165話 「集まった戦罪者たち 前編」


 夜が明け、日が昇る。



「名残惜しいが、そろそろ戻るとするか」



 荒野の清々しい朝日に後ろ髪を引かれるが、計画の都合もあるのでグラス・ギースに戻らねばならない。


 これから再び人間同士の醜い争いが始まる。それはもっともっと激しくなっていくだろう。


 その前にこうしてリフレッシュができたのは喜ばしいことである。





 サナはまだ疲労状態なのでアンシュラオンがおぶることにして、サリータのペースで走って戻る。


 これから仕事を任せるサリータが消耗しても問題なので、出会った魔獣はアンシュラオンが排除しながら、昼前には南門に到着することができた。



 そこから目立たないように馬車に乗り、東門に到着。



「マキさん、ただいま!!」


「あっ、アンシュラオン君! お帰りなさい!!」



 恒例のハグをして、マキさんの胸を堪能する。


 やはりマキの胸は逸品だ。申し訳ないがサリータでは勝ち目がない。彼女には彼女の良い面があるので、これも各人の個性と役割であるが。



「もっと一緒にいたいけど、いろいろとやることがあるから…またね」


「うん…またね。会いたくなったら呼んでね。いつでも行くからね」


「東門の警備はいいの?」


「大丈夫よ。あそこの連中に死んでも守らせるから」


「ひぃっ」



 その言葉に衛士たちが青くなる。


 彼らが弱いのかマキの能力が突出しているのかは謎だが、彼らだけでは東門を守るのは難しそうだ。


 実際に何かあれば、まさに身を挺して守るしかなくなるだろう。



(マキさんって案外、惚れると見境がなくなるタイプかもしれないな)



 アンシュラオンが選ぶお姉さんは処女限定なので、男性と付き合った経験がない女性ばかりである。


 そういった女性はやはりのめり込んでしまうのか、一度魅了されるともう他はどうでもよくなるらしい。


 三十路前の女性に対し、結婚という言葉の効果は実に絶大である。



「それじゃサリータさん、アンシュラオン君とサナちゃんをよろしくね」


「はい! マキ様!」


「ま、マキ様は…ちょっと恥ずかしいわね。でも、アンシュラオン君のおよ、お嫁さんになるんだから、それもしょうがないのかしら。ああ、私ってほんと幸せ者なのね! はぁはぁ、くねくね」



(サリータとマキさんは大丈夫そうだな。上下関係さえできればサリータは安定するしな)





 そして、東門を抜けて一般街に入る。


 東門では、マキの計らいでサリータも素通りである。リングを付けられることもなかった。



「そうそう、これを渡しておこう」



 サリータに白い「がま口財布」を渡す。ポケット倉庫である。


 すでに自分の私物は赤いポケット倉庫大に移したので、一つ余っていたものだ。こうして離れる以上、渡しておいたほうがいいだろう。



「これはたしか…師匠が使っていた…」


「ポケット倉庫だ。いろいろなものが入るようになっている。ハンマーやら斧やら、盾以外のかさばる武具はここに入れておけ。それとお前には余った術符と爆破カプセルを渡しておく。術符はいいが、カプセルは危ないからポケット倉庫に入れておけよ」


「爆破というと…昨日のですか!? じ、自分に使えるでしょうか?」



 サリータのHPでは、間違って自分のところで爆発したら瀕死あるいは死亡である。


 だが、逆に言えばそれだけ強力な武器ともいえる。



「弱いんだから、これくらい持っていないと心配になる。遠慮なく使え」


「は、はぁ…そうですね。弱いですしね…自分」


「もっと自信を持て。可愛いんだから」


「か、可愛い!? そ、それは強さとは関係ないのでは…?」


「オレのものなんだから、そこは重要な要素だ。と、それはいいとしても、常に堂々としていろ、ということだ。なめられたら終わりだぞ。そういう弱々しい気質は相手も見抜いて、いろいろと圧力をかけてくるからな。まずは悟られないように自身満々に振る舞うことを覚えろ」


「は、はい! 肝に銘じます!」



 びしっと背筋を伸ばして、ガチガチになりながら受け取る。


 ただ、もともと凛々しい顔立ちなので、黙っていればクールな印象を与えることができる。あとは自信が伴うかどうかだろう。



「では、指示を与える。お前はこれから上級街のホテルに向ってもらう。ホテル・グラスハイランドという高級ホテルで、ホロロというオレのメイドに会うんだ。南門で早馬で手紙を送ったから、話は通っているはずだ。あとはその人に任せればいい」


「はい。その方々をお守りすればよいのですね?」


「そうだ。はっきり言って三人は戦闘力がゼロだ。お前より遥かに弱い一般人だ。だから盾になって守るんだ。いいか、三人とも貴重な人材だ。万一の場合は自分を犠牲にしてでも守れ」


「わかりました! お任せください!」


「だが、何度も言うが進んで死ねという意味ではないぞ。自分のこともできる限り守るんだ。せっかく身内になったんだ。簡単に死なれると嫌だからな。お前が死ぬくらいならば他人を犠牲にして生き延びろ。他人はいくら犠牲にしてもいいから絶対に三人と自分自身を守れ。わかったな」


「はい! ありがとうございます!」


「西門の衛士には、この身分証を見せればいい。詳細はホロロさんに聞け。彼女の命令はオレの命令だと思えよ。では、行け」


「はっ!」



 意気揚々と行ってしまった。命令をよく聞く番犬を飼った気分だ。



(シャイナみたいな愛玩犬よりは使えるな。オレは小型犬より番犬として使える大型犬のほうが好きだしな。さて、オレはオレのほうの計画を進めるか)



 サリータはホロロに任せておけば問題ないだろう。ある程度しつけが済んでいるので、聡明な彼女ならば上手く使いこなせるはずだ。






 ガチャッ



「戻ったぞ」


「あっ、旦那! ちょうどよかったっす。裏スレイブがあらかた集まったっす」



 スレイブ館に戻るとモヒカンが出迎えた。どうやら裏スレイブが集まったようだ。


 そもそもこれが目的で戻ったので、すべては順調である。



「そうか。では、審査といくか。どこにいる?」


「物が物なんで違う場所にいるっす。案内するっす」



 ガラガラガラ



 モヒカンが裏から馬車を出してくる。


 これはビッグをホテルに運んだ際にも使ったスレイブ館専用の馬車で、館の傭兵が御者をやっているものだ。



(さて、ようやくか。多少時間はかかったが計画通りに進んでいるようだな。あとは裏スレイブの質だが…こればかりは会ってみないとわからないか)



「出せ」


「了解っす」



 アンシュラオンとサナ、モヒカンの三人が馬車に乗り込むと、ゆっくりと動き出した。




 ガタゴト ガタゴト




 馬車はスレイブ館がある表通りにある曲がり角に入り、南に向かう。



「どこに向かっている?」


「下級街の裏側っすね。そこに『裏スレイブ商会』があるっす」


「裏側…か。そういえば一度行ったことがあるな。…あまりいい思い出ではないが」



 初めて街に来た時、スレイブ館を探して下級街の裏道に入り込んだことがあるが、お姉さんたちに襲われて大変な目に遭った記憶がある。


 あれ以来、アンシュラオンは極力近寄らないようにしてきたので、そのあたりの地理は詳しくなかった。



 モヒカンの話では下級街は三階層に分かれており、各種店舗が集まっている上層部と、下級市民の住宅がある中層部、それから今向かっている【下層部】があるという。



 地図で見ると第二城壁に沿った側、色が濃くなっているエリアが下層部に該当する。明るい色の部分が中層部を含めた上層である。


 下級街は名前の通り下級市民たちが暮らす街を示すのだが、市民権を持っている段階で彼らはその中でも上位者となる。


 中層部以上に住んでいるのは、そうした市民権を持っている者たちである。



 では、下層部に住んでいるのは誰かといえば、【それ以外の者】たちだ。



 市民証を持っていないと商売を始めるのも難しく、物件を借りることも困難になる。信頼も得られない。


 となると、初めてこの都市に来た人間などは行き場がない。金がなければ市民証は買えないし、宿に泊まり続けることもできない。



 そうした人間が選ぶ道は、二つある。



 一つはスレイブになること。モヒカンのスレイブ館に登録される人間の大半が、こうした市民証の無い下層部の住人たちだ。


 スレイブになれば安全は確保されるので、セノアのように甘んじて受け入れる者は少なくない。彼女も「スレイブになれば衣食住には困らない。襲われることもない」という誘い文句で、仕方なくスレイブになったのだ。


 妹を探す前に自分が襲われては意味がない。市民証の有る無しにかかわらず、都市内部でも絶対に安全ではないのだ。



 もう一つは、多少危険ながらも隠れながら下層部に住むことだ。ここに勝手に住み着くという選択肢である。


 不法滞在ともいえるが、グラス・ギースでは細かい人口調査をしているわけではないので、犯罪行為に走らなければ追い出されることはない。


 こうなると人口過多になる可能性が考慮されるが、同じように出て行く者も多いので、総人口自体は大きく増えることはない。


 こちらはシャイナがそれに該当する。


 彼女はもともと下層部に住んでいた者であり、そうした人間が労働者として各商会の働き手になるわけだ。扱いとしては外国人労働者のようなものである。


 ニャンプルたちのような若い女性は、上手くやればそこそこ安定した生活を送れるものの、実際のところは苦しい生活を送っている者が大半である。


 男が働くとなれば誰もが嫌がる肉体労働ばかりだし、日当もあまり良くはない。


 となればスレイブになったほうが成功する確率は高い。サナやロゼ姉妹のように一発逆転玉の輿もありえるわけだ。



 領主が彼ら貧困者に対して特別な救済や援助をしないのは、それ自体が楽な商売だからだ。


 つまりは、住んでもいいけど勝手にしろ。悪事をしたら捕まえるか外に放り出すが、それ以外なら好きにしていい、というスタンスである。


 住める人間は住むし、駄目そうな人間は外に出て行く。生きている限りは消費を行わなければならず、何もしなくても経済は最低限回っていく。


 流入する側も、南のごたごたや魔獣被害などによって致し方なく流れてくる者も多いので、簡単には出て行けないという事情もある。


 領主としては何もしなくてもいいので、特段の元手はかからない。放っておくだけで勝手になんとかなるという、実にあこぎな商売を営んでいるわけである。


 言ってしまえば、それが不動産の強み。


 不動産を管理するディングラスは、土地貸しのように何もしなくても賃貸料が手に入る。いや、管理をしない分だけ、通常の管理人とは違ってさらに楽な商売でもあろうか。




 この下層部はそうした最下層の労働者階級の人間が多く暮らす場所である。


 ちゃんと働いている者はいいが、中には働けない弱者もおり、援助もないので、徐々に荒廃していくのは当然のことだろう。


 もちろん治安もよろしくなく、所々にはゴミも散乱していて衛生面も劣悪だ。要するに【スラム化】しているわけである。



(ソブカが領主を嫌っている理由がこれか。管理をしないんだから廃れるのは当たり前だな。そして、やつらは呑気に第一城壁内部で優雅な生活を満喫している。ふん、領主らしい腐った生き方だな)



 ソブカは領主に敵意を見せなかったが、それは隠していたにすぎないことだ。


 実際彼は「領主になりたいか?」という問いに対して、明確な拒否姿勢を見せなかった。


 そこには「自分ならばもっとましに管理できる」という意思が、わずかばかりでもあったはずである。


 彼が弱者救済などというご立派な信念を持っているかは定かではないが、自分より無能な人間が都市を好き勝手にしていることには不快感を覚えているだろうし、少なくとも大義名分として利用するつもりではいるだろう。



(結果的に都市機能が正されて生活が向上するのならば、ソブカは正義だということになる。都市の人間にとってみれば、そっちのほうがいいだろう。人間の善悪を決めるのは、最終的に【富】だからな)



 誰が自分に富を与えてくれるのか。守ってくれるのか。それが大半の住人の関心事であろう。


 どんなに理屈をこねようと、そこは絶対に変わらない事実なのだ。物と金を支配した人間が一番強い。それが暴力で手に入れたものでも、まったく問題はない。


 そして、もう一つの強力な要素である「人材」を手に入れたほうが勝つ。


 今から仕入れに行く「物」も、アンシュラオンにとっては実に有意義な道具となることだろう。



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