142話 「ソブカという男 前編」


 出ていった三人が遠ざかっていくのを波動円で感知し、改めてソブカを見る


 相手もそれで理解したのか、ゆっくり近寄ってきた。


 特に警戒をするどころか身体の力を抜いてリラックスしているようだ。



(たいした胆力だ。殺そうと思えば今すぐにも殺せるんだけどな)



 ビッグに仲介は頼んだが、あくまで二人は初対面である。何があってもおかしくはない。


 アンシュラオンの強さは今見た通り。その気になれば、一秒もかからずに殺すことが可能だ。


 それを知っていながら…否、知っているからこそ力を抜いているのだろう。いかなる抵抗も無駄であるから。


 それでも一般人ならば足くらいは震えるものだ。相当場慣れしている証拠である。



 そして、ソブカの第一声は、さらに彼の有能さを示すことになる。



「初めまして、ホワイトさん。いえ、ホワイトハンターのアンシュラオンさんと言ったほうがよろしいでしょうか?」


「へぇ、知っているんだ」



 それを知っているのならば、わざわざ顔を隠す必要はない。


 外套のフードをめくり、素顔を出す。が、その目は少しばかり警戒の色を帯びていた。


 それを見て取ったソブカは、笑いながら両手を上げ、敵意がないことを示す。



「せっかくお越しくださったのです。多少のもてなしはいたしますよ。どうぞ、おかけください」



 ソブカの机の横には、客をもてなすための酒や軽食に加え、サナ用だと思われるジュースや菓子類まで置いてあった。


 さきほどの護衛二人はそれを見て、さぞかし不思議に思ったに違いない。自分たちに警護を命じておきながら、どうしてそんなものを用意しているのか、と。


 だからこそ大剣の女性は、ああもあっさり出ていったのだろう。ソブカに危機感がなかったからだ。



 アンシュラオンたちは用意された椅子に座る。サナのフードも取ってあげた。


 ソブカはホストでもやっていたのではないかと思うほど手際よく用意していき、机の上にはあっという間に軽い晩餐が生まれる。


 その間を利用して、ソブカを観察。


 体格は、ややほっそりした青年のもので中肉中背。かといってまったく武の心得がないかといえば、足運びがそれを否定している。



(覆面男には多少劣るが、さっきのお姉さんたちより強そうだな)



 アンシュラオンの見立てでは、さきほどの護衛二人よりも強いと判断する。


 情報公開を見れば詳細はわかるだろうが、感覚だけでもそれがわかる強さだ。



「思ったより強いんだね」


「私ですか? ええまあ、こういう職業ですからねぇ。鍛えなければ死んでしまいます」


「それでも鍛えていないやつらが多かったようだけど?」


「みたいですね。ですが、私は人の心を操ることはできません。各人がそれで満足していれば、それでよいのでしょう」


「危機感がないな」


「かもしれませんね。お酒はワインでよろしいですか?」


「それでいいよ」


「では、失礼いたします。そちらのお嬢さんはジュースにしておきましょう」


「それで、どうやって調べたの?」



 あらかた用意が整ったのを見計らって、アンシュラオンが問いただす。



「ヒントをくれたのは、あなたのほうです。この数日、考える時間をくださったのでしょう?」


「まあ、そうだけどね。それで簡単に突き止めるんだ。少し驚いたよ」


「私のほうが驚いていますよ。どうして誰も気づかないのか。デアンカ・ギースを倒した英雄を見過ごすなんて、普通はありえないことです」


「英雄ってほどじゃないと思うよ。たいして強くはなかったし」


「それはそれは、実に頼もしいですねぇ。本物の英雄にしか口に出せない言葉です。しかし、それこそがこの都市の弱点なのかもしれません」


「どういう意味?」


「ここは城塞都市ならではの隔絶された世界だということです。城壁は恩恵をもたらしますが、住んでいる人間を完全に分けてしまう。第二城壁では当然の知識も上級街では通用しない。逆もまたしかりです。閉鎖された小さな世界なのです」



 おそらく第二城壁内部において、アンシュラオンの名前を知らない人間はいないだろう。


 時間が経って多少廃れたかもしれないが、この都市唯一のホワイトハンターであり、人々に金を振舞ったブルジョワの一人である。


 詳細を知らなくても名前は知っている、という人間は多いに違いない。



 しかし、それとホワイト医師を一緒には考えない。



 ホワイトの噂はここにも届いているが、上級街にいる人間だと思ってしまっているので、それはあくまで【他人事】。自分たちには関係ないものとして考える。だからこんな簡単な推理もできないのだ。



「見えないのです。見えなければ本質はわからず、人は噂に踊らされて先入観だけを信じてしまう。医者は医者であり、ハンターはハンターと区別してしまう。それが同一で複雑に絡まった一つの個体としては見ない。人々を責めているわけではありません。単に人間とはそういうものですから」



 人間は、複雑な要素を併せ持った存在である。


 仕事場での自分も、家族内での自分も、一人でいる自分も、それぞれが異なった存在でありながら一つである。


 しかし、人間の視野は狭く、一つの側面しか見ることはできない。だから勝手に他人のことを決め付けて判断してしまう。



 ホワイトハンターのアンシュラオンは、きっと屈強な大人の戦士に違いない、と。



 デアンカ・ギース討伐の話が流れるにつれて想像は膨らみ、一方でアンシュラオンが姿を消したことで真実はわからなくなる。


 少し調べればわかるようなことでも、きっとそうだろうという「思い込み」が先行して、それだけで満足してしまう。


 しかし、目の前の男はそれに惑わされなかった。ごくごく自然に考え、ごくごく普通の答えにたどり着いた。誰も気づかず、それでいて誰もが納得してしまう答えに。



「つまりあんたは、自分は俗物とは違うと言いたいわけだ」


「ふふ、そうかもしれません。人は誰だって特別になりたいと思うものですからねぇ。ただ、そうなると私も俗物だということですが…それを認めたくない自分もいます。それこそ小物の考えですけどね」


「先入観に囚われなかっただけでも十分特別だ。第一城壁がなければ、この都市はもっと栄えると思うよ。オレもそれはずっと思ってきたことだ。あんな壁、殲滅級魔獣ならば簡単に壊せるしね」


「気が合いますね」


「どうかな。まだ出会ったばかりだ。わかり合うには早すぎるね」


「でも、親しみは感じているのでは?」


「男に? 冗談でも嫌だな」


「私は感じますよ。あなたの目には同種のものを感じます」



 ソブカは、笑いながらアンシュラオンを見る。


 その目の奥に不気味に光る何か。それはたしかにアンシュラオンにも宿っているものだ。



「…ねえ、本当にビッグと親戚なの?」


「ソイドビッグですか? そうですね。私の曽祖母がオヤジさん…ビッグの曽祖父であるツーバ様の妹なんです」


「けっこう身近なんだね。そのわりに似ていないなぁ」


「ははは。向こうはダディーさんの血が強いですからねぇ。それにラングラスで力を継ぐのは一人だけです。だから曾祖母は、血を遺すためだけに嫁に出されたんですよ。まあ、私が生まれる前に死んでしまったので、顔も知らない人なんですけどねぇ…」



 ソブカは思うところがあるのか、ふと目を細める。


 ただし、アンシュラオンが訊きたかったのは見た目の話ではない。



(この男、本当に豚君と同い年か? まるで違うな。何よりも【中身】が違う。あいつが豚なら…こいつは何だ? 狐…か? それも鋭い牙を持った狩る側の存在だ。豚君のような家畜とは違うな)



 アンシュラオンは、ソブカを狐と称した。


 体格ではビッグに劣るが、その中から発せられる気質は彼よりも凶悪だ。


 正直、比べ物にならない。比べたらソブカがかわいそうだ。それくらいの差がある。


 アンシュラオンは他人を動物にたとえることが多いが、目の前の狐は野生のものであり、けっして人が飼い慣らせるような存在ではないだろう。


 家畜を食い荒らし、場合によっては人間すら殺す危ない狐。きっとこの男ならば、頭の悪い人間を自分のテリトリーにおびき出し、一人ずつ殺すくらいはやってのけるに違いない。



 この男の中には―――【闇】がある。



 その瞳の奥底に眠るのは、くらいものだ。


 アンシュラオンもまた闇を持つ人間であるから、正直に言えば親しみを感じないわけではない。ただなんとなく、それを認めるのが嫌だったにすぎない。


 それもまたすでにソブカが言った「小物の証」なので、相手には全部わかっていることだろう。実に侮れない男だ。



「しかし、少々驚きました。こうもあっさりと突破されるとは、さすがホワイトハンターですね」


「こっちも訊きたいけど、まさかこれが本気じゃないよね? オレが本気だったら、館の外から十秒以内にあんたを殺せたよ」


「手厳しいですねぇ。ですが、これもまた限界というものがあります。ここは都市の内部ですし、一般街に属する場所です。武装するにも一定の制限があるのです。よそに迷惑がかかってしまいますからね」


「それで殺されたら意味がないでしょ?」


「その通りです。…羨ましいほどに力に実直ですね」


「本来それは、おたくらが得意とするもののはずなんだけどね。正直、拍子抜けしているよ。ビッグも弱いし、この都市のハンターもたいしたことなかった。もちろん、ここの警備の連中もだけど」


「そう言われると困ってしまいます。あなたが規格外なのですよ。デアンカ・ギースを倒せる人間がいるとは、さすがの私も思いもしませんでした。比べられると厳しいものです」


「館にいた連中は子飼い? あの覆面の変態も?」


「意外ですね。女性のほうを気にすると思っていましたよ。だからわざわざ女性を選んで、ここに配置したのですが」


「単純にあの男のほうが強かったからね。それに面白いスキルを持っていた。興味深いやつだ」



 アンシュラオンが一番気になったのが、あの覆面の拘束服男。


 自分だからこそ簡単に倒したが、普通の武人と普通に戦えば、実は意外と強いのではないかという確信はあった。


 特にあのスキルはかなりレアっぽい。女ならば、ちょっと欲しいと思ったかもしれない人材である。



「彼だけは違いますね。彼はうちの父親の代から雇っている身内の者です。気に入ってくださったのならば嬉しいものですねぇ」


「じゃあ、さっきのお姉さんたちは違うの?」


「ええ、あの二人は先日雇った者たちです。メガネの彼女は、私の秘書ですけれどね」


「ふーん、そうなんだ。で、あれより強いやつってのはいなかったの?」


「またまた手厳しいですねぇ。そういった人材は貴重なのですよ。うちではあれくらいが手一杯でしょうか」


「人間の社会は生温いな。そんなんじゃすぐに殺されるよ? 自衛力が足りないんじゃないの?」


「ふふっ、歯がゆいですか?」


「まあね。…あんたもそう思っているみたいだけど?」


「ええ、否定はしませんよ。あなたが来ると聞いて、私はとてもドキドキしましたからねぇ。本当にここに来てくれた時は抱きつきたい気分でした」


「…ちょっと待て。お前も変態じゃないよな?」


「少なくともノーマルの性癖だと思います。単なる感動という意味ですよ」



 最近は変態ばかりと出会っているので、ここは確認しておくべきだろう。


 ただ、アンシュラオンも他人から見れば変態の一人なので、あまり他人のことは言えないのだが。


 ともかくマフィアが厳戒態勢を敷いていても、アンシュラオンを止めるどころか傷一つ負わせるのは不可能だということがわかった。それにソブカは感動しているのだろう。



「私だって男です。強さに憧れることはあります。その中でも、あなたはさらに特別です」


「まあ、オレが特別だってのは認めるよ。どうやら人間社会じゃ、オレに匹敵する武人はほとんどいないみたいだしね」


「その強さがありながら、あなたは医者もやっておられる。見事なものです。なぜ医者に?」


「あんなのは真似事だよ。格闘技の経験者が接骨治療に通じているのと同じで、それなりの使い手なら似たようなことができるさ。始めた動機も気まぐれだしね。…それより、そろそろ本題に入ろうよ」


「そうですか? 私としては、もう少しゆっくりしてもよいのですが…何かご予定でも?」


「今後の予定があるのは、あんたのほうでしょう? こうして招き入れたってことは、こっちと組む気があるってことでいいかな?」



 アンシュラオンは、ここに遊びに来たわけではない。


 当然、手を組みに来たのだ。


 そのためのパフォーマンスであり、いわばセールスだ。



「オレの力は理解したはずだ。この力を使えば、いつだってラングラス一派を壊滅させることができる。それどころか領主たちだって排除できる。まあ、領主の一件はおっさんとの約束もあるから、自分からは殺さない予定だけどね。それも相手から攻撃させるように仕向ければいい」


「それは素晴らしい。実に素晴らしいですねぇ、ふふふっ」


「全然関係ないけど、けっこうイラつく笑い方をするね」


「こういう顔なもんでしてねぇ。よく他人からも言われるんですよ。お気に触ったのならば謝ります」


「いや、べつにいいさ。…鏡を見て不快に感じただけだ」



 アンシュラオンも、よく他人を馬鹿にしたように笑う。意識はしていないが相手を挑発して楽しんでいるのだろう。


 一方のソブカの場合は、どことなく皮肉っぽいというか、厭世えんせい感を漂わせた雰囲気が他人をイラつかせる。


 そのまま見れば男前であるが、そうした雰囲気がどことなく浮世離れした危うさを感じさせるのだろう。


 つまり、両者はかなり似ている。他人からすれば、あまりよくない意味で。



「お話は伺いましたよ。すごく興味があります。ただ、私も組を一つ預かっている身です。そう簡単には動けない事情があるのです」


「建前の話をしに来たんじゃない。あんたが協力しなくても、こっちは自分で動く手筈を整えているんだ。最悪、利益が減っても強引に奪い取ることはできる」



 アンシュラオンはソブカの協力を必須としていない。ここが重要だ。


 その気になれば力で奪い取ればいいだけのことなのだ。そのための準備をすでに進めている。裏スレイブも、そのための駒だ。



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