130話 「裏スレイブ」


 一度外に出て、馬車からホロロを連れてくる。


 それからモヒカンと四人で裏の店に向かった。



「しかしまあ、こんな美人さんがいたっすね」


「オレのメイドだ。そのうちスレイブになる予定だ」



 モヒカンがホロロをじろじろ見る。


 一方のホロロはそんな視線にもまったく動じず、静かにアンシュラオンの後ろをついてくる。


 こんな怪しげな場所に来ても表情を変えないのは見事である。



「力と金があれば人生楽しそうっすね…」


「お前だって、そこそこ稼いでいるだろう?」


「七割以上は持っていかれるっすからね。経費を引いたら、ほとんど残らないっすよ」


「そんなに取られるのか?」


「都市の税金とみかじめ料で25%、スレイブ商会本部に50%、残るのは25%っす。その中でやりくりするっす」


「みかじめ料…か。お前はどこの派閥に入れているんだ?」


「うちは人材派遣なんで、マングラス系列っすね」


「マングラス…都市のマンパワーを担っているグラス・マンサーか」



 マングラスはラングラスと同じく四大市民の一人で、都市内部での人材の流れを管理している。


 その範囲は都市に出入りするすべての人間に及ぶので、マングラス一派の許可を得ないと、この都市では人を雇えないし労働者として働くこともできない。


 シャイナの持っている労働許可証や、アンシュラオンが持っている市民証も管理対象であるため、非常に重要な役割を担っている人物である。



(領主がスレイブ館で好き勝手できるのもマングラスがいるからか。逆にマングラスがいなければ好きにできないということだ。…マングラスか。邪魔だな。間接的にサナの横取りに関係していたようなもんだし、そいつがいると人材を好きにできない。くく、今回の一件で力を削いでやろう。待っているがいい)



 悪い顔をしながら、ほくそ笑む。今からやつらの泣き叫ぶ顔が楽しみである。



「ところでソイドファミリーの若頭はどうなったっすか?」


「一応引き入れた」


「さすがっすねー」


「危うく殺すところだった。あと一分遅かったら死んでいただろうな。喚く豚は苦手だよ」


「さすがっすね…ほんと。怖ろしい限りっす」


「ただ、まだ足りないパーツが多い。そのためにここに来た」



 モヒカンに高い茶を出させ、アンシュラオンたちが椅子に座る。


 今やすっかり馴染んでしまった裏店だが、久しく来ていないと懐かしく感じるものだ。


 ここでは仮面は必要ないので、すぱっと脱ぐ。やはり被らないほうが気持ちいい。サナのも取ってあげる。



「で、今度は何を用意するっすか? またラブスレイブっすか?」


「いや、今度は真逆だ。お前に用意してもらいたいものは―――【男】だ」


「えええ!!!?」


「なんだその反応は?」


「い、いや、旦那の口からそんな言葉を聞くとは思わず…。ど、どうしたっすか? 熱でもあるっすか? はっ、駄目っすよ! 殺さないでくださいっす!!!」


「何を言っているんだ、お前は?」


「殺しの練習台とかじゃないっすか?」


「そんなもんならわざわざスレイブでなくても、これからたくさん出来るぞ。裏の人間を相当殺すことになるからな」


「それはそれで怖いっす!! 聞きたくなかったっす!」



 モヒカンは耳を塞ぐが、すでに一蓮托生なので従うしかない。


 相変わらず哀れな男である。



「男は男でも、戦闘に特化したやつらだ」


「…なるほど。戦闘用スレイブってことでいいっすか?」



 それならば、とモヒカンは頷く。


 彼は領主にも戦闘用スレイブを提供しているので、そういうことにも精通している。


 ただし、アンシュラオンが求めるものは、単なる戦闘用スレイブではない。



「他にも条件はある。そうだな…ガラが悪くてイカつくて、すぐ人を殺したくなるような狂人がいい。体格はバラバラでいいが、それなりに腕の立つ連中がいいな。あと、いつでも死ぬ覚悟を決めているようなやつだ」


「どういう条件っすか!? 鉄砲玉っすか!?」


「そうだ。そういった連中が欲しい」



 それは完全に鉄砲玉。ガラが悪くて腕が立ち、目的のために死ねる連中。


 性格は問わない。殺人狂でも変質者でも大丈夫。いや、むしろそのほうがいい。


 アンシュラオンの求めている人材は、まさにそういった社会の落伍者どもである。



「だが、ファテロナさんみたいに強すぎるのは駄目だ。イタ嬢の七騎士だったか? あれくらいがいいかな」


「まあ、あの人は特別っすからね。集めたくても集められないっすね。お嬢さんの騎士くらいなら大丈夫だと思うっす」


「そうか。しかし、一番大事なのは死すらも厭わない点だ。ここが最重要だ」


「死ぬ予定があるっすか?」


「そうだ。【確実に死ぬ】。オレの計画と心中してもらうが、それでもいいというやつらだ。その代わりオレは、そいつらに戦いの場を提供してやる。だから戦闘狂みたいなやつが欲しいんだ」



 おそらく、ではなく、確実に死ぬ。ここが重要だ。



「どうだ、そういうやつらは集められるか?」


「劣等スレイブのほうがいいっすか?」


「等級は問わんが、強制ではなくできれば自分の意思で許諾するやつらがいいな。そのほうが面白い」



 アンシュラオンが提示した人材は、能力の観点から言えば、比較的難しい条件ではない。


 しかし、最後の一つが加わるだけで、ぐっと厳しくなる。


 誰が好んで死ぬことが確定している職場に行くだろうか。普通に考えれば、そんな人間はいない。



 と、思うのが一般人の考え。



 ここは一般の人間が来る場所ではない。


 その証拠に、モヒカンも静かに話を聞いている。彼もまた裏の人間なので、そういった話は普通に通るのだ。


 そして、一つの言葉がもたらされる。



「そうなると【裏スレイブ】っすね」


「裏スレイブ? なんだそれは?」


「旦那の言ったようなスレイブのことっす。血に飢えていたり、抗争が好きだったり、自分が死ぬ場所を探しているようなやつらっすね。そういったスレイブを裏スレイブと呼ぶっす。鉄砲玉とかに使うっす」



 人種が多様ならば、物の考え方も多様である。


 武人が闘争を好むように、生まれ持って争い事を好む者たちもいる。彼らにとって自分の命は安っぽいものであり、またそうあることを望んでいる。


 正気の人間から見れば、自殺志願者にさえ見える彼らであるが、そうした人材は需要も多い。


 危険な作業はもちろん、裏社会の鉄砲玉やボディーガードなどに使われ、毎年大勢のスレイブが死んでいく。



 だが、それこそが彼らの望み。



 充実した一瞬の生を味わうためだけに彼らは生きている。そのため、自分を楽しませてくれる主人を求めるのだ。



―――裏スレイブ



 それはまさにアンシュラオンが望んだ人材である。



「素晴らしい。そんな人材がいると思っていたぞ。で、用意できるか?」


「何人くらい必要っすか?」


「そうだな…十数人くらいいれば足りるかな」


「了解っす。数日もらえれば用意してみせるっす」


「ここにはいないのか?」


「うちはどちらかというと一般とラブスレイブ、それと白をメインにしているっす。抗争向けは裏専門のスレイブ商がいるっすね。そこと交渉して見繕ってみるっす」



 モヒカンの八百人は表通りにあることからもわかるように、客もスレイブも基本的には【表】のものを扱っている。


 表側だからといって人材の質が悪いわけではない。イタ嬢のスレイブであるファテロナや七騎士たちも、この表のカテゴリーに入る。



 そして八百人の売りは―――やはり白スレイブ。



 白スレイブをこれだけ扱っている店は、この地方ではここしかないくらい充実している。辺境になればなるほど、危ないことも平気でできるからだ。


 一方、裏側に属する抗争用の裏スレイブの数は少ない。得意としているジャンルが違うからだ。


 それでもいざ必要となれば、他のスレイブ商人から買い取る形で用意することができる。スレイブ商同士、ネットワークはしっかりと構築されているのだ。



「この街には、もう一つスレイブ商があるっす。そこで裏を扱っているっす」


「そうなのか? どこにある?」


「店舗はないっす。完全地下商で、スレイブ商人でないと入れない場所で管理しているっす」


「なるほど。それだけヤバイ代物を扱っているということだな」


「そうっす。だから任せてほしいっす。どうしてもというなら、なんとか入れるように都合をつけてみるっすが…」


「いや、そこまでは必要ない。どうせ死ぬやつらだからな。ただ、お前が見て『これは相当ヤバイ』と思うような連中を選べ。殺人狂でもいいし人体収集家でもいいし、ヤク中のクズでもいい。もう駄目さ満載のやつらを所望する」


「了解っす。そんなやつらなら、いくらでもいるっす」


「…それはそれで問題だがな」



 残念ながらこの未開の地には、そんな輩が溢れかえっている。


 そもそもグラス・ギースという最北端の都市に流れ着くあたり、もはや人生に希望も未来もないのだ。


 アンシュラオンが求めるような人材も、あっという間に集まるだろう。彼らが求めるのは一瞬の享楽なのだから。



「では、任せる。とりあえず金を渡しておこう。足りなかったらまた言え」



 ちょうどイタ嬢から巻き上げた金があったので紙袋ごと置く。


 ただ、モヒカンは少し悩み、なかなか受け取らない。



「どうした? いらないのか?」


「いや、もしかしたら金はいらないかもしれないっす。裏スレイブはすぐ死ぬような連中っすから、金を必要としないことが多いっす」


「それもそうだな。そいつに家族がいれば別かもしれんが…オレが求めているのとは少し違うな」


「その代わり、主人を選ぶ【面談】が必要になるかもしれないっす」


「ほぉ、逆面接か? それは面白い」



 普通、雇う側がスレイブを面接するものである。どんな職業でもそうだろう。


 しかし、生徒が学校の先生を品定めするように、部下が上司の採点をするように、彼らは自分の主を自ら決める。


 だからこそ死ぬことも厭わないのだ。それは金で判断するようなことではない。



「いいだろう。面談だろうが面接だろうがやってやる。集めたら一度連絡しろ。それと、とりあえず金は持っていけ。金はあって困らないからな。どうせスレイブ商との交渉で使うだろう。余ったらお前の懐に入れておけ」


「そういうことなら、ありがたくもらうっす! 徹底的に値切ってやるっす!」


「現金なやつめ。…しかし、男と契約するのは嫌だな。虫唾が走る。オレが直接契約しないといけないのか?」


「そうっすね…。旦那はそういう人っすからね。それなら【代理契約】ってのがあるっす」


「代理? 代理で契約できるのか?」


「できるっすね。あくまで出向という形にするっす。たとえば自分が契約者になって、『旦那の下で言うことを聞いて働け』という指示を出すっす。所有権は自分っすが、貸し出すことができるっす」


「ギアスもかけられるのか? たとえばオレとサナについては完全黙秘する、とかも」


「そう契約すればいいっす。死ぬことも条件に含めれば死んでも大丈夫っす。こっちが物的損失を被るだけっすから」



 これは代理契約という、一つの裏技でもある。


 地球でも出向や派遣というものはあったし、ネットサービスを利用する場合、企業が名義や手続きを代行してくれるものもある。


 自分は企業と代理契約をするだけでいいので、煩雑なことを全部お任せできるのはメリットだ。


 当然、デメリットもある。普通にやれば高くつくし、秘密を共有することになるのでリスクは増えるだろう。


 しかし、金に余裕があり、なおかつスレイブ館をすでに支配しているアンシュラオンにはメリットしかない。



「では、それで頼む。誰でもいいから代理で雇わせろ」


「了解したっす」


「ホワイト様、その役目は私にお任せ願えませんか?」



 ずっと黙っていたホロロが口を開く。



「ホロロさんが?」


「私はホワイト様のためならば何でもいたします。今後、こういったことも増えるでしょうし、雑事でメイドを使うのは一般的なことです」


「うーん、しかし…オレの女が男と契約か…。いや、だからこそか」



(オレのスレイブたちは他者を支配する。その意味においては不浄ではない。単なる使役だ。マキさんが衛士をこき使うのと同じだな)



「…わかった。その時は任せるよ」


「ありがとうございます」


「でも、オレはホロロさんが嫌うことだってやる男だ。麻薬だってそうだ。利用できるものは利用するよ。だから、いつも期待に応えられるわけじゃない。それでもいいの?」



 あえて訊かなかったことだが、この機会に訊ねてみる。



「シャイナのことも嫌っていたようだし…」


「あれはホワイト様に相応しくないと思っただけです。しかし、それも出すぎたこと。私はあなた様にすべてを捧げます。あなた様が何をなさろうと、それに対してすべてを投げ打ってでも従います」


「そう言ってくれると嬉しいな。ホロロさんと出会えてよかったよ」


「私もです…」



 ホロロは熱がこもった目でアンシュラオンを見つめる。


 崇拝、魅了、恋慕、支配、さまざまな感情が入り混じったものである。


 どちらにせよホロロが自分に逆らうことはないだろう。



(現実的な問題として、オレ個人が契約できるスレイブ数には限度がある。百人程度ならばできそうだが、千人、万人となると難しい。今回のことは、今後に向けてのいい実験になりそうだな)



 通常の組織形態のように、自分の配下の幹部が、さらに下の部下たちを管理する方式のほうが楽に決まっている。


 その意味でも、今回はよいテストケースになりそうである。



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