172話 「戦罪者との契約」


「それじゃ、このスレイブたちと契約するってことでいいっすか?」


「そうだな。悪くない面子だ。だが、少し強すぎたかもしれないな」



 他の戦罪者はともかく、アンシュラオンが戦った戦罪者たちはイタ嬢の七騎士以上の強さである。


 マタゾーは達人級、ヤキチとマサゴロウも単独で軽々ビッグを倒せるくらいの実力はある。


 ハンベエに至っては、知らずに近づいただけで毒殺される可能性があるので、さらに危険な人材だ。


 想定していたより明らかに強い面子が集まったといえる。



「そ、そうっすか? 自分はよくわからないっす。旦那を見ていると強さの基準がますますわからなくなるっす…」



 モヒカンにとっては、それを一蹴するアンシュラオンのほうが脅威である。


 素人であっても桁が違うのは一目瞭然だ。こんな存在と対等に戦える者がいるのか疑問にさえ思える。



「こんなの集めて、この都市を落とすつもりっすか?」



 計画を知らされていないので、何をやろうとしているのかまでは知らない。


 だが、普通に考えればまともなことではないはずだ。この面子ならば、かなりのことができるに違いない。


 領主城に単身で乗り込むような男である。何か大きなことをやらかしそうだ。そこに一抹どころか大いなる不安を抱くわけである。



「そのつもりなら、わざわざこんな連中は必要ないさ。オレだけで事足りる。そうしないからこそ面子が必要なんだよ。相手の基準に合わせてやっているんだからな」


「そ、そうっすか? それならいいっすが…不安っす」


「そんなにびびるなよ。ちょっとしたお遊びじゃないか。遊びなんだから楽しまないとな。お前だって退屈しているだろう? そんな連中に楽しい時間をプレゼントしてやるだけさ。まあ、オレ流のドッキリみたいな感じだな。驚きすぎて心臓が止まるかもしれないけどさ。ははは」


「…そうっ…すね……なるほど…」



 モヒカンは頷きながら、壁に打ち付けられて半死状態の裏スレイブを見る。



 彼らは―――笑っている。



 ここまで傷ついているのに、とても楽しそうに笑っているのだ。


 人を殺すことを享楽とし、こうして殺されることを喜ぶような者たちだ。こんな連中を外に解き放ったらどうなるか、想像するだけでも背筋が寒くなる。


 何より、そんな連中を取りまとめるアンシュラオンが恐ろしくてたまらない。


 使えない戦罪者を殺す際も躊躇いなどはまったくなかった。自分も逆らったらああなるだろうことは明白だ。


 スレイブ館に謎のモヒカン型の焦げ跡が残り、「奇異! モヒカンの聖地誕生!」とか書かれて名所にされてしまうに違いない。


 各地方からモヒカンが集まり、自分の死んだ跡を崇めるなど想像もしたくない。



(くわばらくわばらっす。自分は自分の仕事に集中すればいいっす。長いものに巻かれるのが長生きと成功の秘訣っすからね)



 モヒカンは、アンシュラオンの側にいることに安堵する。


 逆に敵対する相手に哀れみすら覚えるが、自分が生き残るほうが大切なので忘れることにした。





「ええと、たしかあの別嬪さんのメイドが契約するっすよね?」


「そうだな。オレにとっては実験の意味合いも強いし、彼女に任せるつもりだ。ただ、この五人にはギアスは付けられない」


「え? どうしてっすか!?」


「そんな素直な連中に見えるか? オレの強さを知りながら向かってきた相手だぞ。お前のところのギアスで収まる輩じゃない」



(こいつらの精神は全員がC以上。どのみち無理だな)



 他の戦罪者はD以下なので問題ないが、ヤキチ、マサゴロウ、マタゾー、ハンベエ、ムジナシはC以上である。


 ファテロナの件から考えてギアスは効かないと思ったほうがいいだろう。


 精神の値は戦気量にも関わってくるものだが、彼らの場合は常人離れした気概、生きざまや胆力からくるものだろう。強烈な生き方への執着が、そうした強靭な精神力を養うのだ。



(ギアスを付けられないと不安ではあるが…サナは一緒に連れて歩くし、何かの予兆があれば処分すればいいか。どうせ戦いが激化すればこいつらにも余裕はなくなるしな)



「いいか、この瞬間からオレが絶対支配者だ。くだらないことで暴れたり文句を言ったら即座に殺すからな」


「へへ、オヤジ…か。悪くねぇ」


「…おれの…命を…オヤジに」


「オヤジ殿……拙僧の力、存分に使うとよい」


「くくく、面白くなりそうですよ。ねぇ、オヤジさん」


「ごぼっ…げぼっ…」



(こいつら、大丈夫かなぁ…)



 アンシュラオンは生来の人間不信からまだ疑っているが、戦罪者たちはすでに魅了状態にある。


 裏には裏のやり方、生き方がある。その流儀で彼らを支配したのだ。



 それから治療を行い、戦罪者たちの審査は終わる。



 ヤキチの手は戦気でガードしていたので損壊はなかったが、数も多かったので多少の時間は浪費することになった。これも投資だと思えば惜しいものでもないが。



「さて、あとは契約か。ホロロさんを呼ばないとな。それとついでにあちらの用事も進めておくか」



 その日は、連絡馬車でホテルに手紙を送って終わりとなった。


 再びバランバランやコッペパンに行って、武器や術符の補充をするなどで終了する。







 翌日の午前十時、スレイブ館の前に馬車が止まる。


 いつも乗ってくる白い馬車ではなく、ホテルの馬車乗り場にある至って普通の色合いのものだ。大きさも四人乗りで、こじんまりとしている。


 そこから、一人の女性が降り立つ。


 口元にホクロのある艶やかな女性、アンシュラオン専属メイドのホロロである。



 ガチャッ



 ホロロがスレイブ館の表店のドアを開けて入る。


 店の中には前にも見たモヒカンの男がおり、愛想笑いを浮かべていた。



「あっ、どうもっす」


「おはようございます。…あの御方は?」


「奥にいるっす。案内するっす」


「そうですか。では、お願いいたします」



 そんなモヒカンにホロロは静かな視線を向ける。


 彼女の口調も何の感情もない事務的なもので、美人を前にして少し舞い上がるモヒカンとの対比が酷い。


 しかもホロロはこんなことを思っていた。



(醜い男です。心の醜悪さが顔に表れている。でも、こんな男でもあの御方の大切な道具。無駄に軋轢を生むことはないでしょう)



 そう思い直してから、一転してニコリと笑う。



「あっ…へへ」



 その笑顔にモヒカンが少し頬を赤くするのが気持ち悪い。何を勘違いしているのだろう、こいつは。


 しかし、それも仕方がないかもしれない。


 日々スレイブと接し、その中にはファテロナのようなホロロ並みの美人もいるはずなのだが、彼にとってスレイブは道具であり、恋愛対象にはならない。


 ラブスレイブも性欲を晴らす存在ではあっても、結局のところ心までは許せない存在なのだ。


 となれば、恋愛対象はスレイブではない一般女性ということになり、免疫のないモヒカンが舞い上がるのも仕方がないことであろう。


 この点に関しては、姉とスレイブしか愛せないアンシュラオンよりは、幾分かましな人間だともいえる。


 が、そんなことは関係なく、最初からホロロにとっては汚物程度の存在なのは変わらないのだが。



 そうしてモヒカンに「愛想」を振り撒いたあと、ホロロは背後にいる者に声をかける。



「あなたも入りなさい」


「…は、はい」



 もう一人、扉から入ってきた女性がいる。


 小柄で可愛らしい雰囲気を持った女性だが、頬が少しコケているので、せっかくの愛らしさに翳が差している。



「行きましょう。主を待たせるのはメイドの恥です」




 モヒカンの案内で、二人が裏店に到着。


 相変わらず薄暗い通路をいくつか通り過ぎると、少しだけ広い部屋に出る。



 そこにはアンシュラオンとサナがいた。



 その瞬間、ホロロの顔に嘘偽りのない真実の笑顔が花開く。



「ホワイト様、黒姫様、ただ今参りました」


「ありがとう、ホロロさん。まあ、座ってよ」


「はい。失礼いたします」



 ホロロが促されるまま椅子に座る。


 アンシュラオンは従順で綺麗なホロロに満足しつつ、もう一人の女性に視線を向けた。



「やぁ、リンダも久しぶりだね。おっと、ミチルだったかな。まあ、ここならどっちでもいいか」


「っ…は、はっ…い」


「ん? どうした? まだ今日の分の麻薬は打っていないのか?」


「い、いえ、うち、打ちました…」


「そうか。まあいい、君も座りなさい」


「は、はい…」



 バクバクバクバクバクバクッ


 リンダの心臓が早鐘のように鳴る。


 アンシュラオンの姿を見た瞬間から身体が震え、顔も一気に青白くなっていく。


 あの時に植え付けられた恐怖が蘇りそうになるのを必死に我慢し、何とか椅子に座ることに成功するも、震えだけはどうしても止まらない。


 本当の恐怖を植え付けられた者の正しい姿である。これ以上の見本はないだろう。


 そんなリンダにはまったく興味がないので、アンシュラオンはホロロと話を進める。



「セノアとラノアはどう?」


「セノアには緊張が見られますが、ラノアのほうは完全に慣れたようです。二人とも、おとなしく部屋にいます」


「それはよかった。外に出たがらない?」


「今のところは問題ありません。二人には部屋が安全だと言いつけておりますし、学ばせることも多いものです」


「そっか。一応はメイド扱いだからね。それに勉強とかも教えてあげないといけないなぁ。子供のうちからしっかりと教育しないとね。ほんと、教育は大事だよ」



 メイドの知識はホロロが教えてくれるだろうから、それ以外にも文字の読み書きや術士としての勉強もさせてあげたい。


 サナも戦闘で武人としての経験を積んでいるので、彼女たちはサポート役として育ってほしいものである。



「サリータはどう? 実は一番気がかりだったんだけど…上手くいった?」


「はい。大丈夫です。彼女は実に忠実で扱いやすい人間でした」


「ほっ、よかった。特にトラブルはなかったんだね。セノアとラノアはどう反応した?」


「最初は驚いていましたが、彼女の丁寧な対応に警戒を解いたようです。うろうろさせても邪魔なので、現在は部屋の前で番犬のように立たせています。特に文句もなく生き生きと仕事に邁進しているようです」


「おお、それは何よりだ!! ふー、なんとかなりそうだね。よかったよかった」



(サリータが一番心配だったからな。なんだ。案外ちゃんとやっているようじゃないか。安心したよ)



 一番の懸念はロゼ姉妹が怯えてしまうことだったが、普段のサリータは優しい女性なので、ロゼ姉妹に対しても丁寧に接しているようだ。


 問題は有事の際の護衛力であるが、今のところ誰かが襲ってくる様子もない。まだ大丈夫だろう。



 報告を聞き終えて安心したので、次の話題に入る。



「さて、ホロロさんには話してあった通り、あいつらと契約してもらうよ」


「かしこまりました。…あれが裏スレイブですね」


「…えっ」



 リンダが慌ててホロロの視線を追うと、そこには何人もの男たちが立っていた。


 アンシュラオンへの恐怖で感覚が完全に麻痺していたので、密偵でありながらそれに気がつかなかったのだ。


 もしかしたらリンダはもう密偵の仕事はできない可能性がある。身体と心が半分壊れかけているからだ。


 ただ、男たちも異常である。


 誰もが何一つしゃべらず、黙って気配を殺して立っている。まるで背景の一部かのように自然だったからこそ、リンダも気づかなかったのだ。



 それは当然、アンシュラオンが命令したからだ。



 男の無駄話など聴きたくもないので、「黙って直立不動で立っていろ」と命じたので、その通りにしているのだ。



「残りは違う部屋で待機させているよ。まずはあいつらで試してもらおうかな。あれは大丈夫だと思うから」


「かしこまりました」



 アンシュラオンが立ち上がり、裏スレイブたちに命令する。



「彼女がお前らクズどもの主人となるホロロさんだ。当然だが絶対服従だ。もし逆らったり指の一本でも触れてみろ。その瞬間に全員殺すからな」



「「「「「 うすっ、オヤジ!! 」」」」」



 ドスの利いた声が一斉に返ってきた。


 あれだけの戦いを見せたのだ。この場にいる誰もがアンシュラオンを「オヤジ」と認めている。


 正直、ギアスなど必要ないくらいに彼らは主に忠実である。だが、代理契約の実験もあるのでホロロに契約させるべきだろう。



「モヒカンはホロロさんの契約のサポートを任せる」


「はいっす!!」


「なんだか嬉しそうだな?」


「そ、そうっすか? べつにいつもと同じっすよ!!」


「そうか。じゃあ、任せる」


「了解っす! ホロロさん、こっちっす!」


「はい。よろしくお願いします」


「へへ、任されましたっす!!」



(哀れな男だな。まあ、夢を見るくらいは許してやるか。手を出したら毛をむしるけど)



 にやけ顔でホロロを案内するモヒカンを哀れみの視線で見送りながら、今度はリンダに向かう。


 視線を向けただけで、再びリンダが震えだす。



「そんなに怯えるな。お前に興味はないし、危害を加えるつもりはない」


「は、はい…」


「お前を呼んだ理由がわかるか?」


「…ふぁ、ファミリーのこと…ですか?」


「そうとも言えるが、今日は豚君のことだ」


「ビーくんの…?」


「逢引きを装って豚君を呼び出してくれ。不自然にならないようにな」


「は、はい。わかり…ました。でも、呼び出すって…その、まさか…」


「安心しろ。殺しはしない。と、そんなに信用がないのか、オレは?」



 激怒した際、一度約束を反故にして攻撃したので、そのことが彼女の脳裏から離れないようだ。


 それは自分がやったことなのでしょうがない。信用しろというほうが無理だ。



「だが、このままではどうせ豚君は死んでしまう。これから起こる抗争でな」


「えっ…!?」


「事はオレとソイドファミリーだけの問題じゃないってことさ。もう火種は撒かれている。恋人を救いたいのならば言うことを聞いておけ。オレがあいつを鍛えてやる。生き残るためにな」


「…はい」



 リンダにはアンシュラオンがやろうとしていることはまったくわからなかったが、さきほど見た裏スレイブたちの雰囲気があまりに不穏だったので、その言葉に嘘はないと思えた。


 どのみち逆らう選択肢はないので、頷くしかないのだが。



(豚君の修行か。男相手にオレがわざわざ手ほどきするのは嫌だから、師匠直伝の『陽禅流』でやるとしようか。きっと驚くだろうな。そのための仕込みもあとでやっておこう)



 慌てふためくビッグの顔を想像して、思わず笑うアンシュラオンであった。





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