい、刺激するな!」


「馬鹿! このままだとこっちが危ない! さっさと銃を構えろ!」


「…くそっ!」



 他の衛士たちも覚悟を決め、銃を構える。


 しかし、ヤキチもマサゴロウも、たかが銃ごときで怯えるような可愛い連中ではない。



「撃ってみろ」



 マサゴロウが悠然と立って、衛士を睨みつける。



「ほ、本当に撃つぞ!」


「だから、撃ってみろ」


「くっ、本気か!! 撃つしかないか…!」



 普段は城壁内部で銃を撃つことなどほとんどない。一度発砲してしまったら、もう後戻りはできないのではないかという恐怖心が湧き上がる。


 だが、撃たねば自分が危ない。


 さまざまな葛藤が心の中で渦巻き、震える指がトリガーにかかった瞬間―――



「まあまあ、衛士さん。落ち着きましょうよ」


「ひっ!!?」



 バスンッ


 突然ホワイトが後ろから声をかけたので、思わず衛士が引き金を引いてしまった。


 目の前しか見えていなかったこともあるし、彼が気配を殺して近寄ったことも要因だ。


 衛士が持っている銃は風のジュエルで撃ち出す機構なため、普通の火薬とは違う軽い音が響いた。



「あっ…あっ!! し、しまった!」



 衛士は慌てて自分がやったことを後悔するが、すでに発射してしまった。


 彼は今まで人間に向けて撃ったことがなかったので、そのショックも大きかったに違いない。当たり所にもよるが、一般人ならば殺してしまえるだけの威力がある。



 だが直後、彼はそれ以上のショックを受ける。



 その場に彼の銃弾によって怪我をした人間はいなかったのだ。


 目の前の大男ならば銃弾程度ではどうにもならないだろうが、彼が見たものはもっと異様な光景。



 突き出された槍の尖端に銃弾が―――刺さっていた。



 否。


 槍の尖端「が」銃弾「に」刺さっていたのだ。発射された銃弾が、非常に小さな槍先の一点によって貫かれていた。


 それはまるで飛んでいるハエを串刺しにした図に似ている。



「やはり遅いものだな、銃弾というものは」



 それをやったのは槍を持った小柄な男、雷槍のマタゾー。


 少なくとも銃弾が発射されるまで、彼はまったく動いていなかった。それは間違いない。


 ならば彼は発射されてから銃弾を超える速度で槍を放ち、この動く小さな的を貫いたのだ。



「なに…が……え? は!? え!?」



 衛士が理解できたのは、銃弾が効かなかったということだけ。


 あとは何が起きたのかすらわからなかったに違いない。ただただ、その事象に対して呆然とする。



「ふんっ」



 バチンッッ


 マタゾーが槍の尖端に雷気を集めると、銃弾が一瞬で粉々に弾け飛んだ。



「余計なことをする。どうせ効かない」



 マサゴロウが、まさに「横槍を入れた」マタゾーに文句を言う。



「拙僧も退屈だっただけのこと。理由はそれだけよ。しかし、弱いものだ。もっとましな衛士はおらぬのか」


「ちっ、獲物が弱すぎるんだよな。雑魚の奪い合いなんてよぉ、おらぁたちの趣味じゃねぇよ。なぁ、オヤジぃ、こいつら弱すぎだぜ」


「しょうがない。ただの衛士だからな。ところで衛士さん、その銃を貸してもらえますかね?」


「…へ?」


「いえいえ、あなたに撃ったりはしませんよ。ちょっと見たいだけです。いいですよね? ほいっと」


「あっ!」



 ホワイトがさっと銃を奪い取る。


 見た目は猟銃のような形だが、もっとシンプルというか、地球にあったものより造りが雑だ。


 長さもストックを付けたサブマシンガンといった程度のもので、長距離での射撃は想定されていないことがうかがえる。


 対魔獣ではなく対人間用の武器なので、それくらいで十分なのかもしれない。



「ふーん、なんか安っぽいなぁ。通販で買ったエアガンのほうが精巧だったな。…これがコッキングか? ガチャッとやって…ちょっと撃ってみるか」



 バスンッ


 何の躊躇いもなく、自分の手に向かって銃を撃ってみた。



「あんた、何を!!! て、手が…」


「ああ、おかまいなく。銃弾を見たかったんで」


「…え?」



 ホワイトの手には、今撃った銃弾が掴まれていた。



「風で撃ち出しているわりには、地球にあるものと同じくらいの威力かな? でも銃ってさ、弾丸の種類も大事なんだよなぁ。これは何だ? 何かの骨なのかな? それを鉄か何かで薄くコーティングしているみたいだ。それに…丸いな。ライフリングは無いのかな? でもまあ、当たれば死ぬだろうから使えないことはないか」



 見たところ、速度も威力も地球製と同程度のものらしい。ただし、弾丸自体は鉄や鉛ではなく何か硬いもの、おそらくは魔獣の骨であろうか。


 同じく弾が丸い火縄銃も、近い距離からならば現在の銃弾と威力はさして変わらない。衛士の銃も、十分に人を殺すことができるだろう。



(んー? 装填数は二発なのかな? ちょっと少ないな。もうちょっと機構を改良すれば扱いやすくなりそうだけどな…。銃身を伸ばせば距離も伸びるだろうし、殺傷力が低下するけど、風で飛ばすのならば石でも代用できそうだな。なかなか面白そうだ。そのうち改造してみたいな)



 一般人の護身用武器としては悪くない。ホロロやセノアあたりが使うにはいいだろう。


 銃はキブカ商会からも入手が可能なので、何丁か仕入れるのも面白そうだ。



「あっ、どうもありがとう。これはお返ししますよ。ただ、こんな玩具じゃこいつらには通用しないんで、諦めたほうがいいですね」


「ひ、ひぃ…ば、化け物だ!」


「さて、改めてご用件を伺いましょうか? うちらに何かご用ですかね?」


「え、えと…あ…その……」


「衛士さんたちは街を守る大切な人材ですからね。こちらとしても無闇に殺したくはないんですよ。こっちは裏の事情で動いていますから、見過ごしたほうが皆さんのためだと思いますよ。ここは見逃してもらえないですかね? お互いのために」


「そ、そんなことできるわけ…」


「おい、一度引け!」



 困惑している衛士の男を仲間の衛士が制止。


 慌てて後ろに引っ張っていく。



「な、なんだよ! 放っておいたら大変だろう!?」


「冷静になれ。明らかに武人だぞ、あいつら。絶対に勝ち目がない」


「だ、だったら…キシィルナさんを…」


「それもやめておけ。手首を見ろ。リングがないだろう? つまりは都市内部での争いってことになる。こうなると、そもそもうちとは管轄が違う。巻き込まれたら損だ」


「どういうことだ?」


「見ろ。組織が動いているぞ」


「組織? なんだそれは?」


「そうか、お前は下級街に配属されて間がないからな…。畑仕事の多い第三城壁内と違って、ここいらではいろいろと決まりがあるんだよ。いいから一度引くぞ。危険すぎる。それはもうわかっただろう?」


「わ、わかった…」


「騒がせて申し訳ない。我々はここで失礼する。それで収めてもらえるか?」


「賢明な判断ですね。どうぞお帰りください」



 衛士たちは下がっていく。銃を撃った衛士も、それが簡単に止められた以上、どうしようもできないことを悟ったのだろう。おとなしく戻っていった。




 そして、衛士隊と入れ替わる形で―――【彼ら】がやってきた。




 もう一人の衛士が言っていたのは、このことである。


 そして、彼らこそホワイトにとっての本当の客だ。



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