161話 「弱肉強食の世界」


 荒野での夜間戦闘はまだサリータたちには危険なので、日が昇るまでは休むことにした。


 サナはポケット倉庫から取り出した簡易ベッドで寝ているが、サリータだけはそうはいかない。


 怪我が治った以上、修行である。



「サリータは朝が来るまで瞑想だ」


「瞑想…ですか?」


「戦気を覚えるための修行だな。身体の力を抜いて、周囲の環境と自己を一体化させる修練だ。言ったように世界には常に『神の粒子』が満ちている。それを感じ取る修行でもある」



 普遍的流動体。あらゆるエネルギーの元になるものだ。世界や宇宙のあらゆる物質は、これが姿を変えたものである。


 この粒子の真髄は、意思の力によって変化する性質を持つことだ。意思の力によってあらゆるものが生まれ、形態が与えられているのである。


 人間の身体もそうだし、石や火や電気もそうである。この大地や星も、それらの集合体によって生まれている。


 そして言ってしまえば、宇宙は絶対神の意思によって作られている、ということになる。


 そうした無限のエネルギーを強力な意思の力で操作して、宇宙のあらゆるものを生み出す。それだけのことができるのは、やはり絶対神しかいないわけだ。


 人間もまた、規模としては相当小さいが同じ力を使うことができる。意思を持つ霊とは、神の意思力を模したものであるからだ。


 この世界の人間も女神の子供であり、分霊である。彼女の無限の可能性を宿しているので、修練次第で神の粒子を操ることができるようになる。



「オレたちは神じゃないし女神でもない。世界を創る必要はないから、扱う粒子は自分自身と身の回りにあるものだけでいい。まずは身体の周囲にある粒子を感じ取り、自己の生体磁気と結びつけることを学ぶんだ。これができれば、少なくとも戦気を出すことくらいはできるようになる」


「は、はい!! よくわからないですが、がんばります!!」


「そうか…よくわからないか…。うん、まあ…がんばってくれ。やればそのうちわかってくるだろう」



(サリータの場合、理屈じゃなくて身体に染み込ませるほうがいいのかもな…)



 人それぞれ、向き不向きがある。


 アンシュラオンは知力に優れた水の属性なので、理屈や理論によって物事がすぐに理解できるが、彼女は違うのだろう。


 熱血体育会系を貫くのならば、理屈よりも身体で覚えるほうがいいのかもしれない。それにもともと女性は男性よりも感性が鋭いので、理論よりも感覚で学ぶほうが得意なのだ。


 それならば、ひたすら実践しかないだろう。




 あとは彼女自身に任せて、アンシュラオンは荷物を調べてみることにした。



「ろくなものがないな。あいつら、こんなんで生きていけるのか?」



 シーバンというハンターたちから手に入れたリュックを漁るが、ろくなものが入っていなかった。


 あるのは予備の道具類。救急箱やロープやナイフ、軽斧など、一般の冒険者ならば役立つが自分には無意味なものばかりが目立つ。


 毛布類も男が使っていたと思うだけで悪寒が走る。触りたくもないので、焚き火の薪代わりにしかならないだろう。


 使えそうなものは、せいぜい保存食と煙玉くらいなもの。


 煙玉は前に領主城でも手に入れたが、文字通りに煙幕として使う。煙に刺激臭が付与されたものもあるので、魔獣から逃げる際の目潰し、鼻潰しにも役立つはずだ。



「ん? この術符は…何だ?」



 それと術符が一枚だけあった。表面には『無限盾』という表示がある。



「コッペパンにあったかな? シールド付与の術式だったような…」



 耐力壁の符は『物理耐性』を与えるものだが、これは物理的に『擬似シールド』を作り出す術式である。


 与えられた魔力に応じて耐久力が変わるもので、それが尽きるまでは盾代わりになる便利なものだ。物理でも銃弾でも対応できる。


 が、シールド破壊系の技は多いので、すぐに壊れてしまうのが欠点だ。アンシュラオンの空点衝にも『シールド貫通』能力があるので防ぐことはできず、万能とは言いがたい。


 ただ、使って損になるものではない。ありがたくもらっておくことにする。



 その後はやることもなくなったので、サナと一緒に横になっていた。



「サナ、よかったな」


「…すー、すー」



 かなり満足したようで、その寝顔は変わらずとも、幸せ一杯である雰囲気が伝わってくるだけでも感動ものだ。サナの幸せこそアンシュラオンの幸せである。


 たまにサリータから寝息が聴こえると胸を揉むなどの制裁は加えたが、起こったことはそれくらいなものだ。


 魔獣は一匹も来なかった。シーバンたちの活躍のおかげなのか、このあたりに魔獣はあまりいないようである。





 夜が明け、さらに実戦経験を積むために行動を再開。


 再びサナを賦気で強化しつつ、三十キロほど移動した場所で、第六級の駆除級魔獣であるヘビーポンプと遭遇した。


 ラブヘイアから聞いていたようにポンプの付いた蛇であり、大きさは三メートルほどの雑魚魔獣である。


 雑魚とはいっても一般人には脅威なので、ノンカラーハンターならば油断しないほうがいいだろう。


 この魔獣にもサリータを盾にして吐き出す炎を防ぎながら、サナがクロスボウで撃ち抜くという戦術で対応する。


 ポンプに命中した矢がその中身をぶちまけ、自ら放った火で炎上という形になり、あっけなく撃破できた。


 むしろ近接戦闘のほうが危険なタイプの魔獣であっただろうか。剣ならば、近くで炎上されると面倒ではある。



「うーん、矢は燃えたから再利用はできないか。矢尻だけ回収しておこう。ただ、これくらいなら矢は自作できそうだな」



 クロスボウの利点は、矢を自作できることだろう。金属質の魔獣がいれば、その素材からより強い矢が作れそうだ。


 本体も強い弦になる素材を手に入れれば、もっと強力なものにすることもできる。自分で改造を楽しめるので、なかなか味わい深い武器である。



(サナもクロスボウの扱いには慣れてきたようだな。だいぶ命中率が上がってきた)



 やはり使えば慣れるもの。


 まだ離れると難しいが、五メートル以内ならば、敵の急所にかなりの確率で当たるようになってきた。


 的が動いていることと、サナが子供であることを思えば十分な命中率である。


 それもこれもサリータが盾になっているおかげだ。彼女が身体を張って盾になりながら相手の注意を引き付けるので、サナはゆっくりと的を狙えるのである。



「サリータ、そっちは無事か?」


「はい。盾はちょっと焦げましたが、身体は問題ありません」


「形式上でもオレのスレイブになったんだ。そのうちもっと良い武具を与えてやる。大切なのは勝つこと、生き残ることだ。命を軽んじろとは言ったが、それは本当にどうしようもない場合だ。それが回避可能ならば盾を捨ててでも生き延びろよ」


「はい! わかりました!! やっぱり師匠は…はぁはぁ、じー」



(なんだか、ますます目が熱っぽくなってきた気がするが…大丈夫だろうか?)



 サリータがアンシュラオンを見る目が、だんだんホロロに似てきた気がする。熱を帯びており、若干の崇拝臭がする。


 昨晩の風呂でリラックスしたせいか、一気に忠誠度が上がった気がした。


 やはり風呂と快楽の効果は絶大だ。もはやホロロに匹敵する信頼度をサリータから感じる。


 そのホロロと対面させる時が少々不安だが、貴重な盾要因であることはたしかだ。受け入れてはくれるだろう。



「クロスボウは、だいたい扱えるようになったな。あとは数をこなせばいい。よって、次は術符を使った実戦を行う。やることは同じだ。サリータが引き付け、サナが術符を使う。あとは威力と範囲を確認すること。わかったか?」


「…こくり」


「はい、師匠!」


「術を使うのならば雑魚は勿体ない。もう少しまともな魔獣に使おう。移動していれば何かと出会うだろう」



 術符一枚で十万円以上するのだ。種類によっては百万以上もする。


 そもそも素材を回収していないのでハンターとしての収益はない。最低でもエジルジャガー以上の魔獣でないと勿体ないだろう。





 アンシュラオンたちは先に進む。


 ちなみに向かっているのは、今回は【北東】である。


 どうせなら違う場所を見たいと思って移動しているのだが、実際のところは荒野が続くばかりだ。



(結局、このあたりは何もないんだな。発展しないわけだ。ただ、資源というのは意外なところにあるものだ。たとえば【地中】とかに)



 地球だって大昔の人は、まさか海底にあれほどの資源が眠っているとは思わなかっただろう。


 魔獣が多いうえに技術もないので満足に調べられないが、未開だからこそ眠った資源はあると思われる。いわば手付かずの財宝である。



(ここは可能性の塊だ。しばらく都市にいたから忘れていたが、何の束縛もないフロンティアなんだ。この自由の風が最高に心地よいな)



 荒野を吹く風は自由である。あらゆる束縛がなく、ただ強い者だけが生き残る単純な世界を創出している。


 久々に外に出て身体も心も活性化していくのを感じる。実に心地よいものだ。




 そんな風を感じていた頃、前方に異変を発見。




「おっ、誰か戦っているぞ」


「師匠、見えるのですか?」


「ああ。ここから五キロくらい先で誰かが交戦しているな。相当劣勢で、逃げながら交戦しているようだが…ハンターかな?」



 馬車や積荷がないので商隊といった雰囲気ではない。


 そもそも通行ルートを大きく外れているので、普通の商人が通るような場所ではないだろう。


 そんな場所で、五人ほどの人間が三体の魔獣と戦っているようだ。



「五人いるな。たぶんだが、全員男だ」


「五人…ですか? もしかして昨晩の傭兵でしょうか?」


「数は同じだが…違うっぽいな。あのシーバンという男はいない。おそらく違うパーティーだろう」



 昨晩、おっぱいの妖精に出会ったシーバンという男ではないようだ。


 シーバンたちの顔ははっきりとは見ていないが、波動円でだいたいの服装や顔の形はわかるので、あれは違うパーティーで間違いない。



 そして、一人やられた。



 吹き飛ばされ、上から押し潰されている。とどめの一撃も入ったので、たぶん死んだだろう。


 そうしている間にも二人目も倒れた。このやられっぷりからすると今すぐにも全滅しそうだ。



(魔獣はヤドカリ…か? ハブスモーキーといい、この世界は陸上に海の生き物が普通にいるんだな。なかなか面白い光景だ)



 見た目としてはカニ型の魔獣である。大きな岩を背負っているので、ヤドカリ型魔獣と呼んだほうがいいだろうか。



―――――――――――――――――――――――

名前  :ヤドイガニ 〈岩寄猟蟹〉


レベル:30/35

HP :500/500

BP :130/130


統率:F   体力: E

知力:F   精神: E

魔力:F   攻撃: E

魅力:F   防御: B

工作:F   命中: E

隠密:E   回避: E


☆総合: 第四級 根絶級魔獣


異名:岩に寄する狩蟹

種族:魔獣

属性:岩

異能:岩石防御、拘束

―――――――――――――――――――――――



(ヤドイガニ、能力は総じて低いが、唯一防御がBか。どうやら防御型の魔獣のようだな)



 総合的な能力は低いのかもしれないが、防御が突出してBという数値になっている。


 傭兵風の男が振るう剣がまったく通じていない。ヤドイガニのスキルに『岩石防御』があるので、まさに岩を斬っているような気分だろう。


 その男も戦気を使っていないので、腕力だけで簡単に岩は斬れない。



(かなり硬そうだな。大口径の銃弾でも弾きそうだ。しかし、こんな魔獣のことはラブヘイアからは聞いていないな。生態系が崩れたからか? だが、ここは都市の東側だから魔獣の狩場は関係ないはずだが…)



 生態系が崩れたというのは、あくまで都市の西側のはずだ。現在いるのは東側なので該当しないはずである。


 ただ、根絶級クラスならば珍しくもないので、単にこのあたりに生息している魔獣なのかもしれない。



 そして、また一人やられた。



 その後、四人目が捕まって、最後の五人目が助けようとしているが苦戦しているようだ。



「あっ、四人目が死んだな。五人目も…死にそうだ」


「師匠、助けないのですか?」


「なんで?」


「え? いえ、その…特に理由はありませんが…」


「ならばオレも助ける理由はないな。男だし。それにこの距離では助けられないだろう?」



 より正確に述べれば、「自分が全力で走れば間に合うが、あくまでこの速度で走れば間に合わない」である。


 要するに、やる気がないだけだ。



「いいかサリータ、男はオレ一人いればいい。それ以外の男は、よほどオレが気に入った相手以外は無視してかまわない。女性は子供を産めるが、男は産めない。つまりは男の代わりは、女性がいればいくらでも作れるってことだ。そして、お前が優先して考えることはサナの安全だけだ。他の男のことなど心配する必要はない。わかったか?」


「はい! わかりました!」



 わかってしまったようである。さすが師匠の言葉は重い。



 そうしている間に五人目が死亡。全滅である。


 どうやら魔獣は肉食のようで死体を食べ出した。餌にするつもりだったようだ。



「いい標的が見つかったな。あいつは防御が固い。術を使うのによい相手だ。術は防御を抜けるからな」



 術の最大の特徴は【防御を貫通】する点。これが戦闘術式の最大の長所であった。


 格好の獲物を見つけて、アンシュラオンは満足げに笑った。




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