166話 「集まった戦罪者たち 中編」


 馬車が下層部の裏道に入ると、城壁の影響のせいか一気に薄暗くなっていく。


 太陽が西に傾く頃になると、このあたりは昼間でも完全なる日陰の世界になるのだ。そうなると犯罪率も増加するので、とりわけ治安がよくないのは想像に難くない。


 ここに一般人はまず立ち入らないだろう。立ち入っても本能が危険を告げるので、よほどの馬鹿以外は帰るに違いない。


 アンシュラオンのような自ら危険を好む者以外は。



「お前から見て、どうだ? そいつらは?」



 アンシュラオンがモヒカンに裏スレイブの感想を聞く。


 実際に見たのは彼だけなので、その印象が聞きたかったのだ。



「…相当ヤバイっすね。自分で選んだっすが、それでもあまり近寄りたくないレベルっす」


「ほっほー、いいじゃないか。楽しみだな。何人集まった?」


「二十人は集まったっす。あとは旦那が見定めるだけっす」


「たしか裏スレイブ自身が主人を選ぶんだったな。くくく、面白い趣向だ。オレを見定めるか。はははは、いやぁ、楽しみだよ。クズがオレをなぁ…くくく」


「そ、その…お手柔らかにお願いするっす…」


「そいつらの態度次第だな。どうせ死んでもいいクズどもだ。遠慮なく扱わせてもらうさ。死んでも金で解決できるんだろう?」


「それは大丈夫っす。ただ、強い武人も集まっているっすから…」


「そうか、そうか。それは楽しみだ」



(なんでこんなに嬉しそうっすか。信じられないっす…)



 裏側の世界に触れる時、アンシュラオンはとても楽しそうな顔をする。


 それはまるで人間という名の仮面を外し、本性である獣の側面を出せる喜びとでも言おうか。非常に生き生きとするのだ。


 長年、闇側にいるモヒカンでさえ、ここまで楽しそうに裏の世界を満喫する人間を知らない。



「これが【戦罪者せんざいしゃ】のリストっす」


「戦罪者? 名前からすると戦争犯罪人か?」


「それに近いっすね。元騎士や元傭兵から出た犯罪者を指すっす」



 戦罪者とは、騎士団や傭兵団、あるいは何らかの武装組織の中から出た犯罪者のことで、主に任務中や作業中に非道な行いをした者が拘束され、囚人となった罪人たちだ。


 戦闘に関わる組織から出た罪人なので、その多くは武人であり、戦闘力は一般人を遥かに凌ぐ。まさに全員が武闘派中の武闘派というわけである。


 しかも、強くありながらも非道な行いを厭わない者たちだ。これほど危険な存在はいない。



「騎士団の大半は武人だと聞いたことがあるな。そこからつまはじきにされた者たちか」


「そうっす。普通のスレイブにならないのは血を好むからっす。護衛とかじゃ満足できずに、積極的に人を殺したいと思っているからっす」


「素晴らしいな。そういう人材こそ欲していたものだよ」



 彼らは一般人と一緒に生活などできない。一緒にいたら殺したくなるような殺人中毒の人間も多いからだ。


 そんな人間が歩む道は、たった一つ。抗争の道具である裏スレイブになるしかない。そんなクズたちこそ、アンシュラオンが欲していた者である。



 手渡されたリストをパラパラめくると、そんな危ない連中のデータが山ほど目に入ってきた。



「ふむ、大半が騎士団や傭兵団…それとマフィア出身者か。オレはもともと詳しくないから騎士団などの名前に覚えはないが、西側から来た連中も大勢いるようだな」


「そうっす。西側からはよく流れてくるっす。こっちに来れば昔の罪なんてどうでもいいっすからね。それに島流しにされてここに漂着するやつらもいるそうっす」


「まるで罪人のための大陸だな」


「西側の連中にしたらそんな認識っすよ。こっちに住んでいる人間にとっては大変っすけどね」


「それで儲けているやつの台詞じゃないな」


「自分だって違うところに住んでいたら、もっとましなことをしていたっす」


「ましな仕事とは何だ?」


「その…金貸しとか」


「あまり変わらないじゃないか」


「仕方ないっす。他に何も思い浮かばないっす」


「お前も救いがないな」



 モヒカンみたいな男は、どのみち闇に沈むしかない。その本質が闇だからだ。



(そういえば東側は犯罪者が逃げてくる場所だったな。ダビアのような政治犯ではなく、こちらは凶悪犯というわけか。東側が荒れるわけだ)



 この未開の地では、過去の犯罪歴などが問題になることは少ない。黙っていれば新しい人生が始められる自由の大地なのだ。


 ただ、こうした犯罪者がやってくれば治安が乱れるのは必至である。そのため東側に住む者たちの中で情報共有が行われるし、戦罪者に関しては密航を手助けしたブローカーから資料が渡されることも多い。


 経歴を黙っている者もいるが、裏スレイブとなった戦罪者は自らそれを申告する。


 理由は簡単。それが「アピールポイント」になるのだ。


 どこでどれだけ人を殺したか。どんなやつらを殺したか。表のスレイブと同じように、裏スレイブにとって犯罪歴こそがセールスポイントとなる。


 アンシュラオンが見ているリストにも、いろいろと物騒な経歴が載っていた。



(最低でも二十人以上は殺しているような連中ばかりだ。おっと、中には百人以上もいるじゃないか。これは楽しみだ)



「いい連中を集めたな。褒めてやるぞ、モヒカン」


「ど、どうもっす」






 裏通りを進み、一軒の廃屋のような場所に到着。


 周囲も廃屋が多いので目立たないが、ここが裏スレイブ商会「グラッパー」である。



「ここっす」


「サナ、着いたぞ」


「…こくり」



 サナはまだ賦気の影響が抜けていないので、少し気だるそうだ。


 これが最大のデメリットなのだが、修行の効果は少しずつ表れてくるだろう。



 アンシュラオンはサナと手をつなぎ、モヒカンの後に続く。



 廃屋の前には屈強な男が門番として立ち塞がっていたが、モヒカンを見ると黙って道を譲った。



 ギィイイイ



 門番の男が、やたら重そうな扉を開ける。


 それ自体がかなりの重量なので、門番が筋骨隆々なのは腕力も買われてのことかもしれない。




 中に入ると、意外と綺麗な空間が広がっていた。


 壁も外とは違う素材で、ハローワークのように石と木でがっしり補強されている。これならば地震が起こっても倒壊する危険性は少ないだろう。


 床には高そうな赤い絨毯が敷かれているので、中だけ見たらキブカ商会の館とあまり変わらないような高級感がある。



「ここから地下に行くっす」



 さらに通路を進み、もう一人の番人が守っていた部屋に入ると、そこには地下への入り口である階段があった。



(なるほど、地下か。ここならば簡単に見つからないだろうな。たしかに裏店は見つけにくい場所に作るものだが…よくできているものだ。それだけ危ないものを扱っている証拠でもあるけどな)



 アンシュラオンが外を探しても見つからないわけだ。外から見ているだけでは絶対にわからないだろう。


 門番もいるので普通の人間が紛れることもない。実に厳重である。



 トントントン



 三人は階段を降りていく。


 階段は長く続いており、所々で曲がったりしながら地下深くへと導かれる。


 壁にはジュエルの灯りも設置されているので真っ暗というわけでもないが、やはり光量は表の世界と比べても遥かに少なく、普通の感性をしていれば心細くなるに違いない。


 そんな中でも、サナは至って普通にアンシュラオンと一緒に降りていく。ふりふりと揺れる長い黒髪が闇に溶けそうで、さらにその美しさを際立たせるようだ。



「サナ、モヒカンは撃っちゃ駄目だぞ」


「…こくり」


「ひっ、何の話っすか!? いきなり後ろで怖いこと言わないでくださいっす!」


「ふふん、今ではサナも戦いを知っているんだぞ。だからお前を撃たないように教えておこうと思ってな」


「そういうことは最初に教えておいてくださいっす!! 怖すぎるっすよ!」



 サナはアンシュラオンの言いつけを常に守るので、こうしている間もポケット倉庫に意識を向けている。


 いざとなれば、そこからクロスボウを出して撃つことができるのだ。



(うんうん、ここは教育上もいい場所だな。緊張感があるし、間違って撃っても問題にならないからな)



 間違って撃たれるモヒカンは最悪である。




 そんなこったでしばらく降りていくと、ようやく大きな空間が広がった場所にたどり着いた。


 一見すれば、普通の店の中のようだ。スレイブ館の表の店に若干近い雰囲気があるくらいで、華美な装飾類もあまりない。


 上の入り口にあった高級絨毯に似合う室内を想像していたものだが、結局あれだけが特別だったようだ。



(こいつらは変に見栄を張りたがるな。雰囲気作りをするなら、もっとちゃんとやればいいのに)



 モヒカンもそうだが変なところで見栄を張る傾向にある。それがこのグラス・ギースの特徴なのか、果ては単純にスレイブ商に共通する感性なのかはわからない。


 ともかく、どうやらここがグラッパーの本館であるらしい。



「例のものを受け取りに来たっす」



 カウンターにいた男にモヒカンが話しかける。



「三号室に集めています。こちらが鍵です」



 ぼそぼそと愛想のない男がモヒカンに鍵を渡す。


 男は一瞬だけアンシュラオンにも視線を向けたが、すぐに戻した。男の額に今までなかった汗が滲む。


 その男にもわかったのだろう。スレイブ商人であるモヒカンより、その少年のほうが危ない、と。



 なぜならば、笑っていたから。



 アンシュラオンは、笑っていた。とても楽しそうに。心から。


 その理由は、べつに男を威圧するためでも驚かすためでもない。



 すでに【ソレ】が発せられていたから、である。




 空気が―――変わった。




 灼けつくようでヒリつくようで、チリチリとしながら冷たく、コンクリートや鉄に触れたような硬質的な感触が広がっていく。



 これこそ―――殺意。



 殺気と呼ばれるものである。



(いい波動を出すじゃないか。くくく、このオレに挑戦しているつもりか? ああ、気持ちいいなぁ。ここはすごく心が落ち着く。それにドキドキするよ)



 男が言った三号室の場所を確認するまでもない。そこから明らかに他者と違った波動を出す者たちがいる。


 その者たちは、ひどく威圧的で凶暴な気配を隠そうともしていない。


 誰もが「普通」という名のネジが外れてしまった狂人たちなのだ。その波動が、アンシュラオンを楽しませている。



「早く行こう。が、我慢できない」


「りょ、了解っす!」



 そのアンシュラオンの変化に気がついたモヒカンが、慌てて部屋に案内する。


 地下はかなり広いようで、三号室に到着するまでモヒカンの足で三分ほどもかかった。



 そして、目の前に黒い重厚な扉が姿を現す。




「あ、開けるっす」



 ガチャッ



 緊張した面持ちで、モヒカンが三号室の鍵を開ける。その手は汗まみれになっていた。


 ここにきて強い圧力を感じているようだ。彼も裏の住人。それくらいは感じることができるだろう。



 ギギギッ



 モヒカンが押すたびに、扉は軋んだ音を立てながら開いていく。


 半分くらい開かれた時、中の光景が視界に飛び込んできた。



 地上の家屋同様、やたら重い扉からも想像はついたが、その部屋は―――鉄で覆われていた。



 壁、天井、床のすべてが真っ黒な金属で覆われており、そこはもう【牢獄】とも呼べるような頑丈な造りになっていた。


 鉄鋼技術が完全でないこの都市において、ここまでの設備をそろえるのは簡単なことではないだろう。しかも、たかだか人間を閉じ込めるためだけの部屋に使うには大げさである。


 これほどの頑丈さならば、魔獣であっても閉じ込めることが可能だ。


 されど、そこまでしなければならない者たちなのだ。この中にいるのは、それだけ凶暴な存在であることを示している。



 部屋の大きさは、思った以上に広い。


 よく柔道の試合で、大きな会場で二試合同時に行われていることがあるが、あの広さくらいある。


 バスケットボールはもちろん、フットサルではない普通のサッカーもやろうと思えばできるかもしれない。


 ここは地下なので十分なスペースがあるのだろう。いくらでも使いたい放題である。



「では、行くか。先に入るから、お前は後ろからついてこい」


「は、はいっす」




 ツカツカ




―――ギロリ




 アンシュラオンとサナが入ると、一斉に無遠慮な視線が集まった。



 それからモヒカンが続くが、誰も彼などは見ない。最初からアンシュラオンに視線が集まっている。


 部屋には十八人の男たちが並んでいた。軍隊のように整列しているわけではなく、思い思いに座ったり壁に寄りかかったりしている。


 予定より数が少ないが、モヒカンが言っていたことは嘘ではない。


 数が合わないのは三名ばかりが床に倒れているからだ。血を出していたり泡を吹いていたりと症状はさまざまだが、すでに戦闘不能であることがわかる。



 どうやら内部で諍いがあったようで、一人の男の拳が赤く染まっていた。



 ただし、誰もそれを止めていないのだろう。誰もが無関心か嘲笑、その程度の反応で捨て置かれている。


 三人の中には完全に動かない人間もいるので死んでいるのかもしれない。それでも彼らの対応は変わらない。



 これが裏側の世界。



 裏スレイブたちの日常である。



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