158話 「サナの初実戦 後編」



 そのまま地面に激突。



 頭から落ちそうだったので、受身を取るだけで精一杯であった。



「ぐっ、しまった…!」



 幸いながらダメージ自体は大きくはない。真上に衝撃が逃げたことと、元から持っている『物理耐性』スキルがダメージを半減させてくれたからだ。


 慌てて盾を拾って防御態勢に移るが、追撃はない。


 振り向くと、そこには逃げていくワイルダーインパスの後姿があった。完全にサリータなど眼中にないという走りである。



(自分は魔獣一匹の足止めすらできないのか…!!)



 悔しさが満ちる。なんとなさけないことか。だから自分は駄目なのだ、と。


 しかし、戦場では悠長に悔やんでいる暇などはない。




 それを証明するように、ワイルダーインパスに矢が突き刺さる。




 狙われたのは、最初のアンシュラオンの攻撃でダメージを受けて、動きが鈍っている個体だ。


 彼らの足は鈍く、明らかに最初の三頭から遅れている。そこを狙ったのだ。


 ただし矢はやや遠めから発射されたこともあり、大気の影響を受けて狙いが逸れ、ワイルダーインパスの尻の部分に命中。


 なんとか突き刺さったが、先っぽだけがかろうじて、という状況である。


 ワイルダーインパスは、矢が刺さったまま逃げようとする。まだまだ致命傷には程遠い一撃であった。



 撃ったのは―――サナ。



 背を低くしてクロスボウを構えた黒髪の少女が、じっと逃げていく魔獣を見つめていた。



(今のはサナ様か…? しかし、なんだこの雰囲気は…)



 サリータはサナから不思議な波動を感じた。


 今こうして佇んでいる姿からも感じるし、先ほどの矢の軌跡からも感じられたものだ。



 彼女は―――まったく躊躇しなかった。



 サリータが吹っ飛ばされたことにも動じず、淡々と狙いをつけて撃ったのだ。距離があったので外れたが、それは重要ではない。


 特筆すべきは【精神力】。


 物事を行う際に恐れや不安をまったく感じない。だから手が震えない。迷いもしない。


 的が来たから撃った。ただそれだけだ。


 それは生と死の狭間にある血生臭い荒野においては、特に異質なものに感じられた。




「サナ、当たったな」


「…こくり」



 またもや一瞬で移動したアンシュラオンが、サナの隣にいた。サリータからすれば、まるで手品だ。



「だが、致命傷ではなかった。動いているものを狙うのは難しいだろう?」


「…こくり」


「まだやるか?」


「…こくり」



 サナは今撃ったクロスボウを投げ捨て、ポケット倉庫から次のクロスボウを取り出す。やる気満々である。



「いいか、狙うのは心臓と脳だ。これは人間が相手でも同じだ。必ず両方を潰すことを心がけるんだぞ。心臓を潰したくらいじゃ、魔獣も武人も簡単には死なないからな」


「…こくり」


「あの魔獣の場合は頭でいいだろう。心臓は狙いにくいからな。また追い込んでやるから、次は頭を狙うんだぞ」


「…こくり」



 ワイルダーインパスの平均HPは約180。今の矢では5しか与えていない。


 当然ながらダメージも当たった部位によって変化するので、頭に直撃すれば一気に何十ものHPを減らすことが可能だろう。




 戦いはさらに継続。仕切り直しである。




「サリータ! 何を呆けている! 次もいくぞ!」


「は、はい! で、ですが師匠、自分では…」


「泣き言など聞きたくはない。盾で受け止められないのならば、さっき渡した斧かハンマーでぶっ叩け!! お前の役目は動きを止めることだ!! 死んでも止めろ! わかったな!!」


「はい、師匠!!」



 その言葉に身体が熱くなっていくのを感じる。


 今まで自己流で戦ってきた自分にできた初めての師。まだ彼のことをよく知らない。どんな性格でどんな考えを持っており、何のためにここにいるのかも何も知らない。


 しかし、強い。


 実際に戦った時もそうだが、今こうして魔獣を簡単に屠っている姿は雄々しく、見た目からは想像もできないほどに重厚だ。



(自分の選択は間違っていなかった。この御方ならば、きっと自分を強くしてくれる!! この心を鍛えてくれる! なればこそ応える! この身が砕けても!)



 明確な指示と命令を受けて、迷いが消えていく。



(もう油断はしない! 油断ができるほど強くはない!! 命じられたことを死ぬ気でやるだけだ!)



 サリータは盾を捨てて両手で斧を構える。


 男性の戦士用なので大きく、いわゆるウォーアックスやバトルアックスと呼ばれるものだ。


 盾は自分の最大の武器。持っていないと不安になるが、アンシュラオンが言うように受けられないのならば意味がない。


 そこに悔しさはあっても、まず第一に相手を見なくてはならない。それが師の最初の教えである。


 決死のワイルダーインパスに一番有効なのは攻撃だ。


 相手の攻撃を受ける前に、こちらの攻撃を当てる。その後のことは知ったことではない。当てればいいのだ。




「行ったぞ、サリータ!!」



 再びアンシュラオンが追い込み、魔獣がこちらに向かって駆けてくる。


 その目は必死。生き残るために全力だ。



「うおおおおおおおおおおおお!!」



 その気迫に負けないように、サリータは叫ぶ。


 全身から力を振り絞るように、恐怖に負けないように叫びながら駆ける。


 アンシュラオンと比べれば、遥かに遥かに弱い人間の女性が斧を振りかぶり―――



 激突する寸前に、一番先頭のワイルダーインパスの頭に―――叩きつける!!



 斧はツノに当たり、少しだけ威力を弱めながらも頭蓋に激突。ミシミシと金属の刃が食い込むのがわかった。


 だが、戦気を使っていない腕力だけで攻撃しているため、一撃で倒すことはできない。



「グオオオオッ!」


「っ―――!」



 頭から血を流しながらワイルダーインパスが、サリータを吹っ飛ばす。


 それから宙に浮き上がり、落下とともに他のワイルダーインパスにも激突され、もみくちゃにされる。



「がはっ! ごはっ!!」



 ドス バキッ ボキッ グシャッ



 踏まれ、叩きつけられ、肋骨と鎖骨が折れ、足も折れる。


 身体が丈夫かつ、物理耐性があるからこそ死こそ免れたが、かなりのダメージを負ってしまった。



(これが…魔獣との戦いなのか!? なんの躊躇もない!!)



 魔獣と人間、どちらが怖いか。この問いの答えは難しい。


 人間は狡猾で残酷であるが、魔獣はまったく躊躇わない。人間のように迷ったりしない。生きるために相手を殺すことに躊躇しない。


 言葉や文化、考えが通じないとは、これほどまでに恐ろしいものなのか。そもそも相手には、それを理解する知能もないのだ。



 それはサリータが受けた、初めてのショック。



 大自然において、自分がいかにちっぽけな存在であるかを改めて知った。もし数が多かったのならば、これで確実に死んでいるだろう。


 その事実が彼女に恐怖を与えた。痛みと混乱で思考が止まりそうになる。



 しかし直後、そんな恐怖を貫くように矢が飛んできた。



 まず一発目の矢が、サリータが攻撃したワイルダーインパスの肩に当たる。


 それで動きがさらに鈍ったところに、間髪入れずに二発目の矢が―――目に突き刺さる。



「ブルルッ!」



 いきなりの痛みと衝撃に暴れるが、その動きは機敏ではない。


 どうやらさきほどのサリータの一撃で、ワイルダーインパスは軽い脳震盪を起こしていたようだ。今にも倒れそうにフラフラしている。


 そこに三発、四発と矢が撃ち込まれ、五発目が頭に突き刺さる。


 見ると、サナがかなり近くまで接近していた。命中率を上げるために近づいてきたのだ。



「サナ様…! まさか私を助けに…?」


「…じー」


「っ!」



 サナはサリータの背後を見ていた。


 慌てて振り返ると、残りのワイルダーインパスが突っ込んできていた。再びアンシュラオンが追い込んだものだ。


 サリータがこんな状況でも、まったく容赦はしない。アンシュラオンはひたすら追い込むだけに徹する。



(師匠はなぜそこまで…サナ様まで危険に晒されるのではないのか!? それともこれが実戦だということなのか…?)



 このような状況に陥るのは人生で初めてのこと。つまりは命の危機に瀕しているのだ。


 そこに至っても彼は手助けしようとはしない。それに対して一瞬、迷いが生まれる。



「っ!!」




―――視線を感じた。




 それは、自分をじっと観察するようなもの。自分がどう動くかを、つぶさに見ている者の視線だ。



 アンシュラオンが見ている。こちらを見ている。



 その赤い目が、サリータをじっと見つめていた。人間のものとは思えないような、静かで冷徹で、それでいて燃えるような輝きをまといながら。


 その意思が、その明らかな強い力が、サリータを射抜く。



 そこで思い出す。



(私の役割は何だ!? そうだ、足止めをすることだ! 同時にサナ様をお守りすることだ!! 何を迷っている! 自分のすべてを捧げると決めたのではないのか!! いくじなしめ! だから弱いのだ!)



 サリータの身体から力が湧き上がる。守る時こそ、彼女の力は最大限に発揮されるのだ。



「痛いからと、それがなんだというのだ。折れたからと、それがなんだというのだ。関係ない―――死んでも戦え!!! 師はそうおっしゃった!!」



 自己を叱咤し、『熱血』スキルによって体力が増した肉体が、折れた足に立ち上がる力を与える。


 起き上がり、自らの肉体をただがむしゃらに【盾】とする。




「うおおおおおおお!! 来い!! 死んでも止める!!」




 ワイルダーインパスが突っ込んできて―――吹っ飛ぶ。



 巨大な重い物体が渾身の力でぶつかってくる。その衝撃はトラックにぶつかった人間の如し。


 サリータの身体が後方に吹き飛ばされる。無様に転がっていく。


 わかっていた事実。当然の結果。



 だが、それは実る。



 その間にサナは六発目と七発目の矢を頭に撃ち込んでおり、その最後の一発が脳を完全に破壊するに至った。


 そして獲物は、数歩ばかりよたつき―――



 ドスンッ



 完全に大地に横になって倒れた。



 サナが初めて魔獣を狩った瞬間。何かを殺した記念すべき瞬間である。




 トトト


 サナが大地に這いつくばっているサリータに近寄る。



「サナ…様……お見事…です」


「…こくり。ぐいぐい」


「うっ…申し訳ありません……もう足が……」



 サナが引っ張って動かそうとするが、サリータはもう動けない状態であった。


 ワイルダーインパスの突進は、一般人なら一撃で死ぬレベルである。それを何度もくらったのだ。今度のダメージはかなり大きい。



 だが、それこそがリアル。



 砂埃で汚れる身体。口に感じる鉄の味。痛いを通り越して麻痺している腹の中。そのどれもが自分の【生】を実感させてくれた。


 これが、生きるということ。戦うということ。


 人間同士の戦いではなかなか味わえない、自然の中で生き抜くというエネルギーである。


 生命力に満ち、流転し躍動する世界の中に生まれた唯一のパワー。


 それをもっとも感じさせる者が、目の前にいる。



 アンシュラオンがワイルダーインパスの前に立っていた。



「サナもクロスボウを撃ち尽くしたようだし、もういいだろう」



 サナはすでに十三発の矢を撃ち尽くしており、用がなくなったクロスボウの本体がそこら中に投げ捨ててある。


 大きいものは自分では装填できないので、ああやって放り投げるしかないのだ。それはそれで問題があるが、ひとまず実験は成功である。



「役に立ってくれてありがとうよ。褒美に一瞬で殺してやろう」



 アンシュラオンは水流波動で、尻に何発か矢が突き刺さった個体たちを瞬殺する。


 今度の水は小さく鋭く放射され、ワイルダーインパスの頭部を一瞬で破砕した。完全に即死であろう。


 わざわざこうしたのは、矢を回収するためである。





 回収が終わり、アンシュラオンが戻ってきた。そこには笑みがある。



「最初にしては上出来だ。初めて仕留めた獲物だぞ」


「…こくり、こくり」



 サナは矢が頭部に突き刺さったワイルダーインパスを見ながら、何度も頷く。


 かなり興奮しているようで、浅黒い肌が真っ赤である。



「やっぱり最初に仕留めた獲物は嬉しいよな。たっぷり味わうといいぞ」



 アンシュラオンが最初に殺した魔獣は何だったか。たしか獣型の討滅級魔獣だと記憶しているが、その直後に大量の魔獣と交戦したので詳細までは覚えていない。


 それと比べると遥かに小物だが、サナにとっては初めての獲物であり、初めての【殺し】である。


 それが何であれ、初体験は非常にドキドキワクワクするものだ。今も興奮して倒した獲物をじっと観察している。



(サナが楽しんでくれたようで何よりだ)



 その感動をサナに与えられたことに満足する。


 それから倒れているサリータに向かう。



「サリータ、よくやった。お前は逃げなかったし、最後までサナを守ろうとした。合格だよ」


「し、師匠……」


「オレは疑り深い男でな。まだお前を信じてはいなかった。これも一つのテストだ。悪く思うなよ」



 アンシュラオンがサナを危険に晒したのは、サリータの資質を見極めるためでもある。


 人間の言葉など簡単に信じるものではない。その行動こそ信じるべきだ。特に命の危機に瀕したとき、咄嗟に何をするかが重要だ。


 そして彼女は、身をもって役割を果たそうとした。身を投げ出してサナを守ろうとした。命令に従おうとした。


 実力はともかく、アンシュラオンが欲しいのはそういった献身性である。彼女はそれを身をもって証明したのだ。



 よって、合格。



 ここで初めてサリータは、アンシュラオンの本当の弟子となった。



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