135話 「灯台下暗しって、このことだよね」


 次は七歳~十一歳のスペースに向かう。


 ここはサナがいた場所なので、よく覚えていた。



「さて、次はサナの影武者のほうか…。肌は…いいか。長袖でも着せておけば見えないしな。あとは黒髪の子がいれば一番だが、ウィッグがあればこだわることもない。まずは好きな子を見つけるか」



 この年頃の子が一番多く、全員で十六人もいた。


 アンシュラオンもサナを選んだように、これくらいの子のほうが制御しやすいのだ。まだ自分で何もできず、精神的にも未成熟。大人の欲望に逆らいたくても逆らうことはできない時分だ。


 普通に強要すれば敵愾心を植えつけてしまうが、保護という名目で過剰に甘やかしていれば抵抗も少なく済む。


 白スレイブは、実によく出来たシステムだと改めて感心するものだ。



(オレのほうの準備が整えば、もっと大勢のスレイブを手にしてもいいんだが…まだそこまでの余裕はないな。ただ、サナのことも考えると近い年代の子がいるのはメリットになる。しかし、影武者だと場合によっては失う可能性もあるのか…それはそれで複雑だな)



 今アンシュラオンがいるのは裏の世界なのだ。危険なことはさせないつもりだが、最悪の場合は命を失う可能性がある。


 そう思うと少しばかり心苦しいものだ。男ならいくら死んでもいいが、女の子を無駄に犠牲にしたくはない。


 かといって男は嫌なので女の子しか選択肢はない。そのうえで何を最優先にすべきかといえば、やはりサナである。



(サナ以外の命は軽いな…。オレの妹なんだから他人より価値があるのは当然だ。そのために他者は身を投げ出さねばならない。わかってはいるが、世の中は厳しいもんだなぁ…)



 アンシュラオンが勝手に作った掟だが、強き者が生き残るのが自然の習わしである。


 魔人に愛された少女が、普通の人間より上なのは仕方がない。それが摂理なのだ。





 情報公開を使用して、見て回る。



 その大半は―――平凡なる一般人。



(こっちも一般人ばかりか…。そうだよな。優れた人間ってのは少ないよな。そんなにありふれていたら、この都市だってもっと発展しているよな)



 これもまた厳しい現実である。一般人のほうが多いから一般人なのだ。


 ここで言う一般人は、秀でた能力を持っていない人間のことである。


 アンシュラオンは将来性を重視するので、まず第一にレベルとスキル、次に覚醒限界の高さ、最後に能力値を見ている。


 今の能力値は、あまり意味がない。大切なのは成長力と可能性である。種類は武芸でも事務でも何でもよい。人より何かが優れていればいい。


 子供なのだから、これからを楽しみにしたい。そして、可能性があればあるほどワクワクする。それこそが育成ゲームの醍醐味であろう。



(やっぱり育成したいもんな。最初から限界が見えているのはつまらない。それを踏まえて見てはいるけど、その選択肢すらないか…。みんな同じだもんな。一度でいいから『嬉しい悩み』ってのを味わってみたいもんだ)



 よくスポーツの代表選考で見かけるが、優れた選手が多すぎて選びきれないのは、やはり贅沢だと知る。寂れた場所では夢物語だ。


 こうなるとセノアは貴重な人材であることが判明。となれば、彼女がコンビを組んでも不快に思わないような【人間性】で選ぶという手もある。



(普通の子が好きな相手って誰だ? こればかりは好みだからな。おしゃべりな子だとうるさいし、静かな子だとお互いに黙ってしまうし…黙るのはいいんだが…空気が悪くなりそうだ。ううむ、わからん。最悪はセノアに選ばせるか…)



 面倒がり屋なので、だんだんと丸投げしたくなってきた。しかし、スレイブ自体は大好きなので、見ているだけでも楽しいものである。




 そんなことを考えながら、いつしか一人の少女の部屋の前に来ていた。


 何気なく覗き込むと、中にはクマのヌイグルミを抱きしめて笑っている愛らしい子がいる。


 その笑っている顔に、思わず頬が緩むのを感じた。実に自然に笑っているからだ。



(いい笑顔だ。屈託のない笑顔というやつかな? まだ幼いみたいだし、自分の境遇を理解していないのかもしれない。でも、そのほうが幸せだよな。そのまま良い相手に買われれば、幸せな人生が待っていることだし)



 サナとは違う意味で、元白スレイブであることに悩まないで済むだろう。それは両者にとって幸せに違いない。


 そこでふと思い出す。



(あれ? この子って前に見たな。そうだ。サナを見に来た時に見かけた子だ。売れ残っていたんだな)



 サナを見かける前に、一度見ていた子であることを思い出す。


 その際は白スレイブの生活環境のことばかり考えていたので、あまり気にしなかったが、あのクマのヌイグルミが印象に残っていたのだ。


 白スレイブは値段も高く秘匿性も高いので、そんなにしょっちゅう売れるものではない。


 アンシュラオンや領主、どこぞの豪商のような限られた人間しか手に入れることはできない。売れ残っていてもおかしくはない。


 それはけっして、彼女に魅力がないというわけではないのだ。



(二回も会うとは縁があるのかな…ちょっと見てみようか)



―――――――――――――――――――――――

名前 :ラノア・ロゼ


レベル:1/50

HP :30/30

BP :10/10


統率:F   体力:F

知力:F   精神:F

魔力:F   攻撃:F

魅力:C   防御:F

工作:F   命中:F

隠密:F   回避:F


【覚醒値】

戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/4


☆総合:評価外


異名:ヌイグルミ大好き、純真無垢少女

種族:人間

属性:雷

異能:念話、無垢

―――――――――――――――――――――――



「そうだよな。能力のある子なんて、そんなに滅多にいるわけ……」



 そう言って進もうとしてからの―――





「イターーーーーーー!!!」





 ノリツッコミ。


 通路にアンシュラオンの大声が響き渡る。





「どわっ、びっくりしたっす!」



 いきなりアンシュラオンが叫んだので、モヒカンが驚いて転んだ。


 モヒカンが転ぼうが骨折しようがどうでもいい。今はそんな場合ではない。



 何度も何度も情報を見る。


 だが、そこに書かれていることが変わることはない。


 いろいろと言いたいことはあれど、今はただただ驚くしかない。



「嘘…だろう? こんなことってあるのか!? 冗談だろう!?」


「いったい何っすか? 急に大声を出して…いたた」


「夢じゃないのか!? そうだ。つねってみよう!」


「いたたたーーーーー! 頬がちぎれるっす!!!」


「夢じゃないのか…!! なあ、夢じゃないのか!」


「本当に痛いっす!! 死ぬっすーーーー!」



 モヒカンの痛がりようは本物だ。ならば夢ではないのだろう。



「おいモヒカン、この子は何だ!!」


「うう…痛いっす…」


「おい、こらっ! ばしっ」


「いたーーー!」


「質問に答えろ。この子だ、この子! この子は誰だ!!」


「え!? こ、この子っすか? ラーちゃんっす」


「ラーちゃん? 真実の姿を映す鏡のことか?」


「へ? 何のことっすか?」



 モヒカンが鏡の名前みたいなことを言い出したので、思わずつっこんでしまったが、この男が知っているわけがない。少し落ち着こう。



「資料を見せろ!」


「こ、これが資料っす」


「うむ…たしかにそう書いてあるな。ラーちゃんが名前なのか?」


「はいっす。名前を訊いたらそう答えたので、そのまま書いてあるっす。名前は買い主がまた新しく付けるので、特に不便はないっす」


「まあ、そうだろうが…それよりこの子は、さっきの子の妹じゃないのか?」


「どういうことっすか?」


「さっきのセノアって子の妹じゃないのか、と訊いているんだ。苗字が同じ…いや、もっと大切な共通点があるじゃないか」



 スキルにしっかりと『念話』の文字がある。名前はたまたま同じという可能性があるが、この単語が加わるだけで揺るぎない証拠が生まれる。


 もはや疑うまでもない。


 ラーちゃんことラノアは、セノアの妹である。



「何のことを言っているかわからないっすが……旦那は術士の因子があるっすから、もしかして何か違うものが見えているっすか?」



 モヒカンは本当に困惑した顔で、そう答えるしかなかった。


 その様子を見て、なんとなく状況を理解する。



(情報公開が見えるのはオレだけだ。モヒカンが知らないのは無理もない。この世界で相手の能力を調べる術は、今のところほかにないようだし…仕方ないか。だが、同じ建造物にいながら、どうして気づかないんだ? もしかして…)



「モヒカン、この子はいつ保護した?」


「四ヶ月くらい前っすかね? 外を一人で歩いていたところを南門の衛士に保護されたっす。それで身寄りがないんで、うちが引き取ったっす」


「やり方がえぐいな。衛士が人身売買したら終わりだろう」


「しょうがないっす。衛士の役目は治安維持っす。育児じゃないっす。これも役割っす」


「ということは領主もグルか。ますます腐っているな」



 警察が人身売買組織とつながっているようなものである。それだけを見れば最悪だ。


 しかし、モヒカンが言うように衛士の役割は治安維持。この都市を守ることである。


 よって、保護された子供はしばらくは預かるが、身寄りがなければ違う場所に移さねばならない。


 かといって信頼できない人間に子供を預けるわけにもいかず、結局のところ待遇が一番良いスレイブ館に引き取られることになる。


 ただし、それは向こうの言い分であり、実態は領主と結託しているマングラス一派による「人さらい」である。



(マングラスめ、好き勝手やりやがって。ここでの収益があいつらの手に渡ると思うと苛立たしいものだ。オレのものに手を出したことを後悔させてやろう)



 アンシュラオンがスレイブを手にできたのは、彼らが人さらいをしたおかげである。


 正直、順序が逆なのだが、全部が自分のものだと思っているアンシュラオンには通じない。完全な逆恨みだ。



「で、セノアとこの子は会ったことがないのか?」


「うちは年齢でエリアを分けているっすからね。別々に管理するっす。変に結託されたら困るっすから、基本的にはスレイブ同士は会わせないっす」


「セノアが来たのが最近…。なるほど、そういうことか」



 答えは実に簡単。二人は別々に保護されたのだ。


 まずはラノアが保護され、次にセノアが保護される。同じ場所に連れてこられたものの二人が出会うことはないので、お互いにどこにいるかわからない。


 仮に通路を通っても、年齢が違うので部屋も違い、たまたま見かけることもない。


 二人は念話を持っていながら、ラノアは要領を得ないので結局どこにいるかわからず、セノアはひたすら心配を続けることになる。


 唯一わかっているのは、そこが安全だということ。食事がちゃんと出るということ。不便はないということ。


 なるほど。たしかにここにいれば安全だ。買い手が付くまでは、だが。



(奇妙なすれ違いというか、灯台下暗しというか…事実は小説より奇なり、か。しかしまあ、考えてみれば絶対にない話じゃない。親が死んでから子供の足で移動してきたのならば、その行動範囲は必然的に限定される。誰かに連れ去られない限りは大きく離れることはないだろう)



 もともと都市や集落の数が少なく互いに距離が離れているので、グラス・ギース周辺ではぐれたとすれば、結局やってくるところはグラス・ギースなのだ。


 善意の保護にせよ悪意の監禁にせよ、そう離れることはない。人間にとっては都市内部が一番安全だからだ。


 そして二人は、善とも悪とも知れない不可思議な場所に連れてこられた。



 スレイブとは、ある種の【賭け】に似ている。



 買い取った人間に自分の人生を託す。そいつが失敗すれば、自分も悲惨な目に遭うが、成功すれば自分も成功できる。


 もし買い手の人物が人間すら超えた存在だったならば、彼女たちは予想もしない強大な力を得ることになるのだ。



 そう、彼女たちは―――賭けに勝った。



「オレに買われるとは強運だと思わないか?」


「そうっすね。それは間違いないっす。で、この子にするっすか?」


「ああ、さっそく会おう」



 セノアの時と同じく、術式を解いて中に入る。



(姉妹なのに容姿が違うか。この世界はややこしいな。だから簡単に姉妹だとわからないんだよな)



 ラノアは若草色の髪の毛に金の目をしている。容姿だけ見れば、まったくセノアと似ていない。


 ただ、顔の雰囲気はなんとなく似ている。目や鼻のあたりは、そうと知ったからか、かなり似ているように思えた。


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