153話 「サリータさん、それは気の迷いだ!」


(まずは口止めからだな。他言しないように釘を刺そう)



「サリータさん、お願いがあるんだけど、いいかな? 君のお願いを聞いたんだから、こっちのお願いも聞いてくれると嬉しいな」


「は、はい。何でしょう?」


「オレとソブカが出会ったことは内密にしてほしいんだ。そもそもあそこに行ったことも見なかったことにしてほしい」


「…? はぁ、わかりまし…た?」


「普通の雇用契約と同じように守秘義務を徹底してくれればいいから。お願いってのはそれだけなんだ。どう? 大丈夫?」


「はい。問題ありません。もともと仕事内容は誰にも漏らさないようにしていますから」


「口が堅いようで結構なことだね。素晴らしいよ」


「あ、ありがとうございます!」



 事情はよくわからないようだが納得してくれて何よりである。


 まず最初の難関をクリアできて、アンシュラオンもほっとする。



(こちらに対して敬意のようなものが感じられるな。模擬戦で勝ったことで上下関係が明確になったようだ。ついでに素性も訊いておこう)



「もしよかったらでいいんだけど、仕事を請け負った経緯を含めて、そのあたりを詳しく話してもらえるかな? ああ、護衛の仕事を頼むかどうかの判断基準にするから正直に答えてほしいな」


「は、はい! わかりました!」


「それで、仕事はどこで請け負ったの?」


「この街に来るのは初めてでしたので、とりあえずハローワークに登録をしたのですが、その直後に依頼がありまして…それがキブカ商会の会長さんの護衛でした」


「ということは、この街には来たばかり?」


「はい。いきなり仕事が入ったので、これは幸先が良いと思っていたのですが…」


「そりゃたしかに組長の護衛なら儲かりそうだもんね。じゃあ、裏側の仕事にも慣れているのかな?」



(組長の護衛を受けるくらいだ。マフィアの抗争に巻き込まれてもいい、という覚悟の上で受けたに違いない。そういった仕事に慣れているのならば、一応条件としてはクリアかな。あとはもう少し裏を洗って…)



 と、アンシュラオンが考えていたのだが―――何やら視線を感じる。



 サリータがこちらをじっと見ていたのだ。



「…どうしたの?」


「あの…少し気になったのですが、訊いてもよろしいでしょうか?」



 ぴんと背筋を伸ばして直立不動の姿になる。


 手は後ろに回しているので上官に指示を仰ぐ軍人にも見えるが、これも体育会系のノリなのだろうと思って受け入れる。



「うん、いいけど…何?」


「ありがとうございます! ところで…組長とは何でしょう?」


「組長は組長だけど…組で一番偉いやつだよ。それ以外に言いようがないな」


「組合とかそういったものでしょうか?」


「組合? 何を言っているのかよくわからないけど…だってあいつ、組長でしょう? マフィアだもん」


「マフィア?」


「キブカ商会はラングラス一派のマフィアだよ。ソブカは組長でしょ?」


「…え?」


「…え?」



 アンシュラオンとサリータが、互いに困惑の表情を浮かべる。


 何やら会話が成り立っていない。サリータとはさきほどからずっとそうだ。



「もしかして…知らなかったの?」


「は、はい。初耳です…」


「ちょ、ちょっと待って! 相手の素性を聞いてないの? 自分の依頼相手だよね?」


「詳細は…知りません。普通に契約して、ついていっただけですので…」


「相手のことくらい調べないの?」


「仕事の依頼でしたから…問題ないかと。…何か変ですか?」


「ぶ、無用心すぎる。美人なんだから、そんなことじゃ駄目だよぉおおおおおおおおおお!!」


「ひゃっ!! は、はい」



 バシーンッ グラグラ


 アンシュラオンが思わず手を石柱に叩きつけると、その衝撃で訓練場が揺れた。


 それにびっくりするサリータであったが、アンシュラオンの説教は止まらない。



「ちょっとそこに座りなさい!」


「は、はい!」



 正座するサリータ。



「いい? もし相手が悪党だったらどうするの!! お姉さんを騙して、あんなことやこんなことをされていたかもしれないんだよ!!! いや、実際に悪党だったけどさ!! あいつにそんな趣味がなかっただけで、運がよかっただけだよ! わかってるの!!!」


「は、はい!!! 申し訳ありません!」


「マフィアだってことを知らないのが一番問題だよ! 危ないに決まっているじゃないか! 依頼を受けるときは事前に調べないと駄目だよ! そんなの当然でしょ!! 自分のことは自分で守らなきゃ!!」


「お、おっしゃる通りです…」


「ほんと、近頃の娘っ子はどうなっているんだ! 知らないやつにホイホイついていって!! なんて尻軽だ!!! 破廉恥な! 恥を知りなさい!!」


「す、すみません!」


「言い訳はいらないよ! 男はどうなってもいいけど、一度でも失敗したら女性は取り返しがつかないんだよ!! そこを理解してもらわないとね!! 重々反省するように!!」


「は、はい!!」


「かー、けしからん!! いいかい、女の人はもっと自衛をだね…ん?」


「は、はぁはぁ…」


「…どうしたの?」


「い、いえ。…じー」


「???」



 なにやらサリータがこちらを見ている。しかもやや熱っぽく。



(なんだか…すごく見つめられているような気がするけど…。この人はマゾじゃないんだよね? だったらそれで萌えるとかないと思うけど…不安だ。なんだろう。すごく不安だ。心がざわつく)



 何か嫌な予感がしてきたので、一歩だけ後ろに距離を取った。



 すると、サリータも一歩近寄ってきた。



 とても嫌な予感がする。




「じゃあ、そういうことで…オレは忙しいから、続きはまたの機会に…」






「お待ちください―――【師匠】!!」






「違う方向に来たーーーー!!?」




 予想と違う方向から攻めてきた。しかも、もっと困る方向からだ。



(何を言っているんだ、この人は!? ちょっと展開がおかしいぞ!)



「落ち着こう、サリータさん! 君は今、動転しているんだ!! これは気の迷いだ!」


「サリータさんなどと…サリータと呼び捨てにしてください!! あなたに負けた弱くて薄汚れた女です!」


「駄目だ! オレは知っている!! それを言ったら後戻りできなくなる!!」


「師匠のおかげで目が覚めました!! どうか【弟子】にしてください!」


「無理無理無理!! 絶対に無理! その方向は無理があるって! 何があなたをそうさせたの!!!」


「自分は間違っていました。こうして見ると…師匠は…なんて美しく…お強いのでしょう。おっしゃる通りです。自分の目が腐っていたのです! なぜあなたを見ていなかったのでしょうか!! もっとよく見るべきでした!! じーーーー!!」


「見なくていいから! いやぁあ! 見ないで!!」



(まずい。これはまずいよ! お姉さんは大好きだけど、こっちはまずいって!!)



 お姉さんに見つめられて困ったのは、最初の日に襲われて以来だ。


 それ以後は何事もなくやってきたのに、ここにきてしくじってしまった。



(何が悪かった? 何が原因だ? そうだ…ソブカだ!! あいつめ、わざとやったんじゃないだろうな!! 絶対に確信犯だ!!)



 ソブカほどの頭の切れる男が、サリータのことに気がつかないはずがない。


 もともとアンシュラオンが年上好きだと知って、あの日のために用意したような口ぶりだった。


 戦いの後のサリータの様子を知り、面白そうだからと契約満了したに違いない。


 その証拠に、大剣のお姉さんとは契約を続けている。わざわざ彼女だけを解雇にする理由がないのだ。


 もちろんアンシュラオンがサリータと接触する可能性は高くはないだろうが、まったくないとは言えない。女性の傭兵自体が少ないので、それなりに期待できるだろう。


 ならば、これも遊びの一環の可能性は高い



(なんてやつだ! 覚えていろ! 絶対仕返ししてやるからな! …だが、しかしだ。オレにこんな挑発まがいの遊びを仕掛けてくるとはな。意地の悪いところまで似てやがるか)



 思えば領主しかり、ビッグしかり、アンシュラオンに単純な敵意を向ける輩は多かったが、ソブカのように遊びを仕掛けてくるようなやつはいなかった。


 他の人間の頭が悪かったせいもあるのだろうが、そういう意味では初めて対等に(悪知恵という)頭脳の面で渡り合える相手である。


 それはそれで貴重なような気がしたのも事実だ。



「師匠!!」


「忘れたかったのに!!」



 現実逃避をしてもサリータは消えない。相変わらず熱っぽい視線で見つめてくる。姉魅了効果が悪い方向に出たパターンだ。




 こうなったら向き合うしかない。当然、断る方向でだ。



「サリータさん、あのね、オレは師匠なんて柄じゃないし、そもそも人間としても最悪だよ? 弱いやつを弄ぶのが大好きで、金になるならなんだってやる男だ。関わらないほうがいいって」


「師匠、自分を鍛えてください!」


「ここにきて、また目が腐ってるよ!! 耳まで腐ってるじゃん! ちゃんと人の話は聞こうよ! どういうことなのさ!?」


「このままでは生きていけません。どうか、お傍に置いてください! いくらでも命令してくださって結構です! こき使ってください!」


「お姉さんは大好きだけど…なんか違うな。そ、そうだ。オレはスレイブにしか興味がないんだ。セクハラだってするし、種付けだってしちゃうからね。ほらね、もう人間として終わってるよ」



 自分で言うのはちょっとつらい。



「せ、セクハラ…ですか?」



(おっ、反応したぞ。もしかしてセクハラ被害に遭ったことがあるのかな? くくく、これは好都合だ)



「そうだ。こんなふうにね」


「あっ!! そこはっ!」



 乳を触る。



「ほらほら、たくさん触っちゃうぞ。さわさわ、もみもみ。うむ、胸は…普通かな? 筋肉は引き締まっているけど、ちょっと硬いな。これはいかん。戦士だろうが女性は柔らかくなければな。モミモミ」


「くっ…うっ……ううう」



 嫌がらせをして諦めてもらう作戦であるが、セクハラは趣味なので、ついつい熱が入る。



「ほら、もうやめておいたほうがいいよ。ね?」


「…耐えるものです」


「へ?」


「トラウマは克服しなくてはいけません!」


「何…言ってるの?」


「自分はたしかに…以前にセクハラを受けて…トラウマになっています。ですが、トラウマとは克服するものです!! 逃げるわけにはいきません! 師匠、鍛えてくださってありがとうございます!!」


「逆効果になっちゃったーーー!? なんで燃えるのよ!!」




 萌えではなく―――【燃え】



 そちらのほうが世界観には相応しいのかもしれないが、またもや違う方向にいってしまった。


 この女性とはすべてが噛み合わない。やることなすこと、すべて裏目に出てしまうタイプだ。



 そこで一つのことに気がつく。



(ああ、そうか。この人の頭の中って『体育会系』なんだよ。しかも昔のタイプだ。才能がないのを努力と根性でなんとかするという感じっぽい。昔の体育会系ってのは今と違って、ひたすら怒られて育った時代だったしな…。さっきの説教が逆効果だったのか? このスキル、ヤバすぎるだろうが…)



 最近の軟弱な思想ではなく、昔ながらの精神論を重視したもののようだ。


 実際、精神が具現化しやすい世界なので精神論も間違ってはいない。間違っているのはサリータの思考回路のほうだ。



「どうしても諦めないつもり?」


「はい! どうか弟子にしてください!!」


「そっか…もう駄目なんだね……」



 うっかり叱ってしまったのが運の尽き。ここまでくると、もう抜け出せないような気がしてきた。


 唯一の救いは、彼女が美人のお姉さんである点と悪人ではない点だろうか。


 それと体育会系ならば上からの命令には絶対服従なので、扱いやすそうではある。



(しょうがない。覚悟を決めるか。完全に予想外のことだけど、放っておいたら何をするかわからない。なまじ情報を知っている人だからな…。いっそのこと身内にしてしまったほうが楽かもしれん)



「サリータ、質問するぞ。これからする質問の答えで、君が弟子になれるかが決まる。しっかりと嘘偽りなく答えるように」


「は、はい!」


「では、質問だ。君は処女かね?」


「はい! ずっと修練に励んできたので、男性とのお付き合いの経験はありません!!」


「そんな大声で言わなくてもいいけど…。なんで嬉しそうなの?」


「呼び捨てにしてくださったので!」


「ああ、うん。そう…なんだ。そっか…処女か。さっきも言ったけど、オレはスレイブしか信用しない。スレイブでなければ弟子にはなれない」


「ぜひ、よろしくお願いいたします!」


「まったく怯まないよ!?」



 処女の人はスレイブになることに抵抗がないのだろうか。実に怖ろしい世界に来てしまったものだ。




「なんか疲れちゃったな…。サナ、どうする?」



 ぐったりとしたアンシュラオンは、サナに丸投げをする。


 まったく何気ない行動であったが、それだけ心が疲れていたのだろう。



 だが、サナがここで予想外のことを始めた。



「…とことこ、ぎゅっ」


「え? サナ?」



 今まで黙って見ていたサナが、サリータのところに歩いていき―――引っ張った。


 服の袖の部分を引っ張っている。



「サナ? どういう意味だ?」


「…ぐいぐい」


「あっ、その…サナ…様?」


「…ぐいぐい」


「もしかして気に入ったのか?」


「…こくり」



 サナは相変わらず無表情だが、サリータを引っ張りながらこちらを見ている。



 それは、気に入った証。



 何か欲しいものがあると、こうしてねだるのだ。


 サナには彼女なりの好みがある。何が気に入ったのかはわからないが、大切な妹がサリータを気に入ったのならば仕方がない。


 女性を集めるのは自分のためでもあるが、半分はサナのためだ。自分が一番愛する妹のためになるのならば、相手が誰であろうと受け入れるしかない。



(サナは時々、こういった姿勢を見せるな。シャイナの時もそうだったし。…もしかして男より女のほうが好きとかじゃないだろうな? まあ、オレ以外の男に興味を持つのも困る。そっちのほうがいいか)




 そして、決断。




「サナが気に入ったのならしょうがないな。裏側の組織とは無関係みたいだし、君は今日からオレの弟子だ」


「あ、ありがとうございます!」


「ただし、さっきも言ったけど、オレは自分のスレイブしか信用しない。君にはスレイブになってもらうし、ギアスもかけさせてもらう。オレとサナに対しては絶対服従すること。わかったか?」


「はい! わかりました!」


「あと、師匠と名乗るからには遠慮はしない。オレの師匠は修行には本当に厳しかったし、相手が女性でも同じように振る舞うつもりだ。それでもいいか?」


「望むところです!!」



(何でも頷くけど…本当にわかっているのだろうか? サナが選んだのならば安全だと思うけど…若干不安だなぁ。ただ、護衛が欲しかったのも事実だ。実力は気になるが、一般人よりは数段以上強い。鍛えてやればなんとかなるかな)



 ギアスをかける以前に思考回路が一般と少し違うので、不安になる。


 とはいえ売人のシャイナよりは安全性が高いことは間違いないし、スキルや資質を見ても武人として一人前になれる可能性があるので、育成する楽しみがあるといえばある。


 すでに完成されているマキに比べれば、遥かに育成し甲斐があるというものだろう。



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