156話 「サナとサリータの強化訓練 後編」


 サリータを鍛えてあげると決意する。それが師匠の役目である。


 ただし、アンシュラオンと陽禅公が唯一違う点が、これ。



「サリータ、オレは心を鬼にする。これからお前がついてこれない場合、胸と股間を触ることにする!! 覚悟はいいな!!」


「は、はい! トラウマを克服するためですね!」


「そうだ。オレだってつらい。だが、こうでもしなければお前は強くなれない! わかってくれるな!」


「し、師匠!! それほどまでに自分のことを思って…! あ、ありがとうございます!! 嬉しいです!」



(うむ、こうして考えると弟子もいいかもしれん。どんな理不尽な要求でも押し付けることができるしな。ほぼスレイブと変わらないじゃないか)



 師匠の言うことは絶対なのだ。それはアンシュラオンも経験済みである。


 思えば陽禅公もセクハラをしたかったのかもしれないが、相手がパミエルキなので無理だったのだろう。


 そんなことをした日には、最強の覇王が処刑される世にも珍しい光景が見られるに違いない。





「ところで戦いの際、戦気を使っていなかったようだが、あれは何か理由があるのか?」



 ついでに一つ、気になっていたことを訊ねてみる。


 模擬戦でもそうだし、最初にソブカの館で出会ったときから感じていた疑問である。


 だが、その疑問に対してサリータは不思議そうな顔をする。



「?? 戦気とは何でしょう?」


「…え? 知らないの?」


「無知ですみません! 自分で自分が恥ずかしいです!」


「い、いや…そうなのか。知らないのか。豚君でも使えたのに…」



 ビッグを見たときはラブヘイアを比較対象にしていたが、サリータはさらに下のビッグを比較対象にしないといけないようだ。


 なんとも哀しい話である。ちょっと泣きそうになった。



「戦気、出せないか?」


「どのようにやるのでしょうか?」


「普通に、こんな感じで」



 アンシュラオンが軽く意識を集中させると、身体の周囲に戦気が燃え上がる。


 弱いと見えないこともあるが、自分のものは常人でも見えるほどに強大だ。


 しかし、これでも軽く出しているだけなので、全力の1%程度にも満たない。



「こ、これは…なんと…! 生命力に溢れているような…神々しい姿です!」


「見たこともないのか?」


「今までの仕事では見たことはありませんでした」


「仕事はいろいろと経験しているんだよな?」


「はい。チンピラや盗賊程度とならば交戦経験はありますが、そういったものは見たことがありません」


「…ずいぶんと幸運だったな。武人と出会っていたら死んでいたぞ」



(本当に戦気を知らないのか? 戦気は武人にとって必須の強化手段だ。これが出せないと話にならない。出せなければピッチャーのボールを素手で打つようなものだ。大前提であり最強の攻防手段でもある。使えると使えないとでは天地の差だぞ)



 ぶっちゃけ一般人のレベルでも戦気が出せれば、賦気で強化されたサナのように、子供でも大人に勝つことができるだろう。それだけの差がある。


 サリータがもし戦気を使える武人と出会っていたら、間違いなく負けていたはずだ。彼女が無事であったことが奇跡に思えてくる。


 逆に戦気を使えないからこそ、今まで仕事が上手くいかなかったのかもしれない。



(おかしいと思ったんだよな。サナと同じノンカラーだしさ。戦気が使えないから生体磁気が活性化されていないんだよ)



 サリータがノンカラー認定されているのを見て、少し疑問に感じていたのだ。さすがにサナと一緒というのは問題だろう、と。


 その原因が、おそらく戦気の有無である。


 戦気を扱えるようになると生体磁気自体が活性化されるので、普通にしていても身体に力が満ちるようになる。


 人間の老化は、身体の生体磁気が回復量よりも消費されることで発生するので、戦気を扱えるようになれば老化を防ぐことも可能となる。


 ただ当然、それ以上に使えば老化が発生するので、凄まじい戦気量があっても老化する者も大勢いる。そこは使うか使わないか、である。



 ともかく戦気が使えないことは非常にまずい。



(ううむ、大問題だな。このままじゃ護衛は務まらない。まずは戦気を教えるか)



 このままではソイドファミリーの中級構成員程度の敵がやってきたら、その段階でゲームオーバーだ。


 彼らはレッドハンタークラスであり、お世辞にも上質とはいえないが、一応は戦気も使えていた。


 酒場で軽く捻じ伏せたのはアンシュラオンだからこそであり、彼女だったら負けていた可能性が高い。


 一対一かつ護衛対象者が逃げるまでの防衛戦だった場合は、粘ることは可能かもしれないが、相手が二人いたら間違いなく終わりだ。


 術具などで強化するにせよ、戦気に対抗するには、まずは戦気の扱いを覚えるのが一番である。




「いいか、戦気とは…」




 それからサリータに戦気の簡単な説明をして、まずは出せるかどうかを確認してみることにした。




「ほら、やってみなさい」


「はあああ!」


「力が入りすぎだ。バシーン」


「あはんっ!!」


「なんだその可愛い声は! 乙女か!」


「いえその、急に叩かれたので…びっくりして! すみません!」


「マッスルするんじゃない。筋力じゃなくて【意思】の力だ。意念の力を集中させるんだ。身体はその媒体にすぎない。手でも足でもいいから、一番意識が向く場所に集中してみろ」


「意識が向く場所…手でしょうか?」



 サリータが自分の左手を見る。いつも盾を持つ腕だ。



「もしかして左利きか?」


「はい。一番力が出ます」


「ならば、そこでいい。左手に集中してみろ」


「腕に集中。体内の生体磁気を…集めて……粒子と化合する…。集まれ…集まれ」


「無駄に力を入れるな。小学生が『かめはめ波』を撃つんじゃないんだ。手の筋肉を使っても意味がないぞ」



 小学生くらいならば誰もがそれを試した経験があるだろうか。


 当然出せないので、手の筋肉を一生懸命動かして終わることになる。まさに黒歴史だ。



「意思の力で、そうなるようにイメージするんだ。具現化能力ともいうな。うーん、そうだな…絵描きが絵を描く時にはすでに頭の中でイメージが固まっているが、あれに近い感覚だ」



 経験が浅い時は、頭の中ではボヤっとしたイメージしか浮かばないが、何年も何十年も続けていくと、すでに頭の中で明確なイメージが生まれてくる。


 絵を描くという行為は、それを実際に出力する行為にすぎず、実体はすでにイメージ力の中にあるわけである。


 戦気もそれと同じで、すでに自分がイメージしたものを実際の肉体を使って表現することに近い。


 センスがある者というのは、それが最初からできる人間のことだ。魂の経験値が高い、あるいは才能値が高いので、比較的早い段階からイメージ力が身についているというわけだ。



「ほら、もう一回だ」


「はぁあ!!」


「まだまだ固いぞ」


「は、はい―――うひゃっ!」



 むんずと胸を触る。



「力が入るたびに胸を揉むからな。嫌だったら力を抜け」


「ふっふーーふっーーー」


「気のせいか…逆に力を入れてないか?」


「い、いえ! そ、そんなことは!!」


「じゃあ、こうしよう。ぎゅうう」


「あふうううう!」



 お尻をつねる。柔らかかった。



「戦気は本能的なものでもある。いわゆる闘争本能だな。「戦う気」と書くのだから、攻撃のためにあるのは間違いない。ほら、目の前に敵がいると思ってやってみろ」


「ううう…うおおおおお!」


「怒りや敵意といったものも立派なきっかけになる。憎いものはないのか? 怒っているものでもいいが」


「憎いもの…ですか?」


「解雇されて悔しかったんだろう? それを力に変えてみろ」


「は、はい! うううう! 朝焼けのバカヤローーーー!!」



 サリータは必死に感情を奮い立たせようとするが―――失敗。



 生体磁気に多少の変化はあるようだが、まったく戦気の形にはならなかった。



「う~ん、戦気のレベルには達していないな」


「申し訳ありません…」


「サリータが悪いわけじゃない。知らないならしょうがないさ」



 サリータは落ち込むが、何の知識もないのだから仕方ないことだ。



(師匠の修行は、いきなり戦気を操ることから始まったもんだが…。出すんじゃない。操ることからだ。こんなの、意識を集中すれば普通に出るのに…)



 アンシュラオンはパミエルキに言われて、自我がそこそこ芽生えた三歳の頃には使えていた。


 「ほら、出してごらん?」と言われてすぐに出せたので、「これは面白い!」ということで遊び道具になっていたくらいだ。


 だがそれはアンシュラオンの場合。


 生まれ持った肉体の質と、今までの人生経験によって培った集中力、そして魂に刻まれた闘争本能があるからだ。



(サリータは、あまり闘争心を出すタイプじゃないのかな? 『熱血』スキルがあるから期待してみたが…どうやらそう簡単にはいかないようだ)



 彼女は真面目なのだろう。怒りや憎しみといったものを敵ではなく自分に向けてしまうようだ。


 それならそれで燃えてくれればいいのだが、どうにも生来の不器用であるらしい。



 つまりは【センスがない】のである。



 センスがあれば一瞬で出せるものなのだが、それもまた個人差、才能の問題であろう。



(そういえばハローワークには、女性の武人はほとんどいないようだ。理由がないわけないよな。やっぱり女性には不向きなのか? そりゃ戦いは男の仕事ってイメージはあるけどさ…姉ちゃんがいるんだ。女性だって強くなれるはずだぞ)



 そんな才能がないサリータであっても、アンシュラオンは見捨てるつもりはなかった。一度自分のものになった者は誰であろうと見捨てることはない。


 パミエルキは例外かもしれないが、女性でも強くなれるはずなのだ。そこを諦めたくはなかった。



「そんなに落ち込むな。逆に伸びしろがあるということでいいじゃないか。今まで師がいなかったんだ。これから覚えさせてやる」


「はい! ありがとうございます!」



 戦気は程度の差はあれど、基本的には誰でも出せるはずである。


 どんなに絵が下手な人間でも、何十年もやっていれば少しは上手くなるし、何かのきっかけでいきなり目覚めることもある。


 大切なことは継続することだ。そこが重要である。



(逆に考えよう。知っていたら教える楽しみがない。これでいいんだ。そしてこのノウハウは、今後新しい女性を増やしたときに有効のはずだ。使えるのが普通だと思っていたからな…。サリータがいなかったら知らないところだったよ)



 思えば大剣の女性も戦気を使っていなかった。ビッグが今まで常勝とかほざいていたが、その理由が少しばかりわかった気がする。


 そこそこ経験がある傭兵でも、こうして戦気を使えないことがあるのだ。勝てて当然であろう。


 だが、差はそれだけにすぎない。自分が教えればいいことだ。



(それにオレも師匠としては素人であり駆け出しだ。教え方が悪いのかもしれん。『人を見て法を説け』とは至言だ。たしかに才能はないのかもしれないが、サリータに合った方法で教えていないのに、今すぐ駄目だと判断するのは早計だ。まだオレは彼女のことをよく知らないし、じっくりと構えるべきだろう。誰かに教えることで自分も学べるしな。これもいい機会だったのかもしれない)



 上手くいくこともあれば、いかないこともある。


 人にはそれぞれ得意分野があり、性格もそれぞれ違う。彼女には彼女の成長の仕方があるだろう。


 サナの兄になったことも初めての経験だったが、誰かの師匠になることも初めてだ。ならば、その初めての体験を楽しめばいい。


 失敗もまた楽しみの一つだ。生きていれば何度でもやり直せるものである。



「ひとまず戦気はいい。それ以外での強化方法を考えるから安心しろ」


「はい、ありがとうございます!」


「それじゃ、また走るぞ。サナもいけるな?」


「…こくり」




(そのうち道場でも作るか)



 そんなことを思いつつさらに走った時、ようやく【獲物】を発見するに至る。




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