164話 「賦気の弱点と野宿」


 ドッゴーンッ



 ヤドイガニが、爆発とともにバラバラになる。


 セールスポイントの頑強な岩も完全に破壊されて無残な姿を晒していた。



「悪くない威力だな。大納魔射津は使えそうだ」



 再び出会ったので、今度は大納魔射津の実験を行ってみた。


 まずは、昨晩補充しておいた六つのジュエルを専用のカプセルに入れる。カプセルには上部にスイッチのようなものが付いており、押すことでジュエルを起動状態にする。


 起動させたら五秒後に爆発するため、それまでに投げるか設置すればいい。


 うっかりスイッチを押す可能性もあるが、それなりに強く押し込まねばならないし、危ないと思ったらカプセルからジュエルを出せばいい。


 カプセルが信管の役割を果たすから両者が重ならない限りは爆発しない。そこで安全性が確保されているわけだ。



 次に威力測定である。



 まず最初にヤドイガニの足元に投げてみたら、あれだけの重量が思いきり吹っ飛んで宙に浮いたので、なかなかの威力があると思われる。


 さらに次は本体の隙間から岩の中に投げ込んでやったら、今見た通りにバラバラになったというわけだ。


 この爆破も術式と同じなので防御無視であり、平均して200~300のダメージを与えるようだ。場所によっては、今見たように即死の可能性も出てくる。


 範囲もそこそこ広く、敵が密集しているところに投げれば非常に効果的な武器となるだろう。



「これで試したいことはだいたい終わったな。クロスボウと術符、大納魔射津を試して、賦気も…」


「…ふらふら…がくっ」



 と、アンシュラオンが確認していると、サナが急にぐらぐらして―――ぽとりと倒れた。



「おっと」



 予兆があったので楽々アンシュラオンが抱き止める。


 しかし、サナはぐったりとしていて動かない。



「さ、サナ様!! いったい何が!!!」



 それを見てサリータがパニックになる。自分が守るべき対象がいきなり倒れたのだから当然だろう。


 だが、意外にもアンシュラオンは動じていなかった。これが何か知っているからだ。



「うむ、こんなものか。案外長くもったほうかな」


「し、師匠、これは…? サナ様に何が起こったのですか!?」


「心配するな。これは賦気の後遺症だ。サナの身体に限界が来たんだろう」


「後遺症…? 何か悪いものが残ってしまうのですか?」


「言い方が悪かったな。オレとサナの気質は相性がいいから、悪い意味での後遺症はない。そうだな…【筋肉痛】みたいなものだ」



 賦気は他人の生体磁気を使ううえに、許容量をオーバーするドーピングである。


 普通の薬剤でもドーピングにはマイナス面が伴う以上、賦気にもマイナス要素があってしかるべきだろう。


 サナが驚異的な身体能力を発揮した代償に、彼女の身体には限界ギリギリまで負担がかかっており、いわゆる筋肉痛のような状況になっているのだ。


 筋肉はもちろん、生体磁気を発するための各種器官、細胞、場合によっては幽体や精神体までオーバーヒート状態になる。



 そうなれば、倒れるしかない。



 身体が休息を求めて眠りに入るのだ。


 これはアンシュラオンも想定していたことなので驚かない。ただ、大切なサナがこうなると多少は心苦しいものである。



「サナはしばらく起きないだろうから、少し早いが今日はもう野営だな。今後の話もあるしな」


「わ、わかりました。ご無事でよかったです…ふぅ…」



(サリータも少し疲れが溜まっているし、ちょうどよかったな。今の未熟な二人にはこれくらいが限度だろう)



 ここに来るまでに何度か戦闘もしたので、サリータも少しは戦いに慣れてきたようである。


 だが、彼女にとってはすべてが決死の戦いだ。見た目は大丈夫でも心の中にはストレスを抱えているに違いない。


 人間、結局はバランスを取るように出来ているのだ。サナが賦気によって強化されたら最後はこうして眠るように、最終的には平均値に収まるようになっている。


 いわゆる振り子の法則である。振り子は必ず元の位置に戻るようになっているのだ。







 火が暮れ、夜になる。



 パチパチパチ ボォッ



 アンシュラオンが焚き火に燃料薪を入れると、一気に火が燃え広がる。


 この燃料薪はグラス・ギースで買ったものだ。何があるかわからないのでキャンプ用品を一式買っておいたのだ。


 燃料薪は、普通の木材と家畜の糞を混ぜ合わせた物の表面を樹液か何かでコーティングしたものらしく、かなり安価で売られている。


 北に大森林が広がっているので木材の確保は案外容易だ。奥地に行かなければたいした魔獣も出ないので、北側の村々は木材を輸出して生計を立てているようだ。


 そこにシーバンから奪った毛布類も投入し、火はさらに勢いよく燃え上がる。



「もうすぐできるからな」



 アンシュラオンがフライパンを使って料理をしていた。


 さして具材を仕入れていたわけではないので、簡単に作れるチャーハンにしてみた。



(ポケット倉庫は食材なら入るんだよな。不思議な仕組みだな)



 料理は入らないのだが、野菜という単品ならば入れることができる。米も同じで、調理していない状態ならば入るのだ。このあたりに疑問を感じないでもないが【認識】の問題だと思われる


 世界のすべては認識によって生まれる。それがそうであると観測した瞬間に、初めて実体を帯びるのだ。


 実に不思議なことだが、未来が現実になる瞬間も同じようなものである。自分の強い意思が世界を具現化するのだ。



 よく「思考は現実化する」といった題材の本があるが、半分正しくて半分は補足が必要となる。


 たしかに思考は現実化するが、思考は環境条件の制約を受ける。その人間が生きている世界の物的法則の制限を受けるのだ。


 だから、その星の環境によっては現実化、実体化の段階やアプローチが異なることになる。


 地球は実に鈍重な星であり、より物質的な側面が多かったので、思っただけでは簡単には物事は現実化しない。現実化させるには、やはり物的な活動を伴うことになる。


 だが、より精神的な世界、物質が軽妙な世界に行けば意思が具現化しやすくなるので、この世界のように戦気という精神エネルギーを操ることもできるようになる。


 ただそれも、やはり環境条件の制約を受けている。


 ポケット倉庫が管理できるのは、あくまで情報が少ない状態の物質に限られるのだろう。復元しやすいもの、観測しやすいもの、というべきだろうか。


 料理という複雑なものは難しく、食材という構成要素が単純なものが格納できるのが、その一つの根拠でもある。


 生きているものは駄目で、すでに死んで素材となったものはOKというところも、それならば納得できる。



 と、チャーハンを作りながらそんなことを考えるのは、アンシュラオンが理屈で物事を把握しているからだ。


 こんなことをサリータに言っても彼女は理解できないだろう。が、それでいながら結果は変わらないのだ。


 それもまた物的環境によって、周囲の場と物質が固定化されているからにほかならない。両者が意思だけでは変化しづらい環境にいることを示している。


 ここはそういう世界。


 意識せずとも他者を認識できる世界なのだ。当たり前に思えるが、実はこちらのほうが珍しい世界である。



「よし、出来たぞ」


「…こくり。がちゃ、ぱくぱく」



 皿にチャーハンを盛り付けると、サナがパクパク食べ始めた。


 さきほど料理を作り始めたあたりに目が覚めたのだ。まだ動きは鈍いが、体力を回復させるために食欲は旺盛らしい。


 いつもホテルの料理ばかり食べさせているので少し心配したが、サナにとっては何でも美味しい食べ物のようで、一生懸命口に掻き込んでいる。



(普通は贅沢になるもんだけど…サナは変わらないな。ワガママになるよりはいいかな)



 イタ嬢がよい例で、甘やかすと人は弱くなってしまう。


 アンシュラオンが金を求めるのもサナを含めた女性のためであるが、こうして考えると大きな金は危険であることがわかる。


 金持ちの多くが堕落し、弱くなる。物がありすぎるのも問題なのだ。生物として弱くなり、簡単に駆逐されるようになってしまうからだ。


 だが、すべては扱い方である。それを知っているアンシュラオンは失敗はしない。それだけの経験があるからだ。



「サリータも食べてみろ」


「は、はい。…あっ、美味しいです!」


「料理は嫌いじゃないからな。かといって好きでもないけど」



 今までは姉への奉仕だったので義務としてやっていたが、できることならばやりたくない。面倒くさいからだ。



「そのうち料理人でも雇うか…。人数も増えてきたし、子供もいるんだ。成長期の栄養管理はしっかりしないといけないだろうし」


「あの、師匠…質問してもいいですか?」


「ん? なんだ?」


「師匠は何のために強くなったんですか?」


「不思議なことを訊くもんだな。今までの戦いを見てわかっただろう。生き残るためだよ。誰かに蹂躙されないためだ。お前も世界の現実を見たはずだ。弱ければあのハンターたちのように死ぬだけだからな」


「そうですね…その通りです。自分は何も考えていなかったと思い知りました。なさけないです」


「弱いやつがいちいち面倒なことを考えなくていいんだ。生き残るために、ただひたすらに強くなることを目指せばいい。死んだら終わりだ。考えるのは強くなってからでも遅くはないさ。それに強くなれる可能性があるのならば、それを突き詰めるのが武人の義務というものだ。とまあ、これは全部師匠の受け売りだけどね。オレも同意見だよ」


「なるほど…たしかに。ところで師匠の師匠は、どのような人なのでしょうか?」


「ハゲのじいさんだよ。よくエロ本を読んでた」


「そ、そうですか…」



 ハゲでエロでジジイ。アンシュラオンが師に対して思うことは、たったそれだけである。



「ただ、強かったよ。間違いなくオレより強い。全力で戦っても勝てる気はしないな」


「師匠よりもですか!? 信じられません!」


「まあ、覇王らしいからね。強くなかったら他に取り柄がないじゃん。世が世ならうば捨て山に捨てられるようなジジイだし」


「覇王…!? もしや地上最強の覇王様ですか?」


「あんなジジイに様なんていらないって。ただのニートだから。で、有名なの? あのじいさんが? ただのジジイだよ?」


「自分もよくは知りませんが、世の中には【覇王】、【剣王】、【魔王】の三大権威があるらしく、その中のお一人ならば…もう雲の上の御方です!! すごいことです!」


「たしかに雲の上にいたなぁ。火怨山の頂上って雲の上だし」



 師匠への敬意がゼロ。



「覇王だろうがなんだろうが、それだけのことだよ。強いから好きに生きているんだろうしね。オレもそこそこ強いから、今じゃ好きに生きているし。逆に訊くけど、サリータは何のために強くなろうと思うの?」


「それは…ただ……守りたいと思っただけです」


「マキさんみたいなことを言うね。何を守るの?」


「わかりません。ただずっと何かを守らないといけないと思って生きてきました。物心ついた頃から、それが頭から離れなくて…だから護衛を始めて、盾を選んだんです」


「へー、不思議だね。なるほど、そういう理由があるのか」


「変ですよね…こんなこと」


「そうでもないよ。男が言うなら間違いなく下心があるんだろうけど、女性が言うならいいんじゃないの? 女性はもともとそういうものだろうし」



 男はいつだって壊すことを考えるが、女性は生活を守ろうとするものだ。それもまた傾向性の違いであろう。



「ですが、それがずっと見つからなくて生きてきました。だから身が入らなかったんだと思います」


「その言い方だと、今は違うのかな?」


「今は…師匠に出会う前と後では…違うと思います」


「きっかけや気付きなんて一瞬だからね。ある日突然、変わることがある。それが今だったにすぎないさ」


「…師匠は女性には優しいのですね」


「そうだよ。女性が好きだからね。男も強いやつは好きだよ。うだうだしたやつは大嫌いだけど。あと、弱いのに吠えるやつとか」


「はっきりしていて自分は好きです!」


「オレはべつに誰かに好かれようと思ってこの性格になったわけじゃないけどね」


「それでも好きです!」



 素直に好意を向けられるのは嬉しいものだ。それが魅力や魅了の効果であっても。


 それもまた力であり資質だ。遠慮せず使うべきものである。引け目を感じるほうがおかしい。



(うむ、もう完全に大丈夫そうだな。これで駄目だったら諦めもつく)



 アンシュラオンはサリータを完全に信用することにする。


 仮にこれで何かあったら、それこそ自分の責任だと割り切れるほどには、彼女のことを信頼できるようになったということだ。


 だから仕事を任せる。



「グラス・ギースに戻ったら、セノアとラノアという二人の姉妹を護衛してもらう。それとオレのメイドであるホロロって女性をね」


「任せてくださるのですか!?」


「君はそれだけのがんばりを見せたよ。実力は道具で埋めればいい。大切なのは心。忠誠心であり犠牲的な献身だ。十分合格だ」


「あ、ありがとうございます! がんばります!」


「最初は安全だろうが、事が進んだらいろいろと大変になる。一応覚悟はしておいてくれ」


「はい!」


「…ふらふら」


「ん? サナはもう眠いみたいだな」



 サナが揺れている。眠いのだろう。


 食べたらすぐ寝る。誰かに怒られそうだが、サナは常に正直だ。



「ほら、おいで」


「…こくり」


「ちゃんと命気で歯を磨いて…と」


「…すー、すー」



 サナがアンシュラオンの手の中にうずくまり、歯が磨き終わる頃にはそのまま寝息を立ててしまった。


 ベッドだろうが大地だろうが、どこででも寝ることができるのは彼女の特技かもしれない。



「それじゃ、サリータも一緒に寝ようか。疲れているだろう?」


「じ、自分もですか!?」


「お前も身内になったんだ。なんら問題はないさ」


「そ、そうですね。で、では、失礼します」



 サリータも、いそいそと近くに寄ってくる。こういうときにシャイナみたいにいちいち騒がないのも楽でいい。




 周囲を最低限の戦気で多い、虫や外敵が入らないようにしてから三人で就寝。



「すー、すー」



 しばらくするとサリータからも寝息が聴こえてきた。昼間の戦いで精神的にも疲れたようだ。



「おいおい、安心しすぎだろう。武人たるもの、寝ているときも周囲を警戒…って、普通は無理みたいだな。これが普通か。弱々しいものだよ」



 もしここで魔獣に襲われたら、二人だけならば確実に死んでいるだろう。人間なんて、その程度の生き物だ。


 だから守ってやらなければ死ぬ。サナは当然、自分が手に入れた者たちも同じである。



「オレが背負える範囲なら…それもいいか。この子たちには住みづらい世の中みたいだしな。オレが好きにできる範囲なら…な」



 二人が一緒に寝ている姿は、なんとも微笑ましい。


 普通は姫のワガママに振り回される従者なのだろうが、頼りない従者を助ける姫にも見えて、思わず笑いそうになる。それなりにいいコンビなのかもしれない。



「二人とも、おやすみ。また明日から忙しくなるからな…ゆっくり休んでおくんだぞ」



 子供を見守る親の気分で、その日はアンシュラオンも眠りに入った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます