148話 「久々に小百合と再会の巻」


「やはり試し撃ちは必要だな」



 アンシュラオンがぼそっと呟く。


 さきほども店で試し撃ちはしたが、あんな的に当ててもまったく意味がない。実戦で撃つからこそ意味がある。



(戦いとは常に実戦で学ぶものだ。殺した数で決まる。訓練では駄目だ)



 訓練で慣らすと身体が訓練用になってしまう。


 反射とは怖いものである。寸止めに慣れると反射的に力を弱めてしまい、咄嗟に反撃されて負けることがある。



 訓練ならば負けてもいいが、実戦での負けは―――死。



 一度でも負けたら終わりの世界である。その感覚を養うためにも、できれば実戦で鍛えるのが一番いいに決まっている。



(幸い外は魔獣だらけだ。実戦相手には事欠かない。人間をやる前に魔獣で試しておきたいな)



 こうして何度か戦ってみてわかったが、人間と魔獣はだいぶ違う。戦いの感覚そのものが違うので、同じように戦っていては上手くいかないことも多いだろう。


 魔獣を倒せたからといって人間に勝てるとは限らない。その逆もしかりだ。


 されど正直に言えば、現状では魔獣のほうが強い状況にある。


 魔獣で鍛えられたアンシュラオンに対して、この都市の武人たちが手も足も出ないことが証拠だ。彼らでは、どうあがいてもデアンカ・ギースは倒せないだろう。


 しかも魔獣は攻撃を躊躇しない。全力で殺しに来る。魔獣に慣れれば、単純な圧力という意味では人間なんて怖くなくなるのだ。


 サナに恐怖という感情があるのかは不明だが、魔獣ならばいくら殺しても問題ないどころか感謝されるくらいだし、他人にも見られないので都合がよいだろう。



「よし、外で試し撃ちだ」


「…こくり」


「どうせ魔獣を狩るならハローワークに行ったほうがいいよな。サナ、お前もハンターになりたいか?」


「…こくりこくり」


「おっ、なりたいって顔だな。そうだな。小百合さんとも久しく会っていないし、行ってみようか。まだこの時間ならいるよな?」



 まだ夕方なのでハローワークは開いているはずだ。小百合もいるに違いない。


 どうせなら彼女にハンター登録を任せたいものである。


 そして、ハローワークに寄る目的はそれだけではない。もう一つ重要な用事があるのだ。



(ロゼ姉妹は今のところ無事でやっているようだが、ホロロさんに任せているとはいえ…不安だ。防衛力が皆無だからな…襲われたら一瞬で終わりだ)



 自分の目が届かない場所、特にホテルの様子が気になってしょうがないのだ。


 まるで自宅の鍵をかけたかどうかで不安になり、出先で目の前のことに集中できない状態に似ている。


 暴力を純粋な力として扱うことを知っているアンシュラオンにとって、武力こそが最大の拠り所である。だからこそ「女子供」が心配で仕方ない。


 ただでさえ身代わり要員にしてしまったのだ。狙われる可能性もゼロではない。そうなれば今の彼女たちに抵抗する術はない。


 術具屋に寄ったのはサナのためでもあるが、彼女たちに何か渡せないかも考えていたのだ。



(あの子たちにも武器や術具を渡すか? いや、それだけでは足りないな。どんな武器でも使えなければ意味がない。咄嗟に使うには実戦での訓練が必要だ)



 素人に武器を持たせても本職には及ばないだろう。ホロロはともかく、あの二人にはまだ無理である。



(…となれば、やはり護衛できる人間を雇うのが一番だ。だが、これが難しいんだよな…)



 ロゼ姉妹とホロロには護衛を付けるべきだろう。


 しかし、影武者の身辺警護をやらせるとなると、こちらの内情を知ることになってしまう。


 思えば「ホワイト = アンシュラオン」の構図がバレてもまったく困らないのだが、今はまだおおっぴらにしたくはない。



(そこそこ強くて、護衛ができて、女性で、こちらの内情を知っても問題ないような人物…か。まったく思い浮かばないな。せいぜいマキさんくらいだが…ああ、駄目だ。毎回候補に挙がるが状況がそれを許さない。もどかしいもんだ)



 マキが適任者だが、彼女には彼女の役割があるので、まだ駄目だ。



(女の戦闘用スレイブが手に入れば一番だが、こちらの準備が整っていない以上、違うリスクが伴うことになる。ファテロナさんがいい例だ。ギアスをかけられないと自由に振る舞えることになってしまうからな…腕はいいんだが…あれではな)



 ファテロナは能力的には護衛に最適であるが、今度は性格に問題がある。


 いざとなればちゃんとやるだろうが、自分が領主の立場だったらかなり心配になるほどのフリーダムさである。


 押し問答になるが、それでも任せているのは腕がいいからである。


 今のところ親衛隊ではファテロナが最強なので、仕方なく任せているのだろう。苦肉の策である。



「しょうがない。とりあえずハローワークで誰かいないか調べてもらおう。もしかしたら誰かいるかもしれないしな」



 あまり期待はしていないが、もし護衛に適任の人材が発見できれば、それに越したことはないのだ。


 その用事もあるので一度はハローワークには行っておきたかったのである。







「ここに来るのも久々だな」



 久々にハローワークに来て懐かしい気持ちになる。


 最後に来たのはデアンカ・ギースの素材を回収した時であったか。数回しか足を運んでいないのに、何度も来ているような錯覚に陥る。


 それはやはり小百合のおかげだろう。彼女を思い出すたびにハローワークもセットで思い出すのだ。



「小百合さん、元気かな?」


「ハロー、ハロー」


「ああ、ミスター・ハローも久しぶりだなぁ」


「…じー」



 ミスター・ハローに挨拶を返す。サナも相変わらず、じっと見つめていた。


 彼はいつだって休まない。まさに労働者の鑑である。



「サナ、もう渡し方はわかるだろう?」


「…こくり。ごそごそ。ぐいっ」


「ハロー、ハロー」



 サナが飴をポケットから出し、そっとミスター・ハローに手渡す。彼も満面の笑顔で受け取ってくれた。


 今度は投げることなく飴を渡せたので、サナもしっかりと成長しているようだ。



「じゃあな、ミスター・ハロー。オレが尊敬できる唯一の男よ。今日も眩しいぜ」



 労働で流す汗は美しい。自分にはできないからこそ、彼が眩しく映るのである。





 ガチャッ


 扉を開けてロビーに入り、いつものように周囲を見回す。



(人が少ない…かな?)



 ロビーには、人はほとんどいなかった。


 歩いている人間が数人、左側の待合室にいるのが七人程度。前に来た時の半分にも満たない閑散とした状況である。



(今まで数回しか来ていないし、時間帯も同じじゃなかった。これがハローワークの日常なのかな? さて、小百合さんはいるかな?)



 いつもの窓口を見ると、そこには見慣れた顔―――小百合がいた。



 相変わらず黒い制服がとても似合う可愛い系の美人である。ホワイトになってからは会っていなかったので、こうして見るのも久々だ。


 『万年笑顔』スキルを持っている彼女なので、いつも通りの笑顔だが、その表情はどことなく営業スマイルを作っているように見えた。


 仕事に疲れたOLみたいな雰囲気である。毎日仕事でがんばっているので、それも仕方がないだろう。



(オレより立派だよな。毎日通勤して働いているんだもんな…)



 毎日ホテルでぐーたらしていたアンシュラオンには、ミスター・ハロー同様、なんだか眩しい姿である。


 その若干の負い目を「オレは金があるからいいんだ。勝ち組だ」という強いメンタルで克服し、改めて歩み出そうとして―――止まる。


 突然、なんだか気恥ずかしくなってしまったからだ。



(うーん、久々に会うと思うと変な感じだな。緊張している? 柄にもないけど…そうかもな)



 そこまで自分に魅力があるとは思っていないので、女性の気持ちをとどめておける自信がないのも事実。


 そのためにギアスが欲しいのだが、それに頼るのもなさけない気もする。


 自分と関係ない人間ならばさして気にしないことだが、小百合のように自分を好いてくれる女性ならば、おのずと嫌われたくないという感情が芽生えるものである。


 しばらく会っていないので、そのことを彼女がどう思っているのか。柄にもなく、ふとそんなことを考えてみたりした。


 まだ自分にそういった感情が残っていることを嬉しく思いつつ、少しばかり気恥ずかしくなったというわけだ。



(利用したいときだけ会っていたら人の気持ちは離れる…か。だが、こういう生き方しかできないしな。ここは気にせずいくとしよう)



 人を操る術は身につけているが、それに対して面倒だと思っているアンシュラオンには、わざわざへりくだった生き方などできない。


 ならば、わが道を往くのみだ。




 そう思って歩き出そうとした瞬間―――






「あーーーーー! アンシュラオン様だーーーー!!」






 大声が響いた。



 その声を発したのは、当然ながら窓口にいた小百合。


 まだ距離があり、しかもあまり目立ちたくないので、二人とも帽子を深めに被って顔を隠しているが、なぜかバレているようだ。


 周囲の視線が集まったので、慌てて小走りで窓口に向かう。



「小百合さん、しー。今はお忍びだからさ!」


「お忍びも何もありませんよ、もうっ! 全然来てくれないじゃないですかー! 小百合、寂しかったーー! 寂しい、寂しい!! 本当に寂しかったーー!」



 アンシュラオンは必死に抑えるが、一度爆発した感情は止まらない。


 バンバン机を叩いて、寂しかったアピールをしてくる。



「小百合さんって、そんな性格だったっけ?」


「これが本当の私なんです! 今までのは偽物です!!」


「いや、偽者って…」


「これ以上、会えないなら…職場を辞めます!! それで一生アンシュラオン様の傍にいます!! 部長!! 本日付けで辞めます!! 辞表はここに…」


「待って、落ち着こう!! 嬉しいけど、焦っちゃいけない!!」



 これは微妙な問題になってきた。


 「結婚するから仕事を辞める」のならばまだよいが、「好きな男と一緒にいたいから辞める」は駄目なパターンだ。その先はぐだぐだになる。


 もちろんアンシュラオンは勝ち組なので問題ないが、小百合にはハローワークにいてもらわないと困る。



「小百合さんにはここにいてほしいんだよ。いてくれないと困るからさ」


「むー、それならもっと私を利用してください!! ゴミクズのように、ボロ雑巾のように利用してください! やりたいだけやって捨ててください!」


「なんだか誤解を招きそうな発言だよ! 捨てるつもりなんてないよ!」


「利用されないよりましなんです。もっとアンシュラオン様に利用されたいんです! 小百合、利用されたい! もっとご利用されたいーー!」



 まるで駄々っ子のように、いや、婚期を逃した女性のように暴れる。


 周囲の同僚が誰も止めに入らないのがすごい。



(完全に駄目な発想だ…。でも、なんだか嬉しいな。小百合さんは変わっていない)



 小百合はまったく変わっていなかった。イタ嬢が変わっていないように、人間なんてそう簡単に変わるものではない。


 だが、ここまでいつも通りかつ、親しみを持ってくれるのは嬉しい限りだ。最近は荒んだ業界にいたので、久々に心が温かくなるのを感じる。



「それで、今日はどのようなご用件でしたか?」


「小百合さんに会いに来たんだ」


「キターーーーーーー!! 今日は早引けします! ずっと抱き合って過ごしましょう!!」


「また誤解されそうな発言だよ! って、その…ちょっと違う用事もあるけど」


「むー、アンシュラオン様…!!!」


「ご、ごめん。でも、小百合さんに会いに来たのは本当なんだよ」


「アンシュラオン様、好き!! 部長、やっぱり辞めます!!!」


「待って!! 落ち着いて!」



 やたらテンションの高い小百合をなだめるのに、二十分くらいかかった。


 かなりストレスが溜まっていたらしい。


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