169話 「戦罪者審査 『身体割りのマサゴロウ』」


「さて、次はどいつだ? それともやめておくか? 勝ち目などないからな」



 アンシュラオンが周囲を見つめると、さすがの戦罪者たちも動けない。


 あまりにレベルが違う。


 あのヤキチでさえ子供相手、いや、まるで虫けら扱いだ。いくら狂人とはいえ、そこまでレベルが違うと挑もうとする気概すらなくしてしまうものだ。


 しかし、ここには超が付くほどの馬鹿どもが集まっている。



「次は…おれだ」



 ドスドスと巨体を揺らしながら、一人の大男が前に出た。



「この結果を見てもまだやりたいとは、さすがだな。それとも馬鹿か? まあいい。虫であっても調教は必要だ。誰が飼い主か教えてやらないとな。それにしても…でかいな」



 アンシュラオンが完全に見上げる形になる。


 ビッグも大きかったが目の前の男はさらに巨大だった。やはり三メートルはありそうだ。


 しかもただ身長が高いだけでなく、この太い身体全部が筋肉で包まれているので、その圧迫感は相当なものだ。


 この部屋の天井は七メートルはあると思われるが、この男がいるだけで距離感が狂いそうになるほどだ。



「お前、名前は?」


「マサゴロウ」


「案外、素直だな。たしかリストでは…死刑囚だったか? 何人殺した?」


「覚えてはいない」


「はは、それもそうだな。殺した相手のことなんて覚えていないよな。オレも何匹殺したか覚えてなんていないし」



 異名は『身体割りのマサゴロウ』。


 小さな頃から暴れん坊として有名だったが、マフィアに入ってからさらに名を上げた男である。


 この男も捕らえられて死刑囚になったあと、何かしらの事情で逃げ出すことに成功し、東大陸に渡ってきた凶悪犯である。



(こんなに簡単に東側に移動できるとなると闇ブローカーがいるのは間違いないな。って、こいつらがそうだった)



 冷静に考えれば、裏スレイブ商自体が闇ブローカーである。おそらく西側とのパイプもあり、こうした危ない連中を逃がす手助けをしているのだろう。


 西側にとっては犯罪者を処分できるし、法や人権がほぼ無い東側にとっては貴重な戦力になる。このあたりで利害が一致しているのだろう。


 そして、最後に行き着く場所がグラス・ギース。


 法の手が届かず、倫理や道徳など何の価値もない混沌の場所に流れ着く。完全なる終焉の世界である。


 だが、アンシュラオンにとっては便利な場所だ。ここが最果ての地であってくれて助かった。



「いつでもこい。お前も身の程を教えてやろう」


「いくぞ…」



 マサゴロウが拳を大きく振りかぶる。


 その拳は、ただでさえ大きな身体の中でもさらに大きいもので、明らかに常人と比べて肥大化していた。


 人間の身体はある程度バランスが決まっているものだが、それを完全に無視するように通常の二倍以上はある。


 それを力いっぱい殴りつける。



 ドッゴーーンッ



 一瞬、部屋が揺れる。


 この鉄で覆われた部屋が、直接当たってもいないのに衝撃で揺れるほどの威力が放たれたのだ。



 拳はアンシュラオンに衝突。



 体格差もあるので俯角ふかくに放たれたものであったが、見事命中している。


 が、アンシュラオンは平然としていた。



「どうした? そのでかい身体はハリボテか? まさか中身は美少女とかいうオチじゃないだろうな?」



 エロゲーではよくあるネタなので、美少女ゲームをやるとついつい疑ってしまう要素の一つだ。


 それは冗談にしても、アンシュラオンは戦気でガードしているため、当然ながら無傷である。


 ただし、この戦気に触れても男の拳は傷ついていないので、彼自身も戦気を放出している証だ。


 見ると、非常に粗野で荒々しいが、その分だけ力強い戦気が拳を覆っていた。


 さきほどのヤキチとは違い真っ黒ではないが、煤けた赤といった色合いだ。これも人殺しによく見られる色である。



「不思議だ…。どうして、そんなに白い?」



 マサゴロウが、ぼそっと呟く。


 おそらくそれはアンシュラオンの戦気を見ての感想だろう。



「ん? 色なんて自分で選べないだろう? 生まれ持ったものだよ」


「殺せば…黒くなる」


「オレは他人のことにあまり興味がないからな。比べる必要はないし、何色だろうとかまわん。使えればいい」



 アンシュラオンも平然と人を殺すが、その赤白い戦気は純粋なままの色合いである。


 単純に「ゴミなんてどうなってもいい」と思っているだけかもしれないし、自分と自分の所有物以外に興味がないので、そこに罪悪感をあまり抱かないせいかもしれない。


 あるいは「自分の利益=正義」という価値観に基づいて動き、それ以外を悪と断罪しているせいかもしれない。


 だが、いくらそうであっても戦気はおのずと変色していくものである。それが白いままというのは戦罪者たちにとっては、ある種のカルチャーショックだったようだ。



「ううう…オォオォオオオ!!」



 マサゴロウが大きく戦気を放出。煤けた赤色の力がさらに湧き上がってくる。



「次は…殴る!!」


「今殴っただろう?」


「全力で…だ!!」



 拳にすべての戦気が集まっていく。技を仕掛ける気だろう。


 戦気は慣れると各部位に集中させることができるようになる。攻撃力を高めたい場合、攻撃する部位に集めればそれだけ強力になる。


 しかし、当然ながら一箇所に集めれば他方が脆くなるので諸刃の剣となる。技を出すタイミングが難しいのは、こうして防御が疎かになるからだ。


 それでもマサゴロウは攻撃に集中する。


 この体格である。体力やHPも高いに違いない。となれば、相打ちでもいいから一発当てるというのが、この男の戦闘スタイルであろうか。



(隙だらけだが…この展開で先に殴ったらブーイングだよな。受けてやるか)



 ものすごい隙のあるモーションなので殴り放題である。が、周囲には観客もいるのでやめておいた。


 ここが戦場ならばいざ知らず、自己の力を示す場である以上、相手の力を出させたうえで叩き潰すのが効果的だろう。



「ぉおおおおおおおおお!!」



 マサゴロウが、腰の入った強烈な一撃を繰り出す。


 覇王技、虎破こは


 言ってしまえば正拳突きであるが、正しいフォームで繰り出された時の威力は全技中最大ともいわれている。


 戦士がもっとも得意とする攻撃の一つであり、基礎中の基礎ゆえにアンシュラオンもまっさきに習った技であった。


 しかもこの技には『シールド破壊』効果があるので、迂闊に受けると盾が破壊される可能性がある。サリータには厄介な相手だろう。



(虎破か。そういえば久しく使っていなかったな。姉ちゃんやゼブ兄に虎破を当てる余裕なんてないしな)



 相手も妨害してくるので、モーション値最大の虎破を当てるのは難しいものだ。よって、おのずと虎破は各自の我流の形へと進化していく。


 たとえばアンシュラオンの虎破は、速度と命中率重視の「マッハ突き」のように進化しており、最速で打ち出すことを優先している代わりに攻撃補正値が下がってしまっている。


 そうなると姉やゼブラエスには通じないので、結局あまり使う機会がなくなってしまったというわけだ。



 一方のマサゴロウのものは身体を思いきり捻って長く溜めているので、攻撃補正値を重要視したもののようだ。


 当たればかなりのダメージを与えられるだろうが、その分だけ隙が生まれるため、相手が動かない相手ならばともかく動き回る相手に当てるのは難しいだろう。


 しかし、地面や建造物を破壊して瓦礫で攻撃するという手もあるので、一つの持ち技としては悪くはない。



「ぬおおおおおお!!!」



 技が完成し、虎破が―――激突!!



 ドッゴーーーーーーンッ!!! グラグラグラッ!



 さきほどの揺れの二倍以上はありそうな衝撃、震度7に近い縦揺れが発生。モヒカンなど、思わず倒れそうになるくらいの強さだ。


 この力で鉄壁を殴れば、厚さが数メートルあっても破壊は十分可能だろう。


 それだけの威力が衝突したということだ。もしそこに人がいれば、跡形もなく粉々になっているに違いない。



 だがしかし、アンシュラオンはまたもや平然と立っていた。



「やれやれ。わざわざ当たってやったのに…こんなものか」



 マサゴロウの拳は赤白い戦気に阻まれ、さきほどとまったく同じ位置で止まっていた。


 虎破は防御無視の技ではないので、単純にアンシュラオンの防御力のほうが上だったにすぎない。この威力でも戦気の防御膜を打ち破れなかったのだ。


 それも仕方がない。マサゴロウが悪いのではない。


 アンシュラオンの防御はSS。1500以上は軽くある。仮に虎破の攻撃補正が二倍だったとしても、攻撃A以下ではダメージを与えられるか怪しいところである。


 あの攻撃力がSの凶悪なデアンカ・ギースでも、軽く血を流させるくらいで精一杯だったのだ。マサゴロウの力では、いくら溜めてもあの魔獣には及ばない。



「ほら、一発で諦めるな。何発でも打ち込んでみろ」


「うう、ウオオオオオオオ!!」



 ドンドンドンッ ガンガンガンッ

 ドンドンドンッ ガンガンガンッ

 ドンドンドンッ ガンガンガンッ



 マサゴロウは拳を連打する。身体に似合わずラッシュは速い。


 が、結果は同じである。


 何度もやっても目の前の少年は潰れない。



 それにマサゴロウが―――笑う。



「フフフ、フハハハハ!! ツヨイ、ツヨイ、ツヨイ!!! ナラバ、ならば!!」



 突如殴るのをやめたマサゴロウが、今度は掴みにかかる。


 アンシュラオンはよけない。


 マサゴロウは両手で戦気を掴み―――引っ張る。



「ニギル、ニギル!!! オオオオオオオオ!」



 グイグイグイッ!!


 どうやら両手に戦気を集中させて、引き裂こうとしているようだ。


 最初、アンシュラオンは何をしているのかわからなかったが、その行動によってマサゴロウのデータを思い出した。



(そういえば、こいつは『身体割りのマサゴロウ』だったな。なるほど。なかなか奇抜な発想だが、たしかにこの握力で引っ張られれば人体くらいは簡単に裂けるかもな。普通の人間ならな)



 マサゴロウは両手を強化しているので、鎧ごと相手を引きちぎることができるのだろう。


 しかし、相手がアンシュラオンである。戦気に触れるのが精一杯で引き裂くことはできないようだ。



「せっかくだ。握力勝負をしようぜ。お前とオレ、どっちが強いかな?」



 アンシュラオンが戦気を操り、マサゴロウと同じサイズの手を生み出す。それを戦硬気で固めれば、擬似ハンドの出来上がりである。



 それで―――【力比べ】をする。



 体格では遥かに小さいが、こうして戦気を操れば大きさに違いはない。



 押し合いが開始。



 ぐいぐいと両者が力比べをしていく。



「どうした、ほらがんばれ。全然力が入っていないぞ。まさかこのオレに手加減をしているのか?」


「うう…ウウウウウ!!」


「おいおい! それじゃまるで赤ん坊だぞ! まだママ恋しいのか? さっさと全力で握れ」


「っ!!! ウウウウッ、おれはぁ…おれはぁあああ!!」



 その挑発に、急にマサゴロウの握力が強くなった。



(おっ、なんだこいつ? 急にやる気になったのか? まあ、それで何かが変わるわけでもないがな)



 グウウウウウッ バギャッ!



 アンシュラオンの戦気が―――マサゴロウの左手を砕く。



 手の平を返すなどの小細工はしない。単純に力で、上から覆い被さるように握り潰したのだ。



「グオオッ! 手がぁああ! おれの…手が!!」


「だから全力で握れと言っただろう。ほら、もう一個あるだろう。そっちは全力で握れよ」


「ふーー、ふーーーー!!」



 マサゴロウは歯を食いしばって、全身を震わせながら残った右手にすべての力をかける。


 ギリギリッ ギリギリッ


 身体の奥底から絞り出すように、握力計を握り締めた時のように一点に力を込める。


 爆発するかのような輝きとともに戦気が集約。相手を殺すために全身全霊の力を出す。


 指の感覚がなくなっていく。握っているかどうかすらもわからなくなる。噛み締めた歯が欠けるほどに、全身から力を振り絞る。



 これは―――初めての経験。



(ああ…これ……母ちゃん……)



 マサゴロウの脳裏に、ふと母親の顔が浮かぶ。


 赤子の頃から武人の血が覚醒していた彼は、知らずのうちに母親の手を握り潰してしまったことがある。加減ができないゆえの悲劇だ。


 それでも母親は彼を愛し、世話を続けた。恐れをなした夫が逃げ出しても続けた。



 だからいつしか―――本気で握れなくなっていた。



 荒くれ者として一般人を殺した時も、マフィアに入って敵の身体を割った際も、全力など出したことはなかった。


 出さずとも倒せていた。


 だが今、生まれて初めて全力を出している。全力を出していながら、まったくもって何の変化もない。


 目の前の小さな生き物は、何の興味もなさげに自分を見つめていた。つまらないものを見るような目。虫けらを見る目である。



(これは…壊れない)



 自分が本気で握ったところで「なんだそれは?」という程度の顔しかしない。根本が違う。存在が違う。


 だから壊れない。だから壊れない。だから壊れない。



「コワレナイィイイイイイイイ!!!」



 グチャッ!!


 全力で握った結果なのか、マサゴロウの右手が【自壊】した。


 あまりの威力に身体のほうが耐え切れなかったのだ。それを前提にして訓練していなかったからだ。



「つまらん。お前も弱い」



 アンシュラオンが無造作に繰り出した拳が、マサゴロウの腹にヒット。



「―――っ!?!」



 凄まじい衝撃とともに吹っ飛ばされ、ヤキチの隣の壁に激突。鉄壁がひしゃげ、身体の半分が埋まる。



「がっ…ふっ………」



 マサゴロウは動けない。両手が潰れたうえに戦艦の砲撃のような一撃を受ければ当然である。


 されど、まだ意識はあるようだ。それにアンシュラオンが驚く。



「ほぉ、今のはけっこう本気で殴ったんだが…一発で死なないところを見ると耐久力だけはあるようだな。その身体に免じて、一応合格にしておいてやろう。終わるまで生きていたら、あとで治療してやる」



 技を使わない通常攻撃であるが、かなり本気で殴ったのは事実である。それでも死なないのは、見た目通りに彼の耐久力とHPが高い証拠だろう。



「…負けた…ああ、コレガ…負けか」



 マサゴロウは、自身の潰れた両手を見て―――笑った。



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