141話 「大剣と大盾のお姉さん」


 ガチャッ


 特に無警戒で扉を開けると、二十畳程度の部屋があった。


 どうやら執務室のようで、窓際には大きな机があり、壁の本棚にはさまざまな書物が並んでいる。


 この都市にやってきて、これだけの本を見るのは初めてかもしれない。単に自分が読書をあまりしていないだけかもしれないが、少なくともここの部屋主は勤勉なことがうかがえる。



 その机の椅子に一人の若い男が座っていた。



 白茶のふんわりとした髪の毛と整った顔立ちは、それだけ見れば女性が憧れるような貴公子に見えなくもない。


 ただし、おそらく女性がその青い目を見たら好奇心よりも―――



―――怖い



 と思うだろう。


 猛禽類のような鋭い瞳が常に何かを狙っているように思わせる。単なる鋭さからではなく、その中に秘められた【何か】を感じるからだ。



(間違いない。ソブカ・キブカランだ。いい面構えをしている。だが、まだ邪魔がいるようだな)



 ソブカの隣に一人、その前に二人の人物がいる。


 三人とも女性で、隣にいる女性はメガネをかけた秘書風の女性。しかし、雰囲気がやたら落ち着いており、腰に剣を帯びているところ見ると武人かもしれない。


 その前方にいる二人は、見るからに戦闘タイプといった様相だ。



 一人は盾を持った長身の女性で、シルバーグレイの銀髪を短くまとめている。肩や足に魔獣素材の防具をはめているので、明らかに傭兵といった見た目である。


 特筆すべきは【盾】。


 こちらも魔獣素材なのだろうか。金属のように鈍く光る大きな四角い盾を左手に持っている。身体全体を覆うほどに大きいので、魔獣の攻撃でも防げそうだ。


 右手には先端が膨れた打撃棒、いわゆるメイスと呼ばれる武器を持っていた。総合して見るに、相手を殺すというより、制圧して対象者を守ることに特化した武装のようだ。



 もう一人はベージュの長めの髪に褐色肌の女性で、こちらは両手剣と呼べそうな大剣を持っている。防具は最低限しか付けていないので戦闘攻撃タイプと思われる。


 盾の女性と違うのは、剣の女性のほうが体格ががっしりしており、女ウォーリアーと呼ぶのに相応しい姿であることだろうか。


 その容姿から、アマゾネスやアマゾーンと呼ばれる女部族の戦士を彷彿させる。


 それでもやはり女性なので、露出した筋肉は男性のそれと比べてしなやかで美しいラインを保っていた。


 ちなみに年齢は、どちらもアンシュラオンより年上に感じられるお姉さんたちである。



(褐色肌は…サナとは違うな。もっと濃い色だ。ただ、日焼けかもしれないし…同じってわけじゃないよな)



 褐色肌の人間も見かけるが、たいていは日焼けだったりするので肩透かしをくらうことがある。


 べつにサナの同郷の人間を探しているわけではないが、なんとなく褐色肌に目を向けてしまうのは仕方ないことだろう。



 大剣の女性が、ちらりとソブカを見る。


 それは確認の意味を込めたものだったのだろう。「小さいのが来たけど、攻撃していいのか?」といった具合の。


 しかし直後、それと正反対の行動を取って、いきなり飛び出していた者がいた。


 盾の女性である。


 彼女は大剣の女性が確認のために視線を動かした瞬間には、シールドを構えてまっすぐに突っ込んできていた。



(へぇ、いいな。思いきりは悪くない)



 これはサインプレーではない。アンシュラオンの気を逸らして攻撃するトリックプレーではない。


 自分が部屋に入ってきた瞬間から、飛び出すタイミングを計っていたのだろう。単純に盾の女性が最初からこうするつもりだったにすぎない。


 盾の女性は最初からアンシュラオンしか見ていなかった。


 そう思ったのは、彼女の踏み込みに迷いがなかったからだ。彼女がソブカに何と言われているのかは知らないが、そこに【強い意思】を感じた。



 だから―――受け止める。



 サナを真後ろにした状態なので、もとより避けるつもりはないが、その突進を片手で受け止めた。



「っ―――!!」



 アンシュラオンはまったくその場から動かず、手だけを突き出した。


 それと盾が衝突した結果、完全なる静止状態が生まれる。


 力と力がぶつかれば、より強いほうが勝つという当たり前の事象が発生するからだ。


 ミシミシ


 骨が軋む音がする。彼女が突進したエネルギーが全部跳ね返り、自分自身を圧迫しているのだ。


 それだけ迷いなくぶつかってきたのだろう。見た目に騙されずに全力で来たことには好感が持てる。


 ただ、盾によって少年の姿が完全に見えなかったことで、それをまったく予期できなかったことが想定外。無防備にすべての力を受けてしまった。



 角度が悪く、肩の骨が外れる―――前にアンシュラオンは次の行動。



「ほいっと」


「あっ!!」



 ぴったりと手の平を密着させたまま盾を回転させると、女性も回転して床に叩きつけられる。


 手の平と盾を命気で接着させているので、こうなったら腕力が強い者が好きにできるのだ。


 しかもそのままだと頭がぶつかって怪我をしてしまうので、軽く引っ張って背中から落としてやる。



「かはっ―――!」



 叩きつけられた衝撃で呼吸が止まり、女性の思考が一瞬止まった。


 その瞬間に盾を奪い取る。



「やっ、綺麗な顔をしているね。まるでアニメのロシア人みたいだ」



 女性と、目と目が合う。


 顔立ちとしては、非常にすらっとした端正な顔である。その銀髪と相まって、アニメで出てきそうな銀髪ロシア人を彷彿とさせる。


 身長も高いので、個人的にはスーツを着せて楽しみたい男装の麗人風の美人である。



「はぁああああ!!」



 しかし、ゆっくりと見ている暇はない。大剣の女性がすでに迫っていたからだ。


 女性の戦い方は、思っていた通りに非常にシンプル。


 大きな剣を振りかぶって、叩きつけるだけ。まさに男がやりそうな豪快な攻撃スタイルである。


 体格の良い彼女が大きな大剣を振るうには、この部屋はかなり狭いように思える。逆にいえば狭いのでよける場所がなく、力と力の勝負に持ち込めるエリアなのかもしれない。



 その剣が―――盾と衝突。



 アンシュラオンは盾で剣をガード。片手で完全に剣の勢いを受け止めている。


 ギシギシと大剣の女性の骨も軋むが、最初から想定していたことと、彼女自身の骨格が頑強なのか、その衝撃にも耐え切ったようだ。



「へー、盾も面白いな。そういえば剣王技に【盾技】ってのがあるんだよな」



 アンシュラオンは、初めて使った盾に興味を覚える。


 剣士の因子は、武装全般に関わるものなので盾も含まれており、剣王技の中には盾技というものがあると聞いたことがある。


 剣技に比べて防御に特化しており、広域に防御陣を展開できる技もあるので集団戦闘においても重宝されるらしい。


 盾の女性のようにシールドアタックとしても使えるため、なかなか優れた武装であるといえる。



「まだまだいくよ!!!」



 アンシュラオンが盾に感心していた間に、剣の女性が再び攻撃態勢に入っていた。


 曲芸のように盾を蹴って着地すると、低い体勢から斬り上げてきた。


 その剣を再び盾で受ける。今度も力負けせず、完全に防御する。


 しかし受けた瞬間には女性はすでに次の動作に入っており、連続して大剣を振るってくる。



 ギンギンッ ガンガンッ

 ギンギンッ ガンガンッ

 ギンギンッ ガンガンッ



 盾が剣を弾く音が響く。


 盾の女性が立ち上ってメイスを構えるも、そのあまりの猛攻に割ってはいる隙がない。



「へぇ、お姉さんも面白いね。なるほど、同じ女性でも姉ちゃんとは全然戦い方が違うな」



 男性のやり方と違うのは、筋力で力任せに振るうのではなく、身体全体のしなやかさを利用して攻撃している点。


 それゆえに攻撃に多少の時間はかかるが、一撃一撃が非常に鋭く重い。もし常人が盾を持っていたら、盾ごと吹き飛ばされていただろう。


 ちなみにパミエルキも剣を使うが、彼女の場合はもはや男とも女とも違う。質量など無視したようにすべてを切り裂くので、あれは例外だと思ったほうがいいだろう。



「はああ!」


「ほいっと」


「っ―――!」



 再び剣と盾がぶつかった瞬間、少し強めに押してみた。


 今までとは明らかに違う強さに女性の剣が押され、彼女の肩に刃が食い込む。今度ばかりは受けきれないようで、肌がぷつりと切れて血が流れるのがわかった。


 このままだと大怪我をしてしまうので、アンシュラオンが女性の足を自分の足で引っかける。



「きゃっ!」



 足をかけられた女性は、意外にも可愛い声を出して転倒。おかげで剣は肩を抉る前に離れた。



「怪我がないようで何よりだよ。それじゃ、これも没収かな」



 盾に食い込んだ剣を持つと、大盾に大剣を持つ少年の完成だ。


 なんだか小学生がチャンバラをしているような格好になってしまったが、そのまま二人を威圧するように見せ付ける。


 二人の女性は得物を失い、ほぼ戦闘継続は不可能な状態になっている。


 それでもソブカを守ろうと、盾のお姉さんはメイス、大剣のお姉さんは予備武装であろうショートソードで身構えているものの、すでに勝ち目がないことは理解しているだろう。


 はっきり言ったらかわいそうだが、さっき戦ったラーバンサーより数段以上劣る相手だ。お姉さんという最大の長所以外、さして面白みのない戦いなので興味があまり湧かない。


 ならばと、もう一人のお姉さんに期待する。



「そっちのお姉さんはどうする? 勝負する? 何か面白い能力を持ってくれていると楽しめそうなんだけど…どうかな?」



 迫ってくるチャンバラ少年に対抗しようと、メガネの女性が剣に手をかけようとして、制される。



 ソブカが立ち上がり―――空気が変わった。



「三人とも、もう終わりです。申し訳ないですが、全員外に出ていてもらえますか。大事な話がありますからね。ああ、心配はご無用です。身の危険はありませんから」


「キブカラン様…これは? どういうことなのですか!?」


「【余興】は終わったということです。あなたたちはよくやってくれました。私は満足していますよ。では、出ていってください。あなたたちがいると彼も話しづらいでしょうからね」



 盾の女性がソブカ・キブカランに問いかけるが、それに答える気はないようで退出を命じる。



「二人とも、行きますよ。ソブカ様の御命令です」



 それを後押ししたのが、隣にいたメガネの女性。どうやらこの女性はすべてを知っていたようだ。


 そのことからこの女性が、ソブカの側近であることがうかがえる。少なくとも二人よりは格上のようだ。



「これは…どうなっているんだ?」


「ふん、言葉通りの余興だってことだよ。金持ちがやることはよくわからないね」


「余興…これがか?」



 盾の女性はまだ状況を理解していないようだが、大剣の女性は事情を察したらしい。


 笑いながらアンシュラオンのもとにやってくる。



「ところで剣は返してもらえるのかい? 可愛いお坊ちゃん」


「お姉さんの胸に顔をうずめてもいいならね」


「こんな筋肉だらけの胸が気持ちいいかどうかは知らないよ?」


「女性の胸は、すべて美しいものだよ。オレはお姉さんみたいなタイプも好きだけどね」


「そんなことを言われるのは久しぶりだよ。子供の頃以来だ」


「最近の男は軟弱だからね。見る目がないんだよ」


「ははは、変な子だね。それじゃ、いくらでも触りな」


「うーん、本当はそうしたいけどね…男が近くにいると萎えるから、やっぱり今度にしておくよ。はい、剣」



 女性に剣を返す。



「…強いね、坊や」


「まあね。はい、お姉さんも盾を返すよ」


「あ、ああ…」



 それから盾の女性にも盾を返した。



 その時、ふと視線を感じる。



 盾の女性がアンシュラオンをじっと見ていたのだ。



「…なに?」


「い、いや…なんでもない…です」


「美人のお姉さんとなら何時間だって見つめあえるよ。でも、今は出ていったほうがいいかも。あいつ、けっこうヤバそうだし」


「…は、はい」



 そこにあったのは敵意ではなく、ソブカと同じく興味。


 ただ、彼ほど強烈なものではなく、自分を負かした相手への尊敬の眼差しに似たものが宿っていた。


 それと同時に、悔しさ。


 負けた自分への怒りで、拳をぎゅっと握り締めているのがありありとわかった。


 そこに少年という要素が加わったことで、困惑に拍車をかけているのだろう。なぜか敬語になっているし。



「負け負け。行くよ、サリータ」


「…ああ」



 出ていく時も、盾の女性はアンシュラオンを見ていた。モテる男はつらいものだ。


 一方の大剣の女性はサバサバした性格なのか、それ以後はアンシュラオンを見ることもなく行ってしまった。


 まさに剣と盾。まったく違う反応であるが、それはそれで心地よいものであった。


 ただ、後ろにサナがいたことには驚いていたようである。少女というハンデを背負って圧倒したのだ。驚くのも当然だろうか。



 そして、室内にはアンシュラオンとサナ、ソブカという三人だけになった。



 ソブカが言ったように、今までのは余興。


 ここからが本番である。



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