163話 「サナの術符戦闘」


「さて、あっちはどうなっているかな」



 アンシュラオンが二人の様子を見ると、サリータが必死に攻撃を防いでいた。


 盾を上手く扱い、ハサミの攻撃を防御している。相手の攻撃力が低いので、ガードしているサリータの防御を破れないようだ。



「案外いい感じじゃないか。防御に徹すれば彼女もそこそこ硬いからな。何かのアイテムでHPさえ上げれば悪くないかもしれないぞ」



 HPが低いのが難点なので、防御無視攻撃をくらったら致命傷になりかねない。


 一応、サナのために買った身代わり人形を一つ渡しているので即死はないのだが、連続攻撃を受けたら死ぬ可能性もある。


 ヤドイガニがそういった攻撃を持っていたら危険だが、今の様子を見る限りは心配いらないようだ。



(今回も手は出さないほうがいいだろう。本当に最悪の時だけ助けるようにしないと成長しないしな)



 アンシュラオンは今回も手助けはしないつもりでいる。


 この距離ならば何かあれば一瞬で救助もできるので、その意味でもまだ安全である。




「ぬんっ! はぁ!!」



 ブンッ バゴンッ

 ブンッ バゴンッ

 ブンッ バゴンッ



 ヤドイガニのハサミが振り回されるたびに、サリータが気迫のこもった声を発し、盾で防ぐ。


 サリータは素直だし、命令したことは忠実にこなす。言われた通り、自分から攻撃は仕掛けずに盾で耐えているようだ。


 『低級盾技術』は、使っている盾の防御力にプラス補正が付き、サリータの防御値がEであっても、さらに強固な壁になることができる。


 ガードの行動自体もダメージを半減させるので、計算式上でも、体力の低下や防具の破損以外に防御が破られることはないだろう。



 しかし、戦闘とは難しいものである。



 数値上はそうでも、ちょっとしたことから状況が一気に変わることがある。


 これはゲームではないのだ。人間と生物、リアルとリアルの戦いなのである。


 いつも必ず方程式通りになるとは限らない。



 グイッ



「来い!」



 ヤドイガニがハサミを振り上げると同時に、サリータが構える。


 それはいつもの攻撃。簡単にガードができる。



 そう思って盾を突き出すと―――ハサミが大きく広がった。



 それも当然のこと。ハサミとは本来、相手を切ったり、掴んだりするための器官である。



 ハサミが―――サリータを拘束。



「うわっ!! なんだ、これは!」



 ヤドイガニはどちらか片方のハサミが大きいタイプのカニなので、それを全開まで広げれば、盾を持った人間一人くらいは軽々と挟み込むことができる。


 突然の変化にまったく対応できず、サリータが捕まってしまった。



(ああ、やっぱり捕まったか。スキルに『拘束』ってあったからな。うむ、サリータはまだ予想外の動きには対応できないか)



 サリータには、あえてその情報は伝えなかった。自らの判断でどう対応するか見たかったからだ。


 結果、見事に拘束された。


 これは意地悪をしたわけではない。相手をよく見れば、その可能性に気づけたはずなのだ。


 あれだけ大きなハサミで、しかもカニである。挟まないほうがおかしい。「見ればわかるだろう」と言いたいくらいだ。



(戦う前は大丈夫でも戦闘中に相手を見る余裕はないらしいな。盾で視界が塞がれるから、そこも考慮しないといけないんだが…。透明の盾とかあるといいのかもしれないが、単純に経験と技量不足だな。まあ、サナの囮にはなったか)



 サナの姿はサリータの後方にあり、様子をうかがっている。


 がしかし、これはダミー。分身体である。



「………」



 トトト


 本物のサナは分身体を操作して囮にしつつ、サリータが捕まっている間に相手の背後に移動していた。


 相手が一匹で他の敵を気にする必要はないので、分身体を使うことにしたのだろう。


 分身体が派手に動き回る姿をヤドイガニがギョロギョロと目で見ている。どうやら魔獣相手にも分身は有効なようで、相手は区別がつかないようだ。


 こうなれば回り込むのは容易。


 小さな岩に隠れていた本物のサナは、こそこそと背後に回ったのである。なかなかの頭脳プレーだ。



 そして、水刃砲の符を取り出す。



(状況判断が的確だな。そうだ。それが正解だ)



 サナには術式の内容だけは説明してある。実際に使わなくても、どんな効果が発生するかをレクチャーしたのだ。


 そこで選んだのが水刃砲の符。これは実に的確な判断だ。


 仮に風鎌牙の場合、風属性の技には命中補正が付いているので当たりやすいが、範囲も少し広めなので直撃した対象以外にもダメージを与える可能性がある。


 現在はサリータが捕まっているので、攻撃範囲が広いと彼女も巻き込む可能性があるわけだ。


 一方、水刃砲は狙った部位を的確に貫く術である。二つしか術がなければ、水刃砲を選ぶのが正解だ。



 アンシュラオンがわざと言葉だけで説明したのは、サナの判断力を試すためである。


 実際に見れば、どんな効果があるのかは簡単にわかる。だが、それではテストの答えを先に見るようなものだ。


 それはそれで悪くはないが、流転する戦場の中で自分で考えることは大切だ。時に戦場は、アンシュラオンやパミエルキの横暴さ以上に理不尽なのであるから。


 これによって、サナには知識しか与えていないが、それをすべて理解していることが判明する。



(あの子は理解力というか【吸収力】が半端ないんだ。教えたことはすべて理解しているし、自分で考えることもできる。子供はすごいな。…違う。サナが天才なんだ!! そうだよ! サリータがあんな感じなのに、サナはどうだ!? 自分で考えて動いている!! て、天才だ! ほんまもんの天才やで!!)



 という兄馬鹿発言は置いておき、サナが符を発動。


 符がバラバラになると同時に眼前に水が生まれ、ウォーターカッターのように鋭い刃になってヤドイガニに向かっていく。



 ズシャーーー ザクッ ボトッ



 それが脚に激突し―――切り落とした。



 ヤドイガニの本体からは、ハサミの脚を除く三対六本の脚が出ている。


 その右側の一本を切り落とし、二本目は半壊させるにとどまる。



(術の威力は魔力に比例する。サナの魔力はFだから、そのままのダメージしかないかな?)



 術のダメージは基本、魔力値依存である。


 サナの魔力がFで99以下、仮に90だとすれば、水刃砲は魔力補正がないので、そのままのダメージが入るはずだ。


 単純に考えて相手が何の防衛策もない場合、500から90が減り、残りHPは410ということになる。


 ただ、これも部位によって防御力や耐久値が異なるので一概には言えない。戦闘とは理論だけでは上手くいかないものだ。


 しかし、ハンターたちが何もできずに負けたことを考えれば、非力なサナでもダメージを与えられることは、術符がいかに優れているかを証明している。



「くっ!! 放せ!!」



 バランスが崩れたヤドイガニの不意をつき、サリータが脱出。


 脚を狙ったのは彼女の判断だった。ダメージは中途半端だが、これが狙いだったとすればサナには戦いのセンスがある。



「…ごそごそ」



 サナが二枚目の符、風鎌牙の術符を取り出す。


 サリータが離れたのを見ると、すかさず発動。風が集まり、カマイタチとなって放出された。



 その風の牙は回転しながら対象者に向かっていき―――岩に激突。



 ガリガリと削っていき、それでも回転は止まらず、岩を破損させながら切り裂いていく。まるで大型魔獣の牙で噛み裂かれたように、岩がざっくりと切れていた。


 さらに風が周囲にまで広がったので、ハサミにもダメージが入ったようだ。これで体力だけではなく攻撃力を下げることにも成功。


 確実に、徐々に、間違いなくヤドイガニの戦力が低下していく。



(サナ様…なんと冷静な。これは負けてはいられない! 自分もお役に立たねば!!)



 ヤドイガニはダメージを受けて動きが急激に鈍っている。ハサミの速度も鈍くなっていた。


 サリータが盾を捨ててハンマーを掴むと、勢いよく相手に向かう。



「はぁああ!!」



 ブゥウーーンッ ドッゴーーンッ



 大きく振りかぶり、ヤドイガニの頭の眼と眼の間に、全体重をかけて叩きつけた。



(おっ、自分から攻撃したぞ。チャンスだと思ったんだな。いいぞ、いいぞ!! 相手は弱っているからな。悪くない)



 見ていたアンシュラオンも、思わず手に汗握る展開だ。


 最悪、一発くらい攻撃をもらっても大丈夫だと踏んだのだろう。しかもハンマーを選ぶのがよかった。


 こうした相手には、衝撃が伝わる打撃系が有効だとゲームでも相場は決まっている。仮に斧だったら弾かれていたかもしれない。


 ワイルダーインパス戦での経験が生きているのだ。彼女も着実に成長している。



 グラグラ ガタン ブクブク



 完全に不意打ちだったのか、ヤドイガニがぐらりと傾き、泡を出しながら動きが止まった。気絶したのかもしれない。



「…ごそごそ」



 そこにサナが容赦なく術を浴びせていく。



 水刃砲―――ハサミを落とす。


 風鎌牙、風鎌牙―――完全に岩を破壊。脚も切り落とす。


 さらにとどめの水刃砲で―――頭を破壊。



 術の連続攻撃で完全に息の根を止めた。



 使った術符は、三枚ずつの計六枚。


 値段にすると六十万だが、命の値段と考えれば安いものだろう。生身のサナとサリータだったら、まず勝機はなかったはずだ。


 最後に念のため、サリータがハンマーで思いきり頭を叩く。グチャッとさらに潰れる音がしたが、それでヤドイガニが動くことはなかった。


 討伐完了である。





 トットット



「…ぎゅっ」



 サナが頬を紅潮させながらアンシュラオンのもとに走ってきて、服を掴んだ。



「おお、嬉しかったのか! よかったな!! ナデナデ」


「…こくり、ふー、ふー」



 サナはずいぶんと嬉しかったようで、表情はそのままに鼻息だけが荒かった。


 まるで猫が小さな鼻でフーフーと一生懸命に呼吸している姿に似ていて可愛い。



 それから相手の様子をうかがっていたサリータも戻ってきた。その顔は笑顔というより、まだ強張っている様相である。



「サリータもよくやった。機転が利くようになったな」


「はぁはぁ…いえ、必死で…何も考えていませんでした。もう死んだ…のですか?」


「ああ、問題ない。サナの最後の一撃で死んでいたが、確認するのは良いことだぞ」


「は、はい! ありがとうございます!」



 サリータはサナの安全のためにも、相手が死んでいることを確認した。


 これは素晴らしい判断である。けっして無駄ではない。



「それにお前の咄嗟の判断で状況が有利になった。結果が重要だ。お前たちは生き残ったんだ。ほれ、あれを見ろ」


「あっ…」



 ヤドイガニの残骸の周囲には、さきほどやられた五人の男たちの死骸があった。


 その中の三人は一部が喰われ、食べやすいように切断されている者もいる。



 これが―――末路。



 弱い者が辿る道だ。



「いいか、よく見ておけ。弱いやつは死ぬ。オレが助けた助けないは関係ない。どうせいつか死んでいた。この荒野には倫理感も正義感も必要ない。必要なのは力だ。自分を守る力であり、相手を倒す力だ。もし自分の主張を通したいのならば強くなれ。すべてはそこからだ」



 自然の中で育てば、その意味がよくわかるようになる。魔獣は人間のように悪巧みはしないが、代わりに手加減をしない。


 殺す際に躊躇わないし、力を弱めない。その力の前では普通の人間なんてこんなものだ。


 ここは安全な日本ではない。魔獣や悪人が跋扈するフロンティアなのだ。



「こいつらも、そこそこ自信はあったのだろう。だから遠出した。しかし一瞬の判断ミスでこうなる。ありがとうな、お前ら。妹たちのいい教訓になったよ。お礼として身分証くらいは届けてやる」



 身分証を探すと、ハンター証を持っている者がいた。


 ランクは、レッドハンター。


 残念ながら根絶級はブルーハンター以上でないと狩れないので、当然の結果が訪れただけといえるだろう。



 そこでサリータが何かに気がつき、はっとアンシュラオンを見つめる。



「師匠…もしや昨晩のことは、こういった事態を憂慮してのことでしょうか?」


「ん? 何がだ?」


「昨晩出会ったハンターたちのことです。彼らの実力と装備では、こういった相手は難しかったのではないかと…。彼らはきっと都市に戻ったでしょうし、もし進んでいたらこの魔獣と遭遇していたかもしれません。師匠は彼らを助けたのですか?」


「さぁな。オレもここにこんな魔獣がいるとは知らなかった。結果的にそうなったのならば、たまたまだ。だが、たまたま生き残ったのならば、あいつらには運があるってことだろう。意識して助けたわけじゃないさ」


「さすが師匠です!!」


「いや、あの…今の話を聞いてた?」


「はい! さすが師匠です!!」



(サリータには『腐った耳』スキルでもあるんじゃないだろうか? たまに意思疎通ができないときがあるが…仕様なのか? ちょっと怖いな)



 サリータのおかげで、昨晩の余興略奪がいい話になってしまった。


 悪ぶる気はないが、なんだか調子が狂うものだ。



(まあ、それもサリータの個性だな。こういう旅も悪くはない。それにこのレベルの相手だと、誰かの戦いを見ているほうが楽しいな。サナが成長していくのも楽しいし)



 戦いとは、やはり両者の力が拮抗しているほうが面白いものだ。攻略していく甲斐がある。


 サナとサリータの戦いは、レベルが低いながら見応えがあり、思った以上に楽しめた。これが最大の収穫かもしれない。


 これによってアンシュラオンは師としての道も歩み出すことになる。教えること、導くこと、鍛えることを楽しめるようになっていくのである。



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