180話 「ソブカの秘書 後編」


「それより問題は、巣穴からどう出すかだよ。まあ、出るしかない状況に追い込めばいいんだけどね。仮に部下を全部殺せば、どのみち力を失うことになるだろうから…そっちでもいいかな。その過程で何かしらアクションを起こすだろうし」


「ところで、彼に恨みでも? そこまで固執する理由がわかりかねます」


「直接的な恨みはないよ。会ったこともないし。でも、邪魔だから処分する。さっきも言ったけど、オレはスレイブが好きだからね。その利潤を吸い取られていると思うと腹立たしいだろう?」


「では、乗っ取るのですか?」


「どうかな。あまり面倒なのは嫌いだからね。管理に関しては君の主人の力量次第じゃないかな。オレはスレイブを自由にできればそれでいいよ」


「こちらも忙しく、場合によっては都市の人の流れに問題が発生すると思われますが…」


「それならしょうがないよ。オレには関係ないし、必要なものが手に入るなら混乱もやむなし、かな」


「…そうですか」



 ファレアスティの顔に、明らかに不快の感情が浮かぶ。


 それを見逃すほどアンシュラオンは凡庸ではない。



「あれ? もしかして不満なの? 意外だな。君たちだって、もともとそういうつもりだったんでしょう?」


「主人が決めたことです。不満などあろうはずがありません」


「それって遠まわしに『自分は不満です』って言っているようなもんだけどね。言いたいことがあるなら言いなよ。怒らないからさ」



 男が言ったらキレることでも女性ならば我慢できるだろう。


 こういう冷淡な態度の女性と仲良くしたいとは思わないが、会うたびに不快な思いをするのも嫌である。


 不満があるのならば、ここではっきりさせておきたいものだ。



「………」


「どうしたの? 遠慮はいらないよ。言いにくいならオレから先に不満を言おうかな。オレは君みたいな態度の女性はあまり好きじゃないんだよね。女性は従順で可愛げのあるほうがいい。もちろん例外もあるけど、限度はあるよね」


「なるほど、予想通りに支配欲の強い人間のようですね」


「それをオレだけに言われてもね。世の中の男性の大半はそうだと思うよ」



 アンシュラオンに限ったことではなく、世の男性の大半に言えることである。


 男性は力を好み、元来支配欲が強いものである。存在そのものが力の象徴でもあるからだ。


 ただ、その中でもアンシュラオンは特にその傾向が強いというだけのことだ。そうでなければスレイブに固執はしないだろう。



「それとも君の主人は違うのかな? あいつとは似た者同士だと思ったけど、女性の趣味は違うのかもね」


「っ…」



 その言葉を聞いて、ファレアスティの表情が変わる。


 最初から冷淡な態度だったが、その目がより冷たいものになる。



「いい目をするじゃないか。さすがマフィアの女幹部ってところかな」



 その目は、ホロロがモヒカンに向ける目とも違う。もっと冷酷で鋭く、刃のようなものだ。


 伊達にマフィアにいるわけではない。彼女もまた激しい生存競争の中で生き抜いてきた女性である。成人男性でも、この視線には耐えられないだろう。



「でも、まだまだぬるいなぁ。はは、こそばゆいよ。なぁ、サナ?」


「…ぱくぱく、こくり」



 が、アンシュラオンには、その殺気に似た目がとても心地よい。


 戦罪者と比べれば、この程度の視線など子猫の肉球にも等しい柔らかさだ。


 それはサナも同様のようで、お子様ランチを食べながらも頷く。



 それを見て―――ファレアスティが警戒を強める。



「あなたは危険です」


「それが不満の原因なの? マフィアよりは安全な人間だと思っていたから…ちょっとショックだな」


「危険の種類が違います。あなたは破壊することを厭わない。おそらく都市を破壊してもいいとさえ思っている。それで誰が何人死んでも、きっと何も感じない。むしろその様子を楽しむかもしれない」


「ふーん、そういう危険か。そうだね。その通りかもしれないね。オレもさっき豚君の修練に付き合ってやって気が付いたんだけど、倫理観が壊れているのは確実みたいだよ。でもしょうがないよな。こういう人間なんだからさ」



 マフィアは暴力団体であり、あくまで社会の枠組みの中にあるものだ。利益を求めるために住民を傷つけることもあるが、社会そのものを破壊することはない。


 だが、アンシュラオンは違う。


 そんな社会すら、さして必要としていない。枠組みの外から枠組み自体を破壊する存在になりえる。


 そして、それを楽しんでもいる。それがファレアスティには危険に映るのだ。



「でも、それを言うなら君の主人だって危険な男のように見えたけどね。あまり言いたくないけど、オレとあいつは似ているよ。君が言う危険という意味でもね」


「だからです。あなたは主人を刺激してしまった。あなたがいなければ…このようなリスクを負うこともなかったのです。彼はこの都市を心から愛しているのです。この都市に愛着も何もない、よそ者のあなたがどうこうしていい人間ではありません」


「なるほど。それが君の不満か。ただ、それもお門違いな発言だね。あいつが危険なタイプの人間なのはオレのせいじゃないし、今回のことを決めたのもあいつだ。自分で選んで自分で責任を取る。それが生きるってことだ。もちろん巻き込まれた君には同情するけどね」


「巻き込まれてはおりません。自分の意思で決めたことです!!」


「へぇ、そういう感情も出せるんだね」


「っ…」


「照れる必要はないよ。それもまた君を構成する要素の一つだ」



 ファレアスティが初めて感情を見せた。それが怒りでもなんでも、冷淡と嫌悪以外に初めて見せたものである。


 感情が多いほうが人間味が出る。多くても嫌だが少なすぎても嫌なものだ。



「君ってさ、あいつの何なの?」


「秘書です」


「それだけ?」


「それだけです。ご不満ですか?」


「不満ではないけれど…不足かな。君がオレに突っかかる理由としてはね」


「これ以上、この件についてお話しすることはありません」


「あっ、そう」



(わかりやすいなぁ。それだと肯定しているだけなんだけど。感情を消すこと自体が逆に不利になるんだよな。サナとは大違いだ)



 ファレアスティがソブカに特別な感情を抱いているのは間違いない。


 それは問題ない。個人の自由である。


 ただし、彼女自身に隙があるのはいただけないことだ。感情があるのに無いふりをするのは、あまりよいことではない。


 サナのように本当に意思の発露が乏しいのとは、まったく意味合いが違ってくるからだ。それはいつしか大きな代償としてのしかかってきそうで不安になる。



「ねぇ、確認したいんだけど、そっちの組織は今回のことに全員が納得しているの? あとで裏切られると困るんだけど」


「すべての人間が賛同しているかはわかりません」


「出たよ。あいつの悪い癖だ。不確定なことで楽しむのはギャンブル依存症って言うんだよ。オレもこの前、痛い目に遭ったからね」



 サリータの件である。あれは明らかにソブカの悪ふざけが原因だ。


 彼は自分の運を天に任せるような態度を取ることがある。部下の能力について問いただした時も、各人のやり方に任せるような言い方をしていた。


 これすなわち「もし部下に見放されたのならば受け入れる」という境地にあり、能力がある人間、特に乱世の英傑たちに多いタイプだ。


 アンシュラオンとしては裏スレイブたちにやったように絶対統制派なので、ソブカの行動はすべてが危うく見えてしょうがない。


 だが、能力はある。彼の代役は存在しない。そのリスクも受け入れるしかないだろう。



「まあ、それはいいよ。どうせ治らない病気だしね。でも、そっちが一枚岩じゃないのは困るな」


「その点に関しては問題ありません。現状の序列システムに納得していない者が大半なのは間違いありません」


「実力が評価されないってのはおかしいからね。誰もがそう考えてくれればいいけど…」


「まだご不満ですか?」


「結果は変わらない。オレが関わった以上、この戦いは必ず勝つ。勝たない戦いに価値はないからね。ただ、心配なだけだよ。君たちはオレと違って弱いからさ。ちょっとしたことで全滅しかねない」


「それは認めます。我々は武闘派ではありませんから」


「なんならうちの連中を貸そうか? なかなか使えるよ」


「そのような危ないものはお断りいたします」


「危ないからいいのに。わかってないなぁ」


「統率の取れない人間がいると逆に我々の強みを消すことになります。たしかに我々は武力の面では弱いですが、強さにもいろいろな側面があります。こちらはあなたにはできない方向から動きます」


「それは納得だね。君たちには君たちの戦い方がある。それには期待しているよ」



(あいつなら裏スレイブも手懐けられそうだけど…たしかに信用できないからな。普通の人間には扱えないか)



 面接の場でいきなり襲いかかるような連中である。ソブカでも対応は難しいだろう。


 それ以前に、キブカ商会は案外まとまっているようである。もっと動揺すると思っていたが、ファレアスティの様子を見る限りは心配はいらないようだ。


 それもソブカの魅力ゆえだろう。彼はリーダーの資質がある。ラングラスの統治者になれば、上手く組織を運営できるに違いない。


 アンシュラオンとソブカが同じ存在だったのならば、わざわざ手を組む必要がない。違う形だからハマるのである。互いに短所を補い合えばいいだけだ。



「これでお互いに不満は言い合ったから、打ち解けてくれる?」


「それとこれとは別です」


「あっ、そう…。頑固だね」


「それより事務所はどうされますか。こちらで手配することもできますが?」


「うーん、作戦の都合もあるし、こっちの伝手で建てるよ。ちょうど大工に知り合いもいるしね。ところで建物って勝手に建てていいのかな?」


「普通はディングラスの不動産屋を通さないといけないはずです」


「診察所は何も言われなかったけど?」


「上級街は土地が余っているので最初は気づかなかったのかもしれません。土地のやり取りの大半は第二城壁内部ですし。ですが、それ以後は間違いなく組織側からの通達で黙認していたと思います」


「なら、土地もそこでいいや。どうせ後で壊すし、上級街の診察所の近くなら場所も余っているからね。もし文句を言われたら話し合いで片をつけるよ」


「話し合い…ですか。こちらとしては手間が省けるのでかまいませんが」


「足りないのは武器類かな。商会なら銃を買えるんだよね?」


「はい。しかし、都市内部で買うと動きが露見する可能性があります。事が露見するまでは、武器類は外から仕入れます」


「いいね。さすが商人だ。オレの要望はそんなところだね。情報や物資は随時もらうとして…そっちの【リスト】は出来たの?」


「はい。こちらが対象となります」



 ファレアスティがリストを渡してきた。


 そこには、さまざまな商会の名前が書かれている。どれもこの都市のライフラインを握るような大きな商会だ。


 特に食糧を担当する【ジングラス】の名前が多く挙がっている。



「へぇ、あいつも相当やる気だ。こんなにやっていいの? そっちにかなりの敵意が向くけど? 耐えられる?」


「自衛力は高めておく予定です。あなたとは違う方法で強化することもできますから」


「強い武具や術具でってことかな?」


「はい。それと…薬で強化することもできます」


「なるほど、ドーピングね。それはいい手だ」



 アンシュラオンはドーピングに肯定的である。


 強くなるためなら何だってやるべきだ。弱いままでいるよりは遥かに素晴らしい。力がなくて死ぬのならば、生き残るために犠牲を払ってでも強くなるべきである。



「でも、まだまだ心配だなぁ」


「あなたも他の方々が心配ではないのですか? いろいろと身内が増えているようですが」


「それを言われると痛いな。サリータだけじゃ危ないよね、やっぱり」


「サリータは…ご迷惑をおかけしていますか?」


「ん? 友達だったの?」


「いえ、契約時とあの日だけの付き合いです。ただ、不器用な女性ですから」


「そうだね。苦労はしているよ。ただ、見込みがないやつほど鍛え甲斐がある。一度自分のものにした以上、途中で見捨てることは絶対にしない。君たちについても、それだけは約束できる。だから安心しなよ。いない場所ではどうしようもないけど、目の前にいたら助けるからさ」


「その際は、よろしくお願いします」


「準備ができたら順次仕掛ける。後処理は任せるからね」


「わかりました。では、私はこれで。また連絡要員を遣わします」


「うん、またね」


「会計はこれで…」



 ファレアスティが万札を出す。


 が、それを手で抑える。



「いいよ、べつに。こっちで払うさ。金なんて、これからいくらでも入るんだしね」


「…わかりました。では」



 ファレアスティは何事もなかったように帰っていく。


 だが、これでお互いに後には引けなくなった。その証拠に、彼女の背中からは哀愁にも似た緊張感が滲んでいた。


 彼女やソブカが犠牲になるかもしれない戦いなのだ。緊張するのは当然だろう。




 それを見て―――アンシュラオンが笑う。




「サナ、楽しくなってきたなぁ。これからまたお兄ちゃんが面白いものを見せてやるからな。お前も女優としてデビューするんだぞ。楽しみだろう?」


「…こくり」


「そうかそうか。オレも楽しみだよ」



(今度は何を学ぶのかなぁ。冷淡さかな? それともずる賢さかな? それが何であれ、サナの栄養になるなら大歓迎さ。なぁ、ソブカ。お前も楽しめよ。オレとお前で盛大に花火を上げてやろうぜ)



 そして、ついに裏社会の権力をかけた戦いが始まるのであった。




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