145話 「武器屋バランバランで、サナの装備を買おう 前編」


 ソブカとの接触から二日間、アンシュラオンとサナはスレイブ館で過ごしていた。


 影武者のセノアとラノアがホテルにいるので、今は戻るわけにはいかない。戻る場合は、馬車を再びスレイブ館に呼び寄せ、入れ替わるようにするべきだろう。



(影武者は正解だったな。かなり自由に動ける)



 最初は不安だったが、目立たない格好をしていれば街を歩くこともできる。


 特に不審がられることもないし、何かあればアンシュラオン本来の中級市民として振る舞えばいい。


 逆にアンシュラオンの存在が確認されれば、ホワイトとは別物という印象を与えることができる。


 ソブカのような知力の高い人間には通じないので、できれば目立たないようにするべきではあるものの、久々にホワイトから解放されて気分は悪くない。



(偽名を使うほうが疲れるってのは想定していなかったな。当然かもしれないけれど、素の自分のままのほうが気楽だよ)



 医者ではない武闘者としての自分のほうがすっきりする。これこそ火怨山で慣れ親しんだ、いつもの自分なのだ。


 ただ、住む場所が変われば役割も変わる。この街では武も大事だが金も大事だ。


 ハンターのアンシュラオンよりも医者のホワイトのほうが儲かるのは間違いない。楽して儲ける、という意味でだが。



(モヒカンの話では、近日中には裏スレイブが集まるらしい。多少時間がかかっているようだが、これは逆に好都合だ。いきなり動くと混乱も大きいし準備が整わないからな。ソブカの要望も聞かないといけないし)



 ソブカも現在、アンシュラオンの計画に呼応して詳細を詰めているところだ。いくら有能とはいえ焦らせるのはよくないだろう。


 こうして黙っていても、ソイドファミリーからは金が振り込まれ続けている。必要最低限の小銭でしかないが、マイナスにならないだけでも気分がよい。焦る必要はないのだ。


 そして、この空白の時間にやっておかねばならないことがある。



 自分の準備はもちろん―――サナの準備だ。



(今回はサナもステージに上げる。最低限の準備はしておかないとな)



 アンシュラオンは、基本的にサナと一瞬たりとも離れるつもりはない。


 前のように目を離して誰かに奪われるのを避けるためである。あれは若干トラウマになっているので、二度と離れるつもりはなかった。


 この世で一番安全な場所はアンシュラオンの傍。これに間違いはないだろう。


 自分に匹敵するような相手はほとんどいないし、サナを守りながら戦うことは問題ない。ガンプドルフとの戦いのように戦気壁でガードすればよいのだ。


 ただ、ずっとそれでは問題があるし、彼女の成長につながらない。



(せっかくの騒動なんだ。何もしないのは勿体ない。主役じゃないが、それでも経験を積ませるいいチャンスだ)



 すべてはサナのためにある。サナが楽しむための劇なのだ。


 しかし、ただ見ているだけもつまらないだろう。特にサナには刺激が必要である。傍観だけではリアリティーが少ない。


 さすがに主役は無理なので、子役として劇に登場させてやりたいと思っていた。まずは簡単な動きだけでもいいので、舞台に慣れさせたいのだ。



 それすなわち―――【サナにも戦わせる】という意味である。



「サナ、お前も強くなりたいか?」



 膝に乗せて抱っこしているサナに問いかける。



「…こくり」


「戦ってみたいか?」


「…こくり」


「そうだよな。見ているだけじゃ、つまらないもんな」



 その意思をどこまで鵜呑みにすればいいのかわからないが、当人が頷いているのならば、兄として協力してあげるべきだろう。



 ただし、サナは―――弱い。



 正直、ステータス上は一般人の中でも最弱に近いだろう。子供なのだから当然のことだ。


 それを強くするのは、なかなかに大変である。



(だが、サナが弱いからといって何もしなければ、一生弱いままだ。なればこそ、オレががんばらねばならない)



 才能がないとはいえ、知識や技術を教えることはできる。幼い頃から学べば熟練度も高くなり、基礎的な能力が向上するのは間違いないだろう。


 それに、漠然とした【予感】もある。


 それはやはり、あの時に見たイメージ映像だ。



(あれがオレの夢か願望かは知らないが、実際に試してみるのが一番早い。何事も実戦で学ぶんだ)



 契約時のあの映像を見た日から、サナを強くしてあげることも目的の一つとなっている。


 ただの可愛い妹でも十分満足であるものの、兄妹で一緒に戦えたらもっと楽しいに決まっている。


 そして、アンシュラオンも楽になる。


 ずっと抱っこして戦うのは危険だ。大丈夫という自信があっても、何が起こるかわからないのが現実というものだ。それはラーバンサーと戦った時に強く感じたことである。



(あの覆面男のように、敵がレアなスキルを持っていないとも限らない。戦気を無効化したり貫通したりするスキルだった場合、サナの安全は絶対ではない。即死の場合は助けられるかわからないしな…)



 シルバーコードが切れていなければ間に合うとは思うが、賭けに近いものだ。そんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。



(自衛だ。自衛力が必要だ。これを怠ってはいけない。あいつらみたいに危ない橋は渡らないぞ)



 マフィアと接するようになって、彼らの自衛力の甘さばかりが目につく。


 アンシュラオンの警戒心が強いだけかもしれないが、それによって不安が増す日々である。大事な妹に何かあってからでは遅いのだ。


 今回の劇の一つのテーマが【自衛】。


 ロゼ姉妹などの現状では自己防衛力がまったくない子供が増えた以上、このテーマから目を逸らすわけにはいかなくなった。


 これからますます戦いは激化するのだ。意識的に強化していくべきだろう。



「よし。まずは武器だ! お兄ちゃんと一緒に武器を見に行こうな!」


「…こくり」



 何はともあれ攻撃力がないといけない。一般人でも銃があれば心強いように、相手を打ち倒すための力は人を安心させるものだ。




 裏店を出て表の店に行くとモヒカンがいたので、一応声をかけておくことにした。



「モヒカン、これから武器を買いに行ってくる」


「ひぃっ!」


「なんで驚く?」


「試し撃ちは勘弁してくださいっすよーー!! もう壊れるのは嫌っす!」



 表の店はまだ修理中で、モヒカンが合間を見ては補修を行っている音がたまに聴こえる。


 それ以外にも、恐怖におののいた顔でいきなり後ろを振り返ったりと挙動不審な行動が増えたので、どうやらこの前の討ち入り訪問がトラウマになっているようだ。



「修理費をケチりやがって。業者に頼めばいいだろう」


「綺麗にしても、また壊されるっす」


「ちぇっ、信用がないな。次は大丈夫だって」



 どの口で言うのだろう。信用などあるわけがない。



「まあいい。裏スレイブは頼んだぞ」


「了解っす。たぶん、明後日くらいにはなんとかなると思うっす」


「そうか。ちょうどいい。もしかしたら外で武器を試すかもしれないから、何日か戻らないかもしれない。一応伝えておくぞ」


「ほっ、よかったっす。これで安全が確保されるっす」


「うれしそうにするな。バシッ」


「いたっ!」


「オレがいたほうが安全だろうが。どういう意味だ?」


「だって、旦那がいるから騒動が生まれるっす」


「相手が仕掛けてくるんだからしょうがない。正当防衛だ。やり返すのは慰謝料の請求みたいなもんだろうが」


「結果は同じっす。なぜか旦那は騒動を引き起こすっす」


「人を疫病神みたいに言うな。オレだって本当はこんな場所に泊まりたくないんだ。我慢してやっているだけでも感謝しろ」


「うう…こっちも頼んでないっす…」


「何か言ったか?」


「何でもないっす! お気をつけて行ってらっしゃいっす!」


「全部聴こえているぞ。このモヒカンが!!」


「いたっ!」



 石を投げてやった。いい気味だ。



(しかし、モヒカンの言うことも間違ってはいないな。オレは何をやっても目立つってことか…気をつけないとな)



 もはや歩く災害になりつつある。半分は自分で招いていることであるが。







 アンシュラオンが訪れたのは、一般街のメインストリートから一本裏側に入った道。


 大通りほど人はいないが、商店街の一部であるため、それなりに人通りはある場所だ。


 途中まで馬車で移動し、そこから徒歩で移動すること数分、目的の場所が見えてきた。


 視界の先には、一軒の店。



 武具屋「バランバラン」。



 スーパーのように道路にまで商品をはみ出して置いてある店舗型の店である。


 大きさは、まさに小さめのスーパーマーケットほど。何もなければそれなりに広く思えるのだろうが、店内には所狭しと武器防具が置いてあるので、実際に入ってみるとごちゃごちゃしていて非常に歩きにくい。



(オレが知っている武器屋ってここしかないんだよな。しかし、今日も人がいないな…経営は大丈夫なのか?)



 一通り見て回ったが、武器屋はここ以外に発見できなかった。裏には危ない店があるのかもしれないが、表の世界にはここしかないようである。


 されど、そんな貴重な武器屋だというのに、ぱっと見る限りでは客がほとんどいない。


 たまに数人出入りがあるくらいで、ローカル電車しか停まらない駅のメガネ屋みたいな印象を受ける。客が入っているのか思わず心配になったりするものだ。



 事実、一般人に武器は必須ではない。



 外にまで出かける人間でない限り、この都市では衛士たちがいるので自衛をする必要性がないのだ。


 少なくとも善良な人々は、そう思っている。裏社会に関わったり傭兵やハンターをやったりしなければ、静かに暮らす分には武器はいらない。


 それだけグラス・ギースの治安が良い証拠であり、逆に言えばグラス・マンサーたちが力を握っていることを示している。


 もしどこかの店で騒げば、衛士よりも先に管轄のマフィアがやってくる可能性のほうが高いだろう。


 しかも抗争が少なく、裏側の勢力同士が完全に結託しているので、そこに歪みが生まれようがないのだ。


 すでに既得権益は完全に埋まっている状態であり、新規の組織が入り込む余地がないわけだ。良い意味では安定とも呼ぶが、悪く言えば成長の兆しがない街である。


 そんな街では武器を持つ必要性がない。偽りの平和であっても、人々が平穏な暮らしを求めるのは自然な現象であるから、その点に関して疑問に思わないようにしているのだろう。


 アンシュラオンから言わせれば危機意識がない不安な街だが、弱い人間にはこれが精一杯なのだ。



(ここに入るのも久しぶりだな…。あの時以来かな)



 アンシュラオンとサナは、扉を開けて店内に入る。


 ここに初めて寄ったのはサナと契約した翌日、ホテル街に行く前に仮面こと鎧の頭部を買った時である。


 そう、この店こそ、あの変な仮面が生まれた伝説の場所なのである。



「あっ、いたいた。やっ、おっちゃん。久しぶり」



 アンシュラオンは、カウンターにいたおっさんに声をかける。


 つるぴかな頭に筋肉質の身体と、まるでボディビルダーを彷彿させる男であるが、れっきとした武具屋の店主である。


 店主はアンシュラオンを見て、すぐさま誰かを思い出す。その顔は忘れようにも忘れられない。



「あっ! 『この鎧、大丈夫? バラバラになるんじゃないの?』とか言った失礼な小僧だ!!」


「よく覚えているね。だって、店の名前がヤバかったからさ。こんな名前をしていたら普通は不安になるじゃないか。改名しなよ」


「ヤバイとか言うなよ! 由緒正しき名前だぞ! 俺のじいさんのじいさんの名前だ」


「バランバランっていう名前なの? 言いにくいな」


「相変わらず口の減らない小僧だな」


「何も買わない無口なやつよりいいでしょう? オレは金があるぞ! 金持ちの客だぞ!」


「あー、はいはい。お辞儀でもしてやろうか?」


「そんなハゲ頭を見ても何も嬉しくないよ」


「その性格は、まったく変わってねーな」



 初対面の時からこんな感じである。忘れるわけがない。



「で、今日は何が欲しい? またバラ売りは勘弁してくれよ」


「でも、あの頭部は大人気なんだよ。被るだけで女の子にキャーキャー言われるよ」


「嘘だろう!? ただの兜だぞ!」


「ほんとほんと。今や知らない人がいないくらい有名になっているよ。『モテ防具』としてレプリカを作ったら高値で売れること間違いなしだね」


「時代の流れについていけねぇよ…。世の中、何がヒットするかわからねぇもんだな。今度作ってみるかな。被ったら女の子にモテるんだよな? 俺でもモテるか?」


「ついでにマフィアからもギャーギャー言われるけどね」


「そっちにはモテたくねぇよ!! 世の中どうなってんだ!?」


「おっちゃんの知らない世界がたくさんあるってことだよ」



 まさか店主も自分が用意した鎧の頭部が、あの噂のホワイトの仮面とは夢にも思わないだろう。知らぬが仏である。



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