139話 「接触、キブカ商会 中編」


 館は、いわゆる洋館というものに近い造りである。


 所々に岩と木を使っているのは他の建築様式と同じだが、領主城のように気品があり、やはり金持ちの家という印象を受ける。



 裏口から入ったアンシュラオンは、サナと手をつなぎながらゆっくりと通路を歩く。


 夜はまだ長い。そんなに焦る必要はないだろう。


 ただ、こうして歩いていても油断はしない。見張りがいないような場所には、必ずトラップが仕掛けられているからだ。


 床や壁に貼られた術符が、調度品に隠れて配置してある。術の因子がなければ、その存在に気がつくことは難しかっただろう。



 しかし、それが見えるアンシュラオンには意味がない。



 効果が発動される範囲までわかるので、それを避けるように移動する。


 どうしても避けられないようなものは、アラームのようなものでなければ、設置された箇所ごとくりぬいてから術式を破壊するようなこともした。


 さすがに室内に強力な符は設置しないので、どれも威力が限定的なものばかりである。これも凍らせてから処理すれば、ほとんど外に影響を与えずに自壊していった。



(さて、ソブカはどこかな)



 近くにあった無人の部屋に侵入して、改めて波動円を展開。


 今度は誰にでも反応する対人センサーというより、領主城でやったように特定の人物を探すタイプのやり方だ。


 キーワードは、若い男。


 急速に伸ばされた波動円が館をすっぽりと覆うと、内部の様子もさらにはっきりとわかってきた。



(屋内には三十人弱ってところか。動き回っているのが見張りだな。こいつらは無視でいいか。…で、それ以外に若い男は何人かいるが……動いていないやつは…と。上の階にいるやつがそうかな? やっぱりリーダーってのは上の階にいるもんだしな)



 最上階の三階の奥、窓側の部屋に四人の気配があり、その中の一人が若い男であるようだ。


 その部屋の前にも男らしき者たちがいるが、きっと護衛だろう。


 普通はそれだけの情報ではソブカかどうかわからないが、なんとなくそうだろうという確信があった。



(風格っていうのかな。オーラの雰囲気が他人とは違う。ボスって感じだ。窓側の部屋なら外から行ってもよかったが…それだとコソ泥みたいだからな。普通に中を歩いていくか)



 この勝負は、あくまでアンシュラオンが仕掛けたものだ。ならば堂々とドアから入って、通路を歩いていくべきだろう。





 部屋を出て、奥への通路を進む。


 上に向かう階段の前に何人か見張りがいたので、これもあっさりと気絶させておいた。


 わざわざ記述するまでもないほどのいつもの出来事だ。



(しかし、弱い。こいつらの弱さはどうにかならないのか。やっぱりあれだな。せっかく魔獣がいるのに積極的に戦わないからだな。もっと戦えばレベルも上がると思うんだが…)



 レベル制度である以上、少なくともその限界までは強くなれる可能性があるということだ。


 限界まで上げて、それに納得するのならば仕方ないが、最大レベルの半分にも至っていない者たちが多すぎる。


 一般人ならばともかく、こういう職種の人間ならば、もっと鍛えたほうがよいに決まっている。



(それだけ抗争が少ないのかもしれないな。つまらん世界で生きているもんだ。…おっと、少しは面白いやつらがいるかな?)



 三階に上がると、雰囲気が少し変わった。


 階段を上がった通路を右に曲がった先に、三人ばかり今までとは毛色の違う者たちがいる。



 それは―――武人。



 見なくてもわかる。波動円がしっかりと相手の力量を見極めているからだ。


 そして、同時に相手も波動円を使っていた。アンシュラオンには程遠いが、半径三十メートルは伸ばしている。


 百メートル以上伸ばせれば達人の領域であるが、三十メートルでもそれなりの使い手だ。銃弾や弓などの攻撃ならば、三十メートル手前で感知できれば回避は十分可能である。



(さっき感知した護衛の三人だな。どうやらオレの波動円には気づいていないようだし…わざわざ姿を晒すまでもないか。相手が雑魚なら戦う価値もない。オレが相手をする価値があるかどうかを試してやろう)



 相手の波動円ギリギリの距離、まだこちらが探知されていない場所に立ち、掌を向ける。



 そこから―――水気を放出。



 濁流のように水気が噴き出すと、一気に加速して通路を走り、曲がり角に至った瞬間に直角に曲がる。


 そして、その先にいた三人に攻撃を開始。


 相手も波動円によって水気の存在には気がついたが、もう遅い。これは遠隔操作系の武人にしかできない芸当なので、完全に想定外の攻撃である。


 しかも、単純にスピードが速い。


 彼らが気がついた瞬間には、水気は三人の中心部に到着していた。一般人に弾丸が見えてもかわせないのと同じく、気がついてもどうにもできない速度なのだ。


 そう、つまるところそれだけの実力差がある。彼らが武人であり一般人に対して脅威であるように、自分は彼ら【一般の武人】にとって最大の脅威となる、さらに上位の武人である証拠だ。


 アンシュラオンがもしその気だったならば、この一瞬で三人を殺すことも容易だったに違いない。


 しかしながら水気は相手を直接攻撃せず、足元の床にぶつかると同時に周囲を覆い、球体の【水の牢獄】を生み出す。



 覇王技、水泥牢すいでいろう



 水気を一定の範囲内に放出し、対象者を閉じ込める技である。


 この技は周囲を覆っている部分だけを凝固させ、中を液体状の水気で満たすものだ。閉じ込められた者は当然ながら呼吸ができないし、水気の圧力に晒されることになる。


 また、水気はそれだけで攻撃的な気質なので、何もしなくても身体は焼けていく。水を吸い込めば内部からも焼かれるだろう。


 リンダにやったのは、これの簡易版。今やっているものが本来の威力と形である。


 この水を全部凝固させると、アンシュラオンが前に戦艦の砲撃を防ぐ際に使った『水泥壁』という防御技になるが、水泥牢は相手を拘束する技である。



 三人は―――牢獄に囚われる。



「がぼっ!??!?」


「っ―――!??!」



 【二人】は突然のことに驚き、パニックに陥る。


 たしかに技量的には武人、それもおそらくレッドハンタークラスとはいえ、アンシュラオンの水泥牢に囚われたら何もできない。


 まず何より、あまりの速さに何が起こったのかすら理解できていないだろう。


 気がついたら水の中、という非日常の光景に包まれるのだ。パニックになるのが当然である。



(あまりやりすぎると死ぬな。軽く圧力を強めて気絶させるか)



 水泥牢の圧力を強める。



 一気に水圧が増し―――気絶。



 何の抵抗もなくなり、二人がだらんと力を抜く。これだけですでに戦闘不能である。


 水泥牢を解除すると、二人がバタバタと床に倒れた。わかってはいたが、まったくもって拍子抜けである。


 されど、少し意外なことがあった。



(おっ、一人は意識があるな。それどころか…これは面白い)



 アンシュラオンが笑いながら、ゆっくりと通路を歩き、曲がり角に到達。


 そこから、さきほど水泥牢を展開させた場所を見ると、一人の男らしき存在がいた。


 他の二人が倒れているのに比べ、しっかりと立っている。



 しかも―――【無傷】



 アンシュラオンの攻撃を受けて無傷。このようなことは今までなかった。だからこそ興味がそそられた。



「面白いやつがいるじゃないか。オレがなぜ面白いと思うのか、わかるか? お前がたいして強くないのに、なぜかオレの攻撃を防いだからだ。興味が湧くってもんだろう?」


「………」



 その男は、じっとアンシュラオンを見つめていた。


 アンシュラオン自身も黒い外套に身を包んだ状態なので怪しいが、相手の男はもっと怪しい。



「なんだその格好? 趣味なのか?」



 男は、いくつかの色の違う布を縫い合わせたような奇抜な覆面を被っており、身体全体をすっぽり覆う異様な服に身を包んでいる。


 こちらの服も複数の布を縫い合わせた不思議なものだが、それ以上に形が不思議。


 その服は、まるで【拘束服】。


 刑務所で見るような、両袖が前でつながった拘束服のようなものを着込んでおり、手や肌どころか身体の体表が何一つ外に出ていない異様な姿をしている。


 仮面を被っていた自分も相当なものだと思っていたが、世の中には上には上がいるものだ。見た目からして、かなりイッている。


 中が見えないので性別は確かではないが、身長や体格、覆面の輪郭からして男だろう。



 その男はアンシュラオンの言葉には応えず、黙って臨戦態勢を取っていた。



「まっ、アニメや漫画みたいに語り合うってのは、普通はないからな。当然の反応だ」



 ソブカには「敵襲の可能性がある」としか教えられていないはずだ。相手はこちらを本物の敵だと認識している。


 そんな相手に向かって自らの素性を話し合いながら戦うなど、まずありえないことだ。これが極めて自然な対応である。


 ただ、疑問点は解決されていない。



(こいつの実力は、さほど高くはない。ビッグよりは強そうだが、少なくともオレの攻撃を防げるレベルにあるとは思えないな。となれば…防御技かスキルか)



 最近はすぐに見てしまうとつまらないので、どうしても見なければいけない要人以外は、何の情報もなく戦うようにしている。


 能力がわからないということは自然なことであり、ワクワクするものだ。これも、より楽しく戦うための手段であり、ハンデだ。



「来ないのか? いくらでも相手をしてやるぞ。さあ、楽しもうぜ」


「………」


「いい練気だ。豚君に見せてやりたいくらいだ」



 相手は動かない。こちらの様子をうかがっている。


 ただし戦気は展開しており、なかなかに滑らかである。練気が上手い証拠だ。ビッグと比べれば遥かに熟練した相手といえる。


 それは動かないことからもわかる。さきほどの攻撃を見て、相手のレベルが自分より上であることを悟ったのだろう。この場合、迂闊に動くのは危険すぎる。


 ただし、相手は完全に待ちの姿勢。まったく動かない。



(亀のようにまったく動かないな。これは慎重ではなく…そういうタイプか)



 あの奇抜な容姿からも、相手が防御型の武人である可能性が高い。能力を見せないために服で身体を隠すのは、防御型に多い傾向にある。


 陽禅公も、長い袖で手元を隠すような道着を着ている。単純な方法だが、小細工をするには案外有効な手段である。


 この敵も手を隠しているので、何かしらのギミックがあると思われる。覆面は、そうしたことを悟られにくくするための小道具である可能性も高い。直感ではなく、慎重に考えて戦うスタイルだ。


 こうした相手の場合、自ら積極的に動くタイプではないので、こちらから攻撃を仕掛けるまでは微動だにしないだろう。


 逆に言えば、カウンター技として何かを持っていることを意味している。



「いいだろう。こちらから攻撃してやろう」



 再びアンシュラオンが水気を発射。


 水気を放って叩きつける【水流波動】という技だ。何の捻りもないネーミングだが、それ以外言いようがないのも事実。因子レベル1の基礎技である。


 だが、アンシュラオンがやれば激流となり、建物そのものを破壊することも可能な威力を持つ。



 水流が相手に一気に襲いかかり―――激突。



 反応できなかったのかもしれないが、相手はそれをよけなかった。そのまま直撃を受ける。


 本来ならば、これだけでノックアウトである。多少手加減はしているので死にはしないが、意識を刈り取るくらいはできるだろう。



 そのはずだったのだが―――無傷。



 アンシュラオンの攻撃を受けてもダメージを受けない。



 しかも衝突した水流が―――霧散。



 まさに霧のように弾けて消えてしまった。


 これは実に面白い現象だ。興味深い。



(防御技を展開した様子はなかった。戦気で防いだわけでもない。他に動作は見られなかったし、オレの目を誤魔化せるほど素早く動けるはずもないから…何か特殊な手段を使っているのだろう。くくく、面白いじゃないか。楽しくなってきた)



 魔獣の中には特殊な能力を持つ者がいるので、アンシュラオンの攻撃が弾かれることもあるが、地上の人間相手では初めての体験である。


 俄然やる気が出てきたというものだ。



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