178話 「ソブカの秘書 前編」


 ビッグがまだヤドイガニ亜種大先生とマンツーマンで戦っている頃、アンシュラオンとサナはグラス・ギースに戻っていた。


 ガタゴト ガタゴト


 馬車が通常の交通ルートに戻り、ゆっくりと進んでいく。



「…じー」



 その間、サナはじっと荒野を見つめていた。見ているのは、ビッグを置いてきた方向だ。



「なんだサナ、豚君が心配か?」


「…ふるふる」


「心配じゃないか。だが、気になるって感じかな。…もしかして、あの絵のことかな?」


「…こくり」


「そっか。サナはがんばって描いていたもんな」



 サナが心配なのはビッグではなく、自分が描いた絵のことのようだ。


 まず何より彼があの絵の存在に気がつかねば意味はないし、気がついても生かせねばただの紙くずである。


 あのような方式を採ったのは、まだビッグは技を教える段階にはないからだ。武人そのものの覚悟が足りないのだから、生半可に教えてもあまり意味がない。


 それならば、いちかばちかの勝負で覚醒を促したほうがよいだろう。



「あれでどうにかするってのも無理な話だけど、理屈で言っても理解はできないだろうしな。やることはやったさ。これで生き残れないようなら生物として弱い証拠だ。弱ければ、どのみち今後生き残ってはいけない。心情的には生き残ってほしいけどな」



 リンダを操るためにはビッグが必要だし、ファミリーに対する保険としても生き残ってはもらいたい。これは本音である。


 しかし、死んだらしょうがないとも思っていた。その際は適当にアリバイをでっち上げて生存しているように見せかけ、できるだけ早くソイドファミリーを襲うのがいいだろう。


 リンダには恐怖を与えてあるので情報を漏らすことはしないと思うが、女は感情で生きるものだ。ビッグの死に勘付けば何をするかわからない。


 ただそれも結局はファミリーの乗っ取りまでの話。それ以後となればリンダは必要ない。



「やれやれ、手間のかかるやつらだよな。それもまたギャンブル性があっていいかな」



 アンシュラオンはギャンブルに興味はないので、スリルを求める心境は理解できない。


 しかし、自身にとってどうでもいいものならば、それもまたいいだろう。さして利益に影響しないのならば、どっちに転ぶのかを予想して楽しむのも悪くはない趣向だ。



「豚君が生き残ってくれたほうがドラマチックになるんだけどなぁ。オレはあまりギャンブル運がないからな。あまり期待せず待つことにしよう」





 馬車がグラス・ギースに到着。


 そのまま都市に入る頃には、日が傾き始めていた。


 アンシュラオンとサナは東門を少し行った先で馬車を降り、夕刻になって少しずつ増えてきた通行人に紛れながら目的地に進む。



(予想できない豚君より、まずはこっちのほうが重要だな。さて、女の人って話だけど、どんな人が来るかな?)



 都市での用事とは、待ち合わせのことだ。


 これから重要な人物と出会うことになっている。今後の作戦に大きく関わるので、ビッグ以上に大切な用事である。



 待ち合わせ場所は、ハローワークの近くにある喫茶店。



 サナを連れて行ったこともあるので、さして迷うこともなく到着。


 オープンテラスがあるカフェで、夜になれば食事処にもなる半分食堂に近い様式の店だ。


 城壁によって夕日が半分以上隠れているので、街自体はかなり薄暗い。すでに街灯がつき始めているところもある。



 カランカラン



 店の中に入ると、そこそこ人が入り始めていた。家族連れの姿もあるので、仕事終わりに家族で夕食といった一般人も多いのだろう。


 そんな中、奥から明らかに強い視線を感じる。


 その視線に誘われるように奥に進むと、外や周囲から見えにくい席に一人の妙齢の女性が座っている。


 アンシュラオンとサナも同じテーブルに座る。



「やあ、お待たせ。時間通りに来たと思ったけど…遅かったかな?」


「予定通りです。私が早かっただけのことですので問題はありません」


「そうなんだ。オレも昔は五分前には絶対に来ていたし、場合によっては十五分前に来ていたもんだけど…いつからかやらなくなったなぁ」



 地球時代の若い頃は律儀に待っていたものだが、ほぼ毎回必ず誰かが遅れてくるので、次第に時間通りに行かなくなってしまった。


 最長で四時間待った時などは、本当に馬鹿らしくなってしまったものである。


 そうなると不思議なもので、自分まで待ち合わせに遅くなっていくのだから付き合う人間は選んだほうがいいのだろう。



「注文していい?」


「どうぞ」


「あっ、おねーさん、コーヒーとお子様ランチ一つね」


「はーい! ありがとうございまーす!」


「そっちの追加注文は?」


「これで十分です」


「あっ、そう」



 サナにお子様ランチを注文しながら、目の前にいる女性を観察する。



(うん、あの時にいたお姉さんだな。でも、ここまで愛想がまったくないとは…こういう性格なのかな?)



 女性は一応反応はするものの、必要最低限の言葉しか発しない。


 しかも言葉から愛想と呼べるものがまったく感じられないので、非常に無機質でそっけない印象を受ける。


 もともとこういう性格なのか、あるいは意識的にやっているのかは微妙なところだ。



 そして、彼女は【あの場】にいた女性の一人である。



 アンシュラオンがソブカと初めて出会った場所。あの執務室でサリータと大剣のお姉さん(ベ・ヴェル・ヘルティスというらしい)と一緒にいた女性である。


 年齢はサリータと同じくらい。ロイヤルブルーの鮮やかな長めの髪をサイドアップでまとめ、メガネをかけているせいか全体的に理知的に見える。


 顔立ちは、間違いなく美人。サリータと小百合の中間のような、クールさと可愛さが両立したような顔である。



(たしかソブカの秘書だったかな? 彼女だけは雇われじゃない構成員なんだっけ)



 この女性はサリータやベ・ヴェルとは違い、キブカ商会に属している本物の構成員の一人である。


 しかもソブカの秘書という立場なので側近中の側近なのだろ。あの男が傍に置くのだから、よほど信頼されているはずだ。



「………」



 追加で頼んだ料理が来るまで、その場では何の会話も発生しなかった。メガネの女性は静かに、ただ黙っている。



(うーん、これは性格の問題じゃない気がしてきたな。一応、確認してみるか…)



 あまり気乗りしないが、「その可能性」も考慮して訊いてみることにした。



「もしかして、オレって君に嫌われてる?」


「いえ、べつに。主人には、お力になるように言われておりますので」


「そういう言い方をされると気になるけどなぁ」



 公共の場なので、当然ながらソブカの名前は出さない。


 だが、その言い方ではっきりした。



(やっぱり嫌われてるな。『いや、べつに』とか言う人に好かれていることなんて、まずありえないし)



 「ねえ、そこの人」レベルにとっつきにくいパターンである。



(だが、なぜ嫌われているんだ? 何かやったかな? そりゃまあソブカ以外の連中は多少ボコったけど…それだけだよな?)



 アンシュラオンには嫌われる理由が思い当たらない。キブカ商会の構成員に多少怪我を負わせたが、それもまたソブカも納得していることのはずだ。


 それとも構成員としては割り切れない感情というものがあるのだろうか。



(ううむ、わからん。女性はよくわからない理由でいきなり感情的になるからな…。たぶんギリ年上くらいだし、魅了効果は発動してもおかしくないけど…効いている様子はないな。それともツンデレか? まあ、オレもそんなに好みってわけじゃないからいいけどさ)



 シャイナのようなお馬鹿ツンデレは可愛いが、クール系ツンデレはちょっと面倒である。ツンデレでなければ、ただのツンであり、そっちはもっと苦手である。


 クール系はすでにホロロという従順な美人を得ているので、さして目の前の女性に固執する必要はないと判断。


 さっさと話を進めることを優先する。



「それじゃ、話を進めようか。とりあえず名前くらいは訊いてもいいかな? 教えてくれないならメガネちゃんって呼ぶけど」


「ファレアスティ・ヘイムです」


「ファレアスティさんね。これからよろしく」


「…よろしくお願いいたします」



 渋々といった具合で頷く。



(気に入らないなぁ。こういう人はさっさと見てやろう)



 こっちが気を遣う理由もないので即座に情報公開を発動。


 相手に信頼関係を築く努力が見られないのだから仕方がない。他人との付き合い方系の本でも読ませてやりたいくらいだ。



―――――――――――――――――――――――

名前 :ファレアスティ・ヘイム


レベル:30/35

HP :330/330

BP :550/550


統率:E   体力: F

知力:C   精神: E

魔力:F   攻撃: E

魅力:C   防御: F

工作:C   命中: D

隠密:D   回避: D


【覚醒値】

戦士:0/0 剣士:1/2 術士:0/0


☆総合:第九階級 中鳴ちゅうめい級 剣士


異名:ソブカの秘書

種族:人間

属性:水

異能:沈着冷静、中級秘書、迅速事務処理、身代わり、報われぬ愛

―――――――――――――――――――――――



(偽名は使っていないようだ。使っていたら問題だけどね。ふーむ、HPの伸びはサリータより低いし、この人も実務系かな? キブカ商会が力を求める理由もわかるな)



 ファレアスティもどうやら実務系、文官系統であるらしい。知力と工作などがCと高めで、『中級秘書』スキルがあるので秘書としては優れていることがわかる。


 『秘書』スキルは単純に秘書としてのグレードが上がるもので、中級になればどんな相手にでも合わせることができる。


 ただ、その効果は自分の主人にしか適用されないので、アンシュラオンとの会話には影響しない。そっけないのは、これまた単に嫌われているだけだろう。



(武人としても最低限の力はあるか。スピードタイプかな、この人は)



 体力やパワーは壊滅的であるが、命中と回避がそれなりに高いので、分類としてはスピード型の剣士に該当するのだろう。


 こういうタイプはスピードで敵を掻き回したり、手数で圧倒することで短所を補う。若干暗殺者と被るが、あくまで剣王技を主体にして戦う点が特徴だ。


 強い武器を装備すれば攻撃力も上がるので、防御無視の技などが使えればなかなかの戦力になる。


 加えて『身代わり』スキルもあるので、ソブカの秘書をやりながら護衛をするくらいはできるだろう。



 そこまではいい。予想の範囲を超えていない。


 だが、最後に気になる単語を見つける。



(『報われぬ愛』ってなんだ? 恋でもしているのか? だから魅了効果が発動されないのかな?)



 今までの経験上、すべての人間に魅了が効くわけではないようだ。特に何かに意識が集中しているタイプには、効果があまり見られないことがある。


 たとえばサリータも最初は自分のことだけに集中していたが、それが解けたら突然アンシュラオンに向ける視線が熱くなってきた。


 シャイナも最初は自分の境遇に苦しんで余裕がなかったが、ホテルでの一件から甘えるようなそぶりが増えてきた。


 シャイナは年下なので魅了効果うんぬんは関係ないが、何かに囚われていると他者からの干渉を受けにくくなるようだ。簡単に言えば、視界に入っていないのだ。



(うーん、となると他に好きな人がいるとかって話だよな。しかし、直接訊くのものな…プライベートなことだし…)



「ねえ、誰かと付き合っているの?」



 だが、訊く。


 男たるもの、何物も恐れてはいけないのだ。気になったのだから仕方ない。




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