174話 「陽禅流 鍛練法」


「着いたぞ、ここだ」



 しばらく進むと馬車が止まり、出るように促される。


 これまた渋々外に出るも、いまだ一面の荒野が広がっていた。



「………」



 そこには、何もない。


 多少の岩石が周囲に残っている程度で、乾燥した大地が続いているだけだ。


 吹き付ける風も妙に生暖かく、とにかく強い。


 場所にもよるが、城壁内部では強い風に晒されることは少ないので、こうしたものに触れるだけで自分が「外」にいることを実感する。



 そして何より―――生々しい。



 直接大地に触れるため、生命というものをダイレクトに感じられる場所である。


 もちろん麻薬の栽培で日常的に土には触っているが、人間が耕して準備されたものとは違い、ここにあるのは荒々しいものばかり。手付かずの未開の大地だ。


 その砂粒が風に舞って肌に当たると、嫌でも今までの自分が「守られていた」ことを知る。



(壁がないっていうのは、こんなにも心細いものかよ)



 壁がないことがとても恐ろしく感じられる。


 ものすごく嫌いなはずのホワイトでさえ、同じ人間が近くにいると思うだけで安心感を覚えるほどだ。


 それほど無人の荒野というものは心細いものであった。



「外に出たことはあるか?」



 そのビッグの心情を見透かしたようにアンシュラオンが訊ねる。



「そりゃ…あるが、ここまで遠出したことはない。すでにルートを大きく外れているんじゃないのか?」


「そうだな。こんな場所にやってくる連中なんて、せいぜいハンターくらいだろう」


「そうか、ハンターもいるか…」



 ハンターならば遠出をする。この近くにもいるかもしれない。


 そんな微妙な安心感をビッグが宿した瞬間―――アンシュラオンが懐から何かを取り出す。



「これを見ろ」


「なんだこれは? カード?」


「ハンター証だ」


「ハンター証…あんたのか?」


「名前をよく見ろ。先日、ここで殺されたハンターのものだ」


「ぶっ!? 殺された!? 誰に!?」


「その言い方は間違いだな。『誰に』ではなく『何に』だろう? 当然、魔獣だよ。こんなところにいるのは魔獣くらいなものだろう」


「なっ…だって…ハンターだろう? 魔獣を狩る専門の傭兵じゃないか!」


「ハンターだって人間だ。自分より強いやつに出会ったら死ぬに決まっている。そして、このハンター証の連中は死んだ。弱いからだ」


「弱いから…死んだ…」



 極めて当然のことを言われ、安心しかけた心が砕かれて動揺する。


 自分が危険な場所にいるのだと再認識し、軽く身震いした。自分もいつこうなってもおかしくはないのだ。



「どうした? びびったか? メンタルの弱いやつめ」


「ふ、ふざけるな! 俺だってダディーの子だ! こんなことでびびるかよ!」


「それだよ」


「…え?」


「お前が殻を破れないのは、いつまでも親にしがみついているからだ。そりゃまあ親が有名だと、二世はいつも比べられるもんだけどさ…。それには同情するが、だからお前は弱いんだ。親以前にソブカにも勝てない」


「だから、あいつは関係ねえだろう!!」


「そうやって怒鳴るのは意識している証拠だと言っただろう。はっきり言うぞ。お前は精神力が弱すぎる。武人としての覚悟がまったく足りない。いや、人間としての覚悟も同じことだ。生きることも死ぬことも一緒なんだ。本気で生きるってことは、死ぬ覚悟を決めることだ。死ぬってことは、本気で生きた結果だ。お前はそれが中途半端なんだ」



 死を覚悟していれば、人間は死に対して怯えたりはしない。むしろ、人生でやり残したことがないかを気にして必死になるものだ。


 逆に死を意識しない人間は、まだ大丈夫だろうと安穏に暮らし、突然の不幸に動揺して人生を無駄にする。


 心の準備ができていないからだ。先を考えることを否定したからだ。だから弱い。


 そんな人間は探せば大勢いる。給料や年金のことは考えられても、死のことを本格的に考えるのが怖くて目を逸らすのだ。


 誰かが作ったレールに乗っていれば何も考えずとも生きていけるからだ。それが人を弱くする。



「お前の人生は、ダディーによって作られたものだ。そんな人形に何ができる。動物を見ろ。家畜の豚だって、お前よりは本気で生きているぞ。自分の境遇を知らないという点は同じだがな」


「くそっ…相変わらず嫌味なやつだ」


「いまさら豚君に何を言われても気にならんよ。お前とは人生経験が違うからな。ただ、気をつけろ。オレは自分が思っているより短気らしい。もう一度あの時みたいになったら、もう誰も止められないぞ」


「うっ…わ、わかっている」



 ビッグも意図的にサナには目を向けないようにしている。


 馬車に乗っているが、あたかもいないように振る舞っていたのは、そういった危険性を排除するためだ。



「サナ、おいで」


「…こくり」



 トンッ


 アンシュラオンに言われてサナが降りてくる。


 その姿をビッグは視界の端に収めたが、その堂々とした態度に一瞬だけ気圧される。


 彼女は、荒野に対して恐怖を抱いていない。アンシュラオンに庇護されているとかされていないとかは関係なく、まったく怯えていないのだ。


 それに自尊心が傷つく。



(あんな子供が堂々としていて、若頭の俺がびびっていたら笑い話にもならねぇ。負けてたまるかよ)



 そう思えること自体、彼が少しずつ変わっている兆候である。


 ただし、その相手が小さな女の子であることは哀しいが。



「さて、口上は終わりだ。この先には、オレが用意した【師】がいる。その偉大なる大先生が、お前に修行をつけてくれるそうだ」


「師? あんたが言っていた師匠ってやつか?」


「そうだ。ついてこい。馬車はここで待っていろ」





 アンシュラオンはサナと手をつなぎながら、ビッグをつれて荒野に足を踏み入れる。



「強くなるためにはどうすればいいと思う?」


「どうすれば…? 戦う…のか?」


「大雑把な答えだが、その通りだ。戦うんだよ。武人は戦えば戦うほど強くなる。そういう生き物だからな。そういうふうに作られているんだ」


「俺だって少しは戦ってきたつもりだ」


「少しは、だろう? しかも自分より弱い相手とだ。それでは強くなるわけがない。強いものと戦って成長していくんだ」


「あんたは…そうやって強くなったのか?」


「当然だ。最初は何度も死にそうになった。そうやって少しずつ強くなっていったんだ」


「そう…か。あんたでもそうなのか…」


「さきほどの答えの補足をしておこう。人間と魔獣の違いは何だと思う?」


「違い? …文化…とかか? あいつらは道具とかはあまり使わないしな…」


「それも半分正解だな。つまりは知識や思考だ。魔獣の中には人間より頭の良いものもいるが、基本的にはさほど高度ではない。人間のように大きな都市を作ったりしないし、壁を建てることも稀だろう。それはある種、彼らが強いからその必要がないともいえる。が、逆の見方をすれば、人間にはより高度な知能が与えられているということだ。それが人間の強みだ。当然、戦闘でもな」


「頭を使えってことか?」


「豚君はシンプルでいいな。その通りだ。実力差を埋めるためには頭を使うしかない。オレと戦った時のように直進するだけならば、ワイルダーインパスでもできることだ。あれでは命がいくつあっても足りない。もっと考えて戦え」


「考えて戦う…か」


「あとは自分で考えるんだな。着いたぞ。ここだ。ここにお前の師がいる」



 しばらく歩いた場所でアンシュラオンが止まる。



 そして、荒野にぽつんと置いてある―――【岩】を指差す。



 岩は大きなもので、高さが六メートル以上はあるだろうか。幅も大きいので、巨石と呼んでもいいくらいだ。



「岩? もしかして、あの裏側に誰かがいるのか?」


「行けばわかるさ。あの岩に向かって歩け」


「どうせ拒否する権利はないんだろう?」


「当然だ。ガキみたいなくだらない反抗心を見せるくらいなら、さっさと歩け。時間の無駄だ」


「くそっ…」



 ザッザッザッ


 言われた通り、ビッグが岩に向かって歩いていく。



(どうせホワイトのことだ。何か仕掛けを用意しているに違いない)



 アンシュラオンの性格を知っているので、注意深く周囲を警戒しながら歩く。


 人を蹴落とすのが好きな男だ。落とし穴でもありそうな予感がしていた。



(どこだ? どこにある?)



 ビッグは岩と足元に注意を向けながら歩いていく。今のところは何も起きない。



 グラッ グラグラッ



 しかし、彼が岩に対して残り七メートルの距離に達した時、異変が起きた。


 岩がぐらぐらと動いている。



「な、なんだ…!? 岩が…動いた? まさか誰かが持ち上げているのか?」



 ビッグが岩を注視していると、徐々に周囲の地盤が壊されていき、岩がぐらりと傾く。



 ぐらり、ぴたっ



 だが、傾いた岩は倒れない。それどころかゆらゆらと動き出し、まるで生きているかのような挙動を見せた。


 さらに警戒を強めて眺めていると、ドサァアッと、ひときわ大きな「ハサミ」が大地から出てきた。



 ザッザッ ガサガサッ



 三メートルはありそうな大きなハサミが姿を見せ、さらにもう一本のハサミが出現。


 それから脚が何本も地中から飛び出て、ようやくそれが何かがわかった。


 本来ならばもっと早く気づいてしかるべきだが、ハンター経験のないビッグではすべての対応が遅かった。



 岩の全身が出現し―――対峙。



「な、なんだこりゃ!!! 魔獣か!? で、でけぇ!!」



 それはアンシュラオンが、サナとサリータと一緒に倒した【ヤドイガニ】である。


 ただし、同じ種族のヤドイガニであるが、大きさが前とは段違いだ。前はもっと小さな個体だったのだが、今回のものは二倍はある。



 その名も―――ヤドイガニ亜種。



 モンスターを狩るゲームでありそうな設定だが、データで確認してみたら実際に亜種だったのだから仕方がない。


 亜種らしく微妙に部位の形が変わっており、目玉も真ん丸から三角状に変化しつつ、全体的に棘が増えて攻撃的な印象を受ける。なかなか強そうな面構えである。


 パチパチパチ


 戸惑うビッグの背後から、拍手が聴こえてきた。それに反応して振り返ると、楽しそうに笑うアンシュラオンがいた。



「豚君、おめでとう。【師匠】は君を歓迎してくれるそうだ。やっぱりあれだな、大きいほうが餌としては美味しそうに見えるんだろうな。オレのときとは反応が違って、やる気満々らしい。大きく産んでくれた親に感謝しないとなぁ」


「し、師匠!? あれが!? 人間じゃないのか!!!」


「おいおい、誰が人間が師匠だなんて言った?」


「それはそうだが…ちくしょう! またハメやがったな!!」


「またとは人聞きの悪い。オレは嘘は言わない主義だぞ」


「騙して連れてきたくせに!」


「オレが嘘を言ったんじゃない。嘘をついたのはリンダだ。どうだ? 嘘じゃないだろう?」


「こいつは…!」


「勝手に思い込んだお前が悪い。それにしてもここまでノリがいいと、やっぱり豚君は劇団向けだよな」



 ビッグが十分驚いたのを見て、アンシュラオンがニヤリと笑う。


 まさに予想通りのリアクションをしてくれるので、仕掛けたほうも気分がいい。その意味では貴重な人材かもしれない。



「もうわかっていると思うが、それと戦ってもらうぞ。オレもよく先生方には世話になった。お前も存分に可愛がってもらえ」


「これが先生かよ!?」


「そうだ。陽禅流は究極の実戦主義なんだ。殺した数だけ強くなる。それに勝る修行法はない」



 陽禅公の修行は、とても簡単だ。


 自分より強い存在と戦うこと。戦い続けること。火怨山ではそれが魔獣であった。魔獣は手加減などしてくれない。だからこそ戦う価値がある。


 死に物狂いで戦っていく間に嫌でも生存術を実戦で学んでいく。それで生き残ったら少し技を教えて、また放り込んで生き残ったら新しいものを教える。この繰り返しだ。


 実に単純明快なシステムである。さして手間もかからない。


 あんなに強いゼブラエスが人智を超えた天竜に挑むのも、陽禅公の教えに忠実だからだ。それが自己を鍛える最高の手段なのである。



 幸いながら、ここにはビッグより強い魔獣は山ほどいる。


 それで今回選ばれた偉大なる師匠が、ヤドイガニ亜種先生であっただけだ。



「さあ、行け。師匠を待たせるもんじゃないぞ」


「冗談じゃない! こんなでかい魔獣なんて見たことないぞ!」


「お前が見たことあるような魔獣では意味がないだろう。だがまあ、一応教えておいてやるか。そいつな、お前が勝てる相手じゃないぞ」



 このヤドイガニ亜種のステータスは、さすが大きな個体だけあって、通常のヤドイガニの二倍以上は軽くある。


 現状のビッグのレベルでは、まず勝てない相手だ。



「いやー、探すのに苦労したよ。他のやつでもよかったけど、あまり攻撃力が高いと一瞬で死ぬしな。ちょうどよさそうなやつを探していたら、こいつと出会ったんだ。オレがわざわざ手間をかけてやったんだ。感謝しろよな」


「ちくしょう! やっぱり殺す気か!?」



 ビッグは、すでに逃げ腰である。なさけないやつだ。


 だが、こうなることも想定済みである。



覇王土倒撃はおうどとうげき!」




 ドスンッ! ボコボコボコボコッ バゴンッ!!!



 アンシュラオンが大地を殴りつけると、大地が砂流となって、ビッグとヤドイガニの周囲一体を大きく陥没させる。


 覇王技、覇王土倒撃。


 大地に拳圧と戦気を流し込むことによって土石流などを発生させ、広域を破壊する技である。それを調整すると、こうして大地を陥没させることができる。



「う、うわあああ!!」



 ビッグがいた場所も砂になり、砂流に呑まれて落下していく。


 もがいて何かを掴もうとするも、周囲は完全に砂になっているので無駄な努力であった。


 まるで蟻地獄の巣穴のように吸い込んでいく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます