167話 「集まった戦罪者たち 後編」


 アンシュラオンは一度、深呼吸する。



(いい空気だ。暴力の匂いがする。ここは素晴らしいな)



 火怨山の匂いに少し似ている。


 あの山では常時生存競争が行われ、繁殖と淘汰が繰り返されている。弱い者は死に、強い者だけが生き残る世界だ。


 それと比べればまだまだ知的な雰囲気がするだけ、この室内は【人間的】だといえるだろう。


 荒野の清々しい弱肉強食の世界とも少しばかり違う。生々しく、より残虐性が強まった世界だ。


 そこにはこの白い男がよく似合う。



 コツコツコツ



 アンシュラオンは悠然と前に出て、一堂を見回す。


 目に入ったどの男たちからも、死と破壊の臭いが漂ってくる。むせ返るほどに強く。


 それに満足し、話しかける。



「ごきげんよう。よく集まってくれたね。とても嬉しいよ。今日から君たちのボスになるアンシュラオンだ。巷ではホワイトと呼ばれているんだが、知っているかな?」


「………」



 それに言葉で答える者はいない。誰もが視線を向けているだけだ。


 だが、変化はある。


 さらに興味を深めた者、最初から無関心な者など、反応はそれぞれだ。


 興味を深めたのは、ホワイトの名を知っている者たちだろう。無関心な者は、そう装っている者と、本当にそうである者たちの二種類だ。



「ふむ、どれも悪くない面構えだ。いいだろう。君たちを雇おう。そうそう、最初に言っておくが君たちには死んでもらうよ。それは聞いているかな? まあ、どうせ死ぬ命だ。聞いているかどうかもあまり関係ないんだけどね。奴隷のように働いてもらえればそれで十分だ」


「………」



 その言葉に対しても特に誰かが答えることはない。ただじっとアンシュラオンを見つめているだけだ。



 依然として彼らから放たれているのは―――殺気。



 部屋に入った時から、あるいは入る前から自分に対して強烈な殺意が向けられている。


 これがもし常人の神経だったならば、それだけで身震いするに違いない。後ろにいるモヒカンのように。


 だが、アンシュラオンにとっては爽快なシャワーに等しい。その一つ一つが彼を生き生きとさせる活力剤のようなものであった。


 それゆえに満面の笑顔で話を続ける。



「具体的にやってもらいたいことはあとでまた話すが…なに、簡単だ。オレの敵を暴力で排除してくれればいい。な? 実に簡単だろう? 君たちの得意分野だ。それと、言うまでもないがオレの命令には絶対服従だ。要するにオレの命令だけを聞いていればいいんだ。どうせ頭の悪い君たちに複雑なことなんてわかるわけがない。言うことを聞いて、暴れて、その結果として死んでくれればいい。うん、実にシンプルでいい」



 ここにいる連中に頭脳など求めていない。必要なのは暴力だけである。猟犬に教えるのは「指示をしたら敵に噛みつけ」だけで十分だ。



「では、一度並んでもらえるかな?」



 アンシュラオンがそう言うと、反応があったのは四人だけだった。



 ザッザッ ドスドス スルスル スタスタ



 四者四様の歩き方で、四人がアンシュラオンの前、およそ五メートルの位置に並ぶ。


 左から見て、腰に刀を下げた角刈りの男、身長が三メートルはありそうな大男、槍を持った天蓋を被った小柄な男、ニヤニヤ笑っている若い男の四人だ。


 大男に関しては、さきほど述べた拳が赤く染まっている男である。その図体から繰り出される拳の威力を確認するまでもない。倒れている男たちが、その末路だ。



 その四人は、アンシュラオンの前におとなしく並んだ。



 だが、それ以外の者たちは、やさぐれたヤンキーのように誰も反応しない。


 そもそも後者のほうが普通の反応なのであって、おとなしく従ったほうが珍しいのだ。



「もう一度言うぞ。並べ」



 再び声をかける。


 しかし、二度目の言葉にも他の者たちは反応しなかった。



「なるほど。やはり頭の悪い馬鹿どもには、もっとわかりやすいほうがいいか」



 アンシュラオンが掌を、十数メートル先の壁にもたれて座っていた男に向ける。


 その男はヤク中だったのかもしれない。何かを夢中で吸っていた。それ自体は問題ない。何をしようがまったくの自由だ。



 だが、命令に従わない犬は必要ない。




 ボシュッ




 男が―――消えた。




 まるで煙になったかのように一瞬で消えてしまった。


 しかし、男はそこにいたのだ。間違いなくいたのだ。



「え? え? どこに行ったっすか?」



 その現象に驚いたのは、後ろで見ていたモヒカンだ。


 突然人間が消えたのだから疑問を抱くのは当然だろう。それだけ見ていれば、まるで手品である。


 だが、きょろきょろと見回しても消えた男を発見できない。



「ど、どこに? 逃げる場所なんてないはずっす!?」



 若干パニックになりながら、さらに探すが見つからない。


 だが、ふと周囲を見回すと、多くの者たちの視線が一点に集中していることがわかった。


 それは、さきほどまで男がいた場所。消えた場所。



「何を見て―――っ!!」



 モヒカンがようやく【それ】に気がつく。




―――壁の染み。




 おそらく壁が黒かったので見えにくかったのだろう。だが、改めて見ると、そこには痕跡が残されていた。


 黒い鉄壁よりもさらに黒い染み。壁にくっきりと張り付いた人型の形をした染み。



 それはまるで「焼きごて」で押し付けたような【焦げ跡】に似ている。



 さきほどまでそこにいた男の形をかたどった、かつて生きていた証である。



「ひ、ひぃいいっ…」



 モヒカンも、それでようやく何が起こったのかわかっただろう。


 もし自分がそこにいたら、モヒカン型の焦げが生まれていたのだろうから。




「さて、もう一度だけ言おう。三秒以内に並べ」



 その言葉に、今度は全員が反応した。慌てて立ち上がって並ぼうとする。



 ただ、その中の一人が転んだ。



 あまりに慌てていたのだろう。その男は裸足だったので、鉄製の床は逆に摩擦がありすぎてつまずいてしまったのだ。



 ボシュッ




 急いで立ち上がろうとするが―――消失。




 さきほどの男のように、床に人型の焦げを残して消えてしまった。


 まるで何も残らない。残ったのは染みだけだ。



「転ぶような間抜けは必要ない」



 アンシュラオンがひどくつまらなそうに言い放つ。むしろ、今のうちに見つけておいてよかったという安堵感すら滲んでいる。


 不要なものを処分することは重要だ。使えないものがいると、それだけで全体が弱くなるからだ。


 植物を見ていればよくわかるはずだ。腐った枝葉を早々に切り落とさねば、恐るべき勢いで全体が駄目になっていくのだ。


 自然は素晴らしい教師である。自浄作用の大切さを教えてくれる。



「…素晴らしい」



 それを見て一言、最初に並んだ槍を持っていた小柄な男が呟いた。身体が震えているのは恐怖からではないだろう。


 他の三人もそれぞれ違う反応をしていたが、どれもさらに興味を深めた様子であった。


 そう、最初に並んだのはアンシュラオンに対して興味を抱いた者たちである。だから、彼らにしてみればさして不思議なことではないのだ。




 その後も、彼らが予想したように極めて当然の結果だけが訪れていく。




「愚図はいらん。お前も遅い」



 一瞬反応が遅れた、もう一人の男も消えた。


 アンシュラオンの戦気波動によって、あっさりとこの世から消えたのだ。エジルジャガーにやったように、あまりに強すぎる戦気の波動に触れただけで消失してしまった。


 逆にいえば、その男が弱かったのが悪い。


 この程度で死ぬほうが悪いのだ。それがわかっている者だけが生き残る。




 そして、全員が並ぶ。




 人数は十八人から三人が脱落し、十五人となっていた。


 が、直後にまた一人消える。



 ボシュッ



 いとも簡単に男が消えていく。


 これを見れば、水流波動がいかに手加減に適した技であったかがよくわかっただろう。攻撃的な戦気ならば誰もがこうなっていたのだ。


 女性や子供ならば手加減するが、こんな人間のクズどもに遠慮は不要だ。さっさと排除するに限る。



 そして、男が死んだ理由は次のもの。



「誰の許可があって妹を見た? 次に視線を向けたやつも即座に殺す。わかったな」



 勝手にサナを見た。


 それだけで殺すには十分だ。見た理由など、どうでもいい。


 こんなクズどもがサナの素顔を見るだけでも罪である。生かしてはおけない。



 これで戦罪者は、十四人となる。



 ようやく並んだメンバーを見て、頷く。



「あまり多くても邪魔だからな。これくらいでいいか。さて、聞く状態にはなったようだな。改めて言おう。今日からオレがボスだ。そうだな、マフィアらしく【オヤジ】とでも呼んでもらおうか」



 アンシュラオンがそう言っても誰も口を開かない。


 今までのことで怖気づいてしまったのだろうか?


 否、そんな軟弱な者はここにはいない。



 彼らは魅了されていたのだ―――アンシュラオンの強さに。



 だから、こうなる。



「へへへ、たまんねぇな。こんなすげぇやつは初めて見たぁ。いいぜ、おらぁよぉ、ここで死んだってなぁ!!」



 最初に並んで一番左にいた男、刀をぶら下げていた角刈りの男が前に出る。


 刀といっても普通のものではなく、いわゆる【ポン刀】と呼ばれるもので、しかも通常の日本刀とは違いドスのように鞘が木製になっている【白鞘】のものだ。


 角刈りと腹に巻いたサラシ、白鞘のポン刀。劇画に出てきてもおかしくない堀の深い顔。これでさらに刺青でもあったら完全に日本のステレオタイプのヤクザだ。



「そこの角刈り、列に戻れ」


「…へへ、嫌だね」


「ほぉ、死にたいのか?」


「そりゃ願ったり叶ったりだぜ!! いやぁ、すげぇよ、こりゃぁよぉ! こんな上玉やれるなんてよぉ! 最高じゃねぇかよぉお!!」



 角刈りの男が興奮しながら腰にあるポン刀を掴み、じりじりとアンシュラオンに迫り寄る。


 その目は明らかに血走っており、最高級ステーキを前にした遭難者のようである。飢えて飢えてしょうがない人間の前に、突如そんなものが出てきたらどうなるか。


 答えは実に明白であった。



「ちょ、ちょっと待つっす! ここはそういう場じゃないっす!」



 そこに何を思ったか、モヒカンが止めに入る。


 いつもは怯えるだけの男だが、事がスレイブの契約問題なので、ついつい出てきてしまったのだろう。



 だが、それは彼の油断。



 いつもの癖で、ここが【表】だと錯覚している人間が犯すミスである。




 ガギィイインッ




 金属と金属が衝突する音が響く。


 激しい火花が散り、一瞬だけ目の前が真っ白になった。



「は、はひ?」



 目の前にいたモヒカンでさえ何が起こったのかわからなかったようだ。あまりの速度に常人では理解不能な領域での出来事だったからだ。


 見ると、角刈りの男が一瞬で抜いたポン刀を、アンシュラオンの包丁が受け止めていた。



「へへ、へへへ…!! やっぱりすげぇえ!!」


「ふん、これだから犬ってのはな…。特に狂犬は頭が悪くて困る。モヒカンは下がっていろ。お前は十分仕事をしてくれた。契約の時にまた働いてくれればいい。あとは任せろ」


「…ぁあ……りょ、了解…っす」



 ようやく自分が斬られそうになったことがわかったのだろう。顔を真っ青にしながら、這いずるように逃げていく。



 アンシュラオンは、刀を受け止めたまま周囲を見回す。



「どうやら我慢できないやつらが他にもいるようだな。いいだろう。戦いたいやつら全員の相手をしてやる。ただし、オレが勝ったら言うことを聞いてもらう。…いや。言葉が正しくなかったな。オレが勝つことは決まっているが、その死にたがりは取っておけということだ。死ぬならオレのために死ね」



 ここにいる連中は普通ではない。誰もが自分の一瞬の享楽のためだけに生きている。


 それは、死ぬこと。全力を出して死ぬことを求めている。


 厄介な点は、アンシュラオンが強すぎたことだ。それが彼らの闘争本能を刺激してしまっている。



 こうなれば話は簡単である。




「叩きのめしてやろう。まさに死ぬ寸前までな」





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