160話 「『おっぱいの妖精』と出会った傭兵の災難」


「いい湯だなぁー」



 その後、二時間あまり風呂に入っていた。


 サナも余韻に浸っていたため、ゆっくりと浸かっていたのだ。


 命気風呂は常時適温を維持するので、のぼせることもなく快適な時間を与えてくれる。



(外は広くていいな。ホテルのプールとはまた違う良さがある。まさに大自然の中にある露天風呂ってやつだな。街の中のごたごたが嘘のように綺麗だ)



 グラス・ギースでは人間同士の醜い争いが起こっているが、ここは純粋なまでにシンプルな世界だ。


 強い者が生き残り、弱い者が死ぬ。だからこそ澄み切っており、空もあんなに輝いて見える。



(あの都市に少しこだわりすぎているか? …いや、どちらにせよ金は必要だ。気が滅入ったら、こうして外でリフレッシュすればいいし、気楽にやるとするかな)



 一般人からすれば、一歩足を踏み入れるだけでも怖い夜の荒野だが、アンシュラオンにとっては綺麗な世界にさえ思える。


 飽きたり嫌になったら、いつでも外に出ればいい。こうした逃げ道は重要である。


 人間、一つのことだけに思い詰めると袋小路に陥って、理性的な判断ができなくなる。これもまた前の人生経験で得た知識である。



 と、そんな時―――探知に引っかかる。



 半径千メートルに伸ばしていた波動円に、五つの反応があった。



「…誰か入ってきたな」


「え!? て、敵ですか!?」



 まだ快楽の余韻に浸っていたサリータが、少し赤い顔で訊ねる。


 どうやらよいリフレッシュになったようで、彼女の中から無駄な硬さが消えていた。それは身体的なものでもあるし、精神的なものでもある。


 知らない街に来て、初めての仕事で失敗したショックが尾を引いていたが、こうしてアンシュラオンの身内になれたことで自分の居場所ができたと思えたのだろう。


 最初の気負いが少しだけ和らぎ、表情もより女性らしくなった気がする。やはり快楽は女性が美しくあるために必須の要素なのだ。


 が、ここは荒野だ。油断はするべきではない。



「サリータ、いつ何時も油断はするなよ。敵が魔獣だけとは限らないからな」


「もしや…人間ですか?」



 アンシュラオンは、「誰か」と言った。ならばそれは魔獣ではなく人間である。



「五人だ。この感じだと…全員男か?」


「サナ様をお守りしないと! 早く着替えねば!」


「ああ、そのままでいいよ」


「へっ!? …そのままと言いますと…裸…ですか?」


「そう。たいした相手でもないようだ。すでに捕らえたよ」



 この男が無防備でいるわけがない。


 波動円と一緒に周囲にはトラップが仕掛けられており、何かが侵入すると捕らえるようにセットしてある。



「ほら、あっちだ」


「よく見えませんが…」


「強くなりたければ目も鍛えることだ。これくらいの距離は見られるようになれ」


「は、はい!」



 アンシュラオンが示したのは、およそ一キロ先であり、しかも周囲はもう真っ暗なので普通の視力では見ることはできないだろう。


 が、以前に五キロ以上離れた先にある戦艦を見つけたように、優れた武人は目もよいのだ。



(さて、どうするか。やつらが盗賊の可能性もある。その場合、身包みを剥いだほうがいいよな。それに男か…男はいらないな。まあ、暇潰しの余興程度にはなるか)



「サリータ、こっちに来なさい」


「はい、師匠」


「背中を向けなさい」


「はい、師匠」


「そのまま動くなよ。もにゅっ」


「うひっ!!」


「こら、動くな」


「は、はい! そ、その…これは…うはっ……」


「いいから、このままで」



 サリータの背後に移動し、胸を揉む。


 姉に鍛えられた滑らかな手付きで、ほぐすように優しく揉んでいく。



「はぁっーー! はっーー!!」


「うむ、いい声が出るようになったな」


「あ、ありがと…うひっ…あっ…ご、ございま…すうう」



(サリータの胸は大きくはないからな。シャイナやマキさんのように揉み応えはないが、これもなかなかいいものだ。それでは呼び寄せるか)



 胸を揉みながら、さきほど捕まえた五人の男を遠隔操作で引っ張ってくる


 遠くから球体状の水の塊がやってきた。ラーバンサーにもやった水泥牢である。


 ただ、そのままにしておくと簡単に死んでしまうので、膜を作って閉じ込める形にしてある。



 そして、到着。



 目の前に水に捕らわれた五人の男が姿を見せる。半分溺れたような無様な姿で。



「ご、ごぼごぼっ…、た、助け…ごぼごぼっ……」


「お前たちは何者だ?」



 サリータの胸を揉みながら、男たちに問いかける。



「ぼごっ!?!? な、何者…!?」


「質問に答えろ」


「ごぼっ!?! は、裸の…女性!? な、何が起こっているんだ!?」



 男たちの前には、火に囲まれた謎の浴槽がある。


 その中には大人の裸の女性、しかもなぜか胸を揉まれている女性が顔を真っ赤にして入っていた。


 アンシュラオンはサリータの背後にいるので、体格差もあって腕以外は見えない状態である。


 いきなり水に襲われて、何も知らずに連れてこられたら、裸の女性が胸を揉まれているという謎のシーンに遭遇する。パニックに陥るのが自然な反応だろう。


 ちなみにサナの裸を見せるなどという選択肢はまったくないので、命気を凝固し、不透明にして見えないようにしてある。



「わが神聖なる儀式の間に入り込むとは…どこの魔族だ」


「神聖なる儀式!? 魔族!?」


「そうだ。これが見えんのか」


「うううっ…」



 サリータが胸を揉まれて悶えている姿。



「それが…儀式? な、なんと言えばいいのか…ずいぶんと破廉恥な儀式だな…」


「何か文句があるのか?」


「そ、そんなことはないが…ごぼっ!」


「わが聖域に入り込んだ異物め。敵ならば殺す」


「ま、待ってくれ!! 俺らは敵じゃない! い、いや、そもそもあんたのことなんて知らない!! どうか許してくれ!!」


「話せ。お前たちは何者だ」


「た、ただの傭兵だよ! グラス・ギースって都市から来たハンターだ!!」


「ハンター? 盗賊ではないのか?」


「か、勘弁してくれ! ほ、ほら! これがハンター証だ!!」


「うむ、見せてもらおう」



 水の一部が動き出し、ハンター証をこちらにまで移動させる。



「…読め。モミモミ」


「…あはっ! は、はい…」



 胸を揉んで、サリータに促す。



「シーバンというブルーハンターのようです」


「ほぉ、ブルーハンターか」



 レッドハンターはよく見るが、ブルーハンターと出会うのはラブヘイア以来である。



「ラブヘイアという男を知っているか? たしかやつもブルーハンターだと聞いた」


「あ、ああ。知っている。それが…何か?」


「あの男には苦労をさせられた。だからブルーハンターに恨みを抱いている。お前たちも仲間ならば…」


「ち、違う! あんな変態と一緒にしないでくれ!! 俺らは普通のハンターだ!」


「あいつとお前、どっちが強い?」


「…ラブヘイアのほうだ。俺はそこまで強くはない」


「だが、同じブルーハンターなのだろう?」


「同じランクでも、それぞれ力は違う。俺はどっちかといえばサポート系だからな」



 男の姿は見えないので情報公開は使えないが、波動円の雰囲気からは軽装であることがわかる。鎧を着たガチガチの戦士、というわけでもないようだ。



「お前たちはパーティーなのか?」


「そうだ。『ライアジンズ』という傭兵団で活動している」


「ここに来た目的は何だ? わが儀式の邪魔ではなかろうな?」


「か、狩りに来たんだ。最近、魔獣が増えたから…ほ、本当だ! それだけなんだ! あんたの領域を荒そうとなんて思っていないんだよ!」



 シーバンは必死に無実を訴える。その声に嘘はなさそうだ。



(なるほど、グラス・ギースのハンターか。小百合さんが言っていた情報とも合致するな)



 どうやら周辺の治安を維持するために、ハローワークから依頼を受けている傭兵団のようだ。


 思えばラブヘイアとサリータ、それと金をあげた傭兵団以外のメンバーと出会うのは初めてである。


 あまり出会う機会もないが、彼らもちゃんとハンターとしての仕事をしているらしい。



「いいだろう。信じてやる」


「ほっ、た、助かった…」


「だが、わが聖域に入った罪は重い。そして、わが生贄の裸を見たことも罪である」


「そ、それは…。でも、裸のことは俺らの責任じゃ…」


「ええい、うるさい!」



 ドバーーーー ギュルルルルッ


 水泥牢が洗濯機のように回転する。



「うわあああああ! ごぼぼぼっ!! し、死ぬっ! た、助けて!!」


「わが力を思い知ったか!」


「わかった、わかったよ!! 何でもするから助けてくれぇええええ! ゴボボッ!」


「うむ、実力差がわかったようで何よりだ。では、持ち物をすべて置いていけ」


「ええ!? こ、こんな荒野でか!?」


「何か文句があるのか?」


「ごぼぼぼっ!! わ、わかった! わかったから…!」


「われも鬼ではない。メインで使っている武器は見逃してやろう。それ以外は置いておけ」


「わかった!! 全部渡す!!!」



 シーバンがそう言うと、水泥牢が解ける。


 ドバッーーーっと水が流れるのと一緒に、男たちが流れてくる。


 水気で多少服が焼けていたが軽症のようだ。手加減はしているが、さすがブルーハンターといったところだろうか。



「ううっ…酷い目に遭った……」


「さあ、よこせ」


「わかった。ここに置いていく。くうう、大切な荷物だが…しょうがない」



 シーバンたちは、大きめのリュックを人数分置いていく。


 この荒野で荷物を失うことは命にかかわる。彼らにとっては死活問題なのだろうが、命には代えられない。



「うむ、二度とここに近寄るな」


「あんたは…何者なんだ?」


「おっぱいの妖精だ」


「おっぱいの妖精!!?」


「見てわかるだろう? それ以外に見えるのか?」


「そりゃ…そう言われると…そうとしか見えないが…。うん、たしかにそれ以上の適切な言葉が見当たらないな…」



 どう見ても、おっぱいの妖精。



「それともお前らは、敵対する『厚い胸板の魔族』の崇拝者なのか?」


「厚い胸板の魔族!? 何だそれ!?」


「筋肉モリモリの胸板を愛でる恐ろしい連中だ。ハードゲイとも言う。我々おっぱいの妖精の宿敵だ」


「…そ、それはたしかに…恐ろしいな。絶対に遭いたくない」


「おっぱいの妖精は、荒野にたまに出現する存在だ。出会えば、それ相応の供物がなければ殺されると知れ。荒野に出る際は、必ずお供え物を持参するようにと他の者にも伝えておくがいい」


「く、供物は何がいいんだ? やっぱりその…おっぱいなのか? つまりは女性ってことだが…」


「それもいいが、百万円以上の金か珍しいアイテムなどでもいい。価値基準は人間の世界と同じだ。いいか、忘れるなよ。供物がなければどうなるか…わかるな?」


「わ、わかった。そ、それじゃ…もう行っていいか?」


「うむ、男はさっさと消えろ」


「今日は散々だ…昼間も誰かにぶつかられて気を失ったし……」



 そうしてシーバンたちは闇に消えていった。


 荷物を取られた悔しさよりも、常識を疑うような光景に現実感がなく、狐に化かされたような様子であったのが印象的だ。




 相手が範囲外から去ったのを確認し、ようやく手を離す。



「はぁはぁ…」


「うむ、よく耐えたな」


「やはり修行でしたか!」


「そうだ。だが、快楽を受け入れるのも修行の一部だ。今度からは喘ぎ声を出すように」


「は、はい! 奥深いものです。ところで今の出来事はいったい…何の意味があったのですか?」


「サリータ、人生には遊び心が必要だ。余興を楽しむことができなければ生きているとは言えない。それでは強くはなれないぞ。おっぱいの妖精がいてこそ世界が正しく回っているのだからな」


「な、なるほど! さらに奥深いです!」



 何を言っているのか意味がよくわからないが、師がそう言うのならばそうなのだろう。


 サリータ、知力に問題あり、である。




 ともかく、荷物をゲットである。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます