171話 「戦罪者審査 『ハンベエとムジナシ』」


「これで三人か。お前はどうする?」


「私ですか? 私はやめておきましょう」



 アンシュラオンが最初に並んだ四人のうちの最後の一人、ニヤニヤと笑っている若い男に話しかける。


 男の肌の色は白いが、アンシュラオンのものとは違い、どこか病的な弱さを感じさせるものだ。


 着ている服も普通なので、外で見かけたら裏スレイブとわからないかもしれない。



「いいのか? 自分の力を試さなくて」


「私は力自慢ではありませんから」


「では、お前の持ち味はなんだ?」


「そうですね…頭脳ですかね」


「気をつけろ。自分で頭がいいと思っているやつほど足元をすくわれるもんだぞ」


「なるほど、参考になります。ところで…そろそろ解放してくれませんかね?」



 男の周囲には、目に見えないほど薄い戦気壁が展開されていた。かなり薄いので武人であっても気がつかないほどだ。


 ただ、触れればダメージを負うことは間違いなく、それによって閉じ込められていたのだ。


 張ったのはアンシュラオン。



「いつ気がついた?」


「今さっきですよ。どうもね、反応が悪いと思っていたんです。本当ならもっと早く効果が表れているはずですから」


「狂った男だな。他の連中ともども全滅させるつもりか?」


「これは異なことを。ここでは自分が生き残るか死ぬか、それだけです。他人にかまう暇なんてないでしょう?」


「たしかにその通りだな。それでお前はどうする?」


「さあ、それはあなた次第です。私の体力ではこれを抜けるためには命がけになるでしょう。そんな危険を冒すくらいならば、おとなしくあなたに従いますよ」



(さて、どうするか。ずいぶんと危険な男のようだしな…)



 アンシュラオンがこの男を閉じ込めたのは、最初の整列が終わった時であった。



 その理由は―――【毒】を撒いていたから。



 非常に微量なものだが、男からは毒が発せられていた。それに気がついたアンシュラオンは即座にサナをガードするため、男を閉じ込めたのだ。


 どうやら男自体は毒に耐性を持っているようで何も感じないらしく、周囲が毒に満たされても平然としている。


 だが逆にそれが災いして、自分が閉じ込められていることに気づかなかったようだ。


 周囲を見回し、毒に汚染されている人間がいないことで、ようやくそのことに思い至ったというわけだ。



(この男は…間違いないな。『味方殺しの毒撒きハンベエ』だ)



 男は、この場にいる全員を殺してもいいと思っていた。それはまさに異名通りである。


 男の武器は毒。非常に強力ながらも、常に味方を巻き込むことで有名となった狂人である。


 どこぞの研究者だったようだが、次第に毒の魅力にとり憑かれて賞金首に成り下がった男だ。


 というより、この場にいるほとんどの人間には懸賞金がかかっているらしい。まともな人間がいるわけがない。



 アンシュラオンはしばし考え、男の処遇を決めた。



「ほら、出してやる。手を握れ」



 そう言って、アンシュラオンが戦気壁越しに左手を出す。


 左手だけ戦気壁の内部に入れた形だ。



「ああ、これはどうも」



 ハンベエはその手を取った。



 カリッ



 ただその際に、軽く人差し指の爪でアンシュラオンの手の端を引っかく。


 意図せずとも、たまたまこういうときがあるものだ。たとえばレジでお釣りをもらう際、うっかりと爪が当たってしまうことはよくある。


 だが、これはわざとだ。



(くくく、どうやら毒に耐性があるようですが、この毒はどうでしょう。私の体内でのみ生きていられる毒…。これならばあなたでも…)



 ハンベエが持つ『特殊毒素生成』スキル。


 毒耐性すら無視して相手を殺す毒薬を生み出すスキルだ。毒無効でも多少の影響は免れないので、その凶悪さがよくわかるだろう。


 しかし強すぎる反面、外気に晒すと簡単に気化してしまうため、こうして直接送り込むしかない。非力なハンベエにはリスクが高すぎるデメリットだ。


 それでも手間に見合う威力を持った毒薬で、強い魔獣でさえイチコロの取っておきである。


 この男は、最初からアンシュラオンを殺すつもりであった。その一瞬の隙を待っていたのだ。


 実に狡猾でしたたかな男である。彼はこうやって何百人もの人間を殺してきた。



(はぁぁ、あなたはどんな顔をして死んでくれるのでしょうねぇぇ。楽しみですよぉ。とてもとてもぉお)



 ハンベエは心の中でアンシュラオンの死にざまを想像して恍惚とする。


 彼の趣味は、毒に侵された人間が苦しんで死ぬ姿を観察すること。その表情を見て楽しむことである。


 力強かったものが徐々に弱っていく姿が、なんとも言えずに美しく思える。虫に殺虫剤を少しずつかけて、弱らせていくときの快感に似ている。


 目の前の強く美しい少年が、いったいどんな顔をして死んでくれるのか。それを考えるだけで達しそうになるくらいだ。



「あっ、そうそう。お前に一つだけ言っておくことがある」


「なんでしょう?」



 その妄想に耽っていた瞬間、その声で我に返る。まだ毒は完全に効いていないようだ。それだけでも恐るべきことだが、この取っておきが効かないとは思えない。


 平静を装って、話に耳を傾ける。



 が、直後―――予想もしないことが起きる。



「お前のせいで妹が危険に晒された。罰を与える。もし生き残っていたらゴミクズのように使役してやるから感謝しろ」



 アンシュラオンの左手が―――取れた。


 まるで作り物の手のように、ずぽっと抜ける。



「へ? なっ…!? これは…!?」


「ずいぶんと目が悪いようだな。それとも興奮していて気づかなかったか? 今度からは肌の色もよく見ておくんだな。オレの肌がそんな汚い色をしていると思うか。馬鹿め」




 それは―――ヤキチの左手。




 アンシュラオンのものとは比べ物にならないほど薄汚く、普通に見ればおかしいと思えるような明らかな差異があるもの。


 さきほど切り落とした左手を、戦いの最中に命気で包んで回収していたのだ。


 差し出したものは自分のものではない。ハンベエは勝機と快楽への欲求に負けて騙されてしまったというわけだ。



「ど、どうして…わかったのです?」


「お前みたいな危ないやつに油断などするか。それよりも自分の心配をするんだな。ほら、その手をよく見てみろ」



 ハンベエは毒を注入することに気が向いていて気がつくのが遅れたが、その手は何かを握っていた。



 握っていた丸いカプセルのスイッチが解放され―――





 大納魔射津が―――爆発





 ボンッ



 戦気壁で覆っていたので外部にはまったく影響を与えず、内部でのみ爆発が起きた。


 逃げ場もなく、すべてのダメージが中にのみ集中したので、ハンベエにとっては最悪の状況だったことだろう。


 サリータに渡したものは前の残りであり、これは新しく補充していたものだ。常に準備は怠らない。それがアンシュラオンという男である。



 ブスブスブスッ



 白の中に黒が混じった煙が晴れると、ゆっくりと内部が見えてきた。



「…いたた。けっこう痛い…ですね」



 ハンベエは生きていた。



 ただし身を翻して防御したせいか、身体は焼け焦げ、背中と側頭部の一部が破損している。


 それでもこうして話せるのは、非力とはいえ彼が武人だからだろう。その生命力はたいしたものだ。



「生きているようだな。まあ、この程度で死ぬようなやつに興味はないがな。いいだろう。お前の毒は役立ちそうだ。約束通り、ゴミクズのように使役してやる。涙を流して感謝しろ」


「ふふふ、光栄です」



 仮に身を翻していなかったら半死だったのは間違いない。咄嗟の判断力によって生き残ることができた。


 しかし、そんなことよりも、こうしてやり返されても笑っていることのほうが異常。


 その笑みには怒りや憎しみといったものがまったくない。単純にすべてを享楽として楽しみ、受け入れている異常者の姿があった。


 そして、ハンベエもまたアンシュラオンに興味を抱く。



(くっくっく、毒を見抜いていたのか用心深いのか。それにしても他人の左手を使うとは、なんて残忍な。いえ、残忍という気持ちすらない。だって私たちは、彼にとってはゴミですからね。あの左手も使い捨ての道具でしかない。ああ、いいですね。この感じ。この人は何か面白いことをやりそうな気がします)



 当然、アンシュラオンはハンベエたちのことを対等になど思っていない。


 せいぜい100円ショップの使い捨て電池くらいの感覚だ。それがまた彼らにとっては快感である。





「さて、これで四人とも終わったわけだが…ほかにいるか?」



 その言葉に答える者はいなかった。誰もがアンシュラオンの強さと魅力に惹かれている。


 ここにいる人間は、ただで命を失おうとは思っていない。何かのために、誰かのために死のうと思っている連中だ。


 その相手が自分より強いのは当然。そして、アンシュラオンが放つ威圧的で傲慢な感じが―――刺激的。



 この世界で長く生きていればわかる。



 この男は他とは違う。普通の人間とは違うのだ。そんな畏怖すべき存在と人生の最後に出会えた幸運に、誰もが感謝していた。



「旦那、やったっすね!」



 モヒカンが呑気に駆け寄ってくる。アンシュラオンの強さを間近で見て、改めて忠誠を誓ったのだろう。


 しかし、これで終わりではない。



「安易に近寄るな。どうやらもう一人いるようだ」


「へ? ど、どこにっすか?」


「最初から最後まで出てこなかったが…そろそろ引きずり出すか」



 ドッスーーーンッ


 アンシュラオンが鉄床を踏みつける。



「どわわっ!」



 その振動にモヒカンが倒れるが、それが重要ではない。


 足には戦気をまとわせており、踏んだ瞬間に【地中】に放出。



 鉄を破壊し、床を破壊し、建物の基礎部分を破壊し、さらに地中に向かい―――命中。



 さらにアンシュラオンは水気を穴に注入し、その【虫】を引きずり出す。




 ズルズル ズルズルッ ズポンッ




「げぼっ…がぼっ……」



 そこには水気に捕縛された上半身裸の男、たぶん変態がいた。


 身体中が土塗れなので、今まで地中に潜んでいたことがうかがえる。



「気色悪い虫だな。なんだこいつは? オケラか?」



 男の顔は半分が擦り減っており、正直相当グロい顔をしている。ただし、これはアンシュラオンの攻撃でこうなったのではなく、最初からこういう顔なのだ。



「その男は知っています。ムジナシ…でしたか? 土の中から標的を引きずり込んで殺す暗殺者です」



 その問いにハンベエが答える。同業者同士、顔見知りらしい。



「こいつも裏スレイブか?」



 確認のため、モヒカンにも訊いてみる。



「そ、そうっす。リストにいるっす。たぶん『土潜りのムジナシ』っす!」


「オレが心配する義理はないが、簡単に逃げ出されているようだが大丈夫か?」


「申し訳ないっす…。同じスレイブ商として恥ずかしいっす。それより、いつから気づいていたっすか?」


「最初からだ。常時周囲は監視しているからな。誰だって地中に人間大の反応があれば、おかしいと思うだろうさ」


「さすが旦那っすね」




 これで全員が集まった。




 最初の十四人にオマケの一人を加えて【十五人】だ。これがアンシュラオンの新しい道具となる。


 当然、女の子のスレイブとはまったく扱いが違う。彼女たちは大切な所有物だが、男たちは使い捨ての駒でしかない。


 そして、それを何より嬉しがるような変態どもだ。遠慮なく、こき使ってやればいい。




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