182話 「やんちゃ無法のホワイト商会 前編」


「おい、椅子になれ。黒姫の分と二人だ」


「へい!」



 命令すると二人の戦罪者が四つん這いになり、そこにオヤジと姫が座る。



「やはり男は硬いな。座るなら女がいいか。姫はどっちがいい?」


「…バンバンッ、こくり」


「姫は男のほうがいいか。ははは、そういうところもオレに似ているな」



 黒姫はバンバンと男の背中を叩いて頷く。どうやら硬い感触が気に入ったらしい。


 オヤジが女を支配下に置くなら、黒姫は男を支配下にするらしい。そんなところまで似てきている。




―――「ざわざわ、ざわざわ」




 騒動が大きくなったせいか周囲に野次馬が増えてきたようだ。こんな裏通りなのに、すでに二十人くらいは集まっている。


 現在は昼前なので歓楽街が輝く時間ではないものの、それなりに人は存在する。ここは住宅街でもあるので人目にはつくだろう。



「なんだい、あれは?」


「どこぞの組か?」


「でも、あんな仮面の連中なんて見たことないぞ。何かのパフォーマンスか?」



 人はいさかいが好きなものである。それが他人同士のものであれば、なおさら大好物に違いない。


 だが、それが自分たちに飛び火するとなればどうだろう?


 その野次馬の一人、少しだけうっかり他の人間よりも前に出てしまった冴えない青年に、マサゴロウが威圧を開始。



「なんだそのツラ。文句があるのか?」


「ひっ! み、見てません! 見てないです!」


「見ていただろう。…お前も死にたいか?」


「ぐひっ!! ひぃいいいい! た、助けて!!」



 がしっ ぐい


 マサゴロウは青年の首を掴んで、軽々持ち上げる。


 もしその気ならば石畳に叩きつけることも可能だろうし、彼の握力をもってすれば、一瞬で首が切れてしまうに違いない。



「ぐえええっ…ひぐっ…がっ…だ、だずけ…でっ……」


「おい、マサゴロウ。堅気の皆様にご迷惑をかけるんじゃねえ。お前らはほんと、目を放すとすぐに騒動を起こすな。ゆっくりと座って休む暇もない」


「すいやせん、オヤジ」


「放してやれ」


「へい。…命拾いしたな、ガキんちょ」


「ごほっ、ごほごほっ、ひっ、ひっ」



 ぽいっ ごんっ


 青年は投げ捨てられて石畳に転がる。まだ血の気が引いているようで顔色は真っ青だ。


 その青年にオヤジが近寄る。



「すみませんね。うちの若いもんがご迷惑をかけてしまって。何せ血の気の多いやつらでしてね。私も困っているんですよ」


「ひっ、ひっ…」


「そんなに怯えないでくださいよ。ほら、これ、取っといてください。迷惑料ってことで」


「ひぇっ…? へ? …い、一万円…も?」


「堅気の皆さんにはがんばってもらわないと。この街をもっと楽しくしてもらう必要がありますからね。それとも私からの心付けは受け取れませんか?」



 赤い双眸の光が仮面からこぼれる。その圧力は、他の仮面の比ではない。


 その時、青年は思った。



(関わっちゃいけない人だ…目を向けてもいけない! 今すぐ逃げるしかない)



 と。




 されど、その青年が逃げる前に事態は悪化。


 再び店から吹っ飛んできた者がいた。



 ドゴーーンッ ゴロゴロゴロッ



「がはっ、げほっ!!」



 さきほどの店員とは少し違う色の制服を着ている男だ。身なりも多少立派なので、この店の中でより高い立場にあることがうかがえる。



「オヤジぃ、連れてきたぜ! こいつが支配人だってよぉ!!」



 そして、ヤキチも店から姿を現した。


 その手に握られた木製バットはすでに折れており、ヘッドの部分には血がべったりと付着している。


 見ると、その男、支配人も頭から血を流していた。



「な、何を…何をするのですか……あなたたちはいったい…」


「ああ? てめぇ、こっちの顔潰しておいて、よくそんな口が利けたなぁ! オヤジ、やってもいいかぁ?」


「まだだ。少しは血の気を抑えろ」


「久々のシャバで、身体が疼いちまってねぇ! ははは!」



 ヤキチの身体から赤黒いオーラが滲み出ている。


 人を殺したくて殺したくてしょうがない、という衝動である。



「オヤジが言うならしょうがねえ! もう少し待ってやる。だけどよぉ、そんなに長くはもたねえぜ! はぁはぁ、早く人が斬りてぇからなぁあ!! 今は強いとか弱いとかは気にしねぇ! 人間なら誰でもいいぜ!!」


「ひっ!!」


「やれやれ、どいつもこいつも困ったもんだ。では、改めましてご挨拶を。初めまして、私はホワイトと申します。あなたがここの支配人で間違いありませんね?」


「ほ、ホワイト…?」


「ご存知ありませんか? 少しは名が売れてきたと思っているのですがね。ほら、仮面ですよ。これを見ればわかるでしょう? 思い出しません?」


「ホワイト…その仮面…し、知っています。聞いた話だと、医者だと…」


「ああ、医者もやっていますよ。だからあなたの怪我を治すこともたやすいわけです。こんなふうに」



 ホワイトが支配人の頭に手をかざすと、傷が癒えていく。



「こ、これは…!?」


「ね? 噂は本当でしょう? 何でも治せるんですよ。まあ、大きな古い欠損以外ですけどね」


「そ、そのホワイトさんが…どうしてうちに?」



 怪我が治ったことで少し落ち着いたのか、支配人がこわごわとこちらを見てくる。



「恥ずかしい話ですが、医者だけじゃなかなか食っていけない時代になりましてね。今度、新しい商会を始めることにしたんですよ。上級街の郊外のほうに事務所を構えるつもりでしてね。【ホワイト商会】というのですが…知ってます?」


「ほ、ホワイト商会…!?」


「知ってますよねぇ。だって、何度も通告したはずですから。でも、あなたたちは無視をした。だからこうなっているのですよ。ご理解いただけましたか?」


「………」


「おい、オヤジが訊いてんだろうがぁ! さっさと答えろや!」



 ヤキチがポン刀を抜いて、支配人の顔に突き出す。



「ま、待ってくれ!! うちはもう『みかじめ料』を払っている! あんたらがこんなことをしたら、ただじゃ済まないぞ!」


「へー、そうですか。どこに支払っているんですかね? 無知な私に、ぜひ教えてくださいよ」


「そ、それは…」


「早く言えや! オヤジを待たせるんじゃねぇ!」


「も、モザート協会さんだ!!」


「モザート協会さんね。なるほど」



 モザート協会は、ソイドファミリーと同じくグラス・ギース内部のマフィアの一つである。


 ただし、管轄が違う。


 ソイドファミリーが医療品を手がけるラングラス一派だとすると、モザート商会は【人材を扱うマングラス一派】である。


 グラス・マンサー〈相互の都影に暮らす者〉の一人で四大市民であるグマシカ・マングラスは、主に人の流れを取り仕切っている。


 そのためスレイブ商会の八百人もまた、このマングラスの影響下にあり、年会費と称した「みかじめ料」を支払っていた。



(モザート協会か。情報通りだ。嘘は言っていないな)



 すでに調べはついているのだが、あえて訊く。彼が情報を流したことが重要だ。


 こうしたスレイブ以外の娼婦館やピンク店なども、マングラス一派のモザート協会が一手に取り仕切っている。


 この店はすでに彼らに金を払っているので、ホワイト商会に何かを支払う必要性はまったくない。


 だが、ホワイト商会はこの風俗店に金を請求した。「これからここを仕切るので、商売をやるなら金を払え」と。



 これは―――危ない。



 ホワイトの行為は、マングラス一派の縄張りに足を踏み入れるということだ。ソイドファミリーがそうであったように、彼らは自分の領域を守るためならば何でもやる。


 しかし、ホワイト商会はどこにも属していない。


 ついこの前、誰の許可も受けずに作ったのだから当然だ。完全フリーの新興勢力である。だから誰にも文句を言われる筋合いはない。



 よって、ホワイトは遠慮なく威圧を開始。



「そんなことは関係ないですね。そっちとうちとは無関係です。…ほら、わかったなら金を持ってこい。今すぐだ。今なら毎月売り上げの70%で手を打ってやる」


「む、無理です! 払えませんよ! そんなことしたら、うちらもヤバくなる! というか高すぎる! 25%が相場ですよ!」


「なるほど。条件を呑めないと。せっかく出向いたうえに、さらに顔を潰されたんじゃ、しょうがない。ヤキチ、中の女たちを持ってこい」


「おうよ! もう準備してあるぜ! おら、出せ!」



 ヤキチが合図を出すと、店の中から女たちが引きずり出されてきた。この風俗店で働く女たちだ。


 ただし、その風貌は普通の女性とは違い、痩せこけていたり目の下にクマがあったり、健康とは言いがたい雰囲気を醸し出している。


 実際、彼女たちは健康ではない。



「支配人さん、あんたらも物好きだな。麻薬中毒の女ばかりを集めてさ、こんな品質で客は満足するのか?」



 その女たちは、ほぼ全員が麻薬中毒者である。


 中には普通の借金を返済するために働く者もいるが、多くは麻薬が欲しいが金はない女性たちであった。


 売人たちにそそのかされ、ここにやってくるのだ。「そこで働けば、麻薬をくれてやる」と。


 そのまま稼ぎ続けられればいいが、途中で駄目になれば最後はラブスレイブになるしかない。


 ある意味ではスレイブ館ともつながりのある店であるが、ホワイトからすればあまり好みではない店の一つだ。



「女は健康であるから美しい。それを維持してやるのが所有者の義務ってもんだ。管理が悪いのはいただけないな」


「そ、そんなことはあなたには関係ない! こっちの自由だ! …そういうのが好きな客がいるんだ」


「ああ、そうだな。おたくらの勝手だ。それに文句はない。ただ、こっちも商売でね。遊びでやっているわけじゃない。金を出すか女を全員渡すか、今すぐ選んでくれ。女を渡した場合は、毎月50%で手を打ってやる」


「なっ! そんな権利がどこにあるってんだ!」


「わからない人だなぁ、あなたも。ヤキチ、マサゴロウ、好きにしろ」


「オヤジの許可が出たぞ!! やっちまえ!!」


「オヤジに逆らうとは、馬鹿なやつらだ」


「ま、待て!! そんなことをした―――ぐべっ!」



 支配人はマサゴロウの蹴りで顔面を蹴り飛ばされ、ごろごろと吹っ飛んだ。


 首が変な方向に曲がっているので骨が折れたかもしれない。そして、そのまま動くことはなかった。


 ただでさえ巨漢であり、武人であるマサゴロウの蹴りを受けたのだ。戦気を使わずとも、鉄のハンマー以上のパワーがある。一般人なら即死は当然だ。



「おら、出せ出せ! 女と金目の物は全部出せ!!」



 それから仮面の男たちが次々と店の中に入り、金庫やら女やらを引っ張り出してくる。この男たちの前では鉄の金庫も意味がない。



「ふんっ」



 メキバキィッ


 マサゴロウが軽く引っ張ると、鉄の金庫さえ簡単に引き裂かれる。さすがの握力である。中からは札束のほかに金塊も出てきた。



「ほぉ、この世界でも純金は希少なようだな。ははは、これを溶かして仮面でも作ってみるかな。黄金の仮面ってのは憧れるよな。ゲームみたいでさ。でも、歩くたびに敵が出てきたら面倒だからやめておくか。あれ? 爪だったっけ? まあいいや」



 当然、これらの金塊もすべてボッシュートである。


 金や女以外にも、たまに他の店員の男も一緒に吹っ飛んでくるが、袋叩きにあってすぐに動かなくなる。



「ひゃっはー!! 死ねや!」



 ザクッ ブシャー



「ぎゃっーーー!」


「ぎゃはははは!! さいっっこうだなぁ!! この感触がたまんねぇよぉお!」



 ヤキチも楽しそうに店員を斬っていた。


 白昼堂々と人を斬って楽しむとは、さすがにいい性格をしている。


 一方、マタゾーは雑魚には興味がないのか黙って見ている。ハンベエも同じだが、彼に至っては活躍されると周囲が全滅するので、今は黙ってくれていたほうがいいだろう。



 そんな中、こんな一幕もあった。



「た、たすけ…で…」


「ひっ、ひっ…!」



 逃げ遅れた一般人の青年に、斬られて身体から血をドクドク流している店員が近寄る。



「ひいいい! 来るな、来るな!! うわああ!」



 ドスッ ガスッ!


 そのあまりの形相に恐れをなして、青年が店員を蹴り飛ばして逃げる。


 蹴られた店員は、その後二度と起き上がってくることはなかった。


 蹴って逃げた青年は、これを知ったらどう思うだろうか。何を感じるだろうか。ぜひ訊いてみたいものである。



 それを見ていたホワイトは、心底楽しそうに笑う。



「ははははは!! いいぞ、ほら、もっとやれ。日々退屈なさっている野次馬の皆さんを楽しませてやれ! 場外乱闘もありだぞ! 観客の皆さんも、参加したければどうぞご自由に。一緒に楽しもうじゃないですか」



 その様子を野次馬の観客たちが息を呑んで見ていた。


 ここが下級街の下層に近い場所とはいえ、比較的平和なグラス・ギースでは珍しい光景である。



 誰もが恐怖を感じながら、それを愉しんでいる。



 目の前で交通事故が起きて人が吹っ飛ぶと、「おっ、すげー飛んだ! やっべー!」と、興奮して楽しくなるのと同じ気持ちだ。


 それが自分に降りかからない限り、それは楽しい【劇】なのである。



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