179話 「ソブカの秘書 中編」


「仕事とは関係ないと思います」



 当然、そういう答えになると思っていたが、そんなことで諦めるほど弱い心は持っていない。



「わかった。不倫でしょ? だから報われないんだね」


「違います。勝手に報われないと決め付けないでもらえますか。失礼ですよ」


「いやー、君の性格上、そんな気がしてさ」


「もっと失礼ですね」


「相手が金持ちのじいさんとか? 遺産目当てと疑われて門前払いとかされたの? もしくは、おっさん好きとかかな? わかった。相手が身体目当てで恋愛対象にはならないとかでしょう?」



 最悪の発想である。


 嫌がる女性に無理やり訊く姿は、セクハラそのものでしかない。



「仕事とは関係ないことに答える義務はありません」


「つれないなぁ。せっかくこっちが緊張をほぐしてあげようとしているのに」


「その必要はありません。あなたには関係ないことです」


「そうだけどさ、君は美人だからね。どうすればそんなクールビューティーになるのかなと考えてみたんだけど、女性が綺麗になるには【恋】が一番かなって思ったんだ。その秘訣を教えてもらおうと思ってね」


「恋などしません」


「それは嘘だね。恋はするものじゃない。落ちるものだから」



 恥ずかしいことを言ってしまったが後悔はしない!!


 ちなみにアンシュラオンは恋になど落ちたことはないので、単に一般論のパクリだ。



「もしかしてナンパですか?」


「そんなつもりは毛頭ないよ。だって君、オレに興味がないでしょ?」


「はい」


「だよねー」



 即答された。さすがにちょっと傷つく。



「では、嫌がらせですか」


「短絡的だなぁ。ちょっとした世間話だよ。秘書なら商談相手と談笑することもあるだろう?」


「私はしません」


「…そうなんだ。オレが言うのもなんだけど、愛想がいい方が得だよ?」


「おかまいなく」



(ソブカのやつ、大丈夫か? 人当たりって大事だよな。愛想が悪いだけで商談がまとまらないってこともあるだろうし…それともあいつの趣味かな? まさかのマゾってことはないだろうけど…逆か? いじって楽しんでいるのか?)



 仮にファレアスティが誰に対してもこうである場合、男女問わず多くの反感を買っている可能性がある。


 女性は愛嬌といわれるように、愛想のいい女性は可愛がられるものである。逆に愛想がないと嫌われる。誰だって人当たりのよい人間が好きなので、当たり前の現象だ。


 しかし、ソブカがそういった女性が好みという可能性もあるので、他人の趣味には口出ししないことにする。


 自分だってホロロやシャイナのことを言われたら嫌だろう。趣味は人それぞれである。



(相手に仲良くする気がないなら、それでいいや。こっちもビジネスライクのほうが気楽でいいし、万一この人が死んでも気にしないで済むしね)



 茶化しも済んだので、これ以上はつっこまないことにする。


 興味があったというよりは、なぜか嫌われていることに対しての意趣返しみたいな感じであった。




「じゃ、本当に仕事の話をしよう。それで、ファレアスティさんがいろいろ手伝ってくれるんでしょ?」


「はい。表立って動けないあなたのために、主に事務系のお手伝いをさせていただきます」


「それは助かるよ。この都市については、まだよくわからないことも多いしね」


「さっそくですが、【商会】を立ち上げるということでよろしいでしょうか?」


「そう、あっちの名義でね」



 あっちの名義=ホワイト。


 これも公共の場なので口に出すのを控える。



「事業内容はどういたしますか?」


「うーん、街の治安維持ってのはどう?」


「それだと領主軍と被ってしまいます。公にやるのは難しいかもしれません」


「あいつらがそんなに役立っているとは思えないんだけどな…それじゃ用心棒ってのは? 護衛でも何でもいいけど、傭兵以外でそういう業種はある?」


「護衛業はあります。ハングラス一派にも警備商会というものがあり、警備を生業にしています」


「なら、それでいいよ。どうせ書類上のことなんだし」


「では、護衛派遣業で登録しておきます。ただ、人材関係だとマングラス一派の査察が入る可能性がありますが…」


「マングラスか。いいね、むしろありがたい。ぜひ彼らとは接触しておきたいんだ。元締めはどんなやつか知っている?」


「グマシカ・マングラスでしょうか? かなり高齢と聞いておりますが…巷では優れた手腕と長命もあってか【妖怪ジジイ】と呼ばれております」


「マングラスは最大勢力でしょう? それを治めているんだから、それなりのやつだよね」


「かなりのやり手であることは間違いありません。もっとも危険な人物です」



 グマシカ・マングラス。


 マングラス本家としてグラス・ギースのマンパワーを一手に担っている男である。年齢はツーバより上であり軽く百歳を超えているが、いまだ現役で病気の噂は聞いたことがない。


 外見も独特で、長く垂れ下がった耳や、カエルのようにぎょろりとした目から【亜人】なのではないかと噂される男でもある。


 長命と容姿の不気味さから、世間一般では【妖怪ジジイ】と呼ばれており、当人もそれなりに気に入っているという。



「しかし、妖怪ねぇ。…ところで、このあたりの地方に亜人っているの?」



 この世界に亜人がいるの? と訊きたいところだが、ぼかして訊いてみる。


 今までまったく意識してこなかったが、グマシカの話でふと思い出したのだ。



(異世界には亜人がいてしかるべきだよな。それでこそファンタジーだし)



 特段ファンタジーを求めているわけではないが、地球にいない存在がいれば面白いに決まっている。


 魔獣だって初めて見たときは感動したものだ。その後は激しい殺し合いになってしまったが。



 して、その答えは―――



「私は見たことはありませんが、いるようですね」


「えっ!? いるの!?」


「はい。いるとは聞いております」


「ね、猫耳とかは?」


「はい?」


「い、いや、あのさ…こう女の子の頭の部分に魔獣の耳だけが生えているような感じの…あとは人間と変わらないみたいな。あっ、尻尾があってもいいんだ。むしろあったほうがいいかなって…」


「なぜ女性限定なのですか?」


「た、たまたまだよ。男でもいいんだけど…、そういうのって…いるの?」


「そういう種もいるとは聞いています。彼らは人間にはない特殊な能力を持っているようですが、一方で近代化は好まない傾向にあるようで、そのせいか人間の都市の近くにはあまりいません」


「そっか。いるだけでも御の字だよ。そういった種族ってスレイブにはいないの?」


「はい? …そういえばスレイブがお好きでしたね」



 ファレアスティの目が若干冷たいが、誰になんと言われようと気にするような男ではない。


 世の中、自分が楽しいものを追求するほうが面白いに決まっている。自分は自分、他人は他人だ。



「うん、まあね。スレイブを集めるのが趣味というか生き甲斐だから。で、いるのかな?」


「スレイブは基本的に人間を対象にしておりますので、亜人のスレイブというのはあまり聞きませんね。ただ、稀に見分けがつかない種族が交じっている場合もありますので、いないとは断言できません」


「ふむ、なるほどね…そういうこともあるのか…」



(もし紛れていれば、情報公開でわかるからいいか。でも、人間と大差なかったら意味がないんだよな。せめて耳は…耳だけはなんとかしたい)



 この世界には、亜人という存在がいる。


 ただし、それは西洋風ファンタジーに出てくるゴブリンやオークなどではない。猫耳やツノなど、基本的には人間に何かしらのブレンドがされたような種が多く【人間の亜種】といった意味合いが強い用語だ。


 亜人は女神が進めている星の進化とも関係が深い存在で、無限の因子の中から生まれた可能性の一つである。


 多くは人間とは生活圏が被らない奥地で暮らしているそうで、このあたりでは亜人自体をあまり見かけないという。



「もし亜人を見かけたらどうするの?」


「? 特に何もしませんが」


「捕まえたりしないの?」


「組織の運営に邪魔になる等の理由があれば別ですが、特には。…さきほどから不思議な質問ばかりされますね。どのような意味があるのですか?」


「そ、そうかな。オレが違う大陸から来た人間だからかな。文化の違いを確認しているんだよ」


「…なるほど。たしかにあなたのような人は、ここでは珍しいですね」



 その言葉に多少ながら悪い意味が込められているように思えたが、どうやら上手く誤魔化せたようだ。



(それにしても相変わらず人種とか種族に頓着がないんだな。それはそれでいいことなんだけどさ…。普通は見慣れないものを見たら意識するとは思うけど、ここでは違うんだな)



 訊いてみたところ、亜人に対する差別意識はまるでない。よく薄い本でありそうなオークとエルフの絡みなどは想像したこともないだろう。


 もともと人種の区別をしない世界である。魔獣に対しても脅威というだけで、それ以外の差別意識を持つことはないのである。


 そうでなければ、あれほど危険な裏スレイブなどという存在を許容したりはしないだろう。良くも悪くも大雑把なのである。



「なるほど…いるにはいるんだね。勉強になったよ。ありがとう」



 と、ファレアスティの視線を気にして一見冷静に答えたが、内心では相当盛り上がっていた。



(マジで!! いるの!? 超欲しい!!! シャイナも犬だと思っていたけど、外見で本当にそういう子がいるなら、ぜひ欲しい!! これはそのうち集めないとな!!)



 やはり異世界に来たのならば猫耳だろう。これは外せない。ぜひ手に入れたい。



(サナが猫耳だったら、きっとオレは悶絶死するよ。サナ猫ちゃん、超可愛い…)



 隣にいるサナに幻の猫耳を見て、独りで悶絶する。


 超絶な可愛さだ。今度猫耳バンドを作ろうと本気で思った。あと尻尾も。絶対に実現させねばならない偉大なる使命である。



 多少自分の中で盛り上がってしまったが、ようやく仕事の話に戻る。



「グマシカ・マングラス…か。その感じだと会ったことはないのかな? 君の主人も?」


「はい。主人も会ったことはないはずです。簡単に会えるような存在ではありません」


「君の主人くらいの立場なら会うくらいはできそうだけど…呼び出すことも無理かな?」


「まず無理です。派閥も違いますし、そもそもグラス・マンサー自体に会うのが難しいのです。同じ一派でもそうです。会議で本邸に赴くことはありますが、その一派の最高権力者と直接会うことができるのは序列上位の一握りです」


「そこにあいつは入っていない、か。豚君はラングラスに会っているようだけど?」


「彼は本家の血筋ですから自然なことです」



 グラス・マンサーには簡単に出会えない。領主に並ぶこの都市最大の地位にいる者たちなのだから、それも当然のことである。


 ラングラスでいえば、高齢ということもあるがツーバ自体はあまり表に出てこない。会議の際は息子のムーバが代理として取りまとめる。


 よって、直接会う機会はほとんどない。せいぜい新しい組織が盃を交わすときくらいだろう。


 だが、場所がわかれば強引に会いにいけばいい話だ。ビッグもいるし、ソイドファミリーを制圧すればラングラスのほうはなんとでもなる。マミーを人質にしたっていいのだ。それは問題ない。


 問題はマングラスのほうである。



「じゃあ、マングラスを殺すには、何かしらの手段でおびき出さないといけないかな」


「恐ろしく用心深い人物です。簡単なことでは出てこないでしょう。こちらでも所在を突き止められておりませんし、護衛の人間も都市内で最強クラスの武人です」


「護衛は問題ないよ。この都市の武人のレベルは、だいたい把握できているしね。そいつらって門番のお姉さんより強いの?」


「一人ひとりが互角だと思います」


「なるほど、なら楽勝だ。千人いても問題ないよ。たとえばそいつら全員とデアンカ・ギース、どっちが強い?」


「…デアンカ・ギースでしょう。あの悪獣には束になっても敵いません」


「ほらね。問題ないよ。あの程度の魔獣にてこずるようじゃ、たかが知れてるからね」



 マキは強い。それは間違いないだろう。だが、アンシュラオンはもっともっと遥かに強い。


 仮に最初から本気モードでいけば、マキが千人いても、さほど苦労なく突破できる自信がある。


 もし不意打ちなら、覇王流星掌で半数は排除できるに違いない。そのまま全滅もありえる。


 問題は特殊能力の類だが、今までの戦いの感覚では多少面倒臭いといった程度のものだ。


 デアンカ・ギースに勝てない程度の武人なら、いくらいても脅威ではない。火怨山の魔獣であれば、むしろデアンカ・ギースは彼らの餌となる存在でしかないからだ。



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