134話 「普通という名の少女 後編」


(従順なのはよいことだ。余計な面倒がなくていい。しかし、オレもおかしくなったのかな。あまりに従順すぎるとつまらないと思ってしまうな。…いやいや、これでいいんだ。自重しよう)



 ドSなので、リンダのように調教して征服するのが好きだが、最初から従順なほうが楽に決まっているのだ。


 少し思考回路がおかしくなりかけたが、彼女の対応は白スレイブとして模範的な姿である。


 そして、おそらくは【異名】も関係している。



(『求められるままに生きる少女』…か。素直な子は誰からでも好かれるからな。軋轢を起こさないほうが得策だ。これも処世術。立派だよ)



 サナにもたびたび言っているように、力がないのならば媚を売って従ったほうが得策だ。


 愛想笑いをして、お世辞を言って、そつなく会話して、少女らしく振舞う。


 よほど危険な人間でない限り、たったそれだけで身の安全は保障されるだろう。シャイナとは正反対の女の子だ。


 普通はそうしなければ生きてはいけないのだ。シャイナが甘えているにすぎない。



「そうそう、君に一つ訊きたいことがあったんだ。君は心の中で会話ができるかな? つまりテレパシーや念話というものなんだが…心当たりはあるかい?」


「っ…」



 少女は今までで一番驚いた顔をした。


 それがすべての答えである。



「なるほど。あるんだね」


「そ、その…それは……どうして…?」


「驚く必要も隠す必要もないよ。オレは、そういうことがわかる体質なんだ。だから君がその力を持っていることは知っている。ただ、その程度がよくわからない。どれくらいのことができるのかが知りたいんだ。ぜひとも教えてくれないかな?」


「………」



 それっきりセノアは黙ってしまった。さきほどまでの愛想のよさが嘘のようである。


 しかし、それは抵抗というより困惑と焦りのほうが大きいようだ。しきりに両手をこすり合わせるような仕草をして、心を落ち着かせようとしている。



(なんだ? そんなに変なことを言ったか?)



 アンシュラオンにとってみれば普通の質問である。何が悪かったのか理解できない。



「どうしたの? 言いたくない?」


「…いえ、その……そんなに使えるものでは…」


「使用制限があるの? 精度が低いの? 大丈夫、心配しないで。それによって君の待遇が変わることはないから。むしろ良くなることを約束しよう」



 能力があるほうがいいに決まっている。使える能力ならば等級が上がることもあるのだ。待遇が良くなるのは間違いない。


 しかし、モヒカンの資料には、念話についてはまったく書かれていない。



(モヒカンが知らないってことは、彼女自身が申告していないってことだ。どういう理由でそうしているのかが知りたいな。今の感じからすると、たいしたことがないって意味かな? でも、どことなく忌避感みたいなものが感じられるな)



 もし自分が優れた力を持っていたら、それをアピールしたほうが得策だ。


 昔の日本人的な感覚のようにあえて言わないとか、リスクを避けるために隠している可能性もあるので、そのあたりの事情はそれぞれ違うだろうが、何ができるのかは知っておきたいところだ。


 ただ、セノアからは力を隠したいようなそぶりが見受けられるので、もしかしたら力に対する「恐れ」のようなものがあるのかもしれない。



(力を持たないやつらからすれば、能力があることは脅威だからな。差別の大半は、能力がないやつの嫉妬や恐怖から生まれる。セノアも、そうしたことを恐れているのか?)



 この歳でスキルが発動しているということは、念話は生まれ持っての能力かもしれない。弱い人間たちの標的にされた可能性もある。


 それこそアンシュラオンがもっとも嫌うものである。黙ってはいられない。


 差別が嫌いなのではなく、力がないやつが嫌いなのだ。力のないやつは、黙って従っていればいいと思っているからだ。要するに無能が嫌いなのである。



「オレは君を差別することは絶対にない。なにせオレ自身が規格外でね。いつも他人から『最低』だの『鬼畜』だのとボロクソに言われているくらいだよ。ああ、良い意味でね」



 良い意味と言えば何でもよくなると思ってはいけない。



「セノア、力を怖れる必要なんて何もないんだ。力は使うためにある【道具】だ。道具は使わなければ意味がないだろう? しまっておいても錆付いて邪魔になるだけだ。使ってこそ意味がある。オレは常にそうしてきた。だから力と金を持っているんだ」


「………」


「頑なだね。なら、もし君を脅かしているやつがいるなら、オレが殺してあげるよ。それでスッキリするかい? 町や村ぐるみで君を差別するやつらがいたら、その地域ごと滅ぼしてあげよう。相手が誰だって大丈夫だよ。さあ、言ってごらん。誰が邪魔なんだい? 君への報酬として始末してあげるよ」


「えっ!?」


「さあ、遠慮なくどうぞ」


「えとっ…え!?」



 セノアはアンシュラオンが言っている意味がわからず、思わず周囲を見渡す。無意識のうちに助けを探していたのかもしれない。


 しかし、その白い美少年の背後に見えたモヒカンは、冷や汗を流しながら震えていた。


 彼がこの館の主人であることはセノアも知っている。偉そうに世話係に命令していたからだ。その彼があれほどまでに怯えた目をしているのは初めて見た。


 本能が告げる。


 少年が言っていることは、事実であると。本気であると。



「い、いえ、あの…本当にその……そんなことじゃ!!」


「大丈夫。君を守るよ。オレは自分のものは大切にする主義だからね」



 影武者にしようとしているのに守るというのは変だが、こう言ったほうが女性は安心するだろう。


 当然、本心だ。女の子であり自分の所有物ならば、できる限り守るのは支配者の義務である。


 とアンシュラオンは思っているだけだが、セノアの心情は焦りに満ちていた。



(なにか…噛み合ってない……このままじゃ…危ない)



 『恭順姿勢』スキルを持つセノアは、ここで曖昧にしておくと危険なことを察知する。自分よりは多少年上であろう少年が、明らかに館の主人よりも偉そうにしていることが不安に拍車をかけた。


 【自分以外の身の危険】を感じ、セノアがようやく口を開く。



「だ、大丈夫です…。差別されては…いない…です」


「そうなの? まあ、いきなり言われても信じられないよね。でも、本当なんだよ。君にもぜひ、力を力として使う楽しさを教えてあげたいな」



 ニヤリと笑う少年が、少しだけ怖ろしく見えた。とてもとても楽しそうだったから。


 実際、力を使うのはとても楽しいことだ。力を持つ人間を潰すのも楽しいが、持たない人間を潰すのも快感である。特に自分が強いと勘違いしている虫を潰すのは、なかなかに楽しめる。


 それはたとえば、カブトムシの角を折ったり、蜂の羽をむしったり、カマキリの鎌を切り落としてやるような行為だ。


 今まで自慢だったものを失った時、唯一の武器を失った時に見せる絶望の顔が、たまらなく素晴らしいのだ。


 虫は所詮、虫でしかないことを悟るだろう。力なき無能な者は、そうした虫でしかない。


 しかし、セノアは違う。才能がある。力を得る資格を持っている。虐げる側に立てるのだ。彼女にもぜひ、その楽しさを教えてあげたいものである。



(かわいそうに。この子はまだ力の使い方を知らない。ならば、オレが導いてやらないとな)



「さあ、君の力を教えてくれ。差別されていないのならば隠す理由もないだろう?」


「は、はい。…あの、実は…【妹】としかできなくて……ごめんなさい」


「妹がいるの? その子となら会話ができるの? 他人とはできないの?」


「はい。他人とはできないです。妹だけ…です」


「つまりは妹も同じ能力を持っているってことだね? 二人でセットということか」


「はい」


「妹はどこにいるの?」


「…はぐれてしまって。今どこにいるのかは…」


「…そっか。悪いことを訊いちゃったね」


「い、いえ、いつも話していますから」


「あっ、そうなんだ。じゃあ、無事なんだね。どこにいるかわからないの? もしよかったら保護してあげるよ」


「それが…安全な場所みたいなんですけど…よくわからないらしくて…」


「念話が可能な距離は?」


「測ったことは…ないです。いつも通じるので…」


「それでお互いの位置はわからないの?」


「普通に頭の中で会話する感じなので…位置までは…」



(うーん、これは難しいな。仮に電話のようなものならば、実質距離なんて関係なく届いてしまうし…。となると妹に訊くしかないよな)



「妹に今いる場所を訊いてみた?」


「はい。でも…それもよくわからないらしくて……」


「妹は何歳?」


「八歳になります」


「微妙な年齢だな。その歳じゃ、わからなくてもしょうがないかなぁ」



 地球時代の自分の八歳の頃を思い出すと、そんなにまともな受け答えをしていたという記憶がない。家の住所すら曖昧だったような気がする。


 となれば、妹を責めるわけにもいかないだろう。



(ううむ、せっかくの念話があまり意味のないものになってしまったな。妹さえ取り戻せば、これはすごい武器になると思うんだけどな)



 ハローワークに送受信が可能なパソコンみたいなものがあるので、西側には技術自体はあるに違いない。


 しかし今のところ、この都市では電話を見かけていない。


 せいぜい呼び出しのコールくらいだ。ナースコールのように、押すと離れた場所に設置されたジュエルが光るので、それを見て駆けつけるといった具合である。


 ホテルではこれを使っているが電話そのものはない。


 それを考えると姉妹だけとはいえ、互いにやり取りができるのは素晴らしいことだ。しかも声に出さないでいいなんて最高すぎる。ぜひ欲しい能力である。


 が、今は姉妹が離れているので、その力はお預けだ。残念だが仕方ない。



「とりあえず無事なんだね?」


「はい。それは大丈夫みたいです。食事ももらっているみたいです」


「妹の件は、こちらでも探してみるよ。君の念話もあるから、協力してもらえればそんなに難しい話じゃないと思う」


「で、でも…そこまでしてもらうわけには…自分だけでも引き取ってくださるのなら…それだけですごいことです」


「健気なまでに慎ましいね。じゃあ、交換条件はどうだろう。オレは君の妹を見つけて助けてあげよう。だから君はオレに心から尽くすんだ。嘘偽りなく、オレのために働いてほしいな。もちろん待遇は保証するよ。妹と一緒に不自由なく過ごさせてあげる。それでどうかな? 悪い話じゃないだろう?」


「は、はい。どうぞよろしくお願いいたします!」



 その時のセノアの顔は、ようやく愛想笑いから本来の笑みに近い形になっていた。


 普通に考えても、肥え太ったゲスの豚野郎に買われるよりは何千倍もましな結果だろう。それは当人も理解しているに違いない。


 しかも妹を交渉材料にしたのは、正しい選択だったようだ。


 本当は条件を必要としないから白スレイブなのだが、セノア自身に期待しているのは従順さである。そのために報酬を与えるのは意味あることだ。



(うむ、これは正しいことだ。力で脅しても反抗心を植え付けるだけになってしまう。敵ならそれでもいいが、近くに置く子にはメリットを与えないとな)



 それから再びセノアの資料に目を通す。妹の手がかりがあるかもしれないからだ。



(グラス・ギース外周で保護。両親は旅の途中で魔獣と遭遇して死亡。妹もそのときにはぐれた…か。襲ったのが魔獣でよかった、と言うのはかわいそうかな。でも、人さらいだったら大変だったしね。って、こいつも人さらいみたいなもんか)



 スレイブ商人のモヒカンを見る。どこからどう見ても悪人の面構えである。


 どのように子供をかどわかしているのか不明だが、どうせ甘い言葉で誘って連れてくるに違いない。


 子供だけで生きていくのはつらい世界だ。こうして誰かに保護されるしか彼女たちの生きる道はない。


 白スレイブになれたことだけでも幸せだろうか。



(いや、違うな。オレのスレイブになれることは、人生において最高の幸せなんだ。それを証明してやらねばな)



「一つだけ約束しよう。君はこれから【勝ち組】になる。オレのものになるということは、他人の上に立つことを意味する。そこにいるモヒカンだって君は足蹴にすることができる。今までの恨みを晴らせばいい。好きなだけ殴っていいんだぞ」


「勘弁してくださいっすよー!」


「うるさい。黙っていろ」


「いたっ!」



 資料を投げつけてやった。



「こんなふうにね。オレは人間の上に立つ男だ。その支配下に入ることは、一般の人間の上に立つことを意味する。だから君は幸せだ」


「は、はい…」


「今はまだ意味がわからないだろうけど、才能も開花させてあげよう。そうだ。君を最高に美しくしてあげるからね。そのすべてを成長させて…くくく。いやー、楽しみだな」


「っ…」



 あくどい笑い方に思わずセノアが怯える。その顔だけ見れば完全にモヒカン以上の悪人である。



「詳しい話は後でしよう。またすぐ来るよ。ああ、君にやらせるのは酷いことじゃないから安心してね。ちょっと髪の毛の色は変わるかもしれないけれど…そこは我慢してほしいな。そういえば女性ならウィッグでもいいか。それも後で考えよう」


「は、はい。お待ちしております。ご主人様」


「いい響きだ」



 影武者、一人ゲットである。



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