144話 「ソブカという男 後編」


「あなたが私をラングラスにしてくれるのですか?」


「望むのならば、な。ただし、偽りの名前は与えられない。オレが与えられるのは嘘偽りのない本物の力だけだ。中身だ。飾りじゃない」



 対外的なラングラスという名前ではなく、その【実権】。


 実際に物事を動かし、利益を得るための力である。



「オレはソイドファミリーを潰す。正確には傀儡にして裏側から操る。その過程でツーバとは接触をしなくてはいけない。ただ、それが成功しても、ラングラス一派が認めなければ大金は動かない。ルートを切られるからね」


「その取りまとめを私にやれと?」


「そう、あんたがラングラス一派を仕切ればいい。それならば話は簡単だ。序列を覆せるし、今までの何倍も力を得られるだろう。なにせラングラスの力が一つにまとまるんだからさ。どうだ? おいしい話だろう?」


「他のグラス・マンサーはどうします? 認めると思いますか?」


「マングラスはオレから見ても邪魔でね。少し叩いておきたいんだ。他の勢力に恨みはないけど…逆に言えば、どうなってもかまわない」


「なるほど、力で押し切りますか」


「そのために力を欲しているんだろう?」


「そうなると命をかけないといけませんねぇ…身内を裏切り、最低でも数名以上の血縁者を殺す必要がありますから」


「力を得るってのは、元来そういうもんだろう? 強い者が勝つんだ。逆に弱いやつらに任せておいてはいけない。放っておけば他の勢力に喰われるだけだからな」



 アンシュラオンが言っていることは、言ってしまえば【クーデター】である。一緒になってラングラスを乗っ取ろうと誘っているようなもの。


 それが成功すればいいが、失敗すれば命はない。


 また、成功したとしても、地球時代の多く歴史が物語っているように、周囲からの賛同が得られずに崩壊する可能性がある。


 しかし、ここは城塞都市であり、フロンティア。


 多くの住人は、顔も名前もよく知らない領主のことを考えて生きているわけではない。自分を守ってくれる強い存在を求めているのだ。


 生活が安定して豊かになれば、彼らは何も言わないどころか、その人物を褒め称えるだろう。


 むしろ弱いことは危険である。今は大丈夫だが、いつ他の都市から攻撃を受けるかわからないのだ。ハピ・クジュネが落ちたら、次はここなのだから。


 よって、すべての住民は強い領主を求める。求めるしかなくなる。



「人間を動かすのは簡単だ。メリットを与えればいい。あんたに自信があるなら、それくらいはできるだろう?」


「できますかねぇ、私に」


「意外と隠すのは苦手なんだなぁ。今の顔…血に飢えた武人に似てるよ」



 ソブカは―――笑っていた。



 それは闘争本能を満たすために血を求める武人と同じ。抑えようとしても抑えきれない激情が駆け巡っているのだ。



 ソブカは、飢えている。喰い散らかしたくてしょうがない。自分を束縛しているものを壊したいのだ。



 それを知っているアンシュラオンは、その一点だけを正確に狙い撃った。



「あなたはいいのですか? 私が上の立場にいても」


「オレはこの街の住人じゃない。ホワイトハンターとして市民権は持っているが、そこまで愛着があるわけじゃない。さっきも言ったが、欲しいのは金であってリスクじゃない。楽して儲けたいんだよ。わかるだろう? あとは人材に関して多少好きにできればいい。可愛い子やお姉さんを好き勝手できるくらいの権力があればいいんだ」


「…不思議な人だ。欲があるのかないのか…わかりませんねぇ。くふふ」


「最終結論を訊こうか、ソブカ・キブカラン。オレと手を組むか?」



 アンシュラオンは、ここで初めてワインを手に取った。


 毒など入っていないが、その意思を確認するまで酒を酌み交わすつもりはなかった。



「…もぐもぐ。ごくごく」



 横で豪快に食べているサナは例外として。




「いつ死ぬかわからないこの世界。この直後、死ぬかもしれない。明日、死ぬかもしれない。ならば、迷うことはありませんねぇ」



 突き出されたグラスに―――グラスを重ねる。



 ソブカは即断。


 ホワイトと手を組むと決めた瞬間である。



「決断は即決。良いリーダーの証拠だね。豚君に見習わせたいくらいだ」



 散々手間取らせたビッグと比べ、ソブカは即決した。


 その段階で二人の器の差が如実に表れる。



「私は、ビッグのことは嫌いではありませんよ」


「そうなの? あんたのほうが優秀なのに?」


「…優秀な人間だからといって誰もがついてくるわけではありません。それに、私の決断一つで破滅に付き合わせることになる」


「オレと手を組む限り、マイナスにはさせないよ」


「そうでしょうね。そのことに心配はしていません。しているとすれば…自分自身でしょうか。歯止めが利かないことがよくある。抑えられない怒りというものがあるのです」


「それは…理解できるかな」



 たとえばサナに何かあれば、アンシュラオンは再び魔人になるかもしれない。そのことを心配することはある。



 何より―――サナを忘れることを。



 一度自分が狂ったら、自分の大切なものを破壊しても気がつかないに違いない。それだけ感情が強いのだ。言い換えれば意思が強すぎる。だから暴走する。


 ソブカもまた心の中に大きな怒りを抱えているのだろう。それが暴走することを怖れている。



「普段はこんなことは言わないんですがね…。あなたの魅力でしょうか。ついつい余計なことまで語ってしまいますね」


「いいんじゃないの? オレは正直、他人にそこまで興味があるわけじゃないし、他言なんてしないよ。する相手もいないし」


「ふふ、そんなところまで共感できますよ。あなたが信頼できる人でよかった」


「オレが信頼できる? そう言われることは少ないな」



 少ないどころか初めてである。



「今までの言動からでも、どんな人物かわかりますよ。面と向かって言われるのは嫌かもしれませんがね。少なくともあなたは、自分から世界を破壊するようなことはしないでしょう。そう、終末的な人物ではないのです」


「まあ、する理由もないしね」



 アンシュラオンは相手を害することを厭わないが、自分から殴りかかることはあまりしない。


 今までのことも、相手から仕掛けてきたカウンターアクションとして反撃をしているにすぎず、ソイドファミリーが仕掛けてこなかったら、ここまでやっていたかは疑問符が付く。


 なにせ面倒がり屋である。特に困っていなければ、あえて何かをしようとは思わないのだ。



 だが、ソブカは違う。



 自ら何かを成し遂げようとする男だ。キブカ商会も、彼が代を継いでからさらに業績を伸ばしてる。


 すべては彼が持つ【破壊の力】があってこそである。


 既存の仕組みを破壊しなければ、新しい利益は生まれないのだ。逆に言えば、利益を求める欲求があるからこそ破壊を厭わない。



「ということは、あんたは破壊的な人間だってことだ」


「かもしれませんねぇ。時々壊したくなることがありますよ。全部…全部…ね。そうしたらスッキリするのでしょうか。それとも…後悔するのか」


「くだらないことで悩むね。そう思うってことは、やりたいってことだろう。なら、やれるところまでやればいい」


「リスクは怖れないのですか?」


「危なくなったら逃げればいいんだよ。オレだって逃げてここまでやってきた。危ない魔獣がいたら逃げるだろう? 勝ち目がないなら逃げる。それと一緒だ。もし失敗したら違う都市に行けばいい。なんならマフィアなんてやめて堅気の商人になればいい。豚君みたいに不器用じゃないんだ。あんたならどこでも成功するさ」


「シンプルですねぇ」


「いろいろと経験して学んだことだよ。人間、長く住むとそこしかないと思うけど、自分が思っているより世界は広いぞ」


「なるほど。真理だ。あなたはまるで【風】のような人ですね」



 風は流れるままに吹いていく。一つのところに留まることはなく、自分の気ままに生きていく。


 それは停滞しているグラス・ギースという都市に吹く風。誰もが渇望していた新しい活力なのかもしれない。



「では、血判状を用意いたしましょう」


「証拠が残ると面倒だ。べつにいらないよ。約束は守るから安心しな」


「そうですか。わかりました。ならばこれを盃にしましょう」


「ああ」



 お互いにワインを飲み干す。


 これで両者は【兄弟】となった。どちらが兄とか上とかは関係ない。一蓮托生になったということだ。


 ただ、アンシュラオンにとっては愛着がない場所ゆえに、ソブカのほうがリスクは高い。


 だから一つだけ心に誓う。



(オレは約束を違えない。こいつをラングラスの長にする。自分のためであり、相手のためでもある。WIN-WINの関係だ)



 両者が得をする関係。それが一番良いに決まっているのだ。


 その代わり他者は予期しないマイナスを被るが、それは仕方のないことである。


 弱ければ死ぬだけの世界なのだから、弱いほうが一方的に悪い。




 そして、両者が手を結んだことを確認し、次の話題に入る。


 アンシュラオンは、今後の大まかな流れを話す。ソブカはそれを黙って聞いていた。



「オレの計画をどう思う?」


「良いと思います。とてもユニークで面白い。普通そんなことは考えませんし実行もしないでしょうから、バレることはないでしょう」


「ただ、完全ではない。そこをあんたに埋めてもらいたい。豚君では頭を使うのは苦手だからね」


「わかりました。内部の情報操作はこちらがやりましょう。いきなりソイド商会が頭を使い出したら、それこそ周囲は警戒するでしょうからね。私なら『いつものこと』で済みます」



 ソブカは他人から合理主義者と思われているので、策を弄しても怪しまれない。また何か企んでいるのか、くらいにしか思わないだろう。


 どうせ嫌われ者である。いまさら失うものはない。



「ホワイトさん自らが動かれますと目立ちますから、細々とした事務的なことはお任せください。必要なものはこちらがご用意いたします」


「そうか。助かるよ」


「こちらの要望は、連絡役と一緒に後日また送りましょう」



 話は実にスムーズに進んでいく。ビッグの時とは大違いである。


 ビッグやリンダのようなリーダータイプではない人間は、こちらが命令を下さないと自分で判断して動けない。


 武力で脅すのは非常に有効だが、常に裏切りのリスクを抱えることになるのもネックである。


 しかし、互いに利用しあう関係は、メリットがなくなるまで続く。合理的で打算的だからこそ信頼できる。



(あまり認めたくないが、この男はオレに似ている。どうやらオレは、自分と似た闇を持つ人間と出会う運命にあるらしい。イタ嬢の時もそうだったしな)



 イタ嬢も、かつて自分が経験した闇を持った人間だった。


 当然ながら好きではないが、その奥底の痛みや苦しみには共感できるものがあるのは事実。


 そして、ソブカの闇もまた同じ。



 だからこその―――忠告。



「ソブカ。オレから一つだけ忠告がある。老婆心かもしれないが、一つだけ言わせてくれ」


「それは興味深いですねぇ。どのようなことでしょう?」


「満足することを目的にするな。勝つことを目的にしろ。…それだけだ」


「………」



 ソブカは、顎に手を当ててしばし思案する。



 何秒くらいそうしていただろうか。


 それからゆっくり顔を上げ、少しだけ儚い光を帯びた目で白い少年を見据えた。



「ご忠告、痛み入ります。気をつけるといたしましょう」


「すまないね。あまり他人のことに口を出したくはないんだけど…オレのためにもあんたが必要だからさ。死なれると困る」


「あなたがいれば大丈夫なのでしょう?」


「目の前にいれば助けられるが、いつも一緒にいるわけじゃない。それに関係を知られるわけにはいかないから、実権を握るまでは助けられないかもしれない。人間、いつ死ぬかわからないしな」


「たしかにそうですねぇ。肝に銘じますよ」





 それから二人の会話はしばらく続いた。


 最初は嫌に感じた笑い方も、慣れればそれほど気になるものではなかった。


 そして、別れ際になってもう一度だけ彼を見た。



 彼の―――情報を。



―――――――――――――――――――――――

名前 :ソブカ・キブカラン


レベル:32/50

HP :730/730

BP :460/460


統率:A   体力: F

知力:B   精神: B

魔力:E   攻撃: E

魅力:B   防御: E

工作:B   命中: E

隠密:E   回避: F


【覚醒値】

戦士:0/0 剣士:1/1 術士:0/0


☆総合:第九階級 中鳴ちゅうめい級 剣士


異名:キブカ商会の組長、束縛された停滞を憎みし獣

種族:人間

属性:火、炎、滅

異能:カリスマ、集団統率、野心家、上級商人、中級使役強化、中級交渉術、見果てぬ夢

―――――――――――――――――――――――



(統率がA…か。ここに来てからAは初めてかもな。それ以外も非常に優れた男だ。能力はどちらかといえば実務系。そうでありながら剣士としてもそれなりに鍛えている。こいつは才能がある努力家だ)



 レベルは戦うだけで上がるわけではない。経験値なので、普段の仕事を一所懸命こなすことでも上がっていく。


 ソブカの本業は商人なので、彼が実務系に特化していることは不思議ではない。その努力の跡もしっかりと情報に載っている。


 ただ、危うさは残っている。


 最後の一文が頭に残って離れない。ソブカという名前を聞くだけで、きっとそれを思い出すほどに。



(『見果てぬ夢』…か。お前が夢に潰されないことを祈るだけだよ。だが、そんなやつでもない限り、オレの話には乗らなかっただろうな。この男と出会ったのは運がいいのか悪いのか…)



 ソブカは交渉相手なので、真っ先に情報公開を使用していた。野心家であることもわかったので、話に乗ることを前提で進めていた面はある。


 その計画は上手くいったが一抹の不安は残っていた。だが、それを考えていても仕方がない。



 すでに賽は投げられたのだ。



 サナを抱っこしながら窓から飛び降りたアンシュラオンは、笑っていた。



(少しワクワクしてきたな。オレも結局、同じ穴のムジナということか。ソブカ、オレとサナを楽しませてくれよ。この街を燃やしてでもな)



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