147話 「コッペパン、再び」


 サナの装備が完成する時間を利用して次に赴いたのは、もっとも重要なお店である術具屋コッペパン。



(力のない人間が強くなるにはどうするか。その答えが、ここだ)



 手っ取り早く強くなりたいのならば優秀な道具を集めることだ。良い武器や良い防具、特殊なアイテムである。


 この世界においては、それは術具を指す。術ならば肉体能力に左右されずに使うことができるからだ。


 もともと術士の大半は身体的には常人と大差ない。レベルを上げればHPも上がるが戦士には到底及ばないだろう。


 もし彼らが前線に立てば、ものの数秒で死んでしまうに違いない。それは仕方のないことである。



 だが、そんなデメリットが気にならなくなるほど術は有用だ。



 後衛から術を使うだけで彼らは十分役立つ。それだけの威力が見込めるからだ。特に術具は素養がなくても扱えるので便利である。


 鎧の強化もあるので、ここにはぜひとも立ち寄らねばならないだろう。




 カラン カラン



 扉を開けて店に入る。



「いらっしゃいませー。あっ、あの時のお客さん!」



 店に入ると、前と同じ女の子が出てきた。やはり彼女が店主をやっているようである。



「覚えていてくれたんだ」


「もちろんです! お金持ちは忘れませんよ!」



 店をやっている以上、たくさん買ってくれる客を忘れるわけがない。金の力は偉大だ。



「あれから何か売れた?」


「いえ、あまり……」


「そう。じゃあ、今日は期待していいよ。そこそこ買う予定だから」


「本当ですか!! やったー、大儲けだーー!」



 相変わらず心の声が表に出る少女であるが、隠すよりは遥かに好意的だ。



「常連になるかもしれないから名乗っておくよ。オレはアンシュラオン。この子はサナ。君の名前は?」



 すでに一度会っているので偽名を使う必要はないだろう。逆に堂々としているほうが不自然にならない。



「あっ、申し遅れました。術具屋コッペパン店主代理のメーリッサ・コッパっていいます!」


「コッパは苗字?」


「はい、そうです。店の名前のコッペパンもここから来ているんですよ。って、おじいちゃんが勝手にそう名付けちゃったんですけどね…。何回もパン屋に間違われたし…」


「それは大変だね…この名前じゃ仕方ないけど」


「それで一回、お母さんが本当にパン屋も始めちゃったんですけど、いざそうなると客って来ないんですよね」


「ああ、それはよくあるね。そういえば店長代理なんだね。店長はお父さん?」


「いえ、お父さんとお母さんは仕入れに携わってますね。掘り出し物を探す旅に出ていて、たまに戻ってきます。うーん、前に会ったのはいつだろう? 一年くらい会ってないかもです」


「寂しくない? 心配でしょ?」


「大丈夫です。たまに弟か妹が増えて戻ってきますし…あはは」


「なるほど、それなら心配いらないね。まあ、これからは術具の時代が来るから、もっと儲かると思うよ。少なくともオレは使うしね」


「それは嬉しいです!! ぜひともご贔屓にどうぞ!」



 術具は立派な武器である。むしろ凶悪な兵器とも呼べる。


 一流の武人や傭兵ともなれば、術具を持っているのが当然であるほど普通に使われるものだ。


 アンシュラオンは強すぎるので安い術具では効果は薄いが、サナにとってみれば大きな力になってくれるだろう。



「それで今日は何をお求めですか?」


「核剛金と原常環の符を一枚ずつと…まずは防御系かな。リストはある?」


「はい。こちらになります」



 メーリッサが持ってきたリストを見ながら、まずは防御系の術具を決める。


 まず大切なのが防御だ。ダメージを負わなければ死ぬことはない。死ななければ逃げることもできるので、すべてはそこから始まる。


 これはアンシュラオンの戦いにおける基本的な考え方である。



(姉ちゃんと戦っていたら、そりゃそうなるよ。まず生き延びることが大切ってことを思い知る)



 あの姉と修行していたのだ。下手をすれば、うっかり殺されても仕方のない攻撃が飛んでくる。


 それを防いできたからこそ今の自由がある。だから防御を最優先である。



耐力壁たいりきへきの符と、耐銃壁たいじゅうへきの符、韋駄天の符。分身符は一枚あるけど…追加で買っておこう。符は三枚ずつちょうだい。それと身代わり人形を三つ」



 耐力壁は、物理耐性のある障壁を発生させるものだ。スキルの『物理耐性』を一時的に付与するといえばわかりやすいだろう。


 これはアンシュラオンも持っているスキルで、単純に通常の物理ダメージや衝撃を半減させるという実に便利なものだ。


 特殊な技でなければ武器の攻撃も含めて適用されるので、おそらく一番需要がありそうな術符である。


 耐銃壁は銃弾などを防ぐ障壁を生み出す。どうやら銃弾、砲撃などは別の扱いになっているようなので、こちらも銃が使用される対人戦闘では重要なものとなる。



 分身符は領主城でも手に入れたものだが、使うとファテロナのように分身を生み出すことができる。どれだけ操れるかは要実験だろうか。


 韋駄天の符は、使うと脚力増強効果のある補助術式がかかる。文字通りに足の速度が上がるので、サナにとってはありがたいものだろう。


 身代わり人形は藁人形のような形をした術具で、一度だけ即死を回避してくれるものだ。即死攻撃を完全に身代わりしてくれるので、HPの減りもないという便利アイテムである。


 使う際は、自身の身体の一部を埋め込むだけでいいので、髪の毛一本でも効果を発揮する。呪いの藁人形の良い効果バージョンであろうか。



(術具はいろいろとあるけど…また買い足せばいいし、まずは符で術に慣らしておこうかな)



 変な術具を買っても仕方ないので、使い捨てで便利な符をメインに選んでいくことにした。



「次は攻撃の符だね。火と雷は強すぎるから…ここは水刃砲すいじんほうの符、風鎌牙ふうれんがの符を五枚かな」



 火と雷のほうが攻撃力が高い術式が多いが、火力が高い分だけ広範囲で危険が伴う。慣れない人間が扱うと味方も吹っ飛ばすリスクがある。


 加えて目立つというデメリットもあった。大々的にやるのならばよいが、隠密で動く場合には使わないほうがいいだろう。あと屋内でも使わないほうがいい。


 一方、水や風は威力に劣るものの静かで命中精度が高いものが多い。的確に部位を狙ってダメージを与えるのに適している。


 水刃砲は水流を使ったウォーターカッターのような術。風鎌牙はカマイタチのように風を飛ばして敵を切り刻む術である。


 どちらも因子レベル1で使えるようになる術式だが、術の熟練者でも基本技として愛用する人間は多いので、入門編としては最適であろう。



「ところで爆破系はあるかな? 記憶によれば【複合術式】に爆破があったはずだけど…」



 通常の基本属性は、火、水、風、雷であるが、同時に使うことで強力な術式を生み出すことができる。


 爆破は火と風の複合術式であり、圧縮した炎を風で一気に周囲に撒き散らすことで、爆弾のような効果を生み出すものだ。火災現場で発生するバックドラフトに近い現象だろうか。


 火や、その上位属性である炎単体でも爆破に近い効果が得られるが、複合術式になると半分の労力で同等以上の力を発揮できるらしい。同じ労力ともなれば、その威力は三倍にもなるという。


 修行時代にパミエルキが使った時は、魔獣ごと周囲が完全に吹っ飛んでいたので、「これはヤバイ」と思ったものである。


 しかし、使う側になれば、これほど心強いものもないだろう。



「符はないですけど術具ならあります。これですね」



 メーリッサが持ってきたのは「大納魔射津ダイナマイツ」と呼ばれる術具であり、赤い筒が六本くっついたような不思議なデザインをしている。



「大納魔射津? 怪しい名前だね」


「ですよねー、私も文字で書くときはいつも間違えます。でも、昔からある優秀な術具なんですよ」



(というか、思いきりそのまんまのネーミングだな…)



 筒の見た目もダイナマイトに似ている。が、似て非なるもののようだ。


 このことから、前から薄々考えていたことが脳裏をよぎる。



(転生者って、意外と大勢いるのかもしれないな)



 どう考えてもアンシュラオン一人であるはずがない。


 今までの日本人の名前にしても文化にしても、明らかに地球の文化が入り込んでいる。



 これはつまり―――他にもいるということ。



 こうした文化をこの星に持ち込んだ人間がいるのだ。それは今の時代であるとは限らない。もっと大昔にいたのかもしれない。


 この大納魔射津もまた、そうした人間によって作られたと思ったほうが合理的である。


 もともと劣った星を発展させるために女神が魂を【誘致】しているので、これ自体はさほど不思議なことではない。


 地球の霊性レベルと同格の星も一億個以上は軽くあるという。その中で行き来するのも珍しいことではないのだろう。


 むしろまったく違う生態系の星に再生すると、勝手が違いすぎてびっくりするに違いない。星の状況によっては身体がアメーバ状の人間もいるのだ。四肢持ちから軟体動物になるには難易度が高すぎる。


 そこは神霊や指導霊の配慮というもの。なるべく似た星を探すのだ。



(まあ、オレには関係ないことだな。使えるものは使うことにしよう)



「それで、どう使うの?」


「えと、たしか…」


「…おじいちゃんに訊いてくる?」


「大丈夫です! 今回はがんばります!」



 ガラガラ


 奥の戸が開くと、おじいちゃんが顔を出して―――



「大変じゃ。わしの肛門が爆発したぞい」


「どういうことなの!? そんなこと普通は起きないよ!」



 おじいちゃんのほうから来た。


 しかも掴みはバッチリだ。ぐいぐい引き付けてくる。



「トイレの紙にヤスリが仕込まれておった。狙われとる」


「誰もおじいちゃんのお尻は狙わないよ! 紙が硬かっただけでしょ! おじいちゃんは戻ってよ! ここは大丈夫だから!」


「じゃが、わしの肛門が…」


「いいから、今忙しいから!!」



 おじいちゃん、強制撤去。



「すごく気になるけど…大丈夫?」


「はぁはぁ、大丈夫です。たまに言うんですよ」


「言うの? たまに?」



 それはそれで問題だ。



「じゃあ、説明を続けますね。この六つの穴に無付与の空のジュエルを入れるとですね、爆破系の術式が付与される仕組みになっています。付与させるには多少時間がかかるので、事前に入れて充填しておく必要があります。各々の筒で十回の付与が可能です。…たぶん」



 たぶんと言ったのは聞かなかったことにしよう。



「ジュエルはそのまま投げるの?」


「このカプセルに入れるんです。カプセルのボタンを押して投げれば五秒後に爆発します」


「ほぉ、便利だね。最大六十発は作れるってことか。威力は?」


「駆除級魔獣なら木っ端微塵ですね」


「駆除級というと…前にラブヘイアに殺させたワイルダーインパスとかか。あれが一発なら普通の人間も一発ってことだ。いいね。けっこう凶悪だ。その空のジュエルは売ってる?」


「付属で二十個付いていますけど、街のジュエル屋さんにも売っていますね。他の用途にも使われるんで、カプセルも売っていると思います」


「なるほど。足りなくなったら見に行ってみるよ。それにしても前と違って今回はちゃんと説明できたね」


「攻撃系の術具は得意分野なんです! みなさん、もっと買ってくれると嬉しいんですけどね…」


「それは同感だな。今はこんなもんでいいかな。お会計よろしく」


「合計で1020万円ですー」


「はい、どうぞ。相変わらず安いね」


「ひゃっほー、ありがとうございまーす! やっぱり金持ちは最高だ!」



 術具にはそれだけの価値がある。金があれば、こうして力を得ることもできるのだ。





 少し喫茶店で時間を潰し、夕方になってから「バランバラン」に立ち寄ると、サナの鎧が完成していた。


 革鎧をベースにして、胸や肩、腰、膝など、大切な部分を鎧の部品で補強したものだ。


 正直、見た目は無骨だ。お世辞にも可愛いとは言えない。


 だが、可愛さよりも性能が重要だ。身を守るために必要な要素は足りている。これで仮面を被れば、さらに完全武装とも呼べるだろう。



「サナ、お前の鎧だぞ!」


「…こくり、こくり!」


「興奮しているのか? そうだぞ。これはサナのだからな!」



 サナが興奮している。表情は変わらずとも頬が少し赤い。


 こんな鎧など生まれて初めて着るのだろう。初めてのことに対してサナは興味を示すのだ。



「ほら、着てみよう!」



 服の上から鎧を着せてみる。サイズは若干の余裕があるように作られているので、服があっても大丈夫だ。


 鎧の裏には綿のような緩衝材があり、薄着で着ていても痛くはないようになっている。


 細かいところに気遣いがある。さすが本職の仕事ぶりだ。



 サナが着終わると、アンシュラオンが嘆息。



「あぁ…可愛いぃ。鎧が可愛くないのが逆に可愛い! サナの可愛さを引き立てるなぁ」



 結局何を着ても可愛いと言うので、ただの兄馬鹿発言であるが。



「クロスボウのほうも調整しておいたぞ」


「サンキュー、おっちゃん。今後も利用するからよろしくね」


「おう、こっちも助かるぜ」


「あと、本当にドンパチが始まったら巻き込まれないように逃げてね」


「うちは武器屋だぜ。そういうやつらにこそ売ってやるさ」


「商魂逞しいなぁ。それだけの覚悟があるならいいけどさ。死なないようにね」


「おうよ。小僧とお嬢ちゃんもな」



 その後、サナの鎧を術で強化して完成。


 こうして準備は着々と進む。


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