170話 「戦罪者審査 『雷槍のマタゾー』」


「次は誰だ?」


「ぜひ拙僧とお手合わせ願いたい!!」



 槍を持っていた小柄な男が、ずいっと前に出る。


 ずっと気になっていたのだが、この男は虚無僧こむそうが使う、頭をすっぽりと覆った天蓋てんがいのようなものを被っていた。


 よく時代劇で、尺八を吹きながら歩く僧が被るアレだ。


 ただし、竹などで作られているわけではなく、金属製のような鈍い輝きがあるので防具なのかもしれないが。



「拙僧? 僧侶なのか?」


「人を殺めるために修練を重ねてきた卑しい僧でございます。欲が我慢できずに堕ちた次第。されどこの歳になっても武への意欲は衰えてござらぬ!!!」


「そ、そうなんだ。僧侶らしいといえば、らしいけどな…」



 アンシュラオンの中での僧侶といえば、女と肉食が大好きな腐った連中だ。自分も一度でいいから墓を盾にして金を徴収するという、あこぎな商売をやってみたいものである。



(この世界にも仏教があるのか? あるとしても、おそらく違う名前だろうが…僧という概念はあるようだな)



 これもおそらく地球からもたらされた文化だと思われる。


 転生者の霊性レベルもそれぞれ異なるうえ、霊界の上部に行かない限り、こうした地上的宗教の枠組みからは逃れられない。


 いわゆる成仏というのは、人間の霊が地上的束縛から解放される段階を意味する。その段階に至れば、もはや霊的な自然法則に名前は必要ない。


 今回の場合は、いまだ仏教的思想で留まっている下層階の人間が転生し、それを普及させたのだろう。古ぼけた思想を広められるのは迷惑な話であるが、この世界の根幹が女神なのでまだましだ。最後は人類の統括者たる彼女に行き着くのだから。


 それ以前に目の前の男は武人。


 その欲求は女や金ではなく、ただひたすらに血を求める衝動にあるのだろう。それもまた卑しい欲望であるので、この男はいわゆる破戒僧というやつだと思われる。



「それで、名前は?」


「マタゾーと申します」



(さっきから日本人っぽい名前のやつばかりだな。時代劇に紛れ込んだ気分だよ)



 どうやら人種が多様なように、日本人っぽい名前の輩も世界中のあちこちにいるようだ。そのあたりに頓着がないのは、なんとも奇妙な世界に感じられる。



「いいだろう。相手になってやる」


「かたじけない。では…遠慮なく!!」



 マタゾーが長い槍を軽く振り回して構える。背が低いので槍が大きく感じられるが、槍自体は二メートル強の一般的なサイズだ。


 槍の尖端は四角錐状の刃が一つ付いており、突き刺すことを念頭に置いた造りをしている。


 それと対照的に刃の反対側の石突きの部分には、打撃用だと思われるやや大きめの球体が付いていた。


 構える姿に隙がまったくない。手慣れた様子から嫌でも相手の高い力量が伝わってくる。



(この男、この中では一番の武闘者っぽいな)



 ヤキチもマサゴロウも強いのだろうが、目の前の男から感じる気質はゼブラエスや陽禅公に近い。


 ただ強くなるために修練を続けてきた武人だけが放つ気質。


 一般人から見れば何の意味もないような愚行の果てにしかない、狂気の力を追い求めた人間だけが放つオーラを感じる。


 それは単に人殺しが目的なのではなく、強さへの探求心が呼び起こすものである。その意味では、先の二人とはまるで別物だ。



 スルッ



 荒々しい掛け声も挙動もなく、男の手から槍が放たれた。


 シュッ


 音が遅れてやってくるほどに速く突かれた一撃が、何の躊躇いもなくアンシュラオンの頭部を襲う。


 されど、それは肉体に届く前に再び戦気によって防がれる。



 ガキィンッと硬いもの同士が当たる音が響き、槍が―――弾かれない。



「…いい腕だ」



 その一撃をアンシュラオンが褒める。


 槍の細い尖端が、一ミリの狂いもなく完璧に戦気と真正面から衝突し、全エネルギーを一点に集約させていた。だからぶつかっても弾かれないのだ。


 槍を完全に操っていなければできない芸当である。少しばかりアンシュラオンも驚いた表情を見せた。


 だが、それ以上の衝撃をマタゾーは受けていた。



「なんと…! これほどとは…なんと…美しい。武とは、これほどまでに輝くのか! この五十年間の修練さえも届かぬ領域が、目の前にあるというのか…」



 マタゾーの身体が震える。


 恐怖でも怯えでもなく、それは【歓喜】。


 自分より強い人間がいることは知っていたし、実際に見たこともある。だが、より修練すればどうにかなると思わせるものであった。


 五十年の間、物心がついた時から槍を振り続け、ようやくにして【一点】の力を手に入れた。武人として多少ながら成長したという実感もあった。


 この槍こそが自分の人生の集大成。ただそれだけに人生を費やしてきた。



 それが―――砕かれる。



 否、比べるのもおこがましい。天を見て掴めると思う傲慢さ、地を見て壊せると思う不遜さが恥ずかしい。


 目の前の存在は、矮小な人間が見る巨山のように雄大で、人が踏破を夢見ることすら許さない圧倒的な差を感じさせる。



 それでも、槍は捨てられない。



 自分は死ぬまで槍にしがみつくしかないのだ。



「これで終わりじゃないだろう? 五十年、がんばったんだ。受けてやるよ。全力でこい」



 その気概をアンシュラオンも汲み取る。火怨山での修練を思い出したからだ。この男もまた、血反吐を吐いて武を磨いてきた同類なのだから。



「…かたじけない!! わが人生をかけさせていただく!」



 ふぅう、と男が練気を開始するとピリピリとした戦気が放出される。


 それは若干雷の気質を帯びており、相手が雷属性を宿していることがうかがえた。


 バチンッ バチンッ


 マタゾーの周囲に静電気が弾けるような音が響き渡る。強い雷気が槍を覆っているのだ。


 それはリストに載っていた彼の異名を彷彿とさせる。



(なるほど、たしかに『雷槍のマタゾー』だ。こいつも変わった男のようだが、レベルは明らかに一個上だな。イタ嬢のスレイブくらいって言っただろうに。モヒカンのやつめ、マキさんやファテロナさん級のやつを連れてきてどうする)



 マタゾーの実力はファテロナに近いレベルにある。おそらくマキでも正面から戦えば苦戦するに違いない。


 つまり、この男も達人クラスだということだ。


 人生をかけて武だけを追い求めた男である。その努力が無駄で終わることはない。



(こうなると豚君を鍛えてやらないといけないかな。このままじゃ…あいつ、死ぬよな。死んでもいいけど、場合によっちゃ違うところで使えるかもしれないし…)



「ぬんっ!!」



 マタゾーは振り回した槍を、まったく無駄のない手首の動作で手に収めると、再び高速で打ち出す。


 尖端から迸った剣気が【雷矢】となって飛んできた。


 剣王技、矢槍雷しそうらい。雷気で直線状に敵を打ち貫く放出技である。


 貫通力が高い技なので、敵が複数いても簡単に貫くことができる。因子レベル2の技だが、槍限定の技なので希少かつ攻撃力が高い。



「やれやれ、問題が多いな。まあ、そのあたりは適当に調整しておくか」



 アンシュラオンが戦気を水気に変化させて雷矢を包み込み、鉄床に方向転換させる。雷矢は鉄床を破壊し、そのまま流れていった。


 ガンプドルフ戦でやったのと同じ防御方法である。


 そのままでも防御はまったく問題なかったが、背後にサナたちがいるので、過剰なまでに安全な方法を選択したにすぎない。



「ぬんっ!!」



 今度は打ち出した槍が三つに分かれ、同時に襲いかかってくる。


 剣王技の三蛇勢さんじゃせいという技で、自分の攻撃に合わせて戦硬気で生み出した擬似槍を生み出すことで、幻惑しながら三連攻撃する技である。


 ガッガッガッ ガッガッガッ

 ガッガッガッ ガッガッガッ


 高速で放たれた槍が、擬似槍を含めて何度も防御の戦気にぶつかるも、アンシュラオンは微動だにしない。


 そもそも攻撃が通らないのだから反応する必要がないのだ。ヤキチもマサゴロウも、まだ誰一人としてこの戦気膜を破壊できていない。



(硬い…! なんと強固な!)



 戦気のどの部分を狙おうが、まったく打ち砕ける気配がなかった。


 圧倒的に相手の素の防御力が上である。おそらく戦気なしの生身であっても、いったいどれだけ傷つけられるか疑問に思えるほどだ。



(これが天賦というものなのか? …違う。天賦だけで得られるものなど、わずかのはず。この気配、拙僧よりも濃密な戦いの時間を過ごしてきたのは間違いない! こんな少年が、わが五十年を簡単に超えるというのか!)



 アンシュラオンに天賦の才は間違いなくあるだろう。なにせ魔人であるパミエルキの弟なのだ。それは間違いない。


 ただし、それを支えているのが、あの苦難の日々である。ガンプドルフでさえ恐れおののいた濃密な気配は、彼が日常的に魔境と呼ばれる場所で戦っていたからこそ得られたもの。


 けっして才能にあぐらをかいていたわけではない。努力した天才だけが放つ圧倒的な気質が垣間見える。



(ならば全身全霊、この身のすべてをかけるまで!!)



 マタゾーが槍に戦気を集中させると、さらに強い雷気で輝いていく。


 それはもう光そのものに近くなり、触れただけで黒焦げになるほどのパワーを宿している。



 その光が徐々に集約を始め―――尖端に集まる。



 マサゴロウもやった戦気の一点集中である。さらに彼には『一点の極み』があるので、その効果は倍増するだろう。



「………」



 槍を、突き出す。


 無言で繰り出された一撃は今までで最速の輝きを生み出し、一直線にアンシュラオンに向かっていく。



 剣王技、雷槍人卦らいそうじんか



 因子レベル3で使える技で、全雷気を一点に集約して解き放つ強力な単体技である。【防御貫通】かつ【人間特効】を持つマタゾーが使える最強の技だ。


 彼が人生をかけて修練し、たどり着いた答えがこれ。ただ一つ、ただ一点にすべてをかけるという単純なもの。とてもシンプルな生き方。


 そんな人生しか生きられなかった男の執念が、この一撃に宿されていた。



 激しい光を帯びた槍の尖端が戦気に衝突し―――




 ズバンッ!!




 槍が―――戦気を抜けた。



 パミエルキなどの身内を除き、ガンプドルフ以外の誰にも抜けなかったアンシュラオンの戦気を貫いた。




(ああ、わが人生に…悔いなし)



 たったそれだけで至福。たった戦気を抜けただけ。ただそれだけが、あまりに愛おしい。


 されど、これほどの強敵相手に成しえたことならば、これはもう奇跡に近い。もし自分に家族や一族がいたならば、子々孫々まで語り継がれてしかるべき偉業である。



 槍は戦気を貫き、アンシュラオンの手に―――掴まれる。



 これは力比べではない。馬鹿のように突っ立っているわけがない。マタゾーの槍は戦気を貫いたが、ただそれだけだ。


 アンシュラオンは槍の軌道を完全に見切っており、上半身を軽く捻って造作もなく回避。そのまま目の前にきた槍の柄を掴んだのだ。



「不埒者め。相手に当たっていないのに満足するやつがあるか!!! それでも武闘者か!!」



 アンシュラオンの声には、多少ながら怒気が含まれていた。


 いったいどこに戦気だけを貫いて満足する武芸者がいるのだろう。相手を倒すために放ったのだから、当たらなければ意味がない。


 それは武への冒涜。相手を完全に滅することを信条とする「陽禅流」に対する軽薄な行動であった。怒られて当然だ。


 ぐいっ


 アンシュラオンが掴んだ槍を力任せに引っ張ると、それを持っていたマタゾーも持ち上がり―――そのまま床に叩きつける。



 ドッスーンッ!!



「がっ―――はっ!」



 マタゾーの視界が揺れ、意識が飛びそうになった。


 が、かろうじて頭を振って体勢を整えた瞬間には、すでに自分の槍は手元になかった。



「返してやろう」



 今度はアンシュラオンが槍を放つ。


 剣こそ多少使ったことはあれ、槍を使うなど初めてのこと。全部が見よう見真似。素人の真似事である。



 それなのに―――貫く。



 閃光が走り、世界が真っ白になると同時にマタゾーの身体に槍が突き刺さっていた。胸を貫通し、背中に尖端が突き出る。



「ごふっ…なんと……わが槍よりも…速し」


「お前は雷気で槍を加速させていたようだが、結局は腕力だからな。技量もクソもない。単純にオレのほうが力が強いだけだ」


「くふふ…道理。まさに道理!! これぞ力の理よ!!」



 初めて使った槍が、自分の五十年を上回る。ここまでくれば後悔などないし、畏敬の念しか湧かない。


 目の前の少年は、ものが違う。存在そのものが人間とは違うのだと悟る。



「ぐっ…うう……」



 傷口から血が溢れる。


 心臓の大動脈を破壊されているので、身体の中ではかなりの出血があるはずだ。



「後悔…なし。わが人生……凡夫ぼんぷにして…ひと撫でであれ巨山に届ければ…」


「おい、勝手に満足するな。心臓が傷ついたくらいで死ぬようなヤワなやつでもないだろうに。いいか、お前の人生はオレのためだけにあればいい。槍じゃない。オレだけに捧げろ。男で、しかもお前みたいな腐れ坊主に捧げられても気色悪いが、致し方なく特別に許してやる。次こそオレのためだけに死ね。わかったな」


「…ああ、これぞ…拙僧が求めていた……もの。理不尽なまでの合理なり…」



 ポイッ ドタンッ



 アンシュラオンが槍を投げ捨てると、マタゾーも一緒に倒れた。


 がくっと倒れたが、まだ死んではいないだろう。それくらいで死んでいたら武人など務まらないのだから。



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