151話 「サリータと模擬戦」


「そ、そうだ。大剣のお姉さんは? あのワイルドな人は?」


「彼女はまだ雇われていると思います」


「え? そうなの? じゃあ、なんでお姉さんだけ…」


「くっ…!! それは…」



 サリータは拳を握り締め、悔しそうに歯を食いしばる。その顔はあの時も見せていたものだ。


 アンシュラオンが困惑の表情で見つめていると、突然こんなことを言い出した。



「アンシュラオン様、あれからずっとお会いしたいと思っておりました! ぜひとも今一度、自分と戦ってください!!」


「何言ってんのーー!? そんな場合じゃないんだけど…!」


「お、お願いします!! どうか、どうか!! お情けを!!」


「土下座はやめて!! どういうことなの!? 全然ついていけない!」



 珍しくアンシュラオンが狼狽している。


 さらにサリータが土下座をしているので、人が少ないとはいえ周囲の視線が降り注いでいる。


 自分が命令して這いつくばらせるのは楽しいが、勝手に這いつくばるのは迷惑なのでやめてほしい。



「ちょっと、顔を上げてよ。今はあまり目立ちたくないからさ。ねっ、ねっ?」


「戦っていただけるまでは上げません!!」


「なにこの強情さ!?」



 一瞬、力づくで持ち上げてしまおうかとも思ったが、どうせ納得するまで同じことを繰り返すだろうから、やめておく。



「わかった、わかったよ。わかったからさ! 戦えばいいんでしょ? その代わり、戦いが終わったらオレとちゃんと話をしてもらうよ。いろいろと口止めも必要だしさ…」


「うう、ありがとうございます! ありがとうございます! うう…うう……」


「今度は泣かれちゃったけど! 早く、早くあっちに行こう!」







 ひとまず人がいない場所にまで引きずっていく。


 ハローワークの裏に訓練場があるので、そこまで連れてきた。



「やれやれ…ここなら人がいないかな。ほとんどのハンターが出払っていて助かったよ」



 アンシュラオンがいるとわかれば、おごってほしい連中がたかってくるかもしれない。本名は本名で、ホワイトとは違う意味で有名なのだ。


 それから盾のお姉さん、サリータを見る。



(いろいろと訊きたいことがあるんだけど…なぜかやる気満々なんだよな)



「ふんっ、ふんっ!」



 サリータは一生懸命、準備運動をしている。


 本当なら「準備運動をするなんてスポーツマンじゃのぉ」と言いたいところだが、それをぐっと抑えて様子をうかがう。


 嘘を見分けるのは得意ではないが、騙そうとする人間は雰囲気や態度でわかるものである。


 じっと観察してみたが、彼女が嘘を言っているようには見えないし、演技をしているようにも思えない。


 生物が発しているオーラには肉体的なものと精神的なもの、それに霊的なものがあるが、心が濁っていると精神以上のオーラが汚れてくるものである。


 嘘つきや落伍者、犯罪者などはこれが真っ黒になっていることが多いので、邪な相手は案外簡単に見分けることができる。


 自分より上は見抜けないが、自分の下にいる存在に対してはそれがわかる。これはそういうルール、自然法則があるからだ。



 サリータはやや銀色をまとった、とても綺麗なオーラの色をしている。



 むしろ綺麗すぎるというか、今まで見たオーラだとラノアに近い印象を受ける。つまりは邪気がないという意味で、無邪気だということだ。


 そんなオーラの持ち主が他人を騙すために演技をするとは思えない。



(ソブカに雇われていたのは一日だけだと? たしかにオレのために用意したみたいなことを言っていたけど…大剣のお姉さんは引き続き雇っているようだし…真意が読めないな)



 ソブカの考えがわからない。


 最悪のパターンはサリータが密命を受けていて、こちらの情報を流すために接触したというもの。


 ただ、すでにアンシュラオンとサナのことはソブカも知っているので、いまさら新しい情報を得られる可能性は少ないだろう。


 裏切ったところで痛い目に遭うのはソブカのほうである。わざわざ信頼を損ねるようなことをするとも思えない。



(それと、この人の考えもわからないな。なんで戦いたがる? 実力差なんて、もうわかっているだろうに)



 改めてサリータ・ケサセリアを品定めする。


 シルバーグレイの髪の毛にチリアンパープルの瞳を持ち、整った顔立ちはやや中性的で、美麗と呼ぶのが相応しい美人だ。


 身長は百八十センチ近くはあるだろうか。女性としては十分高く、小百合はもちろん、マキより高い。


 身体つきは背が高いものの骨格は普通なので、全体的には少しほっそりした印象を受ける。ただ、大きな盾を扱っていることから筋力はそれなりにあるだろう。


 女性として見れば、とても魅力的だ。


 見た目からしても、今まであまり関わったことがないタイプなので、そういった物珍しさもプラスポイントだ。



(うーん、綺麗な人だから悪くはないけど…なんかまだ読めないな。それなら一度ぶつかってみるのもいいかな。肌と肌をぶつけ合えば、男女は仲良くなれるって言うしね)



 やや卑猥な表現であるが、武人同士は戦えばお互いのことがわかるという意味である。


 どうせ戦うしかないので、まずはぶつかってみるのも一興だろうか。そこから見えてくるものもあるだろう。



「サナはここで見ていな。見ることも勉強だぞ」


「…こくり」


「それじゃサリータさん、やろうか」


「は、はい!」



 アンシュラオンは準備運動などしない。達人の名言ではないが、実際に準備運動などしたことはない。


 武人である以上、常に臨戦態勢なのだ。寝ている時でさえ警戒を解かないくらいだ。それくらいでないと生き残れなかったというだけの話である。


 それを見て、サリータは思った。



(まったく強さがわからない…)



 武人は雰囲気や戦気からだいたいの強さを把握できるものだが、アンシュラオンを見てもまったく強さが計測できなかった。


 まるで一般人と変わらないようにさえ見えるのだ。それこそが圧倒的な実力の差を示している。



「もちろん模擬戦でいいんだよね? 気絶か戦闘不能、何かしらで動けなくなった時点で終わりね」


「はい、よろしくお願いいたします!」


「こっちはいつでもいいよ。好きなタイミングで始めなよ」





 両者が訓練場の中心に向かい、仕合が始まる。





 両者の佇まいは対照的。棒立ちのアンシュラオンに対し、サリータは盾を構えて防御の態勢。


 盾の表面には大剣がぶつかった跡がくっきりと残っていた。やはりあの時の女性で間違いはない。



(盾か。この人は防御型の剣士かな? それとも戦士か?)



 盾を使うタイプとの戦闘経験は少ないが、師匠の家にはいろいろな武具があったので、盾を使った戦いも経験している。


 盾は武具に相当するので扱うには剣士の因子が必要だ。なくても使えるが、強い盾技は使えない。


 ただ、防御型の剣士だからといって誰もが盾を使うわけではないし、一方で戦士タイプの人間が武具を扱うことも多いと師匠からは聞いている。


 肉体が強い戦士とはいえ、銃弾の雨でも平然としていられるレベルの武人は、そう多くはない。戦士でも防御が苦手な人間は、盾を使って耐久力を高めるものだ。


 強くなるためには何でもするのが武人の正しい生き方である。自分の長所を伸ばすためか、あるいは短所を補うためか、どちらにせよ必要ならば武具を使うことは正しい。



 数ある武装の中で彼女は盾を選んだ。



 その理由がどこかにあるはずである。



「今回は向かってこないの?」


「………」



 サリータは動かない。前にやられた記憶が残っているのだろう。


 全力の突進でもびくともしない相手だ。たしかに向かっていくのは自殺行為である。



「べつにいいけどね。ただ、わざわざ殴りにいくほど、お人好しじゃないよ」



 アンシュラオンが掌を向けると、消防車のホースの何倍も強い水流が生まれる。


 水流波動。自分の十八番ともいうべき技だ。


 というよりは、ここの人間が弱すぎるために十八番に「なってしまった」という技であろう。


 この程度の技、火怨山ではまったく通じない。火山に水をかけても消えないのと同じく、最初から全力でいかねば殺される世界だ。


 ただ、人間相手には手加減することも多いので、様子見として使うのに最適だし、完全に牽制技として定着した感はある。



 ドバーー



 水流が―――激突。



「―――っ!!」



 水流が盾に当たった。


 それは受けたというより、やはり「当たった」と形容するのが正しい表現であった。あまりの速度に、彼女が水だと認識する前に盾に衝突していたのだ。


 サリータはアンシュラオンが水を扱うことを知らない。いきなりの水撃に、さぞや驚いたことだろう。


 だが、盾を扱い慣れているおかげで、突然の衝撃に対しても反射的に踏ん張ることができた。


 必死に盾を握って踏ん張る。



 踏ん張る。踏ん張る。踏ん張る。

 踏ん張る。踏ん張る。踏ん張る。

 踏ん張る。踏ん張る。踏ん張る。




 そして―――吹っ飛んだ。




 吹っ飛んで石床に激突し、ごろごろ転がって動かなくなる。



「うう…ううっ!」


「…あれ? なんで飛んだ…んだ?」



 予想外の展開にアンシュラオンも驚く。


 耐えて何かをやってくるかと思ったが、そのまま簡単に吹っ飛ばされて転がっている。


 これも何かの演技かと見つめていたが、サリータはそこそこのダメージを受けているようだ。


 だが、しばらくすると立ち上がってきた。



「まだまだぁ…!!」



 水流で少し形が変わってしまった盾を持ち、再び構える。



(これは…撃っていいのかな?)



 何か試されているような気がしないでもないが、とりあえず再び水流波動を発射。


 アンシュラオンの体長以上もある大きな水流がまっすぐに向かっていき、盾と衝突。



 ドバーーー



「ぐぐぐっ!! うおおおおおおお!!」



 バゴンッ



 サリータは大声を出して気合を入れて―――吹っ飛ぶ。



 ごろごろごろっ どがっ



 床を転がり、備品の木剣やら木盾やらを散らかしながら、最後は石柱に頭をぶつけた。実に痛そうである。



「う…うう……」



(これは…どうリアクションすればいいんだ? このまま続けてもいいのか? 倒れているところに追撃すれば間違いなく終わるけど…それをやったら駄目だよな。やっぱり)



 アンシュラオンが観察している中、しばらくすると再び立ち上がる。



「はぁはぁ! まだまだぁ!!」


「いや、あのさ…大丈夫?」


「大丈夫です! どうぞお気遣いなく!!」



(お気遣いなくって…頭から血を流していたら気遣っちゃうよなぁ。男だったらどうでもいいけど、女の人だしさ)



 サリータは頭から血を流していた。おそらく今ぶつかった石柱によるものだろう。



「ええと…続けていいのかな?」


「もちろんです! まだ終わりではありません!!」


「じゃあ出すけど…無理しないでね」




 ブシャーーー (水が出る音)

 バッゴンッ (盾で防ぎきれずに吹っ飛ぶ音)

 ごろごろごろっ どがっ (転がって頭をぶつける音)


 ブシャーーー

 バッゴンッ

 ごろごろごろっ どがっ


 ブシャーーー

 バッゴンッ

 ごろごろごろっ どがっ


 ブシャーーー

 バッゴンッ

 ごろごろごろっ どがっ




「がっ…はぁはぁ!! ま、まだ…まだぁ…!!」


「あのさ…これって何のプレイ?」


「まだ勝負は…ついて…ない!!」



 台詞は格好いいが、実際のところ何も起こっていない。


 アンシュラオンが水を出し、耐え切れないサリータが吹っ飛ぶという謎の光景が繰り返されるだけだ。


 当人は真面目のようだが、ある種のコントのようである。いや、真面目だからこそシュールに映る。



「じゃあ、次いくよ」


「は、はい!」



(そろそろ終わらせるか。もう飽きたしね)



 アンシュラオンが水流波動を発射。水はまっすぐ向かっていく。



「くっ!!」



 サリータは耐えるために力を入れる。なぜそんなことをするのか理解できないが、また防ごうとしているのだろう。



 しかし、盾に衝突する瞬間―――軌道を変えた。



 水は遠隔操作で直前で九十度に曲がると、さらに角度を変え、盾を避けて直接サリータの身体に向かった。



 そのいきなりの変化にまったく反応できず―――激突。



「ぐあぁああああ!」



 ドッゴーーンッ



 水に押されてサリータが訓練場の壁に叩きつけられる。


 ミシミシと骨が軋む音がしたが、加減をしたので折れるまでには至っていない。


 だが、衝撃はかなりのもので、ダメージが身体の芯にまで響いているだろう。



 そのまま―――吐血。



「がはっ、ごほっ…」


「大丈夫? あまり普通の女性を苛めるのは好きじゃないんだけど…」


「じ、自分は…! こんなところで…」


「意気込みは買うけどさ。お姉さんって―――【弱い】ね」


「ぐはっ!!」



 その言葉が一番ショックだったのか、サリータが崩れ落ちる。まさに心の弱いところにクリーンヒットである。


 しかしながら、アンシュラオンは事実を述べたまでだ。



(うーん、弱い。こう言っちゃ悪いけど、ビッグより弱いと思う。どうしてこの街の武人はこんなに弱いんだ?)



 弱すぎて基準がわからなくなる。


 これは裏スレイブを見る時にも気をつけねばならないだろう。弱いと思っても、この世界ではそこそこ強いのかもしれないのだから。



 こうして何事もなく模擬戦は終わった。


 言葉の通り、何一つ収穫らしいものがない無意味な戦いであった。



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