177話 「ソイドビッグの死闘修練 後編」


「や、やった!! 攻撃が効い―――ぐはっ!!」



 急所の一つである目は潰した。かなりの健闘だ。



 だが、その代償は大きかった。



 殴ることに夢中になっていて気づかなかったが、大きなハサミがビッグを捕らえていたのだ。


 ヤドイガニの『拘束』スキルである。がっしりと身体全体を挟まれて身動きが取れない。



「しまった!! くそがっ!!」



 ガンガンッ ガンガンッ


 何度も殴りつけるが、硬い甲羅の感触しかしない。特にハサミは頑強なようで、岩と同じく破壊は難しそうだ。


 しかも暴れれば暴れるほど、尖ったハサミが食い込んでくる。握力も相当強いので、ギリギリと身体が絞められていった。



 万力のように徐々に圧力が強まり―――折れる。



 ボキンッ


 肋骨がへし折れる音が聴こえた。これまた魔獣特有の容赦のない攻撃である。



「こいつ…がはっ!! やべぇ!! こいつは…やばい!! このままじゃ…!」



 拘束にもいろいろな種類があるが、ヤドイガニのものは拘束中にダメージを与えるものなので、じわじわとHPが減っていく。



「ううう、おおおお!! 放せ、放しやがれぇええええ!!」



 戦気を挟まれている箇所に回して防御を固める。だが、相手のほうが強いのでダメージは受けてしまう。完全にジリ貧だ。


 一瞬、死がよぎる。


 物理耐性があるのでかろうじて耐えているが、ずっとこうしていれば間違いなく死ぬだろう。


 初めて感じる本物の死の予感にパニックに陥る。



(まずい…死ぬ! これを続けられると…死んじまう!! なんだよ、これは! こんなところで死ぬのかよ!! ふざけるな!! ふざけるな!! 俺は、俺はこんなところで…!!)



 いつ殺されても仕方のない世界にいるつもりでいた。それなりに覚悟を決めていたはずだが、こんなところで死ぬのは予想外で不本意すぎる。


 そして、理不尽。


 起こっているあらゆることが不条理で理不尽極まりないものに感じる。なぜ自分はこんなところで死にかけているのか。


 すべてはホワイトのせいだ。あいつが来てからすべてがおかしくなった。リンダだって、あの男にどれだけ苦しめられたことか。



 それでもホワイトは―――強い。



 強さだけが絶対のルールであるこの世界で、彼は正当な対価を支払っている。力を持っている。使っている。それは紛れもない事実だ。



(力! 力があれば! 俺は…力が欲しいんだ!! あいつにも負けない力、リンダを守れる力、家族を守れる力が…!! がはっ!!)



 さらに圧迫は強まり、服が裂け、肉が抉られていく。そのたびにヤドイガニが嬉しそうに身体を揺らす。



(そんなに嬉しいかよ! こんなに人を傷つけて!! てめぇは! てめぇええええええはぁあああああああああああああああ!! ホワイトぉおおおおおおお!!)



 だんだんとヤドイガニがホワイトに見えてきた。まったくの冤罪だが、ビッグにはそう見えるのだから仕方ない。



(このままじゃ死ぬ! なら、せめて一発はぶちかましてやる!!)



 手を伸ばすがハサミも上部に伸びているので、ここからでは相手の本体に触れることはできない。


 それでも殴ってやりたかった。そうしないと収まりがつかない。この怒りはそんな生易しいものじゃない。


 だから伸ばす。伸ばし続ける。だが届かない。


 伸ばす。伸ばし続ける。だが届かない。


 伸ばす。伸ばし続ける。だが届かない。




―――だが、届かない。




「なんで…届かないんだ…よ! ちくしょう! 届けよぉおおおおおおおおおおおおお!! 手が足りないなら、血でもいいから届きやがれぇえええええええええええ!!!」



 もう防御のことを考えている余裕はなかった。


 ハサミが腹に突き刺さるより、ギリギリと絞められるより、肉が裂けるより、まずは相手をぶっ殺さないと気が済まない。



「死ね死ね死ね死ね死ね!! てめぇえはぁあああああ、死ねよぉおおお!!!」



 ただただ手を伸ばし、笑っているカニ野郎に一発ぶちかましたかっただけ。


 だから、自然と身体中の戦気が一点に集中する。



 その手へと、その伸ばした―――掌へと。



「おおおおおおおおおおおおお!!」



 手から―――火が噴き出した。



 一点に集まった戦気が燃え盛り、火となった。ボウボウと音と立てて激しく燃えている。



 これは―――火気。



 アンシュラオンも火を付ける際に使っているもので、全属性の中でもっとも攻撃的な気質の一つである。


 潤い癒す水とは対照的に相手を滅するためだけに使われるものであり、パミエルキが得意とする臨気は、この火気の最上位属性である。


 こうなった理屈は簡単。ビッグはもともと火属性を持っているので、戦気が『火気』に変換されただけだろう。


 しかし、彼はそのやり方を知らなかった。戦気が火気になるとは知らないのだ。


 今こうして土壇場に陥って、直前に【イメージが刷り込まれて】いなければ、きっとこれは成し得なかったことだろう。



 火気が掌に収束。



 極限まで圧縮された火気が丸い形となって激しく揺らめいている。その姿はサナが描いた絵にそっくりであった。



「なんだこりゃ!? ちっ…どうでもいい! もう使えればなんでもいいぜ! だが、これでもまだ届かないのかよ!!」



 これをぶつけたいのだが、まだ距離があって届かない。


 あとほんのわずか。あと十センチ程度の距離が千里にさえ感じられる。もどかしくて、苛立たしくて、もう我慢などできない!!



「知ったことかよおおおお!! 一緒にくたばれ!!」




―――爆発




 最高潮にまで圧縮した火気が、ビッグとヤドイガニの間で爆発した。


 覇王技、裂火掌れっかしょう


 火気を掌に球体状に圧縮して攻撃する技である。因子レベル1の技であるが、火の属性は総じて攻撃力に優れる傾向にあるので、これを強者が行えばそれだけで必殺技になる威力を持っている。


 本来は相手にぶつけるものだが、途中で爆発させても威力は高く、巻き込まれたヤドイガニは思わずビッグを放してしまった。


 ドスン ゴロゴロゴロ


 大地に落ちたビッグは、転がりながら距離を取る。無様な格好だが、もう体裁などどうでもいい。



「どうなった…やったか!?」



 痛む胴体に顔をしかめながらヤドイガニを見ると、顔面の周りが焼け焦げて黒くなっている。


 一部は生焼けの部分もあるなど焼き方にはムラがあるが、ビッグが初めて与えたダメージである。


 裂火掌の火による爆発の部分は防御無視である。これを防ぐには三倍防御の法則による戦気でのガードしかない。


 目も一つ潰れ、顔に大きな火傷を負ったヤドイガニは、右往左往しながら後退する。



「ざまぁみろ!! やってやったぜ!! ちっ、いってぇえ! あっちぃいい! ちくしょう!! 俺の手まで焦げるのかよ!!」



 敵が慌てふためく様子には溜飲を下げるが、中途半端な技だったので自分の手も焼けてしまった。右手が真っ黒になっている。


 これは単純に技が未完成であり、ビッグの技量不足が原因である。


 こういった技は当たった瞬間に、すべてのエネルギーを相手側に向かって放出させるものだ。それによって相手だけにダメージを与えることができる。


 が、その場の勢いだけでやったので、結果的に自爆技になってしまった。攻撃して自分も傷つくなど、実に非効率な技である。


 そして、その代償を支払ったにもかかわらず、まだヤドイガニに致命傷を与えていない。HPも通常種の二倍以上あるからだ。



 ブクブクブクブクッ


 ヤドイガニの口から泡のようなものが発生し、火傷の箇所に集まっていく。それと同時に少しずつ焦げ跡が薄くなっていった。


 ヤドイガニ亜種が持つ『泡浄化』スキルである。自身が受けた状態異常を癒し、HPを少しだけ回復する。


 餌のタコ型魔獣が毒を持っているので、それを無効化するために進化して手に入れたスキルである。



「なんだぁ!? 回復してんのかよ! ふざけるなよ!! 俺がこんな痛ぇ思いしてんのに、お前だけ泡風呂か!! そういえば…焼いて食えとか言ってやがったな、あいつ…! ああ、焼いてやるよ!! てめぇの身体の中からなあああ!!」



 ヤドイガニが泡でリフレッシュしている隙に懐に突っ込み、あのグロテスクな口に焼け焦げた右手を突っ込む。


 いくつかの分厚い歯が螺旋状に絡まった、見るだけで嫌悪感を感じてしまいそうな口だが、もう躊躇っている暇はない。無我夢中で腕を突っ込む。



「泡ごと吹き飛ばしてやるよ!!!」



 ドバッーーーンッ


 再び裂火掌を放つ。今度はさきほどの一撃よりも、かなりましな一撃であった。自身へのダメージはさほどない。


 これこそ武人の因子の凄さである。


 一度身体で覚えたことは簡単には忘れず、さらに進化していく。こうして自然発生的に覚えた技に関しては、因子が技の発動に必要な動作を自動的に検索してデータを取得する。


 裂火掌はもともとビッグに適した技である。身体がそのやり方を知っているのだ。



 その衝撃に、ヤドイガニが揺れる。



 直接口の中に技を放ったのだから、外殻がどれだけ丈夫でも関係ないだろう。外が駄目なら内。これも戦闘のセオリーである。



 ただし、口に手を突っ込むということは―――



「つっ!!!」



 ブシャッーー


 ビッグの手に鋭い痛みが走る。ヤドイガニの口が閉まり、手を噛み切ろうとしているのだ。ついでに小さいほうのハサミも動きだし、ビッグを攻撃してくる。


 相手からすれば餌が自分から来たようなものだ。遠慮なく食べようとしてくるだろう。



「いってぇな、このやろう!! これでも食ってろ!!」



 転がった際に拾っておいた木材を口に突っ込み緩衝材にするも、簡単にバキバキとへし折られていく。


 だが、その隙に左手を突っ込み、右手を守る盾とした。ガリガリと遠慮なく噛み切ろうとしてくるが気にしない。


 これはもう自分の手が切れるのが先か、相手が死ぬのが先かの時間の勝負である。少しでも時間が稼げればいいのだ。



「はっ!! はっっ!!! 死ね!!! 死ね!!」



 ドバッーーーンッ

 ドバッーーーンッ



 一発、二発。



 ドバッーーーンッ

 ドバッーーーンッ

 ドバッーーーンッ



 三発、四発、五発。



 裂火掌を連発。ただひたすら連発。


 左手から大量に出血していても無視。右手がさらに黒焦げになろうが知ったことではない。



「全部出し切れ!! 出さないと死ぬぞおおおお!! おおおおおおおおお!」



 自分で自分を叱咤し、いつもならば「もういいや」とやめている領域を超える。


 人間は疲れた時、休もうとする。自然と身体をセーブしようとする。それが普通であり推奨される行動だろう。



 しかしながら武人は例外。



 限界を超えなければ限界は上がらない。永遠にそのままである。痛いと思ったら先に進め。つらいと思ったら歯を食いしばれ。


 戦え、戦え、戦え!!!


 闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。闘え。




―――闘え!!



―――死ぬ前に殺せ!!




 そうしてこそ、武人は強くなる!!!!



 ドバッーーーンッ


 ドバッーーーンッ


 ドバッーーーンッ



 すでにBPは尽きている。理論上は撃てない。もう使えない。


 それでもここは意思が具現化しやすい世界である。自分が諦めない限り、自己の意思が一定の水準を超えれば【意思そのものが力】となる。



「ホワイトのくそ野郎がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 ドバッーーーンッ!!!!



 ひときわ大きな音が響き、ついにビッグの身体からすべての力が抜ける。


 限界をすでに超えた最限界。さらにそれを超えた極限疲労状態になったため、意思ですら対応できないレベルにまで陥ったのだ。


 ずるりと手が抜けて、どさっと倒れる。もう指一本動かすこともできない。


 右手は半分炭化し、左手はちぎれかかっている。腹も焼けるように熱い。身体のあちこちが痛む。



 そんな状態であるのに―――満たされる。



 なぜか心は落ち着いている。悦んでいる。武人の血が燃えている。これでいいのだと感じている。



(なんだ…これ。頭がおかしく…なったのか? 訳わかんねぇ…よ。俺は…俺は……リンダ……みんな……)



 そして、そのまま意識を失った。



 誰の手助けもない状態で意識を失えば、もう彼は死ぬしかない。ヤドイガニの餌になるしかない。


 しかしながら、その場で動くものはいなかった。



 ただ重力に引かれ―――ドッスーンと岩が落ちただけ。



 そこには内部が焼けて、いい感じに美味しそうな匂いを出しているヤドイガニがいた。


 口からぶくぶく出る泡も、そこに醤油でも垂らせばジュウゥウと香ばしい匂いをさせて、食欲をそそってくれるに違いない。




 勝った。



 かろうじての勝利。辛勝も甚だしい。競馬で言えば、鼻差でようやく勝ったようなもの。



 だが―――勝ったのだ。



 万馬券だろうが、勝ったのだ。


 この世界では、勝ったものが強い。勝った者だけが勝者となる。そして、勝ちを知る者は、さらに強くなる運命を与えられる。


 それが、武人。それこそが武人という生き物。




 勝者であるビッグが意識を取り戻すのは三日後。



 その頃には死んだヤドイガニはたくさんの鳥型魔獣についばまれており、半分以上は食べられていたことを知る。


 自然はなんと逞しいことか。それでいて完全に統御されている。


 鳥型魔獣が食べるのは【死肉】のみ。敗者の肉のみ。だから勝者は生き残る。これもまた荒野の厳正なるルールであった。


 当然、アンシュラオンは迎えに来なかったので、ヤドイガニが背負っていた岩を足場にしたり、鳥型魔獣によってバラバラにされた甲羅を組み立てて梯子もどきを作り、なんとか脱出に成功するのであった。


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