155話 「サナとサリータの強化訓練 前編」


 護衛のサリータもいるので、マキは快く送り出してくれた。


 名残惜しかったのか、最後のほうは「私も行く」とか言い出したが、街の治安のためだと言って制止した。


 マキが東門にいる意味は相当大きい。門番なので誰が出入りしたかもわかるし、場合によっては要人の足止めや拘束も可能である。


 小百合同様、ぜひそのままでいてもらいたいものだ。



(しかし、最初は『街を守らないといけないから、一緒に行けなくてごめんね』とか言っていた気がしたが…これも魅了効果なのかな? 女性の心変わりは早いとはいうけど…恐ろしいものだ)



 なぜかマキの領主軍への忠誠度が相当低くなっているようだ。単純に魅了かもしれないし、領主と何かあったのかもしれない。


 どちらにせよ敵対してくれるのならば、ありがたい限りである。





 そこから高速馬車で一気に南門にまで到着し、外に出る。


 その頃には日はだいぶ落ちてきて、薄闇が広がりつつある時分であった。


 本来ならば人々は夜の移動は避けるが、アンシュラオンにはまったく関係ない。むしろ目立たない夜のほうがいいのだ。


 そして、都市がうっすらと見えなくなるくらいに離れた時から、本格的に鍛練が始まる。



「ここからは走るぞ」


「はい、師匠!」


「サナも少しずつ走ろうな。大丈夫。お兄ちゃんに任せておけ。まずはこれを使おう」



 アンシュラオンが取り出したのは『韋駄天の術符』。


 符をサナに向けて起動の念を送ると、術符が粉々になり術式が展開。サナの足に組み込まれていく。



「これで脚力が向上するはずだ。ジャンプしてみな」


「…こくり」



 ぴょーーーんっ



 サナがジャンプ。


 思えばサナのジャンプを見るのは初めてだが、その高さはアンシュラオンの頭を軽々超えるほどであった。



「おお、いいぞ! すごいパワーアップだ! さすが一枚十万円だな」



 効果時間はおよそ三十分から一時間程度、一回十万円の高級符である。これくらいの効果はあってしかるべきだろう。


 地球でも助走をすれば二メートル近くジャンプできる人間はいたが、助走なしの垂直飛びでこの高さは、サナの身体能力を考えれば驚異的なパワーアップである。



「サリータ、今度はお前が跳んでみろ」


「はい!」



 ぴょーーーーーんっ



 今度はサリータが跳んだ。


 その高さはさすがにサナを超えるが、二メートル半といったところ。



「ど、どうでしょう?」


「うむ、こんなもんだろう。想定の範囲内だな。だが、これでは話にならない。もっと強くなってもらうぞ」


「は、はい! がんばります!」



 女性であっても弟子である以上、厳しくしなければならない。


 なにせ彼女には護衛という大切な任務があるのだ。それを遂行できるくらいに強くなってもらう必要がある。遠慮は不要だ。


 ちなみにアンシュラオンの垂直飛びは、おそらくは五十メートルを軽々超えるに違いない。城壁を一足で登るのだ。それくらいはできて当然である。





 準備ができたところで移動を開始。



「サナ、できるだけ速く走ってごらん」


「…こくり」



 トットット トットット トットット

 トットット トットット トットット



 サナが走りだし、徐々にスピードを上げる。


 それは十キロ、二十キロと上がり、時速二十五キロ程度にまで到達。


 これは一般の自転車で、そこそこの強度で走る速度くらいだ。百メートルを14秒ちょいで走るといえばわかりやすいか。



「サリータもついてこい。まずはサナの足に合わせる」


「はい!」



 トットット トットット トットット

 トットット トットット トットット

 トットット トットット トットット


 トットット トットット トットット

 トットット トットット トットット

 トットット トットット トットット




「…ふぅふぅ」




 そうして十キロほど走った時だろうか、サナの呼吸が乱れ始めた。



「サナ、疲れたか?」


「…ふるふる」



 本当は疲れているのだろうが、こうしたところは案外強情である。



(脚力を強化してこれくらいか。一般人の子供だと思えば十分かな)



 この年齢にしては、これだけの速度でこの距離を走れれば十分であろうか。


 ただ、他の地域はわからないが、少なくともグラス・ギースに住んでいる人間は地球人と比べて、総じて体力が高い傾向にある。


 前にシャイナを尾行した時も、かなりの距離を歩いていた。しかも現代人からすれば、相当な早足に近い速度だ。


 普段から歩き慣れているので足腰が鍛えられているのだ。劣悪な環境でこそ肉体が強化されるよい見本だろうか。


 また、この星の規模を考えても、人間そのものの身体能力が地球人よりも高いようである。そうでなければ、銃弾を軽々よけられる武人などは存在できないだろう。



 サナはがんばっている。


 が、満足はできない。


 これで終わっていてはアンシュラオンに到底追いつけるわけがないからだ。



 そこで、これを使う。



 アンシュラオンが命気を展開し、サナを覆って肉体を癒していく。それと同時に【賦気ふき】を行う。



 戦気術、賦気。



 名前の通り【気】を与える術で、自分の生体磁気を分け与えることで相手の肉体を活性化させるものだ。


 アンシュラオンから赤白い光がサナに降り注ぐ。それをサリータが珍しそうに見ていた。



「師匠、それは何をしているのですか?」


「賦気だ。知らないか?」


「はい。知りません」


「言ってしまえば【ドーピング】だな。オレの生体磁気を分け与えることで、一時的に肉体を強化しているんだ」



 賦気にはレベルが何段階かあり、一番強いのが戦気などを直接送り込む方法である。


 だが、戦気は人それぞれ違うので合う合わないの相性もあるし、いきなり子供に強い力を与えるのは、それだけで死んでしまうリスクがある。


 今やっているのは、一番弱いエネルギーである化合前の生体磁気を分け与える作業だ。


 これならば副作用が少ないし、比較的誰でも受け入れることができる。


 これまでの生活でサナは常時アンシュラオンと触れていたので、お互いのオーラもだいぶ馴染んできている。吸収率もよく、どんどん吸い込んでいるのがわかった。



 そして、サナの身体の表面に白い膜のようなものが生まれた。



 活性化した生体磁気が溢れ出ているのだ。



「これによってサナは【強化状態】になって、普段以上の力が出る。腕力も体力も何倍にもなるだろうから、大人相手でも問題なく倒せるくらいにはなるはずだ。一番重要なのは、その状態に慣れれば、それが普通の力として出せるようになることだ。もちろんデメリットがないわけじゃないけど…一番手っ取り早い強化方法だろう」


「そ、そのようなことができるのですね! 初めて知りました! さすが師匠です!」


「こんなことで驚かれてもな。修行でよくやらないか? 負荷を与えて強化するのは短期的な修行ではよく使われる方法だし、こうでもしないと常人の壁は破れない。サナにはもっと強くなってもらわないといけないんだ」



 アンシュラオンは、サナを本気で鍛えるつもりである。


 当然それはサナに負担をかけない方法でやるつもりだが、こと修行に関しては意外と真面目で厳しい男だ。


 サナに対しても強くなるためには心を鬼にする覚悟であった。なぜならば、力を持つ意味をよく知っているからである。



(サナには力を持ってもらいたい。セノアたちに負けてもらっては困る。圧倒してもらわないとな)



 彼女たちは術士の因子であるが、ロゼ姉妹は才能がある。それを見て急にサナを鍛えたくなったのだ。


 言葉は悪いが「あんな、ぽっと出の子供には負けられない!」という対抗心である。


 ロゼ姉妹も可愛いスレイブであるが、サナはアンシュラオンのすべてを継ぐ【女帝】になる予定だ。


 そこでもっとも重要なのが力。武力。軍事力。その最強の力を少しでも与えたいと願ってのことである。



「…むくり」



 サナが再び立ち上がる。



「サナ、いけるか?」


「…こくり」


「よし、行こう。また全力で走るんだぞ。苦しいだろうけど我慢だ! その積み重ねで強くなるんだからな」


「…こくり。ぐい」



 サナが拳を握り締めて、まだがんばるのポーズを決める。当人はやる気だ。




 トットット トットット トットット




 最初はさっきと同じ速度で走り出し―――




 ドドドッ ドドドッ ドドドッ




 徐々にスピードが上がっていき―――




 ドドドドドドッ ドドドドドドッ ドドドドドドッ

 ドドドドドドッ ドドドドドドッ ドドドドドドッ




 時速四十キロ程度になる。




 それから三十分。サナはこの速度で走り続けた。


 これは地球で言うところの百メートルを九秒台で走る速度である。


 ただし、彼らは常時その速度で走っているわけではないので、サナのほうが結果的には地球最速の男よりも速く走っていることになる。


 途中で韋駄天の符の効果が切れたが、サナはその速度を維持する。アンシュラオンの生体磁気を受けたので、まだ多少はがんばれるのだ。




 さらに三十分ほど走り続けると―――突如サナが倒れる。




 しかも、バタッと突然エネルギーが切れたように倒れた。


 与えた生体磁気が切れ、体力の限界がやってきたのだ。足がガクガク痙攣している。


 相変わらず「0か100」みたいな白黒はっきりした性格なので、サナは限界まで力を出し切るのだ。



「サナ、大丈夫か!? すぐにお兄ちゃんが治してやるからな!!」



 慌ててアンシュラオンが駆け寄り、サナを抱きとめる。


 再び命気で身体を癒し、賦気でエネルギーを補充。サナの身体を思いやって数分の時間をかけて、ゆっくりと力を与えてあげる。



 そうして回復してやると―――むくりと起き上がった。



「…じー」



 可愛い目をぱっちりさせてアンシュラオンを見る。


 その目には、まだ力があった。



(賦気はやりすぎると危険だ。副作用もあるし、続行するかどうかの判断が難しいが…大丈夫そうだな。やはり毎日一緒にいたことが奏功しているようだ)



 当然ドーピングの一種なので賦気には副作用がある。加減を誤ると筋肉断裂などは良いほうで、場合によっては廃人になることもある。


 しかし、戦気術の扱いが達人を超えて仙人クラスの陽禅公に鍛えられたアンシュラオンならば、その加減を見誤ることはない。


 サナの様子を観察するが、まだ大丈夫そうだ。ただ一応、当人の気持ちを確認しておくことにする。



「まだ大丈夫か?」


「…こくり」


「おー、サナはがんばり屋さんだなぁ。本当にすごいぞ! それに比べ…なんだ、そのざまは!! 子供のサナがこんなにがんばっているのに…なさけない!」


「は、はいっ!! 申し訳ありません! はぁはぁ! ぜーぜー!」



 なぜかサリータがへばっていた。


 たしかに彼女は背中に大盾を背負っているが、それでも言い訳にはならない。


 大人であり、一応は戦闘要員なのだ。サナと同等に比べるわけにはいかない。



「サリータ、出会ったばかりだが師となった以上、オレは手加減はできんぞ!」


「ありがたいことです!」


「それが甘えだと言っている。とんっ」


「あうっ!」



 バタンッ


 軽くつついただけで倒れた。彼女も足をガクガクさせている。



「なんだその体力の無さは! 変態だって時速百キロで走っても大丈夫だったんだぞ。この程度の距離も走れんのか?」


「申し訳ありません!」


「言い訳はいらん! しっかりついてこい!」


「はい!! はーはー、ぜーぜー!」



 スパルタである。サナには大甘だが、弟子となったサリータには厳しい。


 これには当然、理由がある。



(多少心は痛むが…しょうがない。彼女も普通にやっていたら強くはなれないからな)



 正直、サリータは才能があまりないので、それこそ普通にやっていたら強くなどなれないだろう。


 しかし、諦めなければ強くなれる。人間の可能性は無限なのだ。


 そしてその見返りは、実に素晴らしいものになるだろう。強さがあれば、この世界では何でも思い通りになるのだから。



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