162話 「戦闘計算式」


 今起こった戦闘を見て、アンシュラオンの中で一つの決心が固まる。



 それは―――【データの検証】。



 情報公開で示されるデータ、特にアルファベットについての詳細な情報のことだ。



(今まではデータのことはあまり気にしなかったが、それは苦戦しなかったからだ。オレは問題ない。だが、サナが戦いに参加し、成長していくうえでは正確な情報が必要となる。だいたいデータも集まってきたし、そろそろまとめておこうか)



 こう思ったのは、サナが戦闘に参加したことが大きなきっかけであった。


 ただでさえ戦闘は危険だ。多少慣れているハンターでも、ああやって不意に死んでしまうことがある。


 サナをそんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。されど、危険に直面しなければ成長することもない。


 そのためにはギリギリのところの見極めが必要となる。せっかく情報公開を持っているのに、あやふやなままでは勿体ないという思いもあった。


 火怨山から出てそこそこ経ったので、まとめるにはよい時期かもしれない。



 あくまで自分が勝手に設定したものだが、情報公開で得られるアルファベット数値について、ある程度の考察ができるようになってきた。


 戦闘力に関してはこうした基準を設けている。



――――――――――――――――――――――

SSS ――― 2000~

 SS ――― 1500~

  S ――― 1200~

 AA ――― 900~

  A ――― 700~

  B ――― 500~

  C ――― 300~

  D ――― 200~

  E ――― 100~

  F ――― 1~99

――――――――――――――――――――――



 今まで見た魔獣や人間の戦闘データを統合すると、このような数値になると思われる。


 最近は弱い人間や魔獣と戦う機会も増え、ようやく下位のデータの収集ができるようになったので、こうした数値化が可能になったのだ。


 当然あくまで目安だし、攻撃の種類もあるので一概には言えないが、参考にするくらいはいいだろう。



 今回の場合、ヤドイガニの防御はB、単純な数値上は500以上700未満である。



 本来ならば魔力等の数値も関わってくるのだが、仮に防御が500ぴったりと考える。これに武具を装備した攻撃の合計値が500の人間が攻撃しても、単純計算でダメージは0になる。


 0なので、実質的にダメージはない。相手の防具、ヤドイガニの場合は岩だが、せいぜい岩の耐久値を減らす(磨耗させる)だけだろう。


 おそらく死んだハンターの攻撃力は、武具を含めてB未満だったはずだ。その場合、どんなに攻撃してもダメージを与えることはできない。


 全滅という結果も当然である。



 ただし、ここに【技】が加わることに注意が必要だ。



 攻撃力500の人間が、攻撃補正1.5倍の技を使用した場合は750になり、相手の防御をオーバーするので、その差分がダメージとして入る。


 もちろん当たった部位、相手の防御技やスキル、戦気の有無等々、補正要素はたくさんあり、非常に複雑な計算となるだろうが、RPGであるような単純計算では250のダメージとなる。


 受けたダメージはHPから引かれ、0になれば死亡する。


 0にならずとも気を失ってしまえば、ほぼ戦闘では死亡確定だろう。HPが低くなると、こうした状態異常にもなりやすくなる。



 だから技を覚えられる覚醒因子が重要なのである。



 もし攻撃補正3倍の技を覚えられれば、攻撃がD、200程度の者とて防御が500の相手に勝てる可能性が生まれるのだ。


 技は習得しておいて損はない。溜め時間やBP消費などの代償はあっても、一発逆転にもつながる大事な要素である。



 話を術に戻すと、術式攻撃はこの【防御の値を無視】する。



 術士が重宝されるのは、こうした防御特化の相手にも有効なダメージを与えられるからだ。


 どんなに重装甲の相手でも、術ならば防御力を貫通して直接ダメージを与える。これはとても便利である。


 もちろん防ぐ方法もある。


 術に対しては術で対抗するのが一番だ。対術専用の魔力結界や、グラス・ギースに張ってある防護結界のようなものがあれば相殺が可能だ。


 術が使えなくても防ぐことはできる。【対術三倍防御の法則】というものがあり、術に対して威力が三倍の戦気があれば理論上は相殺が可能である。


 もし相手が200の術式攻撃を行った場合、これを防ぐためには戦気で強化した防御数値が600必要となる、というわけだ。


 または、戦気をまとった攻撃数値600の攻撃を当てれば相殺が可能だ。これを見ても戦気の重要性は極めて高い。



 ただし、技や術には各種属性や付属効果が存在する。



 『防御スキル破壊』やら『貫通』やらがあれば、それを防ぐには単純に回避しかないだろう。


 属性同士の相性によっては、さらに1.5倍以上の戦気が必要になることもあるので、術とは厄介で怖れるべきものなのである。


 これが術士が重宝される理由である。彼らがいるだけで勝率は跳ね上がるのだ。


 もしさきほどのパーティーに術士がいれば、勝ち目もあったかもしれない。勝てずともダメージを与え、逃げ切れたかもしれない。それだけの違いが生まれるのは大きい。


 しかし術士は体力が低い傾向にあるので、前線に出ると簡単に死んでしまう。サリータではないが、ワイルダーインパスの突進一発で致命傷になるかもしれない。


 後衛にいても真っ先に狙われる存在でもあるため、前衛や中衛が彼らを守る必要が生まれる。



 だが、術を使うにはもう一つ方法がある。それが術符だ。



 金がかかる使いきりであることが最大の弱点であるが、誰でも扱えることは素晴らしい長所である。


 逆に術符があるからこそ、術士も危険を冒さずに生計が立てられるのだ。


 強い術式を付与するには当人の技能やレベルはもちろん、特殊な紙やインクが必要なこともあるので、売られているのは低位の術式だが、それでも使えると使えないとではまったく戦況が変わってくる。



(術符はこれからも大きな力になってくれるだろう。扱い方に慣れるにはちょうどいい相手だな。ただ、ワイルダーインパスと比べると相手がかなり強い。一匹だけ残して術と数値の実験台にしよう)



「サリータは相手の一匹を引き付けて、サナが術を使う的にしろ。オレは他の二匹を排除する」


「わ、わかりました」


「なんだ? びびっているのか?」


「さきほどの魔獣より強そうに見えたもので! 申し訳ありません!」


「実際に強いぞ。あれと比べるとワイルダーインパスやヘビーポンプは雑魚だな」



 ダメージを受けなければ死ぬことはない。その意味では何十倍も厄介な相手だろう。



「それにしても、ちゃんと相手を見ているようだな。いい傾向だ」


「あ、ありがとうございます! 自分で大丈夫でしょうか?」


「防御は堅固だが攻撃力は高くない。お前でもガードをしていれば耐えられるはずだ。だが、牽制以外では迂闊に攻撃を仕掛けるなよ。仕掛けるときは部位や状況を確認してからだ。特に岩の部分は避けろ。あそこにはお前のどんな攻撃も効かない。狙うなら頭だ。人間と同じく、まずは頭を狙うのが基本だ」


「はい! わかりました!」


「サナ、安全のために耐力壁と分身を使っておこう。使ってごらん」


「…こくり」



 サナがポケット倉庫から耐力壁の符と分身の符を取り出す。今後のことも考え、彼女自身に使ってもらうことにする。


 呼吸を整え、耐力壁の符を発動。符を発動させる場合は特に大きなアクションは必要ない。ただ念じればいい。それだけで術は発動する。


 符がバラバラになると同時に、サナの周囲に赤っぽいフィールドが展開される。


 常人には見えないだろうが、術士の因子があるアンシュラオンにはしっかりと見える。



 次に分身符を発動。



 使うと―――サナが増えた。



「おおおお!! 可愛い!! 増えた!!」



 まさにサナが二人に増えた。完全に姿を写し取っているので、防具もそのままである。



「サナ、動かせるのか?」


「…こくり」



 サナの一人である分身体が動いた。どうやら思うだけで動かせるようだ。



「ちょっとオレもやってみようかな」



 気になったので自分も使ってみた。すると同じように分身体が一つ生まれた。サナがやったようにアンシュラオンの思う通りに動く。


 ただ、欠点がないわけではない。


 ファテロナの分身がそうだったように、おそらく攻撃されれば霧散してしまうに違いない。かといって攻撃を仕掛けなければ怪しいだけだ。


 使う場合は、囮に限定されるだろう。


 また、一番の欠点は【思考】にある。



(分身体を操りながら戦うのは素人には無理だな。気を取られている間に死ぬかもしれん。思えば師匠は実分身を五体くらい同時に操っていたが…どんだけ頭を使っているんだ。だからハゲたのか?)



 分身を操るだけでも、戦いに慣れていない素人は頭が一杯になってしまうだろう。戦い慣れているアンシュラオンでさえ分身を操るのは大変そうだ。


 ただし特に何も考えなければ、分身は自分の動きをトレースするらしい。まるで鏡に映った幻のようについてくる。


 多少距離を離して放っておけば囮に。近くに置いておけば、相手を惑わす効果が期待できる。自分や味方が戸惑わなければデメリットはなさそうだ。



「サナ、分身のことはオマケだと思っていい。まずは確実に術を当てることを考えるんだぞ」


「…こくり」


「では、作戦開始だ」





 こうして戦術は決まり、二手に分かれる。


 サナには再び命気を忍ばせてあるので、万一のことがあっても対応可能にしてある。


 が、まだ不安。



(心配だな…大丈夫かな。相手が相手だしな。しかし、ここで我慢してこそ価値がある。価値があるんだ。うう、サナが近くにいないと不安だ)



 こうして少しでも離れることができるのは、サリータがいるおかげである。彼女がもっと強ければさらに安心できるのだが、それを望んでも仕方がない。


 ならば、さっさと敵を排除して戻るのが一番だ。



 アンシュラオンが先行して、死体を漁っている三匹の間に入り込むと、まずは二匹を蹴り出す。



 ドガドガッ ドヒューーン



 漫画だったら、きっとこんな擬音が表現されるだろう様相で、吹っ飛んでいく。


 軽く蹴ったのでダメージはそこまでではない。吹っ飛ばすことを主眼としたからだ。


 しかし、攻撃がAAのアンシュラオンの攻撃力が仮に900以上(おそらく1000は超えている)だとすると、軽い蹴りでも彼らにとっては大きな威力となる。



 彼らの自慢の岩に―――亀裂が入った。



 吹っ飛ばされたヤドイガニは、明らかにダメージを受けた様子で動けない状態になっていた。岩が割れ、中から何かの液体がゴボゴボ吹き出している。


 いきなりの攻撃にショックを受けすぎて硬直しているようだ。一種のパニック状態である。


 このようにHPが0にならずとも動けなくなることは多い。こうなれば、ただの的である。



「サナが心配なんだ。さっさと死ね」



 アンシュラオンが、一体のヤドイガニの岩に手を置き、発気。



 次の瞬間、ヤドイガニが―――内部から爆発。



 その爆発の威力は凄まじく、中にいた本体はもちろん、背負っていた岩ごとバラバラになってしまった。


 覇王技、水覇すいは波紋掌はもんしょう。雷神掌と同じく発勁の一つで、力を敵の内部に浸透させて攻撃する技である。


 因子レベル3で使える技で、水気を振動させて相手を内部から破壊するため、これも術同様【防御無効】の技である。


 ついでに『物理耐性』や『自己修復』スキルも貫通破壊するので、攻撃を受けた相手はしばらくの間、防御スキルが無効化されることになる。


 因子レベルは低い技だが、水覇系の技は水属性を持っていないと扱えないことが多く、希少で効率的な技が揃っている優秀な修得派生ルートである。


 ただ、相手に密着する必要があるのでリスクがある。よほど体術に自信がないと難しいだろう。何事も強い技には危険が伴うものなのだ。



 この技の場合、攻撃力が1.5倍されながら防御無視であり、相手のHPに1500以上のダメージは入る計算になる。


 ヤドイガニが何の強化も受けていない素の状態の場合、HPは500のままなので即死決定だ。


 水属性の技なので、仮に水耐性があればダメージは半分になるものの、このHPではまず死亡であろう。


 事実、粉々である。



 もう一つ重要なのが、戦気の質である。



 情報公開で示される数値は【戦気を使っていない無強化状態】で表示されるので、それはあくまで素の能力値にすぎない。


 アンシュラオンの戦気は段階的に引き上げることができるので、彼がもし本気の戦気で打ち込めば、この一撃も3000やら4000といったものになるだろう。


 こうなると姉のパミエルキがいかに恐ろしいかを知ることになる。彼女は戦気なしでもオールSSSなのだ。


 通常攻撃がアンシュラオンの戦気有りの攻撃に匹敵する。まさに本物の魔人である。




「たまには戦闘で包丁を使うか」



 アンシュラオンは包丁を取り出し、剣気を発動させる。



 剣硬気を三十メートルほど伸ばし―――両断。



 まったく何の抵抗感もなく、もう一匹のヤドイガニは岩ごと真っ二つである。


 剣気と戦気の最大の違いは、媒体にする武器の伝導率によって剣気が自動的に強化されるので、倍率1.5倍の武器ならば、それこそ技を使って強化するに等しい攻撃力を得ることができる。


 その段階でさらに技を使って強化するのだから、剣士がいかに攻撃力特化しているかがうかがえるだろう。


 仮に剣自体にまとわせて攻撃すれば、剣の攻撃力もプラスされて、実に恐ろしいことになる。


 ただ、剣士は戦士に比べて身体能力に劣る傾向にあるので、どちらが良い、強いとは言えない。


 ラブヘイアのように間合いを広げて距離を取って戦うか、ガンプドルフのように高い攻撃力で一気に打ち倒すのが基本戦術となる。パーティーに壁役がいれば、中衛から攻撃に徹するのが一番安全で効果的だろうか。


 アンシュラオンは全因子を持っているので、普通の相手は生身で、防御が固い相手には剣で戦うのがベストかもしれない。




 こうして二匹は即死。相手は何もすることができずに料理完了である。


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