168話 「戦罪者審査 『ポン刀のヤキチ』」


「どうする? 全員同時でもかまわないぞ?」


「誰にも渡さねぇえ!! おらぁがもらうぜ!!」



 角刈りの男が、一度刀を振り払って仕切り直す瞬間―――



 シュンッ



「っ!!」



 突如自分の顔に飛んできた何かを、角刈りの男がバチンッと片手で払い落とす。



「なんだぁ? 矢?」



 それは―――矢。



 アンシュラオンと角刈りの男、両者が止まっている一瞬の隙に矢が放たれていた。


 木製の矢だったので簡単に叩き落とせたし、仮に当たったとしても武人である男ならば致命傷にはならなかっただろう。


 だが、それを放った人物が問題。


 そこにはクロスボウを構えたサナがいた。



「…じー」



 彼女は静かに角刈りの男の様子を見つめている。



(なんだ、このガキの目は…?)



 戦罪者である男にも、その視線は奇妙なものに映った。


 戦ってきた者の中には無感情や無機質な連中もいたが、ここまで「殺意がない」ものも珍しい。サナは殺すために攻撃するが、そこに殺気がないのだ。


 それに気がついた瞬間、角刈りの男に汗が滲む。



(殺気のない攻撃だと? そんなもん、伝説でしか聞いたことねぇぞ? だが、このガキがそんなレベルとは思えな―――)



 次の瞬間、腹に強い衝撃が走った。


 凄まじい勢いで押され―――吹っ飛ぶ。



「ぐっ!!」



 ビジュウウウッ


 鉄床で踏ん張ったせいで足裏から奇妙な音を出しながら、七メートルほど後退してようやく止まる。


 前方を見ると、足を上げているアンシュラオンがいた。


 腹には鈍い痛み。余所見をしている間に前蹴りで吹き飛ばされたのだ。



「勝手に妹を見るなと言っただろう。本当ならば殺すところだが、一回だけ見逃してやる」


「手加減してくれたのかぁ! お優しいなぁ!!」


「当然だ。不意打ちで死なれてもつまらないしな。サナ、今のタイミングは悪くなかったが相手が悪い。下がっていなさい」


「…こくり」



 サナが何事もなかったかのようにトコトコ戻っていく。


 ポイッ ゴンッ



「いたっ!!」



 が、放り投げたクロスボウがモヒカンに当たる。


 どうやら矢が当たらなかったことが不満のようで、投げ捨て方もかなり乱雑だ。とばっちりを受けたモヒカンは運が悪い。



(ふっ、サナのやつ、いい感じに学んできているな。そうだぞ。いつだっていいんだ。いつでも殺せるチャンスがあれば攻撃していいんだ。うう、サナが育っていく。感動だなぁ)



 不意をついたサナに感動を覚える。やはり凄まじい速度で成長しているようだ。


 本当は当たれば一番良かったが、そこまで甘い相手ではない。目の前の男はサリータのような素人ではないのだ。




「おらぁあああ!!」



 アンシュラオンがそんなことを考えている間に男は体勢を立て直し、一気に間合いを詰めて剣撃のラッシュを見舞ってきた。



 ブンブンブンッ


 斬る、斬る、斬る。



 防御などまったく考えていない様子で、ただひたすらに攻撃を繰り返す。


 それをアンシュラオンは、剣気を放出して同じ長さにした包丁で捌いていく。



(ひたすら攻撃…剣士のおっさんと同じく攻撃型か。とはいえ練度はまったく違うがな)



 我流かつ大振りの一撃もあるので、いなしていくのは難しくはない。同じ攻撃型であってもガンプドルフとはレベルが違いすぎる。


 だが、噂に名高い戦術級魔剣士と一介の戦罪者を比べることのほうが間違っている。そうした事実を差し引けば、攻撃の迫力はなかなかのものだ。


 そして、特筆すべきは戦気の質である。


 お互いに剣気を発しているが、赤白い自分のものと違い、相手の刀にはドス黒い剣気が放出されていた。



(戦気や剣気はその人間を写す鏡、か。師匠がよく言っていたものだ。こいつのは真っ黒で血に塗れた色だ。さすが裏スレイブだな)



 その刀はすでに多くの血を吸っているのか、刀身がやたら赤黒い。拭いても拭いても赤い色が消えないのだ。まるで怨念のように。


 放出される剣気も、それに呼応したように真っ黒。清々しいまでにドス黒い。


 今まで見てきたものとはまったく違う。ラブヘイアやソイドビッグ、かなり殺してきたであろう暗殺者のファテロナとも似ていない。


 ひどくいびつで歪んでいて、悦びと享楽のみで人を殺してきた者たちだけが放つ独特の気質である。



 男の剣は―――【殺人剣】。



 文字通り、人を殺すためだけに剣技を磨いてきた者たちなのだ。



(こいつはポン刀を持っているから、リストにあったヤキチという男だろう。殺した数は百人以上だったか? 雑魚ばかり殺してきたのかと思っていたが、この感じだと強いやつを狙って殺しているな)



 この男のことはリストで見た。



 『ポン刀のヤキチ』、それが彼の異名である。



 かつては傭兵をやっていたが、依頼されるものは騎士団への襲撃やら敵対組織の壊滅など、裏の仕事ばかりをこなしてきた。


 そしてついに反政府組織の依頼で、紛争地域に駐屯している他国軍を襲い、騎士を次々と殺す事件を起こした。その中には名有りの武人もいたようで、その相手を殺したことで有名になったようだ。


 当然、皆殺しである。たった一人で一つの部隊を倒したのだから、その技量は相当なものだろう。


 ただし、その時のダメージが原因で追撃部隊によって捕縛され、死刑判決を受けるも裏取引で生き延びる。


 その後の消息は不明。なぜ東大陸に来たのかも不明。誰の手にも負えない狂犬。それがポン刀のヤキチである。



(素性はどうでもいい。こいつが使えるか使えないか、それだけが重要だ)



 アンシュラオンにとっては、この地域以外の状況をまったく知らないので、そんな情報はあまり意味がない。


 大切なことはヤキチが使えるかどうか。裏スレイブとして役立つかどうかだけだ。



「おおおおお!!」



 ガキンッ ガキンッ


 こうして端から聴いていれば、剣と剣がぶつかる音など陳腐なものである。たいした音ではない。


 そんなことに命をかけるなど、ただの馬鹿者にしか思えないだろう。


 それでも、そのことだけに命をかけてきた男である。殺すことだけに特化した存在である。



 それが―――何もできない。



 どんなに強い一撃も、アンシュラオンの包丁がすべてを止めているのだ。



「ちぃっ!! 削れもしねぇのか!!」


「どうした? そんなものか? お前の力をもっと見せろ」



 目の前の少年が、自分を静かに見ている。


 その目は人間を見つめるものではない。まるで小動物を観察するようなもので、まるで温かみがないものだ。


 冷たく、暗く、自分が振るっている剣気よりも真っ黒なものだ。



「なら、全力で叩き斬るだけだぁああ!! おおおおおお!!」



 ヤキチが全力の戦気を放出。その戦気も赤黒く、剣気がさらに膨れ上がっていく。



 斬る、斬る、斬る。

 斬る、斬る、斬る。

 斬る、斬る、斬る。


 ガキンッ ガキンッ ガキンッ



 あらゆる角度から打ち込む。足を狙ったり、手を狙ったり、おおよそ剣を持つ相手が嫌がりそうなところに攻撃するが、そのすべてが受け止められる。


 少年は一歩も動いていない。


 ただ軽く包丁を動かすだけで、ヤキチの刀を簡単に弾いていく。赤黒い剣気など何の意味もない。



 逆にその黒さは―――子供騙し。



 金メッキで弱さを覆い隠すように、普通の色を塗っても出来が悪いからあえて黒で塗り潰したような、そんな醜さが表面化していくようだ。晒されていくようだ。


 それは比べるものが美しすぎるから。


 黒い剣気と衝突している赤白い戦気が、より純粋なる力そのものであるからだ。



「最初の威勢はどこにいった? せめてオレを一歩でも動かしてみせろよ」


「はぁはぁ…! す、すげぇ、すげぇえええ! こんなの初めてだぁってのぉおよ!」



 ただ刀を振るっていても勝ち目がないと判断したヤキチは、一度ジャンプして後方に着地。


 そこから刀を振ると、黒い漆黒の闇が放出された。


 剣王技、暗衝波あんしょうは。剣衝の闇属性版であるが、ただでさえ少ない闇属性を持つ人間にしか使えないものなので、なかなかにレアな技である。


 アンシュラオンも見るのは初めてだが、あっさりと暗衝波を叩き斬る。


 ズバッ ブワワッ


 斬られた暗衝波は消滅するが―――闇に包まれた。


 闇は夜よりも暗く、タコ墨のように視界を完全に埋め尽くして、周囲一帯が真っ暗に染まる。



(話には聞いていたが、これは面白い。たしかに視界はゼロだな)



 目の良いアンシュラオンでもまったく先が見えない完全なる闇であった。


 暗衝波の最大の特徴は、対象を【闇で包む】こと。


 攻撃力は通常の剣衝と同じだが、厄介なのはその追加効果だ。敵の視界を奪うことは、自身に大きなアドバンテージを与えてくれる。



(やっぱり防がれたか! だが、たとえ効かなくてもよぉ、太刀筋を隠すことができるのさぁ!!)



 ヤキチも最初から攻撃が効くとは思っていない。視界さえ奪えればいいのだ。


 暗闇の中を忍び足で移動し、アンシュラオンの死角に移動。


 それから通常ではありえないような刀の振り方で、床ごとアッパーカットで斬り上げるように身体を回転させる。


 殺人剣・卑転ひてん


 攻撃のリズムを一気に変えて不意をつく技で、多くの表の武芸者を屠ってきたことから殺人剣に分類されたものである。


 完全なる闇に加えて、通常ではありえない角度からの斬撃。この攻撃は簡単にはかわせない。


 それが普通の相手で、並の存在ならば。



 ガキィンンッ



 闇の中でもわかる。


 その音は、目の前の少年がいとも簡単に攻撃を防いだ音であるということが。


 アンシュラオンはヤキチの不意打ちにまったく動じることなく、軽々と刀を止めていた。



「なっ…!!」


「変則技か。発想はいいが、戦技結界術を使えるオレには通じないな」



 アンシュラオンの周囲には波動円と、その上位版である無限抱擁が展開されている。


 視界など利かなくても問題ない。いかなる攻撃も事前に把握することができるのだ。



「しかしまあ、ずいぶんと打ち終わりに問題がある技だな。そんな回避しづらい格好でいると危ないぞ。わざわざ敵の目の前で隙を晒すとどうなるか…身をもって教えてやろう」



 ポン刀をたやすく切り払って、間合いを作ると同時に包丁を振り上げる。



(やられる!!)



 殺気を感じたヤキチが咄嗟に防御の姿勢。


 だが、それを見たアンシュラオンが冷たく言い放つ。



「お前も所詮は動物だな。動物は予想しない咄嗟の瞬間にどうしても本能が出る。そうやって反射で受けようとしてしまうんだ」



 包丁が振り下ろされる。



 剣硬気によって剣気が伸び―――ヤキチを両断。



 防御した左手首を斬り飛ばし、そのまま左肩に入り、腹の途中までを切り裂く。



「がっ…ぐうっ!!!」



 戦気で防御しているのにまったく関係ない。攻撃のパワーが違いすぎるのだ。


 ブシャッーーー


 傷口から、かなりの量の血が噴き出る。



「お前の敗因は、攻撃特化のくせに受けに回ったことだ。最初から防御のことなんて考えていないんだろう? だったら腕を切られても腹を切られても攻撃にこい。それがお前の戦い方だろう。―――と、その前にもっと重要なことを教えてやろう」



 一度剣気を消してから包丁を投げつける。


 恐るべき腕力で投げつけられた刃は、ヤキチの右肩に突き刺さり、それでも勢いが収まらず彼の身体ごと後方に引っ張り―――


 ドゴンッ


 そのまま背後の鉄壁にまで吹っ飛ばして、ヤキチを壁に縫い付けた。包丁は柄の部分だけを残して、刃は鉄壁に完全に埋まっている。



「がはっ…! ぐううっ!! くそっ!!」



 大きな裂傷と左手の切断、それに加えて右肩まで負傷したヤキチは、どんなにがんばっても動くことはできなかった。


 彼が勝てない理由は、とてもシンプルだ。



「お前、弱いな」


「っ!!」


「どれだけ人を斬ってきたかは知らんが、その程度の腕前でオレに挑むとはな。ははは、笑わせるぜ。お前のオママゴトに付き合っている暇はないんだよ」



 裏の道に入り、多くの武人を殺めた人間に対して【事実】を伝える。


 この結果が訪れたのは、単に弱いからだ。ヤキチが弱いからにほかならない。



 そして、ヤキチは悟る。



「へへ…へっ。ああぁあああああああああああ!! ま、負けたのかぁ!? おらぁがぁああああ!!! はは、ははははっはははあぁあっぁぁあ!! まるで…ゴミみてぇによぉぉお!」


「うるさい。少し黙っていろ」


「ごぼっっ!?」



 うるさいので、水気を飛ばして口を塞いでやった。



「あとで治療してやるが、それまでに死んだら知らんぞ。所詮そこまでの運だったということだ。お前は弱いし、代わりはいくらでもいるだろうしな」


「ごぼぼっ…ぼっ」


「『弱い犬ほどよく吠える』。お前に相応しい名言だ。よく覚えておけ」



 ヤキチは何かを言っているようだが、当然ながら何も聴こえない。


 しかし、その目は、その瞳は、目の前の少年を強く見ていた。


 敗北がこれほどの甘美であったことを知ったのだ。そう、彼はずっと待ち望んでいたのかもしれない。



 自分をゴミのように扱う強者を。



 そうでなければ裏スレイブになる必要はない。ただの殺人狂として生きて、そのまま死ねばいい。そうしなかったのは飼い主を欲していたからだ。



(なんて…目だ。ははは!! ゴミだ! おらぁのことなんて見ちゃいねぇぇ! ゴミを見る目だぁ!!! ありゃぁ、人間じゃねえぇよ!! はははははは、さいっこうだぁああああ!)



 すでに人間でなくなった自分を扱うには、これ以上相応しい存在はいないだろう。



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