140話 「接触、キブカ商会 後編」


(この世界の連中は変態ほど面白い能力を持っているな。いや、変態だからこそ他人とは違う方向性を求める。だから面白いのか)



 普通の武人が普通に鍛えても、結局平均的な意味での普通にしかならない。その場合、自分より少しでも強い敵と遭遇すると死亡確定である。


 日本人が平均を求めるようになって安定はしたが弱体化したように、現在の武人の世界がそれに該当する。


 その成れの果てが、今通路に倒れている二人である。それなりに有能なのだろうが、それは一般の価値観の中だけでしか必要とされない。そんなものには興味がない。


 それよりは変態でも特殊なほうが使い道がある。


 仮に財産や人間性のすべてを失っても、勝てる可能性が1%でも上がるのならば、喜び勇んで変態になるべきだろう。それば武人としては完璧に正しい選択である。



「お前はオレと戦う資格がある。遊んでやるよ」


「………」



 男は相変わらず動かない。どうやら防御に絶対の自信があるようだ。


 気になったのは、やはりあの服。



「その服は特殊な防具か? それとも防御の術符でも展開しているのか? だが、術式は見えないし…ここまで完全に弾くのは異常だな。それともオレが知らないだけかな。たしかに術具に関しては知らないことも多いし…。ならば、少し実験をしよう。何度耐えられるかな?」



 再び水流波動を放ち、濁流が襲いかかる。


 男はよけない。



 ドドドバッーー バシャッ



 さきほどより威力を強めたのだが、結果は同じく霧散。



(カラクリがわからん。…ここまで異様な状況だとスキルの可能性が高い。オレの『女神盟約』だってよくわからないスキルだし、まだまだ知らないスキルが世の中にあってしかるべきだ。検証が必要だな)



 さらに攻撃を続行。少しの異変も見逃さないと男の挙動を注視する。



 ドドドバッーー バシャッ



 三発目―――無傷。



 ドドドバッーー バシャッ



 四発目―――無傷。




 これで合計、四回の攻撃、水泥牢を含めれば五回の攻撃を防いだことになる。


 どれもビッグ程度ならば一撃で気絶の威力である。それを五回防げるだけでも素晴らしい力だ。


 だが、次に異変が起こる。




 ドドドバッーー バシャッ



 五発目―――揺らぐ。




「ぐっ…!」



 男が初めて動揺した。


 水気を全部弾けず、不意のパンチをくらったボクサーのように身体を揺らす。



「八割くらいは霧にできたようだが、二割くらいは入ったな。ふむ、水気を分解する技だったのか? だが、それが突然できなくなったということは…回数制限というよりはBP不足かな?」



 もしこの能力が回数制限ならば、最後の一回だとしても完全に防げただろう。


 しかし、部分的にいきなり防げなくなったのならば、その分だけ何かを消費していたことになる。


 それがアイテムかBPかどうかは不明だが、戦気が若干明滅して揺らいでいるので、使用したのはBPの可能性が高い。


 BPは戦気の使用にも必要な数値であるので、完全にゼロになると放出ができなくなる。



「ふー、ふー」


「せっかくの覆面だが、表情が丸わかりだな。限界を超えたか? これだけ防げただけでも見事だがな」



 覆面からでも必死に練気をしている様子がうかがえた。どうやらBPを回復させようとしているようだ。


 だが、完全に隙が生まれてしまっている。男にとっても予想外の展開なのだろう。


 おそらくもう一発二発、水気を撃ち込めば倒れるだろう。防げなければダメージは深刻になるはずだ。


 しかし、簡単に倒すのは惜しい。



(このまま倒すのは簡単だが…他の技が防げるのかどうか、もう少し実験したいな)



 しばし男が回復するのを待つ。


 相手も警戒したまま動かない。正確には動けないのだが、視線はまだ死んでいない。闘争心は消えていないのだ。



(絶体絶命に見えるが、こいつにはまだ余裕がある。得意な攻撃を残している証拠だ。はは、いいじゃないか。オレを前にしても逃げないなんてな。探してみれば、けっこう面白い連中もいるようだ。これなら裏スレイブのほうも期待できそうかな?)



 目の前の男がこうして隙を晒しているのは、まだ奥の手が残っているからだろう。本当につらそうではあるが、その場合に備えて対策を練っていることがうかがえる。


 こうして見ると、なかなか面白い素材が転がっているものだ。


 ただし、それは主に裏側。


 表には見えないところにこそ面白いものがあるものだ。表面の世界しか知らず、それがすべてだと思っている人間には一生理解できない世界が存在する。


 この男も、そうした中で自分を磨き続けてきた武人なのであろう。これだけの実力差を感じていても、けっして逃げようとはしない。


 そこに戦いの悦びがあるからだ。



「そこそこ回復したな。ならばオレに見せてみろ。お前の強さを」



 念のためサナに戦気壁で防御膜を生み出してから、アンシュラオンが近寄っていく。


 男はようやくその時が来たかと、一歩一歩こちらの動きを観察していた。


 そして、アンシュラオンは無造作に敵の間合いに侵入。


 距離は、およそ三メートル。



 突如―――男の服が破けた。



 露出に目覚めたわけではない。拘束服の継ぎはぎがほつれ、無数に分かれた布が襲いかかってきたのだ。


 それはまるでタコの足が一斉に襲いかかってくる様子に似ていた。


 自在に動く布がアンシュラオンを捕捉しようとする。


 アンシュラオンは注意深く見ていたので、すぐさまその仕組みを理解した。



(それぞれの布を【戦糸せんし】で縫い付けていたのか。器用なやつだ。それを使って服を操っているんだな。しかも布地も戦気で強化している)



 戦糸とは、戦気を極限にまで細めて糸状にする戦気術の一つである。これを戦硬気として物質化させれば、まさに糸そのものとして扱うことができる。


 そして、戦糸を操る技を戦糸術と呼ぶ。


 普通の糸と違うのは、それを自在に動かせる点だ。これは遠隔操作ではなく、アンシュラオンが戦気を体表上で自在に動かすのと同じなので、これ以上伸ばせば別だが、服を動かすだけならば特別な素養は必要ない。


 この男は、戦糸を使って服を自在に操っている。そして、布地にも鋭利な刃が付いており、それも戦気で強化してあった。


 相手を捕縛しながら切り刻む。それがこの男の戦い方なのだろう。あるいは刃は、敵に食い込ませるのが目的なのかもしれない。


 まだ手元は隠れているので暗器を持っている可能性もある。捕縛したらそれで攻撃を開始するはずだ。



「遠距離攻撃を能力で防ぎつつ、相手が接近してきたら捕縛して仕留める。悪くない戦い方だ。では、これは防げるか?」



 布が自分に触れる前に、アンシュラオンが男の胸を蹴る。


 万一あの能力が発動し、防がれる可能性も考慮したが―――直撃。



「ごほっ―――!?」



 まるで雷撃のような衝撃とともに、男は後方に吹っ飛んだ。


 アンシュラオンがやったのは、ただの前蹴り。軽く戦気で強化したが単なる蹴りであり、格闘技にすぎない。


 わざとくらった様子はない。単純に速すぎたので対応できなかっただけだろう。



(普通に入った? 感触におかしなところはない。…どうやら戦気を消す技じゃないみたいだ。それだったら相当ヤバイ技だけどな)



 師匠の戦闘講座で、戦気を無力化する術もあるとは聞いているので、それこそ武人にとっては一番厄介な技である。


 戦気を発することができなければ技が使えないどころか、攻防能力が一気に下がってしまう。


 アンシュラオンのように元の肉体自体が強ければ別であるが、普通の武人ならば、銃弾でもそれなりの脅威になってしまうだろう。


 しかし、相手の能力は戦気の無力化ではないようだ。



「こいつはどうだ」



 相手が吹っ飛んでいる間に修殺を放つ。かなり手加減をしたものなので、それ自体で死ぬことはないだろう。



「っ!!」



 男はその気配を察知。



 激突する瞬間―――修殺が掻き消えた。



 こちらも霧散という言葉が相応しいように、周囲に霧状になって消えてしまった。



「ふー、ふーー!」


「面白い能力だな。遠距離技限定か? しかし、直接攻撃は防げないらしい」



 男はなんとか着地をしたが、胸は陥没していて呼吸が荒い。


 手加減していなければ、この一発で死んでいただろう。とはいえ能力は健在であるようだ。



「次は近距離での技はどうだ?」



 気がつくと、すでにアンシュラオンは相手の懐に入っていた。



「っ―――!」



 男は慌てて布を操作して捕縛しようとしてくるが、もう遅い。遅すぎる。



「加減が難しいから死んだらごめんな。―――風神掌!」



 アンシュラオンの掌が、腹に触れると同時に強烈な圧力が生まれ、男がひしゃげた。


 まるで身体の中に竜巻が発生したような衝撃に、身体全体が不規則に歪む。



 覇王技、風神掌。



 雷神掌と対になる技であり、雷ではなく風属性をまとった一撃である。


 雷神掌を修得してしまうと反対ルートにある風神掌は覚えられないのだが、アンシュラオンが持つ『対属性修得』スキルによって両方覚えることができる。


 雷神掌が相手の体内に雷を流して感電させるものに対し、風神掌は風をまとったものであり、対象の内部に風の圧力を解放させてズタズタに引き裂く技だ。


 バゴンッバゴンッと、男が宙に浮いた状態でダメージを受けている。


 今、男の身体の中では爆風が吹き荒れ、臓器や筋肉がバラバラになっていることだろう。その圧力で浮いているのだ。



「ごふっ―――ば、馬鹿……な…」



 男はそう言い残すと―――吐血して倒れた。


 しばらく見ていたが、起き上がってくる様子はない。完全に気を失ったようだ。



「今の感覚…多少威力が軽減されたな。接近戦でも技を使うと、戦気かどうかは関係なく弱体化されるのか?」



 本来の威力を発揮していれば死んでいた可能性も高い。


 アンシュラオンの風神掌が決まっていれば、こんなものでは済まない。粉々に吹っ飛んでいたことだろう。


 当然、完全に入ってもそうならないように気をつけたが、それでもこれだけにとどまっているのは、男の能力が発動したからだろう。



「さて、倒したことだし詳細を確認するか」



―――――――――――――――――――――――

名前 :ラーバンサー


レベル:45/50

HP :40/850

BP :10/400


統率:F   体力: E

知力:D   精神: E

魔力:D   攻撃: F

魅力:F   防御: C

工作:C   命中: D

隠密:F   回避: F


【覚醒値】

戦士:1/1 剣士:0/0 術士:0/0


☆総合:第八階級 上堵級 戦士


異名:拘束マニアの覆面男

種族:人間

属性:水

異能:沈着冷静、低級技無効化、高等拘束技術、人見知り、孤独感

―――――――――――――――――――――――



「『低級技無効化』だと? そんなスキルがあるのか。水泥牢も水流波動も因子レベルは低い。だから防げたのか?」



 まず目についたのが、このスキル。『低級技無効化』はその名の通り、低級の技を無効化できるレアスキルだと思われる。


 水泥牢と風神掌は因子レベル2の技、修殺と水流波動はぶつけるだけなので1の技だ。アンシュラオンが使うから恐るべき力を発揮するが、どちらも低級の範囲に入る。


 セノアの時にも言ったが、一般的に因子レベル3もあれば十分なので、そこまでが低級技に入ると考えられる。


 こうなるとガンプドルフの剣雷震も防げるので、かなり有用なスキルだ。



(遠距離、近接にかかわらず技は全部無効化するのか? 予想はしていたが…すごいな)



 その効果は絶大。遠近かかわらずに完全に無効化していたようだ。


 何度も攻撃したら無効化できなくなったようなので、BPを消費するバリアタイプだと思われる。


 間髪入れずに攻撃を続ければ理論上は打開できるが、仮に自分が持っていたらチート級のスキルになっていただろう。



(レベルが高いわりにHPや能力は低いか。才能はないが、かなり努力したんだろうな。変態みたいだが嫌いじゃないタイプだ)



 レベルが上限近くまで上がっているが、因子や能力値は低いままである。


 つまりは【才能がない】のだ。成長率が悪い。


 正直、ビッグのほうが何倍も才能があるだろう。同じレベルに達すれば、両者の能力値の差は歴然のものとなっているに違いない。


 ただし、武人の強さは才能だけに囚われるものではない。才能がなくても、この男なりに努力して戦ってきたのだろう。


 結局、反撃の要であろう『高等拘束技術』とやらも見ることはできなかったが、スキル名からしても厄介なものに違いない。



 これはもう単純に相手が悪すぎた。



 武人としての力量が違いすぎるので、その術に捕らわれる前に倒してしまった。


 若干捕まっていたらどうなっていたのか気になるが、男に抱きつかれる趣味はないので仕方ない。


 逆に言えば、アンシュラオンでなければ危険な敵であった。敵を捕らえれば情報も訊きだせる。護衛としては文句なしで一流だろう。



「こういうスキルもあるんだな。勉強になったし、少しは楽しませてもらったよ。やっぱり武に真摯なやつってのは好感が持てる」



 アンシュラオンは敵を褒め称える。


 この男はレベルを上限近くまで上げていた。そして、身の程を知った戦いを諦めなかった。


 こうなれば男だろうが変態だろうが関係ない。その努力と生きざまを称賛するのだ。



「じゃあ、行くかな」



 ソブカがいると思われる部屋は、もう目の前である。


 これだけ音を立てれば、相手も気がついているだろう。



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