136話 「ロゼ姉妹 前編」


「ラノアちゃん、初めまして」


「…んー?」


「オレの名前はアンシュラオンって言うんだ。よろしくね」


「あん…しゅら…おー?」


「はは、それだと馬の名前みたいだな。それもカッコイイけどね」



 白馬のアンシュラオー。いそうである。


 ちなみに性格は、横暴で凶暴で自分勝手で、到底人間が飼い慣らせるようなものではない。


 仮に競走馬にしたら、まずレース前に有力馬を闇討ちして欠場させ、悠々と優勝するだろう。そしていつしか人間すら操るようになる実に怖ろしい馬だ。



「ねえ、こんなところにいてもつまらないでしょう。オレと一緒に来ない? 何でも好きなものを買ってあげるよ。白馬の王子様が君を連れ出してあげよう」


「…んー」


「どうかな? それとも、あっちのモヒカン馬がいい?」


「あっちは…くさそう」


「臭そう!? ショックっす!」



 モヒカンは大ダメージである。子供は残酷だ。真実ばかりを述べる。



「…んーと、えーと」



 ラノアは、ヌイグルミを抱きしめながら考えている。


 その顔には警戒というものはなく、アンシュラオンを怖れているそぶりはない。ただ普通に「どうしようかなー」という感じだ。



「何か欲しいものはない?」


「んー。ねー、なにかほしい? んーと、お水がほしいの?」



 そう言うと、ラノアは水筒のようなものから水を出して、ヌイグルミの口にどばどば投入。


 水が染みるのを超えて、ごぼごぼ口から溢れているが、投入をやめない。



「そのお人形さん、お友達かな?」


「うん。クマゾウっていうのー」


「クマゾウか。可愛い名前だね」


「んふふ、そーなのー」


「クマゾウ、苦しくないかな? お水、一杯飲んでるね」


「んー、大丈夫。いつもこれくらいのむから」


「ははは、そうなんだ。かなりのスパルタだね」



(どうやら年齢以上に幼い可能性があるな。精神年齢は四歳前後くらいか?)



 八歳ということだが見た目はそれ以上に幼く、精神年齢も同様に幼いようだ。


 正直、全体的な印象もあいまって四歳児程度に見える。このあたりは個人差があるので難しいところだ。



(イタ嬢も自分のヌイグルミに名前を付けていたが、この子なら痛くはないな。まだ許容範囲だ。やはりあいつは痛いな)



 ラノアがヌイグルミとお友達ごっこをやっていても、まったく違和感がないどころか、とてもよく似合っている。クマゾウは瀕死だが。


 個人的に幼い感じも庇護欲が刺激されて嫌いではない。無垢なこともあってか、彼女の言動は不快ではなかった。



「他に欲しいものはないかな? 君自身が欲しいものとか」


「んー」


「外に出たくはない? ここより楽しいことがたくさんあると思うよ」


「んー」



 反応が芳しくない。この部屋が快適なのが悪い方向に出ている可能性もある。


 それ以前にアンシュラオンもかなり怪しい。



(欲しいものをあげるから一緒に行こうなんて、完全に子供を誘拐する時の台詞だしな。かといって、ほかに常套句があるわけでもないし…と、常套句か。そういえばもう一つの常套句があったな)



「お姉ちゃんに会わせてあげるよ。だから一緒に行こう」



 家族をダシにするのは誘拐の常套句でもある。これが一緒に住んでいれば、事故に遭ったとかいう台詞も有効だ。


 その場でいきなり言われるとパニックになり、意外と従ってしまうものだ。怪しいと思っても「本当だったらどうしよう」という心理が働く。


 普段から気をつけていないと対応は難しい。頭が真っ白になって思考力が奪われるからだ。


 そして、それはラノアも同じ。



「ねーね…会う?」


「そうだよ。セノアっていうんだよね? それならばオレの友達だよ」


「んー…でも…」


「もしかして、お姉ちゃんに何か言われている?」


「うん」



(なるほど。そういうことか。念話ができるんだもんな。オレでも身の安全が保障されているなら『そこでじっとしていなさい』とか言うかもしれないな)



「そうだ。お姉ちゃんに直接訊いてみたら? それなら安心でしょう?」


「…うん。きく」



 ここでそう提案すると、ラノアは頷く。


 これは当然、念話のテストをするためだが、ラノアが無警戒のために予想以上に上手く話が進んだ。



(この子は、念話がおかしいことには気がついていないようだ。ごくごく当たり前にあるものだと思っている。これは好都合だ。セノアは念話に関して積極的ではなかったし、わざと情報を隠すかもしれない。今のうちに確認しておくほうがいいだろう)



 セノアが能力を隠しておきたいのは、利用されることを知っているからだろう。


 今の文明レベルを考えれば、彼女たちの能力は相当の価値を有している。もし発覚すれば、強引に奪い取ろうとする人間さえ出てくるに違いない。


 憶測でしかないが、前に何かあったのだろう。差別でないにしても、それがセノアを慎重にさせているのだと思われる。


 だが、アンシュラオンが管理するのならば問題はない。手を出そうとするやつらがいれば、世にも怖ろしい制裁が待っているのだから。




 ラノアが念話を開始。



「いまね、しらないひとがきてね…。ん。そう。ん」



(知らない人は…ちょっと傷つくな)



 よく「あの人が」とか「知らないおじさんが」とかいう台詞があるが、実際に言われると心がちょっと痛む。あどけないからこそ遠慮がない。


 せめて「カッコイイお兄ちゃんが」とか言ってほしかった。が、願望はあっけなく潰される。



(しかし、声に出さないといけないのか? セノアは心の中でできると言っていたが…)



「んー、ん」


「んー、わかんない」


「んー、んー」



 声に出したり出さなかったり、そのあたりは無意識にやっているのだろう。ただ、通話できているのは間違いないようだ。



(うーむ、どんな会話をしているのか気になるな…)



 目の前にいるのにヒソヒソ話をされている気分だ。実際にそうなのだが、やはり気になる。



(なんとか聴けないかな?)



 何気なく意識して耳をそばだてると―――



〈知らない人についていったら、駄目なんだよ〉


〈んー〉


〈わかってるの? 危ないんだよ? 何を言われても、そこから出ちゃ駄目だよ〉


〈んー、わかった〉


〈ほんと…もう嫌だよ。早く帰りたい…でも、もう家もないし…〉


〈ねーね、かなしいの?〉


〈…私はいいんだよ。でも、ラノアがつらいのは嫌〉


〈んー、だいじょうぶ。げんきだよ〉


〈そういう元気じゃなくて…。でも、本当に危ないからね。ついて行ったら駄目だよ〉



(…あれ? なんか聴こえる…ぞ?)



 これがもし幻聴でなければであるが、なんとなく聴こえる気がする。


 だが、なぜ聴こえるのかは謎だ。



(もしかして因子レベルが関係しているのか? オレのほうが高いから? 待てよ、これはアレなんじゃないのか? 【暗号化】されていないとか、そういったものなんじゃないか?)



 テレパシーは結局のところ、意念を飛ばしているだけだ。


 たとえば、近くにいる相手が考えていることがわかったり、虫の知らせのようになんとなく悟ることも同じ仕組みである。


 霊体が霊体と接する際は、言語も使うが、基本はテレパシーなのだ。だから相手が外国人でも対話が可能となる。



 ならば―――【傍受】も可能。



 前にパミエルキに聞いたことがあるが、術式にも暗号化が存在するらしい。


 アンシュラオンが使う『停滞反応発動』のように、トラップとして使う場合、技の存在自体は巧妙に隠されている。


 もちろん優れた武人ならば、かすかな戦気の痕跡から見破ることはできるが、これも一種の暗号化である。隠蔽して見えにくくしているのだ。


 戦気自体を隠すのは非常に難しいが、工夫次第でいろいろとやるのが戦いの醍醐味である。


 それと同じく、術式も相手に悟られないように隠蔽できるものであり、発見されても暗号化していれば解除が難しくなる。


 古来から呪いと呼ばれるものの大半が、そうした暗号化された術式によるものである。解呪とは、つまるところ解読および無効化なのである。


 この『念話』はスキルだが、事象はすべて術式であるともいえるわけなので、その法則が適用されても不思議ではない。



(ふむ、これも術式というわけか。二人は術士の素養があるのだから不思議ではない。二人の間に何かしらの術式回線が存在していて、意識しなくても使えるってことだ。今はまだ無防備だが、暗号化のやり方を覚えれば傍受はしにくくなるはずだ。これはすごい! どちらにしても使えるぞ!!)



 改めて距離や精度を測らねばならないが、この二人は強力な武器になる。


 連絡とは、いつの時代、どの世界においても最重要のものだ。突入のタイミングの合図にも使えるし、忍び込ませて情報を盗むこともできる。


 仮に電話が発明されたとしても、声を出さないで使えるのならば需要がなくなるわけではない。むしろ高まるだろう。通信機器を使わなければ疑われることもない。無実の証明も簡単だ。


 可能性は無限。


 思わず笑みがこぼれるが、同時に不安も渦巻く。



(この二人は貴重な人材だ。影武者にしておくには惜しいぞ。しかし、これ以上増やすのは正直しんどい。今のオレには無理だ。ならば死んでもいいとかではなく、ちゃんと保護の対象にしないと駄目だな)



 最初は影武者について「身代わりなんだから、最悪は死んでもいいかな」くらいに考えていたが、この能力を知った今、そんな勿体ないことはできない。


 ただし、保護対象の人員を増やすのは想定外なので、これ以上の手間はアンシュラオンの許容量をオーバーしてしまうだろう。


 今は裏社会のやり取りで忙しいのだ。屈強な武人を手に入れるのならばともかく、弱い人間は非常に困る。シャイナ一人でも困っているのに。


 ともかく、今は彼女たちを引き入れることを優先する。



「ホロロさん、さっきの子を連れてきてもらえる? 妹のことは秘密でね。ああ、念話はしたままでいいよ。たぶん、あの子は何も言わないと思うけど、そのあたりはつっこまないで、ただ連れてくるだけでいいから」


「かしこまりました」



 ラノアが話し込んでいる間に、ホロロに頼んでセノアを連れてきてもらう。




 二分後、少し顔が強張っているセノアがホロロに連れられてやってきた。


 まだラノアのことは話していないが、念話で妹の緊急事態を知っているので、気が気でないのだろう。心情は理解できる。



「やあ、セノア。来てくれてありがとう」


「は、はい」



 この位置からでは、セノアにラノアは見えない。


 それを確認してからラノアを見ると、まだ話し込んでいるようだ。



(やはりセノアは念話について慎重だな。それだけオレがまだ信頼されていない、ということか。会ったばかりなのだから当然か。ギアスがないなら、これも仕方ない。しかし、力に対しての恐れが強すぎるな。これはこの子の問題ではなく、弱い人間が多いこの地方に問題があるんだ)



 人間が弱くなったからこそ、たかが念話ごときで大騒ぎする。


 武人と同じく、あまりになさけない現状である。闘争のない世界に進化はないことが証明されたようなものだ。



 そして、ネタばらしのお時間である。


 強張っているセノアに対して、怯えさせないように優しく話しかける。



「君の念話は、しゃべりながらでも使えるみたいだね。実に素晴らしいよ」


「…え?」


「だいたい予想通りの性能だ。あとは距離かな。それと暗号化も学んだほうがいいが…これは術士として覚醒してからだね。オレもそっちの分野は素人だから、一緒に学べれば一番だと思っている」


「え? あの…何を…?」



 セノアは、どう言っていいのかわからないという顔で、アンシュラオンを見つめる。


 警戒というより、ただただ困惑して訳がわからないといった表情である。



「セノア、君が警戒する理由はわかるよ。君が見ている世界は、きっと綺麗ではないのだろう。汚くて醜くて、死んでしまいたくなるように絶望に満ちているのかもしれない。オレも昔は、早く死にたいとばかり思っていたからね」



 当然、地球時代の話である。


 あの頃はすべてがつまらなくて、毎日「いつ死んでもいい」と思っていた。もっと言えば、「早く死にたい」とも思っていたものだ。


 それがこんな世界で、しかも力のない少女ならば、どれほど切実だろうか。



 セノアは普通の少女。



 普通だからこそ、そう思うに違いないのだ。普通の人間が生きるのに、この世界も社会も優しくはないのだから。



「でも、さっきも言ったように君は幸運を掴んだ。もう弱者の側ではないんだよ。とまあ、オレがいくら言ってもまだ理解はできないだろう。だから実際のメリットを与えようと思う」



 そう言って部屋の中に入り、話し込んでいるラノアを抱っこして、そのまま外にまで持ってくる。


 念話をしていると熱中するのか、ラノアはまったく抵抗しなかった。抱かれていることにも気がついていないかもしれない。



(無用心だよな。簡単に捕まるわけだ)



 子供なんてそんなものだろう。日本社会とて、今ようやく防犯意識が浸透してきたが、一昔前なんてちょろいものだったはずだ。


 そのちょろい荷物を、セノアに渡す。



「お嬢さん、約束のものをお届けしますよ」


「っ―――!」



 ラノアを見たセノアが、驚愕のあまり目を見開く。


 実にいいリアクションだ。芸人だってここまで最高の反応はできないだろう。リアルだからだ。本当の真実だからだ。



「先に言っておくけど、誤解はしないでほしいな。オレは知らなかったんだ。たまたまもう一人必要だったから、人材を探していた途中で見つけたんだからね」


「っ…あっ……あ…あっ……」


「まあまあ、落ち着いて。モヒカン、この子たちを休憩室に連れていくぞ。落ち着くまでゆっくりさせよう」


「了解したっす」


「ホロロさん、少し面倒をみてあげてくれるかな。女性がいたほうが安心すると思うし、どうせ二人はホロロさんに任せるつもりだからさ」


「かしこまりました。しっかりと教育いたします」


「あっ、いや…メイドにしなくてもいいんだけど…。まあいいか。任せるよ」


「お任せください!」



 こうしてセノアとラノアのロゼ姉妹は、見事再会を果たすことになる。


 たった一つの建造物の中でのドラマだったが、当人たちにとっては世界を揺るがす大事件だったはずだ。


 自分の人生の価値は、いつだって自分が決める。セノアにとって妹が大事ならば、無事取り戻したことには価値がある。



 今はゆっくりと幸運を噛み締めるといいだろう。


 彼女たちはまだ知らないのだから。


 自分たちを拾った男が、どれほど強大な力を持つかを。



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