白と黒の裏社会抗争編「第二幕『激動の白』」

181話 「開演」


 その日、下級街の裏通りを十六名の集団が歩いていた。


 身体の大きい者、小柄な者、太った者、痩せた者、中には腕や腹の一部が欠損している者すらいる。


 そんな異様な集団が歩いていれば人目を引くのだが、その一団を見かけた人間に話を聞くと、彼らの身体的特徴など覚えていないと言うではないか。


 誰一人として、さして興味がなかったとでもいうような雰囲気で、頭に「?」を浮かべていたものだ。



 それはおかしい。



 たとえば警察の事情聴取。


 実際に見ていない人間に対象者を伝える場合、「背の低い太った男」「背の高いモヒカンの男」といった文句が並ぶはずだ。


 もしパンチパーマの男がいたら、それを最初に述べるだろし、常人を超える背丈の人間がいれば、記憶に残らないはずがない。


 人間は、まず一番覚えやすい場所を記憶する。それが身体的特徴であることが多いのは自然なことだ。


 そう、人間は覚えやすいものを記号として捉え、記憶の中に刻み込む。


 では、その集団を見た人間の中には、どんな【記号】が刻まれたのだろう。それは間違いなく覚えやすく、なおかつ印象に残るもののはずだ。



 ここに彼らを実際に見た人間の証言がある。





―――歩いていた集団を見た?




「ああ、見ましたよ。ええ、そうです。仕事の昼休みに裏道を歩いていてね。ほんと偶然です。え? 特徴ですか? 太った? 背の高い? ああ、そんな人もいたかもしれませんね。でも、それよりも一番目に付いたのは―――【仮面】です」




―――仮面?




「そうです。全員がなんというか…仮面を被っていたんです。だからびっくりしちゃって。騎士? うーん、そんな感じじゃなかったですね。仮面だけですから。騎士だったら鎧も着るでしょう? だからあれはそうですね…やっぱり…そっちのほうかなぁ…言いづらいですけど。ああ、コスプレ集団って意味じゃないですよ」




―――ヤバイ連中? マフィアみたいな?




「ええ、ええ! 間違いないですね! 雰囲気がもう本当に危ない感じでした。抜き身のナイフってのは、ああいうことを言うんでしょうね。歩いているだけで空気が切れるみたいな。いやー、男としてはちょっと憧れちゃいますけどねぇ」




―――近寄ってみた?




「いやいやいやいや!! 勘弁してくださいよ! 逆に訊きますけど、あなたは見るからに危ない魔獣に近寄りますか? 近寄らないですよね? 私だってそうですよ! あんなのに近寄ったら命なんてないですって!」




―――でも、見ていた。




「そりゃー、見る側としては面白いですからね。私たちには関係ないですし、見ているだけならいいでしょ? もちろん近寄ったりしたら危ないんでしょうけど」




 この目撃者の脳裏に刻まれた記号は、たった一つ。




 その集団は、全員が―――【仮面】を被っていた、ということ。




 これほどのインパクトがあれば、それ以外のものはすべて記憶から消えてしまうだろう。


 しかしながら、その一般人はもう一つのことも証言した。




―――その中で誰が一番危いと思う?




「一番ヤバそうなやつですか? そりゃもちろん、あの真ん中にいた【白スーツ】の人でしょうね。あれはもう別格ですよ。目が引き付けられるって言うんですかね? それ以外見えなくなっちゃって、ほんとびっくりです」




―――白スーツ? 屈強な大男?




「いやいや、見た目は全然違います。どっちかというと…小さくて子供みたいな感じでした。でも、周りよりずっと背が低いのに…あれはヤバイってすぐに思いましたよ。正直、震えちゃいましたね。足が竦むって、ああいうことを言うんですね…」




―――どうしてそう思った?




「明らかに雰囲気が違います。他の仮面のやつらも、そいつには従っていたみたいでしたし…あれがボスなんでしょうかね。だからそう、さっき言ったヤバイ連中っていう意味がね、もっと大きな意味なんですよ。ただの集団じゃなくて、もっと統率されているような感じがしていて…」




―――軍隊? 傭兵団?




「ああ、そうですね…。それに近いかなぁ。でも、もっとこう違うものがあるんですよね。そう、そう、そう…言ってしまうと『カルト集団』みたいな妄信的な圧力があるというか…。だから怖かったのかもしれません。あれには近寄ったらいけないですよ。そういう危険な感じがするんです。あっ、もういいですか? これからまた仕事なんで。あなたもお仕事で大変でしょうが、どうか彼らにはお気をつけて」




 こうしてインタビューを終えた男は、ひっそりと裏路地に消えていった。




 仮面の集団で一番目立っていた男は、少年だった。



 ただ歩いているだけなのに妙に目に付いたのは、白スーツに赤ネクタイという、いかにも筋者の格好だったからだけではないだろう。


 明らかに他者と違う威圧感を放っており、一目で他の仮面の男たちを従えているリーダーだと直感する。


 本能が、あれは危ないと告げるのだ。



 彼こそが【完全なる支配者】。



 その集団を完全統制している親玉である、と。





 ザッザッザッ


 仮面の集団が、一軒の店の前で止まった。


 その店は全体が扇情的なピンク色をしており、明らかに他の店とは様相が違う。



「オヤジぃ、ここみたいです」



 先頭を歩いていた腹にサラシを巻いた男が店の名前を確認して、中央にいた「オヤジ」に伝える。


 当然、それはオッサンという意味ではない。もっと深い意味を持った言葉だ。



「ここがそうか。やれやれ、センスのない店だな。いや、逆にこれはわかりやすいのかな。で、催促はしたんだな?」


「へい。二日前ほどに」


「それでも無視か。オレたちも、ずいぶんとなめられたもんだなぁ。なあ、ヤキチよ。この落とし前、どうつけてやろうか」


「へへ、そりゃオヤジ、やることはいつも決まってまさぁ」


「ふっ、悪い顔をしやがって。お前もとんだ悪党だ」


「いやいや、オヤジほどじゃねえですよ」



 その言葉に周囲の男たちも笑う。


 まったくもってたちの悪い冗談だ。この面子の中で一番の悪党が誰かなんて、いちいち訊く必要もないというのに。


 唯一笑っていないのは黒い仮面を被った紅一点、オヤジと呼ばれた少年よりもさらに年下であろう一人の少女だけ。


 オヤジは、その少女に問う。



「なぁ、姫、どうする? オレたちは優しいからな、見逃してやってもいいんだよ。ここで働いている連中は一応は一般人みたいなもんだしな。そこまでする必要がないって話も頷ける。だからお前が決めていいぞ」


「ひゅー、出た出た! 『姫様の占いコーナー』だぜ!!」



 周囲の連中の視線が一斉に少女に注ぎ、手拍子が始まる。



「ひーめ、ひーめ、ひーめ、ひーめ、ひーめ、ひーめ!」



 パンパンパン パンパンパン パンパンパン


 パンパンパン パンパンパン パンパンパン


 パンパンパン パンパンパン パンパンパン



 仮面の男たちの手拍子が続く中、少女が右手を突き出し―――



「…ぐっ」



 親指を立てる。


 それだけならばサムズアップ。日本では「グッド」を意味するサインだ。



「姫様、そりゃねぇよ! ご慈悲を!! 俺たちにどうかご慈悲を!!」


「姫様ーーーー! 頼むよーーー!」


「ひーめ、ひーめ、ひーめ、ひーめ、ひーめ、ひーめ!」



 パンパンパン パンパンパン パンパンパン


 パンパンパン パンパンパン パンパンパン


 パンパンパン パンパンパン パンパンパン



 さらに手拍子は強くなり―――




―――ぐるり




 その手拍子に応えるかのように、少女は手首を百八十度回転させ、親指を下に向けた。



 これはサムズダウン。



 こうなると一気に意味は変わる。


 それを見た仮面の集団は最高に楽しそうに笑った。



「はははは!! キタ、キタ、キタァーー!! 当たりだぜ!! 今日はラッキーデーだ!」


「げひゃひゃひゃっ!! あねさんは容赦ねえなぁ!!」


「まったくだ!!! さすがオヤジの妹さんだ!!」


「オヤジぃ! いいだろう? もういいよな? 姫の姐さんの許可も出たんだ。やっちまっていいよなぁ!?」


「女は確実に全員確保しろ。あとは好きにやっていいが、責任者は殺す前に一度連れてこい」


「へへへ! わかっているぜ!!」


「よし、行け」


「ひゃっはーー! 狩りの時間だぜ!!! お前ら、いくぞ!」



「「「「「 おおおおおおおおおおっ! 」」」」」



 ヤキチを含めた六人の男たちが荒々しく扉を開け、各々の得物を持って店の中に入っていく。


 残りのメンバーは、表で誰も入らないように睨みを利かせている。


 一応、表からは見えないように扉を閉めておいたのだが―――




 数秒後―――吹っ飛ぶ。




 ドッバーーンッ ゴロゴロゴロ!



 中から投げつけられた何かが、木製のドアを見事に破壊してしまう。せっかく閉めたのに、その気遣いも意味を成さなかったようだ。


 まったく、物を投げるとは今までどんな教育を受けてきたのか、と文句を言いたくもなる。


 だが、投げつけられたのは物は物でも、【生物】であった。



「う、うう…」



 黒い制服を着ていること以外にさしたる特徴もなく、まさにただの受付といった様相の男が転がっている。


 ただ、顔つきは一般の労働者とは多少違い、どことなくだらしない雰囲気が見て取れる。明らかに駄目人間の兆候だ。



「ひっ、ひっー! 何事なんですかぁああ! ええ!? あ、あなたたちは、なんなんですかぁあああああ! ひ、ひぃいっ! 血ぃっ! 血ぃいい! 血がぁ! 頭から血が出てますよぉおお!」



 店員は何が起こったのか理解できず、頭から流れた血を一生懸命手で拭っている。



「血ですよ、血ぃっ!! ほら、見て! 血ですからぁあ!! いきなり何するんですかぁあ!」


「へっへっへっ、何か言ってるぜぇ、こいつ」


「なかなか面白い芸風だなぁ。でも、殴りたくなるよなぁ、こういうやつを見るとさ。ははは」



 自分の血を見て驚く店員を、ニヤニヤとした顔つきで見守る集団。


 当然表情は見えないが、仮面を被っていても雰囲気はわかるものである。


 彼らは、その様子を見て楽しんでいる。特に白スーツの男は最高に楽しそうに見つめていた。



「くくく、ヤキチのやつ、相変わらず手が早い。まあ、それだけで済んだだけでも幸いだったな」


「ひっ! あ、あなたたちは…な、何ですか!?」


「何って、ちょっとした挨拶だよ。やぁ、おはよう。あれ? もう『こんにちは』かな?」


「あ、挨拶…これが!?」


「そう、お前たちも挨拶をするだろう? それと同じさ。だが、まだ礼儀を知らないらしい。まずはそうだな…頭を下げるってことから覚えようか」


「がうっ!」



 オヤジが店員の頭を踏みつけると、顔が地面に密着。


 そのままごりごりと押し付けるたびに、店員の顔が擦り減っていく。



「痛い痛い痛い!! や、やべて…やべてくださいぃいい!」


「ああん? 痛いだと? 野郎の分際で何を抜かす。頭を地面にこすりつけるのは、オレの前に出てきた男がする最低限の礼節だろうが。ほら、まだ頭が高いぞ」



 ぐりぐり ずりずり



「ひぐっ、うううっ…ほんらぁ…もう頭が…くっついてぇますぅう!」


「そうなのか? オレからはそうは見えないなぁ。まだまだいけるだろう? ほらほら」


「ひっ、ひぐうっ!! つ、潰れるぅう! 頭がぁあ! つぶれつぶれぶつぶぶぶぶ」


「オヤジぃ、さっさと潰しちまいましょうぜ!! そのほうが面白い!!」


「そうでさぁ! ゲラゲラゲラ! トマトが、ぐちゃってするのを見せてくだせぇよ!」


「ひ、ひぃいいっ! た、たずげでえええ!」



 周囲の人間は、止めるどころかリクエストさえする。


 この場で彼を助けてくれるような者は、誰一人としていなかった。



「ふん、こんな虫を潰したら、せっかく高級デパートで買った靴が汚れるだろうが。お前たちで潰しておけ。ただし、あっちの目立たない裏路地でな。ああ、処理はいらないぞ。始末したら放置でいい。ゴミ箱にでも捨てておけ」


「へい! 任せてくだせえ!」


「そ、そんなっ! 待って! たずげっでえええ―――ぐはっ!」


「へへへ、お前はあっちで俺らと遊べってよ!」


「ひ、ひぃいっ! 助けてぇええ! ぐべっ! がぼぉおっ!」


「おおっ、けっこう跳ぶな、こいつ」


「マジかよ。俺にも蹴らせろよ」



 ドゴッ ボーーン ドゴッ ボーーン ドゴッ ボーーン



 店員は仮面の男たちに何度も蹴られて、まるでサッカーボールのように裏路地に運ばれていく。


 その先に何が待ち受けているのか、わざわざ説明する必要もないだろう。生ゴミが一つ増えるだけだ。


 どうやら生ゴミの類は畑の堆肥に使われるもの以外は、まとめて都市の外側に運んで放置ということらしい。


 つまりは、自然がそれを処理してくれるということ。場合によっては魔獣の餌になるかもしれない。ただそれだけだ。


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